ご褒美のおねだり



 新しく仲間になった、脇差の浦島虎徹くんを近侍にしていた日のこと。いつものように、みんなの装備品である刀装兵を作ったり鍛刀などの任務を近侍に手伝ってもらった後、彼はこんなことを私に言った。
「えっへへ、俺にはご褒美ないのかな?」
 ありがとう、という礼の言葉はいつも近侍にかけているが、ご褒美と呼べるものは何も与えたことがなかった。確かに、仲間になって日が浅く、まだ慣れていないので、彼は少し疲れてしまったのかもしれない。任務の成果は上々だし、今回はご褒美をあげてもいいだろう。
「ご褒美かぁ。わかった、何がいい?」
「本当? えへへー、じゃあ、いつも短刀の子たちにやってるアレ、俺にもして欲しい!」
「アレ?」
「頭なでなでしてるやつ!」
「え、それでいいの?」
 と訊くと、浦島くんは大きく頷いた。身長が同じくらいの彼の頭に手を乗せて撫でると、浦島くんは照れくさそうに笑った。
 と、そこへ、畑当番に出ていた燭台切光忠くんが通りかかった。彼は本丸に居る時は何かしらの家事をしていることが多いので、基本的にジャージ姿である。今日もジャージで、少し袖口が土で汚れていた。
「あれ、二人とも何してるんだい?」
「光忠くん、お疲れ様」
「えへへ、任務終わったから、主さんからご褒美もらってるんだ。一回なでなでしてもらいたかったんだよなぁ」
「へえ、ご褒美ね」
 嬉しそうにはしゃいでいる浦島くんを見て、光忠くんも笑みを返した。私のほうへ視線を移して、目を細める。それから、汚れたジャージを着替えるために自分の部屋へ戻っていった。
(……今の視線、なんだったんだろう?)
 このときの疑問は、浦島くんが話しかけてきたことですぐに頭から抜け落ちていった。この疑問を思い出すのは、数日後のことだった。



 あれから数日後。遠征から帰ってきた部隊を迎える。今回の遠征部隊の隊長は光忠くんだ。隊員たちの無事を確認して、隊長から成果を受け取って、道中のみんなの様子などの報告を受ける。受け取った成果は目標以上の量で、私は光忠くんを見上げて顔をほころばせた。
「すごい、頑張ってくれたんだね。ありがとう、光忠くん」
「やれることをやってきただけだよ。でも、どうせならかっこいいとこ見せないとね。僕も君からのご褒美、欲しいし」
「え?」
 何の話だろう、と私が首を傾げると、光忠くんは目を細めた。
「この間、浦島くんにご褒美あげてただろう? 僕も今回頑張ったと思うから、君からのご褒美が欲しいな」
「あ……そんなこともあったね。でもご褒美って……光忠くんも頭撫でて欲しいの?」
 光忠くんの見た目は青年だが、少年に見える短刀や脇差のほうが古い時代に作られていたということもままあることだった。見た目からはそう見えないが、光忠くんにも頭を撫でてもらいたい願望があるのだろうか、と思ってたずねると、彼は首を横に振った。
「頭を撫でてもらうのもたまにはいいかもしれないね。でも、今僕が欲しいのはそれとは違うかな」
「じゃあ、何がいい?」
「そうだねぇ……」
 と言って、顎に手を当てて考えるそぶりを見せる。でも、本当はご褒美の内容はすでに決まっていたらしく、それほど時間をかけずに切り出してきた。
「じゃあ、キスしてくれる?」
「は……はあ!?」
「ご褒美、君からのキスが欲しいな。場所は……そうだな、顔ならどこでもいいよ」
 光忠くんがにっこりと笑って言うけど、私はすぐに反応を返せなかった。何を言い出したんだろうこの人。キスとは、恋人同士がする接吻のことだろうか。顔ならどこでもいい、と言っているのでたぶんそういうことなんだろう。しかし、待って欲しい。彼は私の恋人ではないし、そういうことをほのめかされたことも今までない。いきなり何を言っているのか。
「え……ちょっと、本気で言ってるの?」
「本気? そうだね、本気だよ。ご褒美、くれないの?」
「え、いや、そういうわけじゃないけど……」
「じゃあいいよね。はい」
 光忠くんが少し身をかがめて顔を近づけてくる。ちょっと待ってほしい。私は慌てて背を反らせて距離をとった。
「いやいや、ご褒美、き、キスって……」
「もしかして、照れてる? わかったよ、じゃあ目を閉じてるから」
 いや、そういうことじゃなくて、キス以外じゃだめなのかと言いかけたが、光忠くんはすでに目を閉じてしまっていた。キスを受ける気満々だ。彼の中では、ご褒美のキスをもらうことが確定してしまっているらしい。引く様子がない光忠くんの顔を見て、頭を抱えたくなった。
(キス……顔ならどこでもいいってことは、なにも口にしてって言ってるわけじゃないんだよね? だったら……)
 自分にそう言い聞かせると、意を決して光忠くんのほうへ一歩踏み出した。目を閉じている彼の頬に触れるだけのキスをする。私がくちびるを離してまた一歩下がると、光忠くんは目を開けた。
「こ、これでいい?」
 私が照れ隠しにそう訊くと、光忠くんはキスを受けた頬を手で覆って、嬉しそうに笑った。どうやらこれで満足してくれたようだ。
「うん、ありがとう。嬉しいよ」
「それなら、いいんだけど……」
 もうこんなことは言い出さないで欲しい。ご褒美としてねだるなら、もっとわかりやすいというか、キスなどと変に意識してしまうようなもの以外にして欲しい。そう思いながら部屋を出て行こうと、光忠くんに背を向けて歩き出そうとした。そのとき、後ろから伸びてきた手に肩を両肩をつかまれ、私は動きを止めた。つかんだ人は光忠くんしかいない。振り向こうとすると、背後から首を伸ばしてきた光忠くんの顔が目に入った。そう認識する間もなく、私の頬にあたたかい感触が降って来た。そのまま硬直していると、頬からくちびるを離した光忠くんが、目を細めて低い声で囁いた。
「頬にキスでも嬉しかったよ。次はくちびるにしてくれるともっと嬉しいな。……それと、僕以外の男にはしちゃだめだよ。こんな風に、させるのもね」
 そう私の耳に吹き込むと、光忠くんは私の体を離して部屋を後にした。遠ざかっていく彼の足音を聞きながら、私はその場にへなへなと座り込んでしまった。
(え、え……? なに、今なにが起こったの?)
 頬にはまだ光忠くんのくちびるの感触と温度が残っている。思わずそこを手で押さえると、その部分が熱を帯び始めた。それと同時に、顔に血が上ってくる。今、私の顔は間違いなく真っ赤だ。
(ほんと、どういうつもりなの? 僕以外にしちゃだめって……どういう意味なの?)
 普通に考えれば、他の刀剣男士にはキスなどして欲しくないという嫉妬の意味だろう。でも相手は刀剣の付喪神で、つい数ヶ月前までは刀だったのだ。一体どういう意味でそんなことを言っているのか、いまいち図りかねていた。それに、そんなことを言われなくても、今の私はもう。
(意識しちゃうよ、光忠くん……)
 どくどくと心臓が早鐘を打ち始めた。顔の熱は引くどころか上がってしまったようだ。少しでも熱が引くようにと手で扇ぐが、効果は当然期待できない。赤くなった頬とせわしなく動いている心臓を落ち着かせようと、私は必死で別のことを考えようとした。でも、中々光忠くんの顔が頭から離れてくれなかった。その日は結局、寝付くまで彼の顔が目の奥に焼き付いていた。


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