お見合い騒動 その三



に来た見合いの話を聞いて、最初は嫌だと心の底から思いました。貴女が断るつもりだと聞いて、安心もしました」
 太郎が話し出した内容は、が考えていた太郎の反応と同じだった。やはり、にお見合いの話が上がったことは嫌だったのだ。
「けれど……話を聞くうちに、この見合いの話は、いずれ貴女のためになるのではないかと思ったのです」
「いずれ私のためになる? どうしてですか?」
「私は刀剣の付喪神です。貴女と睦み合っても子どもを残すことも出来なければ、貴女とともに老いていくこともできません」
 は思わず言葉を失った。今言ったような人間の男との違いを、太郎は嫌というほど実感しているのだろう。それは解決することが出来ない違いで、二人の間に横たわる冷たい溝だった。
「貴女は私を愛していると言った。私も貴女を愛しています。けれど、私というものは生涯の伴侶という存在には程遠いのです。それは目を逸らしようがない事実です。今回の見合いの話を受ければ、貴女は人間の男と出会い、もしかすると結婚するかもしれない。私にはできない、子どもを授け、ともに老いて死ぬことができる伴侶を見つけられるのではないかと……そう考えるようになり、貴女に見合いを受けるように言ったのです」
「太郎さん……」
 そこまで考えてしまったのなら、見合いを受けろと言い出してもおかしくない。肝心の、結論にいきついたまでの過程をに伝えなかったので、思いの行き違いに発展してしまったのだ。拭い去ることが出来ない負い目を話すのは中々難しいことで、あえて話さなかった太郎の気持ちもわかるが。
 太郎が問題にしていることは、太郎と恋人同士になる際にも溝となっていたことだ。と太郎が違う存在である以上、どうしてもついて回る問題だ。だが、そうと分っていてもは太郎を諦められなかった。太郎が人間だろうが付喪神だろうが関係なく、太郎自身を好きになったからだ。もはや太郎以外の相手では、お見合いだろうが結婚だろうが考えられない。
「太郎さんのその考えを聞いても、私はお見合いを断ります。私は太郎さんを好きになって、ずっと一緒にいたいって……それこそ一生寄り添っていきたいって思ったんですから」
 が太郎の目を見てそう言い切ると、太郎は泣き笑いのような表情になった。
、ありがとうございます。私は、どうも一人で考えすぎていたようです。結果、あんな風に私の考えを押し付けるようなことになってしまって、本当に反省しています。思いを交し合った時も、貴女はそう言っていたのに……私自身が言った言葉さえも、次郎に殴られるまで失念していました」
「え……次郎さんに殴られたんですか!?」
 太郎は殴られたほうの頬を手で押さえると、ぎこちない苦笑いを浮かべた。口の中が切れているのか、痛そうだ。
「貴女が部屋を走り去った後、次郎が事情を聞きに来たんです。貴女に言ったことと同じ内容を説明すると、殴られました。そして、私が考えているの幸せは本当ににとって幸せなことなのか、今までの何を見てきたんだと叱られました」
「そ、そうだったんですか……」
「本気では殴られなかったので、痛みはそこまでひどくありませんよ。まあ、おかげで頭は冷えました」
 確かに、次郎の全力の拳をまともに受けると、顔半分が変形しかねないのではないだろうか。女装しているが、彼は体格も力も大太刀を振るうに十分なものなのだ。
 太郎はの手を取ると、おもむろにの前にひざまずいた。一体どうしたのかとがきょとんとしていると、太郎はの手にくちびるを落とした。
、もう一度誓います。貴女と私が死で分かたれるまで、貴女をずっと変わらずに愛し続けます。貴女を泣かせてしまう不甲斐ない男ですが、どうかいつまでも、そばに置いてください。一生、貴女にお仕えします」
 の手を握り、怖いくらいに真剣な目でを見つめる太郎。その言葉を聞いて、引いたはずの涙が再びこみ上げてくるのを感じた。太郎と本当に両思いになったあの時の言葉だ。あの時のやり取りや感情が思い起こされて、今度はが泣き笑いをする番だった。
「はい、はい……私も太郎さんがいいです」
 もあの時と同じ言葉を言うと、太郎が安堵の表情を浮かべた。こらえきれずに涙を一つ落としたは、涙を隠すように太郎の胸に飛び込んだ。飛び込んできたを抱きとめると、ぎゅっと強く抱きしめた。
「すみません、また泣かせてしまいました」
「いいんです、これは嬉し涙だから」
 太郎はの頬を両手で包み込むと、涙をぬぐうように目尻にキスをする。両の目尻の涙をぬぐうと、くちびるにキスを落とした。優しく触れたくちびるは、の涙の味がした。



 の涙が止まり、落ち着いた頃を見計らって本丸に戻る。二人で手をつなぎながら歩く。厩舎から母屋までの道すがら、太郎は思い出したようにつぶやいた。
「実は、ここに来る前に裏山に行って貴女を探しました」
「え? あ、そうか、いつも一人になるときは裏山のほうに行くから……」
「ええ。だから今回もそうではないかと思ったのですが、見当が外れてかなり焦りました。裏山をあらかた探した後、裏山を出たところで山姥切国広の姿が見えたので、追いかけてなんとか貴女の居場所を聞き出したんです」
「山姥切くんが? 嫌がりませんでした?」
 山姥切はと太郎の関係を後押ししてくれたが、それはの背中を押しただけであって、二人の関係自体を快く思っているわけではないようだった。特に二人の惚気話や痴話喧嘩に巻き込まれるのを嫌がっている。その山姥切が素直に教えるとは考えにくい。
「はい。中々教えてくれませんでしたが、私があまりにもしぶとく必死に頼み込むので、最後には折れてくれましたよ。正直、彼にも殴られるのを覚悟していましたが、私の情けない顔を見て怒るよりも呆れていました」
 次郎は本気で殴っていないが、太郎の口の端が派手に切れて、痣も少し浮き上がっている。山姥切は、その顔を見て気概を削がれたのかもしれない。
(山姥切くんに話聞いてもらった上にそんなことまで……太郎さんも、次郎さんに話聞いてもらったみたいだし、二人には心配かけちゃったな……)
 あとで山姥切と次郎には礼をしなければいけないな、と思っていると、前方の母屋の玄関に山姥切と次郎の姿が見えた。と太郎を待っていたのだろう。
「山姥切くん、次郎さん、心配かけてごめんなさい」
「主ちゃん、大丈夫? ちゃんとこのバカ兄貴と話できた?」
 次郎の言い草に、の隣で太郎が眉をしかめたが、彼は何も言わなかった。実際に次郎たちに心配をかけてしまった手前、何も言い返せないのかもしれない。
「はい、大丈夫です」
「まったく……本当に手のかかる主人とその近侍だ。次からは、もう少し意思疎通をしっかりしてくれ」
「う……ごめんなさい……」
「すみません」
 山姥切のため息交じりの小言に二人で頭を下げると、彼は呆れたように首を振ってきびすを返した。玄関で靴を脱ぎながら、ちらりと二人を横目で一瞥する。
「それと、本丸に帰ってきたなら、いちゃつくのは後にしろ」
「あ……」
 つながれたままだったと太郎の手を見て言っているのだと気付くと、は手を放そうとした。太郎が名残惜しそうにその手をぎゅっと一握りして手を放した。その一連のやり取りを見て、次郎が盛大にため息をついて手をひらひらと振った。
「あーもう見てらんないよ、そういうのは二人きりのときにしなよね」
「ご、ごめん」
「雨降って地固まるってやつだねぇ。ま、よかったね二人とも。さぁて、今日は祝杯だねぇ」
「お前はいつも祝杯を上げてるだろ」
 というと、次郎も玄関から上がって奥のほうへといってしまった。山姥切と次郎の声が遠ざかっていき、やがて聞こえなくなると、と太郎は顔を見合わせて笑い合った。再びどちらからともなく手を取ると、広間に着くまでの間、しっかりと握り合っていた。


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