お見合い騒動 その一



 次郎太刀はその日、戦場に出る予定でもなく遠征部隊に組み込まれてもおらず、さらに本丸の役割分担の当番でもなかった。いわゆる完全な非番だ。主であるが近侍の太郎太刀を連れて、午前の仕事──日課任務をこなすために作業場のほうへ向かってから、約二時間ほどたったころ。本丸の玄関で郵便屋が人を呼んでいる声が聞こえてきた。その時次郎は非番ということで午前中から酒を飲んでいたので、郵便屋の対応しにいくのが億劫で、しばらく無視を決め込んでいた。だが、一向に郵便屋の声がやまない。間の悪いことに、誰も玄関の近くにはいないようだ。縁側で寝そべりながら杯を傾けていた次郎は、ため息をつきながら重い腰を上げる。
(ほとんど、っていうか、全部主ちゃん宛ての政府からの連絡とか書類だったりするからねぇ。さすがに無視するわけにもいかないよね)
 しばらく無視を決め込んでいたことを棚に上げ、郵便屋の対応を済ませる。いつもは書類が入っている大きな封筒。中身によって軽かったり重かったりの違いはあるが、今日受け取った封筒はなんだか感触が硬い。例えるなら、ハードカバーの表紙のような硬いものが入っている。
 封筒の中身に興味をそそられつつも、主が戻ってくるまで待つことにする次郎。ここで勝手に開ける、という選択肢もあるが、それをすると兄の太郎に怒られるに違いない。主本人は、郵便物が個人的なものでなければ開封しても怒らないだろうが。
(主ちゃんのものを勝手に開けたってことより、主ちゃんに関することを自分より早く知ることが気に食わないんだろうねぇ)
 あの独占欲が強い兄のことだ、に関することは真っ先に自分が知りたいと思っていることだろう。最初の刀である山姥切国広にはどうしてもかなわない部分があると思っているらしいが、山姥切以外の刀剣男士にはまるで容赦がない。と二人きりになろうものなら、あの切れ長の目で冷たく睨まれる。太郎がに主として慕う以上の感情を持っていることは、刀剣男士たちの間では暗黙の了解になりつつある。
 太郎と主についてあれやこれやと考えていると、そのが任務を終えて帰ってきたようだ。太郎の姿が見えず、代わりに山姥切国広がに連れ添っていた。
「主ちゃん、おっかえり〜」
「ただいま。次郎さん、こんな時間から飲んでるんですか?」
「今日は、なーんの仕事もないからね」
「あんまり飲みすぎると肝臓壊しますよ」
「いや、それはないだろ」
 付喪神が体を壊したりするものか、と山姥切がにつっこんだ。なぜ太郎ではなく山姥切がいるのかはわからないが、太郎が何らかの所用で外すので彼にの随行を頼んだ、と考えるのが一番しっくり来るだろう。
「あ、そうそう、主ちゃんに政府からのこれ、来てたよ」
「あ、ありがとうございます」
「なーんか、中身がいつもの書類じゃないっぽいんだよね。気になるから開封するところ、一緒に見てもいい?」
「確かに、なんだろうこれ……? いいですよ、ここじゃあれなので、私の部屋で開けますね」
「わーい!」
 封筒を受け取って怪訝そうに首を傾げつつ、は離れに向かった。部屋に入ると、さっそく開封する。出てきたのは、手紙らしき便箋と、絵本のような大きくて薄い本のようなものだった。
「ええっと……」
 まずは便箋に目を通す。その表情が、便箋の文章をたどるうちにだんだんと険しくなっていく。便箋を最後まで読みきったは、もう一つの冊子のようなものを開いた。次郎が興味津々で身を乗り出す。
「ねえねえ、なんだったのそれ?」
 山姥切も興味があるのか、黙って覗き込んできた。が開いた冊子、それは本ではなかった。人間の男が正装して写っている写真が何枚か続く。なんだこれは、と次郎が眉を寄せると、山姥切がが傍らに置いた便箋のほうをつまみ上げ、それを読み始めた。何が書いてあるのかと、次郎もそれを横から覗く。そこに書かれていた「御見合い」の文字が、二人の目に飛び込んできた。
「見合い……? あんた、見合いなんてするのか」
「お見合いって、結婚したい人間の男女が会って食事したりするやつ? これがその、お見合い相手の男の写真ってこと?」
「……いや、ていうかこんなの初耳だし……なに考えてるの、上の人たちは……」
「なになに……審神者どうしで結婚をすすめたい、さんの年齢に合わせた相手を選びました、期日は……」
「日にちと会場まで決まってるな。審神者どうしで結婚か……どうするんだ?」
 それまで顔を険しくしていたが、困ったような表情になる。もうそこまで決まっていて、しかもこれは政府の要請。命令というわけではないので強制力はないが、行かずに済むものでもあるまい。いっそのこと、こんな郵便物は来なかったことにしたいが、郵便屋の配達完了報告はすでに済んでいることだろう。
「結婚なんて考えたこともないよ……! 第一、私には太郎さんが……」
「だが、それを政府に言うわけにはいかないだろう」
「そうだよねぇ……ていうか、これ兄貴が知ったらまずいよね。愛しの主ちゃんが他の男とお見合いだなんて、兄貴が聞いたら発狂するんじゃ……」
 次郎がそこまで言ったところで、部屋の外からがしゃん、という大きな音が聞こえてきた。戸を開けてみると、そこにはこの世の終わりのような表情をした太郎が立っていた。
「あ、兄貴! もしかして、今の話聞いちゃった?」
「……主……主が見合い……主が他の男と……」
「聞いてたのか……」
 次郎の問いかけにもろくに反応せず、ぶつぶつと独り言をつぶやく内容は、たちが話していた通りのものだ。しっかりと今の話を聞いてしまったらしい。足元には彼の本体が転がっている。先程の大きな音の正体はこれだ。がお見合いと聞いて、衝撃のあまり本体を取り落としたらしい。が慌てて彼のほうへと駆け寄る。
「た、太郎さん落ち着いて、まずは事情を説明しますから……」
「主、主……」
「部屋に入りましょう、ね?」
 が必死でなだめ、部屋へと太郎の手を引く。太郎は顔を悲痛に歪ませてに導かれるがままになっている。その心もとない様子に、次郎は自分の失言を後悔して額を覆った。



 太郎を落ち着かせ、なんとか事情を話すと、太郎は何かを考え込むように黙り込んでしまった。次郎と山姥切は席を外している。あの取り乱した様子の太郎には、以外の言葉が耳に入るとは思えない、との理由から、と二人きりにさせたのだ。
 審神者の数は多くない。政府の会合に呼ばれたことが一度だけあるが、その時に集まった審神者の人数は両手の数ほどしかいなかった。もっとも、歴史改変主義者との戦いが最優先なので、全員がその場に出席しているわけではなかった。
 男女の違いもあるし、審神者に何か共通点があるのだろうかと何人かと話してみたが、特に何の共通点もない。生まれながらにして審神者の力があるわけでもないし、何かのきっかけがあるわけでもない。霊能力というものもあまり関係ない。一体何の基準で審神者に選ばれるのかが、いまだに自身にもよくわからないのだ。
 政府としても、審神者が易々と発現したのなら、歴史改変主義者を数で圧倒して早く争いを終わらせたいはずだ。なにが関係して審神者となるかわからないが、審神者どうしを結婚させ、子どもを生ませ、その子どもを審神者にするというのが、今回お見合いの話が出てきた理由だ。実際過去に、審神者どうしの子どもが審神者になるという例もあったらしい。もちろん、審神者の力が発現しなかったこともある。
「という事情なので、断っても今回に限らず今後もこういう話が出てくるかもしれません……もちろん、そのたびに断りますが」
 政府からの要請を断っても、表立っては何もないだろう。嫌味の一つでも特使からは言われそうだが。それを考えると憂鬱になるが、とても受けられる話ではない。
 太郎は視線を下に向けて黙っていたが、のほうを見ると口を開いた。
「主、主は本当に見合いの話を断るのですか」
「はい、断ります。だって、私には太郎さんがいますし」
「それは、ありがたいのですが……断ることで、主の立場が悪くなったりするのでは……」
「それは、まあ……嫌味は言われるかもしれませんけど、大丈夫ですよ」
「断る理由も聞かれるはずです。主は、なんと答えるつもりですか」
「……太郎さん、どうしたんですか? 断って欲しくないように見えるんですけど……」
 やっと会話したと思ったら、の予想外のことを聞いてくる。太郎は、断ってくれ、と言いそうだと思っていたのだが。太郎の言いたいことを計りかねて、が怪訝な表情をすると、太郎が眉を曇らせた。
「……本当に、断ってもいいのでしょうか。人間の男との縁談話を……」
「……? まさか、私にお見合いして欲しいわけじゃないですよね……?」
 がたずねても、太郎は首を振るだけではっきりと否定しない。ますます太郎の真意がわからず、は首をひねった。
「すみません……私も、自分の中で考えがまとまりません……主、すみませんが今日はこれで失礼します」
「太郎さん……」
 太郎が立ちあがって、の顔を見ないまま頭を下げて部屋を出て行った。確かに急な話で混乱させたとは思うが、その後はっきりとの意向を伝えたはずだ。一体何を考えることがあるのだろうか。しかし、去り際に見た太郎の表情は、確かに不安と迷いが見受けられた。
 太郎の心のうちがわからず、もその後の仕事が手につかない状態だった。お見合いの件を断る文面と理由も考えなくてはいけない。
(明日……まずは明日、ちゃんと太郎さんと話そう。それまでには、太郎さんの考えがまとまっているといいけど……)
 一番気にかかっていることは、やはり太郎のことだ。このままにはしておけない。の部屋を下がって以降、夕方も顔を見せなかった。夕食の時も、広間にはいなかった。明日になれば、を起こしに来るはずなので、その時を待つしかなさそうだ。
 そして翌朝。太郎のことが気になって、いつも太郎が起こしに来る時間の前に起きてしまった。また、悩み事や心配事があると眠れなくなる悪癖が出たかと頭をかいて、布団を上げる。着替えながら太郎を待っていると、いつもの時間になって、部屋の外から太郎の声がかかった。
「起きてますよ、どうぞ」
 太郎を招き入れると、太郎はまず頭を下げた。
「主、昨日は申し訳ありません。ろくに近侍の役目も果たせずに下がってしまいました」
「いいんですよ、そんなこと。どうですか、考えはまとまりましたか?」
「はい、一応は」
 頭を上げた太郎は、まっすぐにを見つめた。その表情は硬く、何か決意のようなものが感じられた。それを見て、が不安になる番だった。どう見ても、の言ったことに納得した顔ではない。
「主、見合いを受けてください」


その二→


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