君にだけ見せる一面 夜の続き


※幸村くん泥酔時の捏造を含みます。
※かっこいい幸村くんしか受け入れられないという方はご注意ください。



 酔っ払った幸村くんとお風呂に入り、髪も乾かしてあげて、あとは寝るだけの状態になった。
 ベッドの上に寝転がった幸村くんは、うちに置いてあるパジャマを着て、私に向かって腕を広げている。

、早くこっちに来て
「はいはい、今行くよ」

 お風呂でもこんなふうにことあるごとに私に抱き着いてきたので、かなり時間がかかってしまった。可愛いけど大変で、でも可愛いから結局許してしまう。

「じゃあ電気消すね」

 と言って部屋の電気を消すと、うん、と若干眠そうな声で返事が返ってきた。
 もうそろそろ酔いが覚めてもいい頃なんだけど、幸村くんの様子からはまだ酔っているのか覚めているのか、いまいちわからなかった。

(まあ結構飲んでたからなあ……あのワイン、私も一杯もらったけど残りはほとんど幸村くんが飲んだし)

 その上冷蔵庫にあったビールとハイボールも飲んでいたので、考えてみれば結構な量を飲んでいた。今は体調も気分も良さそうだからいいけど、明日は大丈夫だろうか。いくら若いとはいえ、今後お酒を飲む時はちょっと注意して見ていようかな。
 暗闇の中で手探りでベッドのそばに行くと、待ちかねたように幸村くんの手が伸びてきて、私は仰向けの幸村くんの上に乗るようにしてベッドに入った。

「ふふ、

 ちょうど胸の谷間に幸村くんの顔があって、このままでは幸村くんが苦しいんじゃないかと体勢を変えようとするが、幸村くんはお構いなしに私を抱きしめて離さない。力はお風呂に入る前より優しくなっているが、女の力では抜け出すことができない程度には強い。私は体重をかけないようにしながら幸村くんの頭を撫でることしかできなかった。

「はあ、柔らかい……きもちいい……」
「幸村くん……?」

 私の谷間に鼻先を擦り付けて幸村くんがなにか言っている。よく聞き取れなかったので、腕の力が弱まった隙に体を離すと、幸村くんが私の胸を両手で揉んできた。

「ゆ、幸村くん……?」
「おっぱい吸いたい」
「え」
のおっぱい吸いたいな」

 聞き間違いかと思ったが、はっきりと言い切られてしまった。幸村くん、おっぱいとか言うんだね。
 エッチがしたくなったのかと思ったけど、幸村くんの手つきはこちらの性感を高めるいやらしい触り方ではなく、単純に胸の柔らかさを楽しんでいるようなものだった。これも甘えん坊の一種なのかな。

「ん……じゃあ、ちょっとだけ……満足したら寝るんだよ?」
「うん」

 暗くてよく分からないが、幸村くんがにっこりした気がする。
 上体を起こしてパジャマのボタンを外し、ナイトブラの肩紐を下げて腕を出す。胸をはだけたタイミングで幸村くんがベッドサイドのライトをつけて、私は眩しさで目をつぶる。その隙に酔っているとは思えないほど素早い身のこなしで体を起こした幸村くんは、私の乳房を両手で包み込んで、左の乳首に吸い付いた。

「ん……」

 ちゅう、と音を立てながら乳首を吸われて、くちびるの感触に声が出た。でもなにかを感じたのはその一瞬くらいだ。幸村くんは、巧みな舌遣いや緩急の付け方で翻弄してくる普段とは違って、ただ乳房の柔らかさに包まれたいかのような吸い方をしてくる。エッチな気分になるというより、大きい赤ちゃんに胸を吸われているような感覚になった。

(可愛い)

 声には出さず、ただ幸村くんの頭を撫でる。可愛いと言うと、幸村くんは複雑な顔をするのだ。年下扱いされたように感じるのだろうか。
 それから、幸村くんは右の乳首も吸って、谷間に顔を埋めてぱふぱふして、思う存分楽しんでいた。

「ん、きもちいい……最高……のおっぱい大好き……」
「幸村くん、おっぱい好きなの?」
「好き。柔らかいし、形も大きさも最高……のおしりも好きだし、太ももも好きだし、もう全部好き」
「そ、そっか……ありがとう」

 シラフだと言わないようなことが幸村くんの口から飛び出てきて、私はちょっとびっくりした。普段は「可愛いね」とか「綺麗だよ」とか「エッチだね」とか、あとはたまに言葉責めみたいなこともされるけど、こんなどストレートに身体のどこを好きかと言われたことはなかった。理性のフィルターを通さないとなにもかも直球で、勝手にドキドキしてしまう。幸村くんは今エッチなことに及ぼうとしてるわけじゃないだろうに。
 心臓を落ち着かせようと幸村くんの髪を梳く。その時、一心不乱に吸い付いていただけだったのに、幸村くんの舌先が乳首に当たった。

「んっ……」

 舐められるとは思っておらず、油断していた私の体は素直にそれを快感として拾った。幸村くんの肩に回していた手に力が入ってしまい、幸村くんはその反応を私が喜んでいると思ったのか、今度は一心不乱に舌を遣ってきた。

「あ、ん……幸村くん……」

 ぺろぺろぴちゃぴちゃと、幸村くんの口の中で舐めしゃぶられ、乳首がどんどん硬くなっていくのが自分でもわかった。

「だ、ダメ、んぅ……」

 このままではまずいと、幸村くんの肩を押し返そうとするが、幸村くんはびくともしなかった。
 くちゅくちゅ、じゅるじゅる。
 舌と唾液が立てる音にも興奮して、体温が上がって声が甲高くなっていくのがわかる。

「なめられるの、きもちいい?」

 幸村くんがやっと口を離して、私の顔を見上げながら聞いてきた。

「うん……気持ち、いい……」

 寝る前にちょっとだけ幸村くんのお願いを聞いて終わるつもりだったのに。それで終わるには、ここで幸村くんをなだめて寝かしつけるべきなんだろうけど、高められた体はもっと気持ちよくなろうとしている。私は気がつけば幸村くんの言葉に頷いていて、幸村くんは私の返事ににっこりと笑ってもう片方の乳首を口に含んだ。

「なら、こっちもしてあげるね」
「あっ……!」

 さっきしたみたいにもう片方も舐めしゃぶられる。幸村くんが口を離す頃には、もうすっかりそういう体にさせられていて、声を我慢しなくなっていた。

「ふふ、ってばエッチ」
「……幸村くん、エッチしたくなったの?」
「うん……したい……」

 ふにふにと胸を揉んでいた幸村くんは、その問いに小さく頷いて、私の手を取って股間のソレを触らせた。

(あ、でも……)
「…………」
「…………」

 私に握らせたソレは、硬くなかった。半勃ちといったところだろうか。セックスするにはまだ柔らかすぎた。

「…………ほ、ほら、お酒たくさん飲んでたから……しょうがないよ、ね?」

 心なしか落ち込んだような様子の幸村くんに、とりあえず励ましの言葉をかける。
 幸村くんは中性的な顔立ちとは裏腹に男らしい気性だし、性欲だって弱くはない。普段どちらかの部屋に泊まる時は絶対エッチするし、いつもはちゃんとカチカチに勃起している。
 今回こんなふうに芯が通っただけの状態なのは、間違いなくお酒のせいだ。男性はお酒を飲むと勃起しづらくなるというアレだ。今は酔いのピークを過ぎたとはいえ、しこたま飲んでいた幸村くんがこんなふうになったのも頷けるものがある。まだ若いのに、さぞショックだろう。

(さすがに、直接触ったら勃つ、よね……?)

 幸村くんのズボンとパンツを下ろして、中途半端に首をもたげたモノをあまり力を入れないように扱く。

「ん、……」

 幸村くんは私がソレを扱いているところをじっと見つめたかと思うと、私の腰を引き寄せてまた胸を吸い始めた。
 私の乳首を舐め回しながら股間を刺激されて興奮するのか、だんだん手の中のモノが硬くなってくる。指の腹で鈴口や亀頭の裏をいじってやると、吸い付く力が強くなった。

「ん、あっ……」
「はあっ、、んっ……」

 幸村くんの口が乳房から離れて、今度は私の口に吸い付いてきた。と同時に、男根を握っている私の手に幸村くんの右手が重なる。短いキスを繰り返したり舌を絡ませ合って、一方でどんどん硬くなるソレを扱く。

(幸村くん、可愛い)

 いつも――といってもまだそこまで頻繁に体を重ねたわけではないが――ベッドでは大抵幸村くんに翻弄されっぱなしで、いつの間にか身も心も溶かされて、あとは幸村くんの動きについていくので精一杯というのが一連の流れになっている。だから、こんなふうに私が幸村くんになにかしてあげるというのは初めてに近い。手や口でしようかと言っても、「汚いからダメ」とか「はそんなことしなくていいんだよ」と断られる。フェラチオを好き好んでしたいわけではないけど、でも私だって幸村くんを気持ちよくしたい。私だって幸村くんを好きなんだから。
 幸村くんの息が荒くなってきたところでくちびると右手が離され、私の手も止まった。
幸村くんは私の服に手を伸ばし、そそくさと脱がしていく。私は腰を上げたりしてそれを手伝って、早々と全裸になった。
 ベッドサイドの小さいライトに照らされた私の体を見て、幸村くんは早速手を伸ばしてくる。
 今まで特に触れられてなかった私の股間は、幸村くんの指で湿った音を立てた。濡れているとわかった幸村くんは、嬉しそうに私の中に指を入れた。

「中まですごく濡れてるよ、。おっぱいだけでこんなにしちゃった?」
「ん、んっ……」
「ああもう、ほんとはエッチだなあ……今すぐ入れたい……もう、いいよね?」
「ん、いいよ……」

 幸村くんの指を難なく受け入れるくらいだから、たぶん大丈夫だろう。私としても胸への愛撫だけでは焦れったくて、早くもっと強い快感が欲しい。
 屹立にスキンを被せる。幸村くんはこういうことも普段はさせてくれないから、大人しく受け入れている今の状態が新鮮だ。こうなったら今夜はとことんリードしてやる。
 幸村くんの肩を押して寝かせ、体の上に跨る。彼のモノを手に取って入口に宛てがい、そのまま腰を下ろした。十分濡れているけれど慣らされてないからか、彼の太さを受け入れるのは少し苦しかった。

「んぅ……!」
「う、せま……、痛くない?」
「大丈夫、少し苦しいだけ……すぐ慣れるから……」

 そう言ってゆっくり腰を動かす。気遣うように腰に添えられた幸村くんの手が熱い。ああ、私で興奮してるんだ。そう思うと体が熱くなって、下腹部の圧迫も気持ちよさに変わってくる。二、三度小刻みに動いてみて、もう苦しさがないことを確認してから私は本格的に動き出した。

「あっ、はあっ、ぁん」
「ん、……」

 幸村くんが興奮したように揺れる胸を掴んできた。私が上下する動きに合わせて揉んで、たまに親指と人差し指で硬く立ち上がった乳首をクリクリとつまむ。電流みたいな快感が胸から下腹部のほうに走って、甲高い声を上げてしまう。

「あっ!」
「ん、今キュッて締まったね。の体、エッチすぎ、もう最高……」
「あっ、ん、幸村くん、」

 そのうち、私の動きに合わせて幸村くんも下から突き上げ出して、奥に当たるようになった。その度に私ははしたない声を上げて、幸村くんはそんな私を食い入るように見つめていた。

「はあっ、あっ、ダメ、んっ!」
「イっちゃう?」
「んっ……! や、あっ……!」

 私の弱いところを狙った突き上げで、私は呆気なく達した。リードするつもりがいつの間にか幸村くんのペースになっている。酔いはもう覚めているみたいだ。
 力が入らない体を寝かされ、その上に幸村くんが覆いかぶさってくる。頬や口、首筋、胸元にいくつもキスを降らせて、彼はまた私の中に入ってきた。

「ん……!」
、好きだよ、愛してる……」

 直後に激しい律動が始まったので上手く言葉を返せず、せめて気持ちだけでも伝わるように幸村くんの背中にしがみついた。
 ただ、そこからがまた大変で。
 激しさに私が何度か達しても、幸村くんのほうはなかなかイけないようだった。

「…………」
「…………あ、あの、ほら、お酒たくさん飲んだから仕方ないよ、ね?」

 次第に元気をなくしていく幸村くんに、私は精一杯慰めの言葉をかける。
 これもお酒を飲んだ男性にはままあることだ。幸村くんのソレは中折れとまではいかないものの、シラフの時よりも柔らかいのは事実だ。

「あ、あの……続けるなら、その……生でしても、いいよ……」

 幸村くんの歳で中折れしたら、それこそ立ち直るのに時間がかかるんじゃないか。そう思った私は、気がつけばそんなことを口に出していた。
 それを聞いた幸村くんは、ぱっと顔を上げて「えっ、いいの?」という表情をした。でもすぐに首を横に振って、自分に言い聞かせるように言った。

「いや、それはダメだ。そんなことさせられない。いくら俺の中で結婚確定とはいえ、まだ両親に紹介もしてないうちに万が一のことがあったら……」
「でも、そのままだとつらいよね?」
「それは、まあ……つらいけど……その申し出は正直ものすごく惹かれるけど……」
「だから……いいよ、周期的には一応安全だし……それがどうしてもダメなら、その、口でするし」
「……!」

 私の提案を受けて、幸村くんは本気で困ったような顔をして黙ってしまった。俯いて葛藤するような間を置いてから顔を上げ、私の顔を見てまた俯いてくちびるを噛んで……ということをしばらく繰り返して、ついに決心したように私の両肩を掴んだ。その鬼気迫る表情に気圧されて、思わず体が硬くなる。

「ゆ、幸村くん?」
「……本当に、こんなの今回だけだから。これっきりと思ってくれていい。もうこんな失態は金輪際しない。だから……」
「う、うん」
「………………口で、イかせて」

 ***

 一夜明け、リビングで頭を抱えて落ち込んでいる幸村くんの隣に座る。幸村くんは動かない。いつもは私がそばに行くと、花のような微笑みで迎えてくれるんだけど、今日ばかりはそんな気分になれないらしい。

「幸村くん、そんなに落ち込まないで。元気出して」

 控えめに声をかけると、頭を抱えたままの幸村くんから絞り出すような声が聞こえてきた。

「……いや、もう、本当に……今までの人生の中でこんなにやらかしたことはないよ……どういう顔をすればいいかわからない……」

 この世の終わりのような絶望感が漂ってきている。私が起きた時からこんな感じで、幸村くんの落ち込みようは半端ではない。あの後結局、口で一発抜いたところで幸村くんが寝てしまって、コトは終わった。挿入前後から酔いが覚めていたようだし、なにもかもしっかり覚えているのだろう。

「……口で、なんて……そんなこと、にはさせたくなかったのに……」
「そんなこと気にしなくてもいいんだけどな。私は幸村くんがつらいほうが嫌だよ」
「そういう状況になった原因は俺が飲みすぎたせいなんだ。本当にごめん。その……酔っ払ってすごく面倒をかけてしまって……」
「謝らなくてもいいのに……口でするの、得意じゃないけど嫌ってわけじゃないし……それに、甘えてくる幸村くん可愛かったし」

 と言うと、「可愛い」が今は地雷だったようで、勢いよく顔を上げた幸村くんが苦悶の表情を向けてきた。

「……!! それだよ! それだけは言われたくなかった……! の前ではいつもかっこいい俺でありたいのに……ただでさえ年下なんだから、頼りないところなんて君には見せたくないんだ」

 やはり年下ということを気にしての事だったようだ。いつも完璧な彼氏でいるのもその一環なんだろうな。

「うーん……家事もやってくれて、連絡もマメにしてくれて、普段からすごく大切にしてくれてって、いつも完璧すぎるくらいじゃない。お酒飲んでなくても、たまに甘えてくれるくらいでちょうどいいと思うんだけどな」

 幸村くんの頭を抱きしめると、胸のあたりからさらに渋い声が聞こえてきた。

「……でも、そんな俺、かっこ悪くない?」
「全然かっこ悪くないよ」
「もう知ってると思うけど、俺、甘える時はすごくベタベタしたいタイプだよ。ウザくない?」
「ウザくない。ものすごく甘えん坊になった幸村くんが嫌なら、あんなに甘やかしたりしないよ」

 そう、嫌なら適当にお酒を飲ませて寝かせちゃえばいいんだから。甘えん坊の幸村くんの相手は体力を使うこともあって、確かに大変な時もあるけど、苦にならない。ベタベタに甘える幸村くんなんてほかの誰も知らない、私だけが知ってる幸村くんだろうから。

「いつもかっこよくて優しくて、家事もなんでもできて完璧な幸村くんも好きだけど。それだけじゃちょっと寂しいから、もっと甘えてきてほしいな。私も幸村くんを甘やかしたい」

 幸村くんはそれでもまだ抵抗があるような様子で、

「……甘える俺でも、好きでいてくれるかい」

 と言った。幸村くんはこういうところが可愛いなあと思いつつ、彼の頭を抱きしめる力を強くした。

「うん、好きだよ。大丈夫」
「……その、そうなったら俺、たぶん今以上にに夢中になってしまうけど、俺の気持ちを全部受け止める覚悟はあるかい?」
「そ、それって覚悟が必要なの……?」
「そうだよ、本気の俺はすごいよ」

 今までだって十分本気だけど、と顔を上げた彼は、珍しくムスッとした表情だった。

「俺は確かにかっこよくてテニスも上手くて完璧だしすごくモテるけど、の前ではただの男なんだよ。好きでしょうがない女性が、俺のことを好きで甘やかしてくれてしかもエッチだったら、そんなのもうメロメロになるよ。当たり前じゃないか」

 怒られてしまった。

「そ、そうなんだ……でも、私も幸村くんが好きだから、そこまで想ってくれるのはすごく嬉しいよ」
「……言ったね?」

 一瞬、幸村くんの目が鋭く光った。その迫力に、なにかまずいことでも言っただろうかと不安になった。すぐに笑顔になったので鋭さはなりを潜めたが、なんとなく感じた怖さは私の中で残っている。

「それじゃあ、たまには甘えてみようかな。昨日みたいなことはもう御免だから、お酒は控えるとして」
「うん。私はいつでも歓迎するよ」
「ふふ、ありがとう」

 と言って、花が咲いたようににっこりと笑う幸村くん。そんな表情を見ていると、私まで幸せな気分になる。つられて笑うと、幸村くんがごく自然な動作でキスしてきた。くちびるから伝わる柔らかさと体温に、ますます心が暖かくなる。
 ――こういうのを愛しいっていうんだろうな。
 私からもキスを返すと、彼もまた幸せそうにはにかんだ。

(幸せだなあ……)

 ああ、好きな人と過ごすって、こうも満たされるんだなと思える瞬間だった。

 ***

「それでね、さっそくひとつ甘えたいというか、お願いを聞いてほしいんだけど」

 細かいキスを繰り返して、すっかり幸村くんの腕の中におさまっていた私は、気分よく返事をした。

「うん、いいよ。お願いってどんなこと?」

 幸村くんの胸にしなだれかかっていたから、そう言った時に彼がどんな顔をしていたのかわからなかった。

「――俺の自信回復に協力してほしいんだ」
「え……自信?」
「うん。俺、まだ二十四なのに好きな人とのエッチで中折れしかけて、実はかなりショックを受けてるんだよね。だからリベンジというか、今からその嫌な記憶を消したいんだ。協力してくれるよね? 今いいよって言ったし」
「え……え? 今から……?」

 今は朝と昼の中間ぐらいの時間帯だ。まだそんなことに及ぶような時間ではない。というか、休日でもだらだらせず活動する幸村くんにしては珍しい。今日も一応出かける予定だったはずなんだけど、元々の予定よりも優先したがるとは、彼の男としてのプライドはかなり傷ついているのではないだろうか。

「あのままじゃ終わらないよ、俺は」

 そうだった。幸村くんは普段穏やかで優しい人だけど、一方で誇り高く自分にしっかりと自信があって、超がつくほどの負けず嫌いなんだった。そんな彼が、失態を見せたままにするわけがない。こうなった幸村くんは止められない。
 私が二の句を告げられずにいると、沈黙を肯定と取ったのか――あるいは肯定以外受け取らないつもりなのかもしれない――幸村くんは私を抱きかかえて立ち上がった。ベッドへ向かう足取りに迷いはない。
 もう逃げられないと確信した私は、体から力を抜きながら言った。

「あ、あの……明日ちゃんと仕事できるくらいには、手心を加えてほしいかな……」
「ふふ、手心って、なんだいそれ。大丈夫だよ、気持ちいいことしかしないから。――いっぱい気持ちよくしてあげるよ」

 大丈夫だよと言いつつ、私の言ったことに対して明確な返答はしていない。ああ、もうこれは諦めて午前半休を取ったほうがいいかもしれない。
 さわやかな笑みを浮かべながら近づいてきた幸村くんのくちびるは、いつものように優しい反面、体をなぞる手つきはいつもより性急に感じられる。何時間後になるかわからない行為の終わり、自分がどんな状態になっているのか想像するのも怖いが、とにかく無事を祈るしかない。
 でも、これで幸村くんも少しは肩の力を抜いてくれればいいなと思う。歳が離れているせいか、私の前では色々気を遣っているみたいだから。これから一緒にいるんだったら、少しでも自然体で過ごせるほうがいい。
 幸村くんのくちびるにキスを返すと、嬉しそうに微笑んでくれた。この笑顔を少しでも長く私に向けてくれるなら、甘えてくる彼を受け止めるくらい、なんでもないのだ。


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