あの恋を、続きからもう一度
君にだけ見せる一面



※幸村くん泥酔時の捏造を含みます。
※かっこいい幸村くんしか受け入れられないという方はご注意ください。



 休日の朝、浅い眠りの中で微睡んでいると、不意になにかが額に触れた。目を開けずにいると、また額に先程の感触がして、そこで私はようやく目を開けた。
 カーテンから差し込む淡い光が照らす、見慣れた自分の部屋。そこに、こちらを見つめて微笑んでいる年下の恋人がいた。

「おはよう、
「ん……おはよう、ゆきむらくん……」

 見れば、幸村くんは肌着姿でタオルを首にかけていた。髪も毛先が少し湿っている。シャワーから上がったところのようだ。
 口元を押さえながら起き上がる。昨夜の甘い余韻がまだ残っているせいか、体が少しだるい。もう少し寝ていたいところだが、恋人がもう起きているのにいつまでも寝ているわけにもいかない。

「シャワー、先に浴びたよ。も浴びておいで。その間に朝食作っておくから」
「うん……ありがとう」

 もう一度私の額にキスをして、幸村くんはにっこりと笑った。
 付き合い出してまだひと月ほどしか経ってないが、幸村くんが朝食を作ってくれるのがいつものことになりつつある。私も朝に弱いというわけではなかったが、学生の時から部活やらなんやらで早朝から活動することに慣れている幸村くんにはかなわない。
 シャワーを軽く浴びて、歯磨きをして、髪を乾かして部屋着に袖を通す。ほのかに味噌の香りがする。今朝はなんの味噌汁だろう。

(幸村くんにいつも作ってもらって悪いなとは思うけど、私が早起きできない理由を作っているのも幸村くんだしなあ……)

 などと言い訳がましいことを考えつつ洗面所を出ると、待ち構えていたように腕が伸びてきた。その腕に絡め取られて、私は幸村くんの腕の中に収まった。直後にくちびるに熱が降ってくる。

「ん……」

 幸村くんのくちびるは、何度か軽く吸い付いてから私の口を開かせると、隙を見逃さずに舌を入れてきた。しなやかな腕は私の腰と後頭部に回され、朝から濃厚すぎるキスを抵抗することもできずに受けることになった。
 舌に残るミントの味もすっかりなくなる頃に、くちびるが解放される。

「……おはようのキスにしては、濃厚すぎない?」
「ふふ、ごめんよ。が朝から魅力的すぎて、我慢できなかったよ」

 といって目を細める幸村くんは、朝からクラクラするほどかっこいい。中学生の彼はまさに美少年だったけど、成長した今、整った容姿はそのままに色気も男としての魅力も備わっている。そんな彼からとろけるような甘い視線を向けられて、朝から心臓の音が早い。
 年甲斐もなく顔を赤らめていると、もう一度くちびるを奪われた。今度はリップ音を立ててすぐに離れた。

「可愛いね」
「ゆ、幸村くん……」
「このままもっとキスしていたいけど……朝ごはん、もう並べてしまったからね。冷めないうちに食べようか」
「う、ん……ありがとう、幸村くん」

 名残惜しそうに私の背から腰をなぞってから、やっと幸村くんの手が離れる。その手つきに少しだけ昨夜の情事を思い出して体が震えたが、食卓から漂ってきた味噌のかぐわしい香りに理性を取り戻す。
 綺麗に並べられた朝食の前に座る。焼き鮭、わかめとお麩の味噌汁、キャベツの塩こんぶ和え、控えめに盛られたもち麦ご飯。
 朝から完璧だ。いつも和食というわけではなく、冷蔵庫にあるものと、幸村くんの気分によってサラダとスープだったり野菜が乗ったトーストだったりする。幸村くんと付き合う前は、朝ごはんをテキトーに済ませたり食べなかったりとまちまちだったが、この完璧な彼氏のおかげですっかり健康的な朝を過ごすようになった。
 家事は気がつけばなんでもやってくれるし、それどころか部屋に彼の育てた花がいつの間にか飾ってあって、なんというか日々の生活に潤いができたように感じる。連絡はマメにしてくれるし、甘い言葉はこっちが照れてなにも言えなくなるくらいに言ってくれる。束縛がないわけではないが、基本的に優しく細やかな気遣いに満ちていて、こちらの仕事の事情にも理解を示してくれる。夜のアレだって……その、かなり上手い……と思う。
 完璧だ。気を抜いたらメロメロになってしまいそうなほど完璧な恋人っぷり。十人中十人が口を揃えてかっこいいと言う容姿のくせに、人間的にも文句のつけようがない。どうしてこんな完璧な人が自分の彼氏なのか、彼の想いに触れるたびに思う。
 いただきます、と手を合わせてから味噌汁に口をつける。うん、お味噌の濃さもちょうどいい。
 私の正面に座って同じく味噌汁をすすっている幸村くんの伏せられた目を、長いまつ毛が縁取っている。所作に育ちの良さがにじみ、なにをしていても不思議と品がある。食べている時も絵になる美青年である。味噌汁の木椀を持っているだけなのに。
 思わずため息が漏れそうになる。幸村くんの目線がこちらに向けられたので、慌てて椀に口をつける。

「お味噌の濃さは大丈夫かい」
「うん、ちょうどよくて今日も美味しいよ」
「ふふ、良かった」

 柔らかく笑う幸村くんは、本当に綺麗としか言いようがない。
 なにもかも完璧で、まったく死角がないように思える幸村くん。
 しかし、そんな彼にも弱点――というか、隙を見せる瞬間がある。

 ***

「あ、だぁ」

 夜、両親からの誕生日プレゼントだというワインを開けて、私の部屋に置いていたお酒も景気よく開けていった幸村くんは、かなり酔っていた。お手洗いから戻っただけの私をにこにこと笑って出迎え、そしてソファに座った私に両手を広げてみせる。

「こっち来て、

 言われた通り彼の隣に寄ると、即座に広げた腕の中に閉じ込められる。抱きしめられたというより、抱き着かれたに近い。平時よりも強い力で抱擁され、少々息苦しい。

ちゃん」

 始まった。幸村くんは私とふたりきりの時に酔っ払うと、こうやってちゃん付けで呼んでくる時がある。それは幸村くんがものすごく酔っ払っているとの指標になっていた。
 彼の酔い方には二段階あって、一段階目は普段の彼とそんなに変わらない。意識はしっかりしていて記憶も確かに残る。二段階目はかなりベロベロの状態で、普段のしっかりした姿はどこへやら、心を許した相手にはべったりと甘えてくる。

「可愛い、ちゃん可愛いね。ぎゅーってしてあげる」

 ぎゅー、と言いながら更に力を込めて私を抱きしめた後、スンスンと首元の匂いを嗅いでから腕をゆるめ、私の太ももに頭を置いてごろんと横になった。
 手近にあったクッションを手に取って、抱きしめながら私を見上げてくる。顔色はそこまで変化してないが、表情はかなりゆるくなって、もうふにゃふにゃだ。
 語尾は間延びしているし、必ず今みたいに膝枕か抱っこの体勢をねだってくる。今日は膝枕の気分だったようだ。
 付き合う前、外で飲んでいた時は上手く酒量をセーブしていたらしく、こんなふうになることはなかった。だから、付き合って週末をお互いの部屋で過ごすようになってから、初めて知ったことだった。初めてこの状態を見た時は、それはもうびっくりしたものだ。

ちゃん」
「ん?」
ちゃん」
「なぁに、幸村くん」
「ふふ、呼んでみただけー」
「はいはい」

 太ももに乗っている幸村くんの頭を撫でてやると、ふふふと嬉しそうに笑って、幸村くんが抱えているクッションにしわが寄った。

(最初はほんとびっくりしたけど、この時の幸村くん、可愛いんだよね)

 ほぼ欠点がない彼が見せる、数少ない隙といえる。本人によると、酔っ払うと甘えん坊になることはうっすら覚えているらしく、翌朝はかなり落ち込んでしまう。私はというと、甘えん坊の彼は嫌いじゃない。お風呂に入りたがらなかったり、駄々っ子になる時もあるので、その時だけはちょっと大変だけど、おおむね許容範囲内であるし、なにより普段とのギャップを感じて可愛いのだ。
 彼の癖毛を指でいじっていると、ちゃん、とまた呼ばれた。

「おれのこと好き?」

 クッションで口元を隠しながら幸村くんが尋ねてくる。こうやって好きという言葉をねだってくるのも甘えん坊の時の特徴だ。

「うん、好きだよ」
「……! そっかぁ、ふふ……」

 再びクッションをきつく抱きしめて嬉しそうに笑う幸村くん。体をもじもじとさせるせいか、太ももの上に乗っている頭が揺れて、少しくすぐったい。
 と、思っていると、幸村くんが唐突に起き上がった。クッションは抱きしめたまま、私に向かって顔を近づけてくる。

「じゃあ、ちゅーして」
「ちゅー?」
「おれのこと好きってちゅー」

 あざとい上目遣いでキスをねだった後、ん、と目を閉じて待ち構える幸村くん。もう完全に酔っ払っている。
 私は幸村くんの両頬に手を当てて、くちびるを軽く吸ってから音を立てて離れる。彼が目を開けてなにかを言う前に、「大好きのちゅーだよ」と言った。
 それを聞いた幸村くんは、目をキラキラさせたかと思うと、クッションを投げ出して私に抱きついてきた。そのままものすごい力で抱きしめられ、思わず苦しい声を上げてしまう。が、幸村くんはそれどころじゃないようで。

「ふふ、そっかぁ……ってば、おれのこと大好きなんだぁ……ふふ、ふふふ……」
「うぐっ……ゆ、幸村くん……くるしい……」
「おれものことが大好きだよ! ずっとずっと、ずーっと大好きなんだ……おれたち両想いだね。両想いだから結婚しないといけないね、ふふ……」
「ぐ、わかった、わかったから……くるしいよ、幸村くん」

 上機嫌に私を抱き潰さん勢いで力を込め、すりすりと顔を寄せてくる幸村くんの後ろ頭を撫でて、なんとか落ち着かせようと試みる。
 酔っ払うと全力で甘えてくるしパワーも全開になるので、嬉しいし可愛く思う反面、大変である。普段の幸村くんが、いかに優しく気遣ってくれているのかがわかる瞬間である。
 でもまあ、こういうところも可愛く思えてしまうのは、惚れた弱みなんだろうな。
 普段はこっちが圧倒されるくらい平然と愛を囁いて、スマートにリードして、なんでもできて。
 そんな幸村くんだから、力いっぱい抱きしめられて苦しくても、わがままに困らされても許してしまう。

「ほら、そろそろお風呂入ろう、幸村くん」

 腕の拘束が緩くなったタイミングで体を離してそう言うと、幸村くんはまたあざとい上目遣いを向けてきた。

「……も一緒じゃないとやだ」
「え? うーん……でもふたりだと狭いよ、お風呂」
「やだ、一緒にはいるもん」

 一緒にお風呂に入ると、高確率でエッチなことを仕掛けてくるので遠慮したいところなんだけど、こんなに酔っ払ってるしその危険はないかと思い直す。今日はかなり酔っ払ってるから、怪我しないかとかそっちの意味でも心配だし。

「んー……じゃあ、一緒に入ろっか」

 たぶん、この酔いっぷりからしてお風呂でもアレしてコレしてと甘えてくる可能性が高い。お風呂で大の男の世話を焼くのはかなり骨が折れるが、もう仕方ないと腹をくくる。

「やったあ」

 私の葛藤もいざ知らず、幸村くんはにこーっと笑って私の胸元に抱き着いてくる。甘えたになった時の幸村くんはなんというか、大型犬みたいだ。私の言動に対して、本当に嬉しそうに笑いかけてくる。彼の私に対する気持ちに嘘偽りがないことを実感できて、だから私はこの甘えん坊モードの幸村くんをつい甘やかしてしまうんだろう。
 大方の予想通り、お風呂でも甘えん坊を発揮した幸村くんの髪を洗ったり背中を流してあげたり、そのほかにも色々あって、いつもの倍以上の時間をかけてなんとかお風呂を終えた。明日も休日で良かった。
 この後、もう寝ようとベッドに入ってからもうひと悶着あったのだが、それはまた別の機会にでも。


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