うちにおいでよ


※幸村くん高校一年の春。誰もいない家でイチャイチャしたい幸村くん。夜の部へ続きます。
※幸村くんの妹が割と出てきます。捏造です。苦手な方はご注意ください。



 五月の連休といえば、幸村にとってはテニスのイメージしかない。連休中、一日みっちりとテニスをして、最終日にしっかりと休む。その片手間で学校の課題を片付けたり、花の世話をしたり。休みといっても休んでいるわけではない。
 この時期、両親は一泊か二泊の国内旅行に出かける。妹は、小学校高学年になるまでは両親について行ったが、今はこれ幸いとばかりに友人の家にお泊まりのタイミングとなっている。幸村はいつも、テニスで家に残っていることが多かった。合宿が計画されることもある時期だからだ。
 今年も例に漏れず、両親は一泊二日の旅行に出かけるという。妹もお泊まり。合宿の日程ともかぶってない。ということは、家に幸村しかいない日があるということ。

を呼ぶしかない!)

 いつもの部屋でのデートが多いので、そろそろ違うデートがしたい。これはもう、を幸村の部屋に呼ぶしかない。そして泊まってもらうしかない。また一晩中一緒にいられる。

が、俺の部屋に……うん、エッチ、何回できるかな)

 自分の部屋にいる、自分のベッドに寝そべるを想像しただけで興奮してきた。もう幸村の頭の中は、ほぼそのことで占められていた。
 普段は、平日は幸村の部活終わり、かつの残業がない日に夕食を一緒に食べてイチャイチャして帰る。休日も部活があるのでほぼ平日と同じで、たまの部活がない日に一日デートする。それでも、幸村は未成年なので遅くまでは一緒にいられないし、泊まって夜を過ごすということもない。
 だから、この機を逃す手はない。
 確か、は連休中特に予定はないと言っていたから、呼べば来るだろう。思い立ったが吉日、さっそく携帯でメッセージを送ってみた。

、連休中は予定ないって言ってたよね」

 一応確認しておく。これで予定入れちゃったとか言われたらどうしようと不安になったが、そんな不安はすぐに杞憂となった。

「うん、ないよ。どうしたの?」
「じゃあ、うちに泊まりに来ない? 家に俺しかいない日があるんだ」
「お邪魔していいんなら、行きたい」
「もちろん。歓迎するよ」
「これって、精市くんの部屋に泊まることになるんだよね?」
「そのつもりだけど、どうかしたのかい」
「ううん、嫌とかじゃなくて、ちょっと緊張するなあって思っただけ」

 それはどういう意味なんだろうか。幸村の部屋で過ごすことの、どこに緊張する要素があるのか。と思ったものの、考えてみれば、幸村もの部屋に初めて入った時は異様にどきどきしていた。それと同じ感覚なのかもしれない。
 この日はとりあえずの希望を聞くだけで終わり、後日詳細を決めることとした。朝から旅行に出かける両親はともかく、妹にもこの日の予定を聞いておかねば。幸村の部活は両日ともにある。部活が終わってからを迎えに行って、翌日の朝まで一緒に過ごすということになるだろう。
 そう考えると短い時間だが、一晩でもずっと一緒にいられるのは嬉しい。幸村の生活スペースにがいるという状況もレアだ。
 幸村は寝そべっていたベッドから起き上がると、妹の部屋へと向かった。遅い時間だったが、夜更かし気味の妹は起きているだろう。
 ドアを叩くと、しっかりと返事が返ってきた。部屋には、ベッドに寝そべりながら携帯をいじっている妹がいた。先程までの幸村とまったく同じような格好だった。

「なに、お兄ちゃん」
「父さんたちが旅行に行く日のこと、聞きたいんだけど。何時頃に友達の家に行って、次の日は何時に帰ってくる?」

 と言うと、彼女は携帯を操作した。友人とのやり取りを見返しているらしい。

「うーんとね、お昼食べてから行こうと思ってて、次の日はお昼前には帰ってくるよ」

 つまり、幸村が部活から帰ってくる時間には、すでに妹は家にいないということだ。となると、部活が終わる午後四時過ぎにを直接迎えに行ってから帰ってきても、問題はなさそうだ。
 早くを迎えに行けそうで、幸村は思わず表情が緩みそうになった。少しでも長くいられるに越したことはない。妹の前で兄の顔を作ると、あたかも家のことで心配だから聞いたようなことを言った。

「そうかい。だったら、ちゃんと戸締りして行くんだよ」
「わかってるってば。お母さんからも、もう何回も言われてるんだから」
「頼むよ」

 同じことを何度も言われる羽目になり、不満そうな妹を尻目に部屋を出る。
 これで不安要素はなにもなくなった。あとはに連絡して当日を待つだけ。

(寝る時は絶対俺の服着てもらおう)

 またとない彼シャツのチャンスである。が自分の服を着た想像を膨らませながら、弾む足取りで自分の部屋に帰る幸村であった。

 ***

 待ちに待った当日。部活が少し長引いてしまった幸村は、急いでを迎えに行った。マンションの前で待っていたは、ラケットバッグを肩に走ってくる幸村を見て手を振った。

「ごめん、お待たせ」
「ううん、そんなに待ってないよ。大丈夫?」
「これくらい、走ったうちにも入らないくらいだよ、大丈夫。でも、汗かいちゃったからを抱き締められないな」
「も、もう……隙あらばそういうこと言う」
が大好きなんだから仕方ないよ。諦めて」
「……あの、別に、いいよ。汗かいてても」

 だから、抱き締めてもいいと言っているのだと理解した瞬間に、を腕の中に収めていた。唐突に抱き締めてきた幸村に戸惑いつつも、も幸村に抱きついてくる。

(可愛い……今日も可愛い、好き)

 の髪に鼻をつけて、香りを吸い込んでから長く息を吐き出した。を想う気持ちでいっぱいになりそうな心を落ち着かせるためだ。
 でもこれくらいは許されるかと思い、おでこにちゅっとキスをしてから離れる。不意打ちを食らったは、短く声を上げてほんのり頬を染めた。

「俺、汗くさくなかった?」
「う、うん、それは全然気にならなかったよ。精市くんのにおいだなあって」
「そう、よかった。じゃあそろそろ行こうか。案内するよ」
「うん、お願いします」

 が荷物を抱え直したのを見てから歩き出す。

「そういえば、夕飯はどうするの?」
「ああ、うん。こういう時は自分で作ることになってるんだ。家にカレーの食材が残されてるんじゃないかな」
「カレー?」
「俺がそれしか作れないからね」
「あはは、精市くん、なんでも出来そうに見えるけど、料理はそんなにって感じなのかあ」
「まあ、そんな機会もないから……でも、ほかの同級生と比べたらまだ作れるほうだと思うんだけどな」
「そうだね、うん、えらいえらい。今回は泊めてもらうお礼に私が作るね」
「うん、俺も手伝うよ」

 久しぶりに年下扱いされた気がするが、想いが通じ合った今ではそんなにムッとするものではない。ただ、今夜はどうしてくれようかとひそかに思う幸村であった。
 幸村の家は、のマンションからそう離れていない。決して狭くはない敷地に建つ家なので、郊外と言っていいところにあり、駅からも少し離れている。マンションからは徒歩十分強といったところだ。

「着いたよ、ここ」
「……ご、豪邸……」

 表札が掲げられている門扉から入り、玄関に着く頃には、驚きに見開かれていたの瞳も戻っていた。

「……うーん、そりゃ私立の名門校に通ってるから、多少いいところの子なんだろうなと思ってたけど……まさか本当にお坊っちゃんだなんて……」

 幸村が玄関の鍵を開けている間、は家の周りに広がる美しい庭を眺めながらぶつぶつ言った。庭も広いし、奥のほうには温室も見える。いつぞやに幸村がアトリエにしたと言っていたものだ。本当に、どこをとっても良家の子息なんだと思ったである。本来なら、なにひとつ接点がない幸村とだが、それが今は恋人同士なのだからわからないものである。

「ん? なんて?」
「ううん、なんでもない」
「そう? 早く入って、お茶を出すから」
「お、お邪魔します」

 を招き入れた幸村は、をまずリビングへ通した。お茶を入れてから、彼女の荷物を持って自室に置きに行く。着替えを済ませ、自分の荷物から洗濯物を取り出し、一階へ戻って洗濯籠へ放り込む。リビングへ戻ると、が大人しくソファに座って、つけたテレビを眺めていた。

(俺の家にがいる)

 なんでもないことにも感動してしまう。おかえり、というに早足で寄って隣に座ると、返事もそこそこにの体を抱き寄せた。途端にが顔を赤くして、肩を強ばらせる。

「……緊張してる?」
「う……そりゃ、するよ……」
「どうして? 俺たち以外誰もいない。ふたりきりだよ」
「……それも、緊張するんだってば」

 幸村とふたりきりだから緊張する。ということは、もしかして。

(……俺、意識されてる?)

 こうやって肩を抱き寄せただけで緊張してしまうとは、幸村がなにか不埒なことをしてくると意識しているからではないのか。この家の中は誰もいないから、我慢しなくていい。のほうにも拒む理由はない。そんな状況の中で、幸村がなにをしてくるのか。
 ――意識されている、それも男として。
 そう思った瞬間に、のくちびるにキスをしていた。

「んっ、ん、ぅ……」

 舌を割り入れての舌をくすぐってやると、の肩から力が抜けていった。舌で口内をじっくりと愛撫して、が幸村の動きに身を任せたところでソファに押し倒した。

「ん、ふ、ぁっ……」
「はあっ…………」

 くちびるの隙間から漏れるの声に、体温が上がっていく。はキスが好きなのか、それとも口の中が感じやすいのか、キスでも体を反応させる。同じくキスが好きな幸村にとっては好都合で、こういうことを相性がいいというのかと、体を重ねる度に思う。

「んっ、あ、精市くん……」

 リップ音を派手に立てて口を吸ってから顔を見ると、は火照った頬と濡れたくちびるで幸村を呼んだ。

(こんなの、もう誘ってるだろ)

 こんな状態の彼女に甘い声で名前を呼ばれて、興奮しない男がいるだろうか。いやいない。
 本来なら、お茶を飲んだ後、日のあるうちに庭やアトリエにした温室を案内しようと思っていたのに。が可愛すぎるのと状況がエロすぎるせいで、幸村は理性を失いつつあった。
 普段は家族で団欒しているリビング。今日は幸村とだけで、ほかには誰もいないリビング。いつもは家族が座っているソファの上に、が色っぽい顔つきで幸村を見上げている。
 なんという背徳感だ。細身のジーンズの下で、幸村の雄はすでに主張し始めていた。

(ここでエッチしたら、毎日思い出して興奮するだろうな)

 などと思いながら、の服に手を伸ばす。

「あっ、せ、精市くん……今、するの……?」
「……したい。ダメかい?」
「い、いいけど、ここじゃちょっと……」
「ここでを抱きたいって言ったら、怒る?」
「……! んっ……!」

 がなにかを言う前にキスで口を塞いで、の服を脱がせにかかる。は幸村の体を押し返そうとしていたが、幸村が上からどかないと悟ると、徐々に力を抜いていった。

、好きだ、欲しい)

 夕方のニュースを流し始めたテレビの音声が、頭の片隅に流れる。それと、玄関からただいまという声。

(……ん? ただいま?)

 ちょっと待て、ただいまってなんだ。おかしい、もう今日は誰も帰ってこないはず。
 幸村がの口から離れると同時に、軽い足音がリビングに近づいてきた。あ、やばいと思った瞬間、リビングの扉が開けられた。

「ごめんお兄ちゃん、ちょっと忘れものしちゃって…………って、」

 現れたのは妹だった。急いでの上からどくが、時すでに遅し。リビングで彼女を襲っている瞬間という、見られてはいけないところを見られてしまった。非常に気まずい。
 妹は大きな瞳をまん丸にした後、幸村がなにか言うよりも早く、彼を指差した。

「あー! お兄ちゃんてば家に彼女連れ込んでる! しかも今絶対やらしいことしようとしてたー!」
「ちょ、お前、」
「いけないんだ〜お兄ちゃんてばエッチぃ」
「……ああもうっ、ちょっとこっち来なさい!」

 囃し立てる妹をリビングの外に追い出すと、後ろ手にドアを閉めた。廊下に出た妹は、今まで見たことがないくらいに楽しそうな顔をしていた。
 思わずため息が出る。これは絶対、後々まで揶揄されるネタになる。幸村が普段そんな隙を見せないだけに、妹は鬼の首を取ったような顔をしていた。

「ふーん、そっかそっか、私の出る時間と帰ってくる時間を気にしてたの、なんか変だと思ったんだよねー」
「お前、なんで急に帰ってくるんだよ」
「えー、だって急いでたし。忘れ物取りに帰るくらい、別に連絡しなくてもよくない? 疚しいからって私に当たらないでよね」
「いちいち嫌な口答えする子だね……」
「てか、お兄ちゃんの彼女、大人っぽくて高校生には見えないけど、もしかして年上? どこで知り合ったの?」

 恋バナが大好きな年頃に格好の話題を提供してしまった。目を輝かせて幸村に質問してくる妹を、しっしっと追い払うように手を振った。

「兄ちゃんをからかうんじゃない。早く忘れ物取って友達の家に戻れよ」
「へえーそういう態度取るんだ。いいのかなあ、このままじゃ私、お父さんとお母さんに、お兄ちゃんが彼女を連れ込んでやらしいことしてたって言っちゃいそうだなあ……」
「……ああもう、本当に嫌な妹だな……なにが欲しいんだい」

 妹が言わんとすることを察して、幸村は額を覆った。途端ににっこりと顔を綻ばせる妹は、普段なら俺に似て可愛いなとか思うところだが、今は忌々しさしかなかった。
 ともかく、まずいなと幸村は思った。金欠というわけではないが、手持ちの金はすでに使う予定を決めている。とのデートと園芸用品と本。そこに妹の口止め料など入る余地があるだろうか。

「ハーゲンダッツ五個で手を打ってあげてもいいよ」
「はあ? 五個ってお前、そんなにひとりで食べてどうするんだよ。どうせ、太ったとか言ってあとで騒ぎ出すだろ。一個」
「一個じゃ楽しみがすぐ終わっちゃうじゃん! 四個!」
「人生は楽しいことだけじゃないんだよ。二個」
「だからせめて美味しいアイスは食べたいものじゃん! 三個! 三個は絶対譲らないから! じゃないと誰かに言っちゃうからね!」
「まったく……わかったよ。ハーゲンダッツ三個ね。だから、今日見たことは誰にも言わないでくれよ。いいね?」
「やったー! わかってる、友達にも言わないから!」

 幸村が折れる――とはいっても、最初の五個からかなり渋ったが――と、妹は手を叩いて喜んだ。弾む足取りで二階に上がっていく妹を見送って、本当に大丈夫かな……と若干不安になったが、今は信じるしかない。危なくなったら、またハーゲンダッツで口を封じることとしよう。
 バタバタと足音を立てて戻ってきた妹に、「お客さんが来てるんだから静かに」と注意するが、まったく聞いた様子はなく、

「じゃあ、今度こそ行くね。ハーゲンダッツの件、絶対に忘れないでね!」

 と最後に念を押して、玄関から出ていった。
 玄関の鍵を閉め、またひとつ大きなため息を吐いてからリビングへと戻る。嵐が過ぎ去った後のような徒労感だった。
 リビングでは、が服を整えてソファに座っていた。なぜだか楽しそうに笑っている。その隣に座ると、が幸村の顔を覗き込んだ。

「妹さんに見られちゃったね」
「俺もこれは予想出来なかった……ごめん、嫌な思いさせちゃったね」
「ううん、ちょっと恥ずかしかっただけで嫌な思いなんてしてないよ。それに、久しぶりに精市くんの年相応なとこ見れたなあって、私はちょっと得したかな」
「……聞こえてた?」
「うん、ちょっとね」
(あいつ……声大きいんだよ)

 あの妹との口喧嘩を聞かれてたなんて。幸村は頭を抱えたくなった。せっかく自分の家というレアスポットにいるのに、いまひとつ締まらない。思わず妹を恨みそうになる。理性を失って、妹が帰ってくる物音に気づかなかった自分が悪いのだが。

「……よりによっての前で、かっこ悪いな……」
「かっこ悪いなんてことないよ。精市くんの可愛いところが見られて、私は嬉しいけどな」
「だから、その可愛いっていうのが……」
「ふふ、可愛い可愛い」

 膝に肘を着いて頭を抱えている幸村を、が抱き締めて頭を撫でてくる。いつもなら、から抱き締めてくれるなんてと喜ぶところだが、今は嬉しくなかった。むしろ、あからさまな年下扱いに不満が募る。

「俺は、に可愛いじゃなくてかっこいいって思われたいんだよ」
「うん、思ってるよ。私の彼氏はいつもかっこよくて、テニスをしてる時はもっともっとかっこいいよ。でも、かっこいいだけじゃなくて、私の前でかっこつけようとしたり、私を喜ばせようと頑張ってくれるところが可愛い。どんな精市くんでも私は大好きなんだよ」
「……はあ、かなわないな」

 そう言われると抵抗できなくなってしまう。幸村も、どんなでも好きだから。ひと目で惹かれた大人びて悲しげな表情も、幸村に年上ぶってくるところも、そのくせ幸村をひとりの男として意識しているところも。全部愛おしくて仕方ない。
 でも、よしよしと頭を撫でられ続けるのはいい気分ではない。の胸から顔を上げて彼女の腰を抱くと、素早くくちびるを奪った。柔らかい上唇に吸い付いてから名残惜しく離れる。

、ちょっと遅くなったけど俺の温室に案内するよ」
「うん」

 立ち上がっての手を取る。妹の闖入のせいで日が暮れかけているが、こうやって手を引いてやって、足元にさえ気をつければ問題ないだろう。むしろ手を握る口実になった。
 玄関で靴を履いていると、不意にが笑った。

「それにしても、可愛い妹さんだったね」
「……あいつのことはもう忘れていいから」

 幸村が思い出したくないという顔で温室に歩き出すと、はさらに笑った。

「えー、妹さんのこと聞きたいな。精市くんと仲良いんだね」
「まあ、悪いほうじゃないと思うけど」
「いやーあの様子だと絶対仲良いと思うよ。精市くんに似て可愛かったもんね」

 と、幸村の妹のことを思い出しながら微笑むは、オレンジ色になりつつある陽の光に照らされて綺麗だった。寂しげに笑う顔も綺麗だったが、柔らかく微笑んでいると女神かなにかのように綺麗だと幸村は思う。ちょうど庭の花にも囲まれて、この瞬間を切り取って絵にしてしまいたいと思うほどに。

(こう思うのって、惚れた欲目なのかな……まあ、どっちでもいいか。は綺麗だし可愛いし)

 に見惚れながら歩く幸村は、先程足元に注意して歩こうと思ったそばから注意力散漫になっていた。
 温室に入ると、春の花が美しく可憐な姿を見せていた。
 夕日に照らされた草花は、花弁の先までみずみずしい。土と草木と花のにおいが満ちる空間。ここで過ごす時間が、幸村は好きだった。

「きれい」

 と言って、は屈んで花に見入る。
 夕日が象る横顔を見つめながら、いつか時間がある時にもう一度ここにを連れてきて、の絵を描こうと思った幸村だった。


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