番外編その1  私の彼氏がかっこよすぎるんだが


※夢主視点。付き合って間もない頃、今までの憂さを晴らすようにガン攻めの幸村に困る話。幸村くんは想像力豊か。


 私の名前は。しがない会社員です。
 平凡を絵に描いたような人生でしたが、最近私にはある悩みがあります。それは、最近付き合い出した彼氏について。
 彼氏こと幸村精市くんは、立海大附属中学に通う男の子で、とてもテニスが強くてとてもかっこよくて、私にはもったいないくらいのとても素敵な彼氏。
 付き合い出してからまだ間もない、とても楽しい時期。ありがたいことに彼は私のことを本当に想ってくれていて、私も彼のことが好きだ。なので、なにを悩むことがあるのかと思われるかもしれない。歳が離れていることとか、中学生に手を出して犯罪なんじゃないかとか、色々思うところは私にもあるんだけど、ここでいう悩みはそれとはまた別の問題である。
 じゃあなんなのか。それは――

「ん? どうしたの、そんなに俺を見つめて」

 隣に座っていた幸村くんが、私の視線に気づいたようで、こちらを振り返って上機嫌に笑った。
 早いもので、もう年の瀬がすぐそこまで迫った今日この頃。ふたりとも休みの今日は、幸村くんが私の部屋に遊びに来ていた。
 夕飯を食べた後、ふたり掛けのソファで並んでお茶を飲んでまったりしていた私たちは、元々近い距離だったんだけど、幸村くんは私の視線を好機とばかりにさらににじり寄ってくる。

「俺の顔になにかついてる?」
「う、ううん、なにも」
「そう? じゃあ、どうして俺を見つめてたんだい?」
「う、いや、なんでもないの、気にしないで」

 私は幸村くんがじわりと寄ってくるのに合わせてソファの端へと後退していたんだけど、肘置きにたどり着いてしまって、これ以上後退できないところまで来てしまった。私が見ていたことで幸村くんのなにかに火をつけたのか、幸村くんは薄く笑って距離を詰めてくる。そして、とうとう私の体の右側面に、幸村くんの体が当たった。

「……!」

 身を引くスペースもなくなってしまったのに、さらに幸村くんは左腕を私の肩に回してがっちりと私を捕らえた。驚いているうちに、幸村くんは私にキスをしてきた。

「ん、っ……!」

 幸村くんの右手が私の頬を優しく撫でる。それでいて、その手は私をキスから逃げないようにしている。大人しく幸村くんのくちびるを受け入れるしかなかった。
 ちゅ、と軽く吸いつかれてからくちびるが離れていった。まだ舌を入れるようなキスはしてないのに、私はたぶん今真っ赤になっている。

「ゆ、幸村くん……」
「フフ、あれ、違った? じっと見つめられたから、キスしたいのかと思ったよ」
「そ、そんなつもりじゃ」
「俺はそうだけどね。を見つめる時は、いつもキスしたいって思ってるよ」
「……!」
「ねえ、もっとしたいな、キス。していいかい?」

 していいかい、と聞いてきたのに、私の返事を聞く前にまたキスをしてきた。ダメ、という返事は許さないとでも言うように、私のくちびるを吸ってくる。
 そう、これだ。
 私の悩み――それは、この攻めっ攻めの男子中学生のことなのだ。
 皆さん見ましたか、この攻めっぷりを。普通、十も歳上の私が余裕をもって幸村くんを受け止める、みたいな感じじゃない? なのに、気づいたらいつもこう。幸村くんがあまりにもグイグイ来るもんだから、私はいつもこんな感じでたじたじになって、幸村くんのいいようにされるという構図が出来上がる。中学テニスでナンバーワンの幸村くんだから、普通という枠に当てはめて考えるのが間違っているのかもしれないんだけど。
 いや、それにしたって上手すぎじゃないか。キスのことじゃなくて――いやキスも十分上手いとは思うけど――そうじゃなくて籠絡の仕方が上手すぎる。私が中学生の時、こんなんじゃなかった。異性と話すのもちょっと照れくさくて、まあ彼氏なんていなかった。周りの友達にもいなくて、いるとしたらクラスで一番可愛い女の子とか、学年で一番男友達が多い女の子とかだった。こんな口説き方をしてくる男子なんてまずいなかったと思う。

(あれかな、やっぱり幸村くんモテるからかな……わからない……男子中学生と付き合ったことなんてないからわからない……!)

 実らない片想いをついこの間までしていて、男性経験はあるものの、両想いの経験がない私は、本当に幸村くんの押しの強さに困っているのだ。ドキドキして死にそうなのだ。キスがこんなにドキドキするものなんて、私は今まで知らなかったんだ。
 長いキスが終わる頃には、私の顔は真っ赤で、目も潤んでたんだと思う。幸村くんがそれを見て、目から笑みを消したから。

「エッチな顔。そんな顔してると……」

 幸村くんは私から視線を外さずに、私のほうへ体重をかけてきた。それに合わせて私の体はずるずるとソファを滑って、後頭部に肘置きがそっと当たった。幸村くんの左腕が、私がいきなり倒れないようにしてくれていた。

「――襲っちゃうよ」

 テニスをしている時みたいな鋭い目をした幸村くんは、そう言ってまたキスしてきた。今度は軽くついばむだけで、すぐ離れていった。
 なんだ……と安心したのもつかの間、幸村くんが爆弾を落としてきた。

「ねえ、舌入れていい?」
「!!」
「フフ、またそんなエッチな顔して……」

 と言って、また顔を近づけてくる。
 もうだめだ。ドキドキして死にそう、ギブ。
 私は自由になる左手で幸村くんの口を覆い、キスを阻止した。まさかこの期に及んで抵抗されるとは思ってなかったのか、幸村くんが目を見開いた。

「……ダメ?」
「だっ、ダメ……いや、ダメじゃないけどちょっと待って……! これ以上ドキドキしたらたぶん死ぬから……」
「それは困るな」

 幸村くんは気分を害した様子もなく、私の上からどいて、元のようにソファに座った。私も幸村くんの助けを借りて座り直して、冷めたお茶を一杯飲んだ。

「……最近の中学生ってみんなこうなの?」
「うん?」
「だから、最近の子ってみんな幸村くんみたいにグイグイ来る子ばっかりなの? 心臓がもたないんですけど……」
「……へえ? つまり、俺みたいな男がほかにもごろごろいると思ってるのかい」

 このセリフで、あ、やばいなと思った。幸村くんの声がさっきの蕩けるような甘さを含んだものと違って、迫力ある声だったから。やばい、地雷を踏んでしまったか。

「あ、いやそういうわけじゃ」
「試してみるかい。テニス部の連中を紹介しようか?」
「え……いえ、結構です……」
「どうして? 最近の男子中学生のことが知りたいんだろ?」

 幸村くんは据わった目で私を見て、どんどん私を追い詰めていく。こうなったら最後、私は素直に降参するしかない。一度こうなったら、私が白旗を揚げるまでこんな感じである。

「ご、ごめん、違うの。その、あまりにも私が幸村くんにドキドキするもんだから……変なこと言っちゃった、ごめんね。特に意味はないの、忘れて」

 ここで私が折れなかったら喧嘩になるし、別に折れることに抵抗はないから大体それで丸く収めるんだけど。幸村くん、本気で怒ったらどれくらい怖いんだろうか。今のちょっとしたじゃれ合いでこの迫力なのに。絶対に怒らせないようにしよう。
 幸村くんの顔に笑顔が戻った。よかった、機嫌を直してくれたみたいだ。

「ダメ、許さないよ。俺以外の男のことを気にするなんて。こういうのが浮気のはじまりになるんだよ」

 全然よくなかった。むしろ事態はすごく面倒な方向へ転がっていた。

「え、いや別に幸村くん以外の男子のことを知りたがったわけでは」
「やだ。俺のことずっと大好きって言ってくれなきゃ許さないから」

 もう私の話全然聞いてないな!? 私がどう弁解しようとこれを言わせる気だったじゃん。ソファの背もたれに体を預けて悠々と座っている幸村くんは、ものすごく楽しそうな顔をしていた。

「ほら、早く言って」
「うう……どうしても……?」
「どうしても。恋人なんだから、簡単だよね」
「ううう……!」

 そりゃ、幸村くんを大好きなことは間違いないんだけど。でもこうやって待ち構えられると、面と向かって言うのがものすごく恥ずかしい。さっきも言った通り、私は両想いが初めてで、こんなに照れくさい状況も初めてだった。
 でも、目の前の男の子は、私が言うまで絶対に解放してくれない。
 幸村くんとこうやって会える時間は多くない。こうしている時間がもったいない。
 意を決して、私は口を開いた。

「ゆ、幸村くんのことが……ずっと、大好きだよ」

 言った。言ってやったぞ、これでどうだ。気持ちも込めたし、幸村くんの目を見て言ったし、正直文句のつけ所がないと思う。
 なのに、幸村くんはまだ許してくれなかった。

「うーん、五十点かな」
「え!? な、なんで」
「恋人は名前で呼ぶものだよね、普通」

 いや気づくわけないよ。確かに、世間一般では恋人どうしは名前で呼び合うものかもしれない。けど、私が幸村くんて呼んでいても、そんな不満言ったことなかったのに。もしかして今その不満を出されたのかな。名前で呼んでほしいって。

「絶対私で遊んでるでしょ、幸村くん」
「遊んでるなんて心外だなあ。俺は真剣に、名前で呼んでほしいって思ってるんだけどな」
「その割にすごく楽しそうだけど」
「そりゃ、といるのは楽しいから当然さ」
「いやそういうことじゃなくて」
「それよりほら、俺のこと名前で呼んで、さっきのセリフちゃんと言って」
「うう……」
「言うまで帰らないよ」
「ううう……!」

 幸村くんが言うと洒落になってなかった。もう年末だから学校は休みだし、私も年末年始の休みに入ってるけど。まだ中学生にそんなことをさせるわけにはいかないと、私の中の良心というか節操が訴えかけている。そして、そんな状況になるくらいなら言ってしまえと、羞恥心を抑え込む。

「……ず、ずっと、大好きだよ……精市くん」

 でもやっぱりすごく恥ずかしくて、幸村くんの表情が変化する前に目を閉じた。
 好きな人の名前を面と向かって呼ぶだけで、こんなに緊張するものなのか。心臓が早鐘を打って、全身が心臓になったみたいに脈動がうるさい。幸村くんに直接触れられている時以外でもこんなにドキドキするなんて、幸村くんてやっぱりすごい男の子だ。
 すごくかっこよくて、素敵で、今みたいに意地悪なことも言ってくるけどそれ以上に優しくて、私なんかには本当にもったいない。

(この先もずっと好きでいたいし、ずっと好きでいてもらいたい……私には、そんな自信、ないけど……)

 幸村くんの世界は、これからどんどん広がっていく。その中で色んな出会いもあるだろう。幸村くんの心身を成長させてくれるような人との出会いが。
 私は幸村くんになにをしてあげられるんだろうか。
 などと考えていると、幸村くんが私を力強く抱きしめてきた。

「ゆ、」
「俺も、ずっと好きだよ、

 私の考えを見透かしたようなことを言うもんだから、不覚にもちょっと泣きそうになってしまった。幸村くんの肩に顔を押し付けることで、なんとかそれを誤魔化した。

「はあ……結婚したい」
「……え」
と結婚したい」

 私を抱きしめながらの沁み入るような発言に、思わず涙もなにもかも引っ込んだ。けっこん?
 幸村くんは私から離れると、ものすごく真面目な顔で言った。

「俺が十八になったら法律上は結婚できるけど、でもまだ高校生で自立してないから、少なくとも高校は卒業してからだよね。そうなると、あと最低四年は先の話になるな……」
「え、あの、ちょっと待って。幸村くん、私と結婚するつもりなの?」
「え? だって、さっきも俺のこと一生好きって言ったじゃないか」
「んん……?」

 そんなこと言ってないぞ。ずっと好き、とは言ったけど、一生好きなんてひと言も言ってない。

「え、まさかずっと好きって」
「ずっと好きってことは、そういうことだろ? まあ、一生とは限らないかもしれないけど、少なくとも俺は、のことをそれぐらい好きだよ。叶うなら今すぐ結婚したい」

 ちょっと待って。本当に、すごすぎないか。幸村くんの器のスケールが大きすぎて、私は再び全身が心臓になった。かっこよすぎるよ。
 言葉もなく、ただ顔を真っ赤にするしかない。そんな私の頬を両手で包んで、幸村くんは優しく笑った。

「どうやら俺の気持ち、全部は伝わってなかったみたいだね」
「……う、ん。正直、そこまで想ってくれてるなんて、思わなかった」
「いいよ。これから先のの人生が全部俺のものになると思えば、時間もまだあるし……これからたっぷりと、俺の気持ちを教えてあげるよ」
「……!」
「俺がどれだけを好きか……一晩中教えてあげる機会、これからたくさんあるだろうしね」
「!! ん、んっ……!」

 中学生とは思えない口説き文句とキスの舌使いに、私はもうたじたじどころではなかった。言葉で表すと、ぐでんぐでんという具合だった。

「は、あ……」
……本当に、泊まっていってもいい?」
「……いや、待って。それは、本当に待って」

 力が抜けてしまった私を、幸村くんは再び押し倒そうとしてきたけど、さすがにそれは止めた。舌で口の中を舐め回されて、私の体も幸村くんの体も熱かった。けれど、ここで流されてはいけない。色々と準備が必要なのだ、そういうことは。
 私がやんわりとストップをかけると、幸村くんは残念そうに、けれどそこまで期待していなかったのか、あっさりと身を引いた。

「まあ、そうだよね。今日はおとなしく帰るよ」
「うん……あの、嫌とかそういうんじゃないからね。ただ、今日はいきなりすぎるというか……幸村くんが好きだし、そういうこともゆくゆくはって思ってるし、幸村くんがかっこよすぎてドキドキして死にそうなのは、本当だから!」

 決して幸村くんとそういう関係になることを嫌がっているんじゃない。そのことを伝えたくて、必死に言い募っていると、言わなくてもいいことまで漏れ出てしまった。案の定、幸村くんは腹を抱えて笑い出した。

「あはははは! なんだいそれ、そんなこと思ってたのかい?」
「あ……い、今のは忘れて……!」
「やだ、もう聞いちゃったから絶対忘れないよ。俺のこと、そんなに意識してくれてたんだ?」
「うう……そうだよ。幸村くん、すごい飛ばしてくるから、私いっつも死にそうになってるんだからね。幸村くんが両想いで初めて付き合った男なんだから、ちょっと手加減してよ」

 正直に打ち明けると、当の悩みの種は、しみじみと私の話を聞いてうんうんと頷いていた。

「幸村くん?」
「……あ、ごめん。つい幸せな気分に浸ってたよ。うん、が言いたいことはわかった」
「そっか。それなら……」

 それならよかった、と言おうとして、すぐに次の言葉を重ねた幸村くんに遮られた。
 にっこりと笑った幸村くんは本当に美人というか、さっきのような鋭い表情も柔らかい笑顔も似合う整った顔立ちだなあと思う。
 天使のような笑みを浮かべた幸村くんは、私の言い分をばっさりと切り捨てた。

「でもね、ゆっくり愛を育みたいのは山々なんだけど、俺だってずっとに片想いだったから、今更我慢できないな。恋人になったんだから、思う存分いちゃいちゃしたいと思うのは当然だろ? アレもコレも全部したい。だから、が俺に慣れるしかないかなあ」
「……!!」

 ――攻めっ攻めの幸村くんにたじたじにされる問題は、この先もまだ全然解決しそうにない。


番外編その二→


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