5.大人しいとなんだか寂しいです



おかしい。どう考えてもおかしい。
何がおかしいかというと、遊星の様子だ。
毎日のようにきていたメールが徐々に減っていき、十日後にはぱったりと来なくなった。
三日に一回、大学へ迎えに来てくれるのも、ぱったりと来なくなった。
つまり、あんなにストーカー行為にいそしんでいた遊星からのコンタクトが、一切なくなったということだ。
十日後現在、私は妙な気持ちで自分の携帯電話を見つめていた。
…………何も着信はない。いつもなら、帰宅した頃を見計らって、「無事に着いたか?」などといったメールが来る。そう、まるで帰宅するところを見ていたかのように、ジャストタイミングで。
ちょっと怖い……と思いながら返信するのが日常だった。
そして、今日も学校には来なかった。最初来なかった時は、「今日は迎えに行けそうにない」という弁解のメールが来ていたが。
(いや、別に来なくていいんだよ。メールも、毎日来るほうがおかしいし……そう、毎日来てたから、来なくなってちょっとへんな感じがするだけだから!)
断じて、断じてさびしいなどと思ってない。そう、毎日のように続いていたから習慣になっていたのだ。それがなくなったから……それだけだ。
は自分の携帯を投げ出し、ベッドに突っ伏す。
(なんでこんなこと考えてんだろ……やめやめ)
そのまま布団にもぐりこむ。今日はバイトまで予定がない。
最初、遊星から連絡がなかったときは、風邪引いたのか、とか、怪我でもしたんじゃないか、と思った。
しかし、遊星の様子を確認しようにも、私は電話、メールしか確認手段がない。
メールはしてみた。が、返信はない。電話は、特に用事がないのにかけるのも気がひける。
住所は大まかな地区までしか知らない。父親しかいないのは知っているが、具体的にどこで働いているのかも知らない。
大学の学部は知っているが、大きな大学なので探し当てる自信がない。
考えてみると、遊星のことをあまり知らないのだ。
(べ、別に知らなくていいけど)
布団を顔まで被りなおす。バイトまで不貞寝だ。やることないし。
不貞寝といっても、別にふてくされているわけじゃない。遊星のことなんか気にしてない。



知っていることといったら、名前は不動遊星ということ、髪型が蟹みたいで変だということ、家族は父親しかいないということ、二つ年下ということ、イケメンで、実はもてるということ。
それから、口数は少ないほうだけど無愛想というわけではないこと、機械やバイクに詳しくて頭がいいということ、情に篤くて優しいということ、実は子供好きということ、好きなものに熱中している時がかっこいいということ。
それから、気付いたら私を見ているということ、私を喜ばそうと頑張っているということ、私の注意を引こうとしていること。
それから、それから、私を好きということ。



不貞寝していたせいでバイトには遅刻してしまった。しかも、考え事をしていたせいで、細かいミスが多かった。
幸い、普段の勤務態度はいたって真面目なので、怒られはしなかった。逆に心配されたくらいだ。
しかし、真面目に信頼関係を築いてきた私にとっては、遅刻は屈辱だし、ミスも許せない。
マンションまで帰ってきた。部屋の鍵を出そうと、ポケットを探りながら、悪態をつく。
「くっそあの蟹頭……今度会ったら問答無用でしばいてやる……」
!」
「ってうわああぁぁぁぁ!」
背後から突然かけられた声に、びっくりして叫んでしまった。
あわてて後ろを振り返ると、そこには、たった今しばいてやると宣言した、蟹頭がいた。
「ゆ、ゆうせいっ」
久しぶりに見る遊星は、やはりイケメンだった。なぜか悔しい。
コンクリートの壁に、先ほどの叫び声が反響している。近所迷惑だ。
とりあえず、ここは早いところ部屋に入ったほうがいいだろう。事件か何かだと思われては面倒だ。
ドアを開けて遊星を引っ張り込む。今まで部屋に上げたことがなかった。抵抗があったが、しばいて事情を聞かねば腹の虫がおさまらない。
「あっ、……少し会わないうちに、大胆になったぶっ」
「違うわ!あんたに聞きたいことがあるの!」
相変わらず阿呆なことを言っている遊星を殴る。
殴られた痛みに顔をしかめつつ、頬を赤らめる遊星。その顔を見ていると、ふつふつと怒りが湧いてきた。
「……なんなのよ」
?」
「一体何なのよ!いきなり音信普通になったと思ったら人んちまで現れて!」
こぶしに行き場のない思いをこめて、遊星にぶつける。
「お、おちつけ!」
「毎日連絡があったやつから連絡が途絶えたら、心配するでしょ!病気でもしたのかとか、怪我でもしたんじゃないかとか、私がなにか傷つけるようなことしたんじゃないかとか!」
「……!」
なんとか私を落ち着けようと抵抗していた遊星が、動きを止める。私は遊星にこぶしを振り上げ、声を張る。
「大体何なんだよ好きだっていきなり!何にもしてないのに私なんかに好きって、裏があるのかと疑うだろうが!あんたみたいにかっこよくて頭もよくてもてるやつに言われたら、なおさら!」
「……」
「期待しないようにって冷たくしてても応えないから信用しかけたときにいなくなるなんて!心配して当然でしょ!?何が悪いばか!」
「……
「私のこと好きとか言ってるくせにそんなこともわからないのか!あんたなんか嫌い!嫌いだよ!もうっ」

遊星が私の両手をつかんだかと思うと、遊星の顔が降ってきた。くちびるに、軽い感触があった。
私が呆然としていると、遊星は私を抱きしめた。
「すまない。君をそんなに不安がらせるなんて……泣かないでくれ」
私がこぶしを振れないように、肩を抱くように抱きしめてくる。口を私の耳元に近づけて、私を刺激しないように優しくささやく。
遊星が言って、初めて気付いた。いつの間にか私は泣いていた。
「最初はただの風邪だったんだ。それが、情けないことに肺炎になってしまって……携帯も倒れた時に水没させてしまって、連絡が取れなかったんだ」
「は、肺炎」
大変だったんじゃないか。遊星の事情を理解した途端に、頭に上っていた血が降りていった。
「ご、ごめん」
「いいんだ。君が、俺のことを心配してくれたなんて、それだけで」
抱きしめられているので表情は見えないが、遊星が微笑んだような気がした。
私は、なんだか急に恥ずかしくなってきた。この体勢にも、怒鳴ったセリフにも、さっきの……あの、感触にも。
身じろぎして、この体勢を解こうとするが、遊星は放してくれない。
「あ、あのちょっと」

頬に手を添えられて、顔を上げさせられる。遊星の真剣な顔が、目の前にあった。
まっすぐに見つめられて、私は思わず息を飲んだ。
「俺は、君が好きだ。狂おしいくらいに」
不覚にも。一生の不覚にも、私は遊星に。どきどき、と脈打っている心臓が、その証拠であって。頬の熱さが、その証拠であって。
「君は、俺のことをどう思っている?」
「…………っす、」
口が勝手に動いていた。動悸が促すがままに、言葉を紡ぐ。
「……き……で、す」
二度目のキスが、振ってきた。



、もう一回言ってくれ」
「……はぁ?ぜ、絶対、もう言わないっ」
「今度はちゃんと録音するから、さぁ」
「なにがさぁ、だ!録音してどうするつもりだ!」
「もちろん夜のおか」
「だあぁぁぁやっぱりだよ!ちょっと!もう放してよ!」
の部屋……いいにおいハァハァ……とキスしてしまったハァハァ」
「うわやめろ放せえぇぇぇ!帰れお前!」



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