焦がれる胸と爛れる肉 続き
※眼球舐め
ざあざあと、雨粒が地面を濡らす音が耳元に響いていた。
このカルデアの部屋に窓はない。そもそも一年中ほとんど雪ばかりで、雨など降ることはない。では、この雨音はどこからのものかというと、枕元に置いた端末から発せられたものだ。
端末にインストールした睡眠導入アプリの中に、リラックスできるように雨音や鳥の鳴き声などの適度な雑音が入っているのだ。ベッドに横になってからうとうとすらできず、早々に寝たい私は苦肉の策でこういった手段に頼った。
体は疲れているのに、眠気がやってこない。変なふうに気が高ぶっているのか、妙にザワザワして落ち着かない。だから、雑音で気分が紛れないかと思ったのだ。
結果はどうだったのかというと、私が雨音を聞き始めて二十分ほど経つといったら察してもらえるだろうか。寝ようと思っていると逆に緊張してしまう、そんな感覚が依然として私の中でぐるぐると巡っている。こんな音を聞いていてもなんの慰みにもならなかった。私は諦めて、アプリの音を切って手元のリモコンで照明をつけた。
もぞり、と寝返りを打って横向きになる。無意識に股が擦り合いそうになるのに気づいて脚を伸ばした。
やはり、体が──下腹部が、疼く。
下腹部の奥に、じりじりとしたじれったいような熱がある。ひとりでなにもすることがない時間、私の体をじわりじわりと支配していく。気を紛らわそうとしてもなかなか取れなくてイライラする。
(やっぱり、これって……)
月のものの前兆にはまだ早い。となると、原因として考えられるのは気まぐれにやってきて私を抱いていくあの王様が──英雄王ギルガメッシュが、一週間以上も来ていないことだけだ。つまり、彼との性行為によって発散されるものができていないことで、体が疼いてしまっているのだ。
今まで週に一、二度あったものが七日以上放置されている。ここ数日なにも変わったことがなく、怒らせた記憶もない。会えば今までと変わらない様子でちょっかいをかけてくる。
私とのセックスに飽きたか、私以外の相手を見つけたか。
それらの可能性に考え至って、胃の奥がきゅっと痛くなった。
飽きられるのはいい。いやよくないが、自分が平凡という自覚はある。飽きられたとしても悲しくはあるが、納得できるものがある。
けれど、ほかの相手がいるのだとしたら、前者とは比べものにならないほど嫌だ。カルデアにいるほかのサーヴァントたちであっても、カルデアの職員たちであっても。
私じゃない誰かに、その手が触れるなんて。
眩しすぎる白色灯の光を遮るように、右腕を両目の上に被せる。
飽きられるのも、ほかの誰かに気を移されるのも嫌で悲しい。そう思うのは、やはり──
「ほう、眠りにつかずに王の訪いを待っていたか、雑種」
「!」
突然の声に腕をどかして部屋を見回すと、ベッドの近くにギルガメッシュが腕を組んで立っていた。一体いつの間に。そう問おうとして、霊体化してドアをすり抜けて来たんだと思い至って口を閉ざした。
「王様、なんで……今日はもう、」
来ないのかと。
そう言おうとした口は、言葉を失って半端に開いたままになった。ベッドの傍らに立っている王を、体を起こして見上げた私は、彼が発する独特のにおいと艶を感じ取った。ただ腕を組んで立っているだけなのに、なんとはなしに私に投げられた視線から匂い立つ艶。少々気だるげに細められた目元が、言いようのない色気を放っていた。
ひと目でわかった。誰かを抱いた後なのだと。
霊体化した後で残り香などはないはず。なのに、私の鼻には情事後の汗とかすかな体液のにおいが混じった空気感が届いていた。
胃の奥が絞られたような感覚が襲った。私の想像どおり、ほかの相手を見つけていたのだ。
さっと表情を硬くした私を、長いまつ毛の奥の赤は見逃さなかった。まだ身構えてない私の体を押してベッドに倒すと、その上に馬乗りになった。
「やっ、なに……!?」
「殊勝な心がけに免じて相手をしてやろう。魔力も肉欲も足りているが、慈悲をかけてやるのも王の役目」
「なっ……!?」
今なんと言った。まさかとは思うが、ほかの女を抱いてきたその手で私を抱こうとしているのか。
私の思った通り、着々と寝間着を乱していくギルガメッシュ。瞬間、体中の毛が総毛立った。
嫌だ。こんな状態でついでのように抱かれるなんて冗談じゃない。
「嫌っ、やめ、ん、ぅっ……!」
腕を動かして抵抗する私をニヤニヤと笑いながら見下ろして、腕をあっさりと掴んで抵抗を封じる。それでも体を暴れさせようとすると、今度は体重をかけて覆いかぶさってきた。筋肉で厚みのある上半身を押し付けられて、私の体はたちまち抵抗できなくなってしまった。その上口をくちびるでふさがれてしまい、声すらも上げられない。
「んーっ、んう!」
久しぶりのキスは、呼吸の暇さえ与えられないような激しいものだった。絡み取られた舌からほかの女の味が伝わってくるような気がして、嫌悪に涙が浮いた。実際は霊体化した後なので抱いてきた女の名残などあるわけがないのに。私が自分を持て余してうだうだしている間、どこかの誰かとセックスをしていたと思うと、脊髄反射のように嫌悪が湧いてきた。
激しく長いキスのせいで酸欠になり、力がすっかり抜けてしまった。ぐちゅりと舌で口内をかき回した後、これでやっとゆっくりと楽しめるというかのように、ねっとりと舌を絡めてきた。舌の表面をすり合わせ、時折舌先でチロチロと上顎の歯の裏を嬲る。性感帯を知り尽くした舌の動きだ。そんなキスが長く続き、やっと口が離れる頃には私はぐったりと四肢から力が抜けており、視界が涙でぼやけていた。ギルガメッシュはそんな私を見下ろして赤い目を爛々と輝かせた。
「キスひとつでこうも反応するとは、さては体を持て余していたか」
「ち、ちがうっ、そんなんじゃ、あっ」
「ここをこのようにおっ立てておいてなにを言う」
キスの間に寝間着はまくり上げられ、下着もすっかり乱されて乳房はむき出しになっていた。乳房の頂は硬くなっていて、指で弾かれると甘い電流が走った。
「あ、やだ、やめて、あ、んっ、いや……!」
「なにをそんなに嫌がる。貴様の体はこんなに悦んでいるというのに」
胸を揉まれ、吸われ、下肢に伸びた手が私の股間を探る。指先が下着の上を走った後、ギルガメッシュは一層笑みを性悪なものにした。
「少し触れてやっただけで下着を濡らしているぞ、貴様の体は」
「っ……! いや、やめて!」
体を持て余していたのは本当のことで、ギルガメッシュに触れられて感じているのも本当のことだ。けれど、心はそうじゃない。今は、この男に触れられるのがたまらなく嫌だった。ほかの女を抱いた手で、くちびるで、舌で私に触れるのが。
(言ったのに、私が相手をすれば──って)
私じゃない誰かに触れて、情を交わして、あまつさえその夜のうちに私を抱こうとする。
胸が痛い。いやだ、かなしい、くるしい、いやだ、にくい。
いろんなものがない交ぜになって、私の中を満たしていく。いっぱいになってあふれかえって、あふれたものは私の目から湧いて出てくる。
「離して、いやだ……!」
今なら令呪は三画ある。強制力のない令呪でも三画使えばのしかかった体を引きはがせるかもしれない。そう思った私が息を吸い込もうとすると、冷笑が降ってきた。
「令呪か。貴様のそれでは三画すべて使ったとしても我の片腕すら止められんぞ」
ひくりと喉を震わせた私を上機嫌に睨んで、英雄王は残酷な笑みを浮かべる。
「処女を投げ出した時でさえ貴様は今よりも大人しかった。なにをそんなに嫌がる?」
「だ、だって……言ったのに、私が相手をすればほかの人には手を出さないって……!」
「そのようなことは一言も言っておらんぞ」
「え?」
「我の言ったことを思い出してみるがいい。よもや自分から持ち掛けたことを忘れてはおらんだろうな」
あの時。今と同じようにこの部屋で、この関係のきっかけとなった言葉。
『だがその代わり、貴様が我の相手をしろ、雑種』
その直前だ。確か、ギルガメッシュは、
『セイバーにちょっかいをかけるのは気が向けばやめてやろう』
「──我は、セイバーには手を出しておらんからな」
赤い瞳がこちらを鋭く捉えながら、口角だけがにぃ、と吊り上がった。そら見たことか、貴様の言葉通りであろう、とでも言いたげな顔に、カッと頬が熱くなった。
「そんな、そんなの……! ひっ、あっ……!」
突然股間の敏感な突起を指で弾かれた。そこと割れ目を指でいじりながら、同時に乳首を舌でこねくり回される。ついさっき顔を赤くしたのとはまた別の原因で体が熱くなっていく。
「ひゃ、あっ、や、やだ、あん」
くちゅくちゅと湿った音が私の入口から出るようになって、ギルガメッシュは指先と入口との間に引く粘液の糸を見てからぬるりと指を中に入れた。いきなり二本も指が入ってきても、いつもより高まっている体はすぐに開いていく。
「いやいやと言いつつ体は正直なものよ。見ろ、このはしたなく濡れたここを。いきなり二本入れられてうまそうに吸い付いておるわ」
嫌なのに。ほかの女の名残があるギルガメッシュにだけは抱かれたくないのに。なぜ私の体は感じてしまうのか。こうも簡単に高まってしまうのか。
私はふと、心の底から焦げるような感情を覚えた。
こんなの、いいように扱われてるだけなのに。こんな反応してしまうから、私が本当に嫌がってることなんて全然わかってもらえない。
「あっ、ああっ……! やだ、やあっ……!」
イきたくないと首を振りながら、私は果てた。嗜虐に満ちた赤い目線を感じながら体を震わせた。
この震えは快楽によるものなのか、それとも悔しさや屈辱からなのか。自分でもわからなくなるほどに、心が焼き切れそうだった。
こみ上げてくる衝動を堪えなかった。ボロボロと出てくる涙が視界を滲ませて、目の前の男をぼやかした。
「いやだって、言ったのに」
「貴様、なぜそれで理解を求める」
「……え?」
「貴様は先程から嫌だと言うが、それはなにを指している。この我に向かって言葉を尽くさぬのに察せよとは、よもや駄々を言うまいな? 言え、我に体を暴かれることが嫌なのか、それともほかの女を抱くことなのか」
それとも、ほかにあるのか。
冷水を浴びせられたようだった。嫌だとは何度も言うが、肝心のことを言わずに幼子のような地団駄を踏んでいるようなものだと言っているのだ、ギルガメッシュは。
「まあ、言わずともわかる。──ほかの女に手を出すなと言うなら、貴様次第で聞いてやらんこともないぞ」
「え……」
「貴様がその分我の相手をするというならな。我の求めに対しいついかなる時も我に体を捧げ、我を満足させられるなら、ほかの女は抱かん」
うそだ。
そんなのはうそだ。私の価値観とはまったく異なる時代を生きた王。ただひとりを愛することはなかった王様が、そんな口約束をしても守ってくれるはずがない。現実的に考えたって、気まぐれな王様の要求に全部応えるなんて無理に近い。
けれど、そんな叶いもしない約束に縋りたくなるくらいに私の心は疲れていた。
もう限界だった。王様がほかの誰かと睦み合ったことを察して、傷ついている自分の心から目をそらし続けるのは。私よりもあの金髪碧眼の少女を見ている王様から目をそらし続けるのは。
この痛みの原因がなんなのか。嫌悪感の根っこにあるものがなんなのか。自ずと出てくる答えから、目をそらし続けるのは──
「……ほんとに?」
気がつくと口を開いていた。
「私が王様の言う通りにすれば、本当にほかの人には手を出さない……?」
そんなことは不可能だと分かっていることに縋り付く私は、さぞ滑稽なことだろう。それでも、手を伸ばさずにはいられない。
ギルガメッシュは私の両足を開かせて体を割り込ませると、硬いモノで入口を擦った。
「あ、ん、っ……」
まだ湿り気を残していたそこはくちゅくちゅと音を立てた。いきり立ったモノは擦り付けられるだけでも硬く、熱い。
この硬さだ。この熱だ。
ぞくりと体を震わせた私を見下ろして、金色の王は口の端を歪ませている。
「わかっているだろう。貴様次第だ」
そして、欲しがるようにひくついた入口に向かって腰を打ち付けた。
「う、ああっ!」
そこはなんなく肉棒を受け入れた。数回出し入れさせて肉棒の大きさに中を慣らすと、奥まで突き入れる。
待ち望んでいた奥への衝撃。体は歓喜に震えた。太いモノを奥まで入れられて、なぜだか胸が息苦しいような気がした。
「貴様次第だ。我をその気にさせてみよ、」
「王様っ……あ、あっ!」
「うむ、よいぞ、その瞳だ。恋慕も憎しみがなくては味がない。愛とはそうでなくては」
「ひ、あっ、う、ああっ……!」
ギルガメッシュは中を突き上げながら顔を近づけて、私の瞼を焼く涙ごと目元を舐めた。湧いて出てくる涙を吸っては瞼と目を舐めて、生理的に浮かんだ涙をまた吸う。その偏執的な行為の間も下半身は休むことなく動き続けている。肌を打つぱんぱんという音とベッドが軋む音と、かすかに体液が擦れ合う水音が聞こえる。それらの音と体を襲う衝撃と快楽で、徐々に理性が擦り切れていく。
「あっ、あんっ、王様ぁっ」
「気持ちいいか。ずっと我に犯されたくて仕方なかったのだろう、ん?」
「や、そんなこと……あっ、やだ、やだ王様」
「言わねばやめるぞ、いいのか?」
「や、やめないで、あっ、きもちいいっ、はあっ、いいの、抱いてほしかったの、あうっ」
触れられなくてさびしかった。かなしかった。
気がつけば目の前にあるたくましい体にしがみついて、自分からくちびるを求めていた。
「!」
くちびるどうしが触れ合うと、ギルガメッシュが驚いたように動きを止めた。そんなことにも構わずに彼の口を吸い、口の隙間から舌を入れる。
(すき、好き)
王様が好き。
やっぱり、好きなんだ。この気持ちを認めたら最後、もう逃げられないような気がして絶対に認めたくなかったけど、でもどうしてもだめだった。この気持ちを抑えきれない。
チロチロと舌を入れて内部を探っていると、いきなりべろりと舌を舐められた。すぐに絡め取られてしまう。
「は、ぁん、む、う」
舌は私の口の中に移動して口の中の性感帯を撫でている。呼吸の暇も与えてくれない激しい絡み合いに、ただ声を漏らすしかできない。いつの間にか腰の動きが止まっていることにも気づいていなかった。
しばらくすると、深くまで侵入していた舌が控えめになり、今度は口を吸われていた。
ちゅ、ちゅぱ、ぢゅう、というようなリップ音が繰り返される。たまに思い出したように舌が入れられて、お互いの舌先だけで触れあう。
こんなにキスを熱心にしたのは初めてだ。
(好き、王様、好きなの)
口には出せない気持ちをくちびるに乗せるように、無我夢中でギルガメッシュのキスに応えた。
やがて律動が再開した。触れあったくちびるはそのままに、上から覆いかぶさるようにして奥深くに楔を打ち込まれる。嬌声と荒い呼吸を口の隙間にこぼして、私は、私たちは昇り詰める。
「んっ、はあっ、おうさまっ、イ、く、もう、イくのぉ……!」
「いいぞ、存分に果てよ、我もっ……!」
体の奥から来る波が、なにもかもを押し流していく。
胸を締め付ける痛みも、脳を焼く快楽も、なにもかも。
中にぴったりと収まっているモノの脈動を感じながら、私は襲い来る疲労に逆らうことなく目を閉じた。
呼吸を落ち着かせている少しの間に、少女は眠りに落ちていた。
元々普段から忙しなく動いているカルデアの少女は、激しい情事が終わると溜まった疲労に耐えかねていつも気を失うようにして眠っていた。
額から滴る汗を拭い、少女の体に入っていた性器を引き抜くと、一拍遅れて出したばかりの精がこぼれてきた。下腹部を白濁に汚され、顔を涙と唾液で汚された少女は、細く寝息を立てていた。寝顔だけは安らかである。
これを見るのが、ギルガメッシュは気に入っていた。
もはや両手両足の指では数えきれないほどの英霊と契約する「みんなのマスター」がただひとりの英霊に汚され、遅れて芽生えてきた恋に惑わされて苦悩する。そんな少女を象徴するような光景がたまらないのだ。
しかも、その恋心はまだ自分の中に隠し切れているものだと思っている。
「なんと滑稽な」
この王には筒抜けだというのに、隠し通したつもりで自分だけを見てほしいと縋る。そのくせ瞳とくちびるはありありと恋情を伝えてくる。
なんと滑稽な娘だ。
涙が乾きかけている目尻を親指でなぞってやる。優しく触れたつもりでもなかったが、少女は目を閉じたままだった。
王相手にただひとりを愛してくれと、琥珀の瞳を潤ませて願った少女。気まぐれにすぎないが、今しばらくは少女に付き合ってやろうと思っていた。
この少女の瞳が濡れるさまは気に入っていた。涙が光を受けてきらめく様子が黄金のようだった。
その光彩の色と、屈辱と恋慕に染まる顔がいい。
なんと滑稽で、厚かましくて、──なんと見応えのある、欲に満ちた顔。
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