焦がれる胸と爛れる肉


※眼球舐め


「なに、貴様も楽しむがいい。せいぜい足掻いて、我を楽しませろ、雑種」

 そう言って、金色のサーヴァントは私の上にのしかかってきた。
私は、視界に金色が広がるのをただ見ているだけだった。金色が荒々しく、私に一遍の優しさを向けることなくくちびるを噛む。視界を埋め尽くす金色と反比例するように、自分の内側が暗い色で満たされていくのを感じて、呼吸を止めた。



 きっかけは、セイバー・アルトリアが金色のサーヴァント──アーチャー・ギルガメッシュに絡まれているところを目撃したことだ。
 誰に対しても折り目正しく接する彼女としては珍しく、ギルガメッシュに対しては露骨に嫌そうな顔をしていたことが気にかかった。私が見かけた時は、アルトリアが眉根を寄せてギルガメッシュとの会話を打ち切ろうとしているのに、ギルガメッシュはそれに構うことなく語りかけているところだった。好きなものも嫌いなものも特にない、というアルトリアがなんて顔をしているんだと、ぼんやりと思った。

「彼は……その、とにかく、癇に障る言い方をするのです。こちらの悪感情をわざと引き出そうとしている。なにより、私ともののとらえ方も、王としての在り方も、なにもかもが違う」

 その時の彼女の表情から、このふたりは歩み寄れないのだなあと思った。だからこそ、アルトリアはギルガメッシュを遠ざけようとするし、ギルガメッシュはその逆で、手を伸ばそうとする。
 通常の私であれば、そんなことは個人の考え方の違いだろうと放っておく。だが、ギルガメッシュのちょっかいは、アルトリアの貞操に影響を及ぼしかねない類のものだった。
 サーヴァントに貞操の観念があるのかよくわからなかったが、ただアルトリアがとても迷惑そうにしていたので、少しでも改めてくれればいいなと、そんな軽い気持ちだった。
 ちょっと釘を刺す程度の気持ちで、ギルガメッシュに、アルトリアに手を出すのはやめてもらえませんか、と言ったのだ。
 ふたりきりになったマイルーム。白く無機質な部屋の中で、強烈な色彩を持ったギルガメッシュはひどく浮いていた。
 ギルガメッシュは片眉をはね上げて、私のことをじろじろと見下ろした。口元を笑いの形に歪めて、けれど、それは決して愉快だから笑っているのではないと伝わってくる顔をした。

「ほう、この我に、戦闘以外で命令する気か」
「命令じゃないですけど、マスターとしてお願いします」
「──ふん、我が契約者としてか」

 なにがおかしいのか、のどを鳴らして笑いだした。このサーヴァントを連れまわすと、たまになんで笑っているのかわからない場面に遭遇するが、何度遭遇してもこの人の笑いのツボはよくわからない。この王様を面白がらせることを言ったつもりはないのだが。

「よかろう、我の契約者としての顔を立ててやる。だが、我に要求するのであれば、この我からの要求を呑んでもらうぞ、雑種」
「はい……?」
「セイバーにちょっかいをかけるのは気が向けばやめてやろう。だがその代わり」

 血のように赤い瞳が、にいっと細くなるのを見て、どうしようもなく嫌な予感、それもほぼ確信に近い嫌な予感を覚えた。

「貴様が我の相手をしろ、雑種」

 なにを言われたのか、すぐに理解することはできなかった。相手をしろ、ということの意味を、すぐに察することができなかった。よく考えれば、アルトリアにそういう意味でのちょっかいをかけていたことを思い出せば、容易に想像がつくことだ。けれど、まさか自分が対象になるなんて。散々この王様の外見の好みのことは聞いていたから、自分がそういう相手に指名されると思ってなかったのである。
 戸惑いの渦中にある私には構うことなく、黄金の男はしゃべり続ける。

「なに、貴様も楽しむがいい。せいぜい足掻いて、我を楽しませろ、雑種」

 そうして、私はこの男と、英雄王ギルガメッシュと肉体関係を持ったのだ。



「あっ、あ、はあっ……」

 体が一段と跳ねた。質量を伴った熱で体の奥を抉られて、高みへと昇ったのだ。頭の中は過ぎた刺激にぼんやりとして、目の前の快楽のことしか──男のことしか考えられなくなる。

(だ、め……しっかり、自分を保たなくちゃ……)

 荒い息を繰り返すのみの体を叱咤して、快楽を振り払うように頭を振る。けれど、私の脚を開かせている男はそれを許さない。すかさず上体を倒し、私の体に覆いかぶさるようにして、また腰を動かし始めた。

「や、あん、またっ……!」
「貴様だけが好くなって終わるわけがなかろう」
「は、あっ、や、おく、だめぇっ」
「はっ、好きだろうに、なにを言うか。今、奥に注いでやるぞ……!」
「あ、ああっ……!」

 ズンズンと達したばかりの奥を穿たれて、また体が勝手に高まり始める。さっきまでとは違って、自分が達するためだけの乱暴な動きなのに、敏感な中はそれすらも気持ちよく感じてしまって、急激に押し上げられていく。

「あ、ああっ……!」

 男が息を詰めた。中の熱がどくりと脈打って、私の奥に精がじわじわと広がっていく感覚が伝わってきた。はあはあと、荒い呼吸音が耳の横で聞こえる。それが自分のものなのか、男の──英雄王ギルガメッシュのものなのか、達したばかりで惚ける頭ではよくわからなかった。
 ぼんやりと息を整えていると、不意に頬をべろりと舐められた。頬を押すように厚い舌が押し付けられる。舌は頬から口へ移動して、私のくちびるを舐めて、口の中にまで入ってこようとする。

「あ、や、んっ……」

 ギルガメッシュが与える口づけは苦手だった。情事後にするものは特に苦手だ。用が済んだのならさっさと離れたらいいのに、と思っていても、念入りに舌を撫で回してくる。

「ん、ふっ……や、だ、やめて」
「貴様のそれは、今や口だけだな。体のほうがよほど正直だ」
「え……?」

 おかしそうに喉を鳴らして笑う男を怪訝に見やる。視線の先に、男の背に自分の腕ががっちりと回されているのを発見して、心臓を掴まれたような感覚を覚えた。そんな、いつのまに。まるで、彼にしがみついているみたいではないか。
 白人特有の色素の薄い肌が、興奮と運動量によって紅潮し、汗で濡れている。彼の金髪も毛先がしっとりとしており、瞳を縁取るまつ毛もどこか重そうに垂れている。

「あ、ちがう、違うの、これは」
「最中の、我を求めて必死にしがみついてくることこそ本心の表れよな。いまだに我のモノに吸い付いて離さんここもな」
「あっ……! や、ちがう、やだ……!」
「良いぞ、寵愛をくれてやろう。貴様の容姿は我の好みではないが、瞳の色は悪くない」
「え……あっ!? やあっ……!」

 金のまつ毛の奥の、血のような赤がにんまりと細くなったかと思うと、私の左目にぬるりとした感触が這った。思わず目を閉じた直後、生理的な涙が湧き出てくる。眼球を舐めようとする舌から逃げようと首を振るけれど、頭を掴まれて封じられてしまった。固く閉じたまぶたを舌でこじ開けて、舌先が眼球に届く。急所をいじられているという本能的な恐怖と、眼球への刺激で、涙がとめどなく溢れてくる。

「やだ、いやだ、」
「こら、誰が閉じろと言った、その瞳の色を見せぬか。まぶたを切り取ってしまうぞ」
「ひ、……! う、うう……」

 冗談とも本気とも取れる発言に、おずおずとまぶたを開ける。今は冗談交じりの声色をしているが、この男はやるとなったらやる。抵抗されればされるほど嫌がることをしてくるのだ。言うことを聞くのは癪だったが、まぶたを切り取られてはたまらない。
 舌先が目に触れる。どうしても生理的な涙が浮かんでくるのだが、その涙を飽きもせず吸い取っているため、涙が湧き続ける。このままでは涙の熱でまぶたが溶けてしまうのではないか。そんな錯覚を覚えるほどに、ギルガメッシュは私の目を舐めていた。

「う、っ……も、やだあ……」
「貴様の瞳、光の加減によっては黄金のような色になる。涙で濡れるとさらに輝きを増す。良いぞ、
(っ、名前……)

 普段は呼ばない名前を、こんな時に限って口にする。ずるい、私に言うことを聞かせるためのものだとわかっているのに、どうしようもなく胸が切なくなってしまう。ぎゅうっと背中に回した腕に力を込めると、目元からやっと舌が離れた。

「どうした、我に名を呼ばれて動揺でもしたか」
「ち、ちが……!」
「照れずともよい。我に惚れてしまったのだろう、貴様は」
「なっ……!?」

 かあっと顔に血が上った。そんな指摘をされるほど、私はこの男に対して色良い反応をしていただろうか。断じてそんなつもりはない。だが、ついさっき無意識にしがみついていたし、もしかしたら私が知らない間に誘うようなことをしてしまっていたのかもしれない。可能性を否定できないというところがとても苦しい。

「違う! 好きになってなんか……!」
「体を絶頂させられると、相手のことを好きになってしまうという説もある。貴様は我に何度イかされたと思っている?」
「そ、そんなの絶対違う……! 私は、気持ちよくなってなんか」
「はっ、ここまでわかりやすい嘘を我に向かって吐くとは。ここ最近の貴様の痴態を事細かに語ってやろうか。抱けば抱くほど我が与える快楽にハマっているぞ、貴様の体は。男を受け入れる痛みが消え、だんだんと我とのセックスが満更でもなくなっているのだろう?」

 違う、と叫んで否定してやりたい。けれど、私の口からはなにも出てこなかった。
 確かに行為による痛みがなくなってから、以前ほどギルガメッシュとのセックスに嫌悪を抱かなくなっている。壮絶な痛みの中で処女を散らされて、なんてひどい男なんだろうと思った。体が軋むような痛みを毎回与えられて、こんなことのなにが気持ちいいんだろうと。
 体の痛みがなくなったことに気づいたのは、何回目の情事だろう。
 体に入ってくる肉棒が気持ちいいと、中を擦られることが気持ちいいと気づいたのは。
 この男が与える熱も、声も指も舌もにおいも視線も、快楽に変わったのは。
 しつこい前戯の最中に、はやく入れて、と叫ぶようになったのは──

(──ちがう、違う)

 私は好きになってなんかいない。こんな、体だけが繋がっている関係で、ほかの感情なんて、持っていない。
 だって、そんなことに気づいてしまったら、私は。こわくてこわくて、どうにかなってしまいそうだ。
 突然、入ったままだった性器で中を擦り上げられた。いつの間にかギルガメッシュのそれは硬度を取り戻していて、私を追い立て始める。

「い、や、いやぁっ」
「嫌だと言いつつ、我のモノをうまそうに咥えこんで離さんぞ、貴様のここは! 言え、好いのだろう? 我とのセックスは気持ちいいと言え!」
「や、あっ、いや、よくなんか、あうっ、ない、きもちよくなんか、あんっ」
「声が溶けきっているぞ、雑種!」

 こんな、ひどく辱められながら犯されて、こっちの体のことなんかお構いなしに乱暴に腰を突き上げられて。ひどい行為、ひどい男だと思っているのに。どうして体はどんどんと熱くなっているんだろう。
 どうして、その先を求めてしまうんだろう。

「い、やあっ、も、だめぇ……!」
「まだだ、まだ果ててはならんぞ」
「え……? や、なんで、とめるの……?」
「気持ちいいと言うまで果てることは許さん」

 奥を穿ったまま律動を止めた男を見上げると、嗜虐的な笑みを浮かべてそんなことを言い出した。なにを言っているんだと思う間もなく、また容赦のない律動が開始される。

「あっ、ああっ、また……!」

 激しく奥を打って、達する寸前まで押し上げられる。けれど、私がなにも言わないうちは本当にイかせてくれないらしく、高めるだけ高めて、向こう側へいく寸前で腰を止めてしまう。そんなことが繰り返されるうちに、全身を走る激しい快楽と、胸を焦がすようなもどかしさ──苛立ちが、私のなにもかもを焼き尽くした。
 イきたい。あの、なにもかもを白く塗りつぶしていくような、圧倒的な快楽を感じたい。もうそのことしか考えられなくなった。中の肉棒を欲しがるように締め付けて、私を閉じ込める腕に爪を立てて、私は息を吸い込んだ。

「言うから、言いますからぁっ……! お願いだから、ぁっ……!」
「なんだ? なにを言うのだ、疾くせぬか!」
「いいの、きもちいいの、あんっ、王様とのセックスが、きもちいいよぉ……!」
「ふ、ははははは! よい、よいぞ……! 許す、存分にイけ!」
「ああっ、イく、は、ああぁっ……!」

 一気に上り詰める体を、今度は突き上げ続ける。その体を離すまいと、私の両脚は勝手に男の腰に絡みつく。おかしそうに口の形を歪めた金色の男が、私の首筋に思い切り噛みついた。ぶち、と皮膚を歯が突き破る音を聞きながら、私は絶頂した。



 いつからだろう、情事の後に、体を弄ばれた悲しみとは違う感情を抱くようになったのは。

「なに、貴様も楽しむがいい。せいぜい足掻いて、我を楽しませろ、雑種」

 そう言われて、あっという間に私の処女を奪ったギルガメッシュ。なんてひどい男だと、最初は悲しみと憎しみしか抱かなかった。
 あの、金髪碧眼の少女を見やりながら、私を気まぐれに抱いて。その後はしばらく私のことなど気にも留めない。マスターとサーヴァントの関係こそあれど、ほかにはなにもない。体を繋いだけれど、それはほんの一夜、一瞬のこと。私にはなにひとつ、つなぎとめるものがない。
 いつからだろう、ひとりきりのベッドで目を覚ますことが、悲しいと思うようになったのは。

(こんなの、こんな気持ちは、知らない。──いらない)

 意識は覚醒し始めていたけれど、私はまぶたを閉じたままにしていた。目を開けてしまうと、誰もいないベッドを見てしまう。温もりもなにもなくなってしまった白いシーツを、見てしまう。
 閉じたままのまぶたから、じわりと湧き出た涙が、眦をつたってシーツに落ちた。
 今日は執拗に目を舐められてしまったから、きっと、生理的な涙が出たのだろう。最後に首に思い切り噛みつかれて、そこもじんじんと痛むし、きっとそのせいだ。その涙だ。
 湿って冷えたシーツをかき寄せて、私は膝を抱え込む。よく冷えるベッドだと思いながら、こみ上げてくる熱をこぼし続けた。


次の話→



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