小ネタ13 聖杯戦線イベ後、頑張った太公望を褒めるぐだ。付き合ってない


「はあ……」

 隣から聞こえてきた大きなため息に、は顔をそちらに向けた。視線の先では、痩身の道士がわかりやすく肩を落としている。

「太公望、まだ落ち込んでる?」
「いやあ、まあ……あれだけ自信満々に感謝することになりますよ、なんて言っておいて、マスターを最後まで守れませんでしたから」
「でも、太公望がああやって陣を張ってくれてなかったら、そもそも私は帰ってこれなかったんだよ? 昨日も言ったけど、すごく感謝してる」

 が昼と夜、そして黄昏の特異点から帰還したのはつい先日で、休息と事後処理などを終えて特異点に関わったサーヴァントたちと食堂に集っていたのは昨日のことだ。そこでも落ち込んでいた太公望に感謝を伝えたが、まだ引きずっているとは。よっぽど堪えているようだ。

「そう言ってもらえるのは嬉しいんですが……」
「ていうか、私を黄昏の特異点に転送する陣を半年間張ってたって……それって、半年間ずっと不眠不休で気を張ってたってことなんだよね? 私がいつ戻ってきてもすぐに転送できるように、ずっと……」

 半年の間、ひとりでずっとと結んだパスの反応を待ち続ける。一体いつ戻ってくるのか、数分後なのか、明日なのか、それともいつまでも戻らないかもしれない。いくら食事や睡眠を必要としないサーヴァントとはいえ、たったひとりで正気を保てるだろうか。生者であるには想像もできない状況だった。
 根気がいるとか、粘り強さが必要とか、そんな言葉では表現できないほど途方もないことだ。あまりのことに現実味を持てないが、目の前の太公望は確かにそれを乗り越えて、見事を救ってみせたのだ。
 自分だったら、きっと何度もくじけそうになる。孤独に耐えられる自信がまったくない。
 そして、それをなんでもないことのように、いつもと同じように笑ってみせる。

「それが必要なことでしたから。僕がついているのに、あなたを失うわけにはいきません。手を尽くすのは当然です」
「……だから、それがすごいことなんだよ。落ち込むどころか胸を張ってもいいくらいじゃない?」
「えー、そうかなァ……僕のマスターをどうぞよろしくって後を託すことが、こんなに心残りになることだなんて知りませんでした。僕も大概長く生きてますけど、まだまだ知らないことがあるんですねぇ……」

 あんまり知りたくありませんでしたけど、と太公望はぼやいた。
 にしてみれば、手数に応じたやるべきことをすべてやり尽くしていることがすごい。この太公望といい、北の城で戦った太公望といい、「手を尽くす」のレベルが桁違いなのだ。だからアステリオスに致命傷を負わされながらもたちを迷宮から脱出させることができたし、を昼と夜の特異点から救うことができた。

「私は……太公望がいてくれて、本当によかったと思ってるよ。それは、窮地を何度も助けられたからってだけじゃなくてね」
「マスター……」
「昼と夜の特異点に飛ばされて太公望と離れ離れになった時も、どこかで太公望が策を練ってくれてるのかな、四不相くんがいるからまだどこかにはいるんだなって思うと、心のどっかでほっとしたっていうか……四不相くんがずっとそばにいてくれたのが、太公望がそばにいてくれるみたいに感じて、心強かったっていうか……うまく言えないけど、それだけ普段から太公望を頼りにしてたんだな私、って思ったんだよね」

 それは、普段から太公望がに対して誠実にやるべきことを尽くしていたことの証左だ。やるべきことのみならず、これから起こりうることに対して、万全の手を考え、尽くす。それが並大抵のことではないとは知っているから、信頼も信用もしているのだ。

「だから落ち込むことなんて、本当に全然ないよ。むしろ褒めてあげたいくらい」
「褒める? 僕を?」
「うん。い〜っぱい褒めたい。頑張ってくれてありがとうって」
「――」

 太公望が一瞬呆然とした。なにか変なことを言っただろうかと彼の顔を見つめ返すと、気を取り直したのか、照れたように頬を染めた。

「いやあ、そんなふうに言ってもらえると嬉しいなァ。殿に褒めてもらえるなんて」
「え、もっと言おうか? 太公望は本当によく頑張ったよ! えらい! すごい! 超有能! よっ、イケメン大軍師!」
「んー、だんだん方向性が違ってきているような……でも、純粋に嬉しいですね」
「私からでよかったらいくらでも言うよ。なんならご褒美とかもあげたいくらいだし」

 と言うと、太公望はふむ、と少し考えるようなそぶりを見せた。
 基本的に物欲が乏しい彼だが、考えるということは、なにか欲しいものでもあるのだろうか。彼が興味を示すものといえば、釣りか書物か盤上遊戯か、はたまた別のものか。に用意できるものだといいのだが。
 などと思っていると、太公望が苦笑いを浮かべて言った。

殿。僕、こう見えて結構霊基にダメージを負ってるんです」
「うん、それはダ・ヴィンチちゃんから聞いたよ。だからしばらく回復用のポッドに入ってたんだよね」
「はい。まだ万全とはいかないので、素材集めや微小特異点の対応にも同行できなくて……」
「うん、だからまだポッドでゆっくりしててもいいのに」
「いやあ、僕はマスターのそばが一番回復が早いので。あなたの隣で、あなたの魔力を感じられるのがね」
「うん……うん?」
「もしご褒美にもらえるとしたら――あなたの魔力が欲しいです、マスター」
「私の? でも、それって」

 カルデアのサーヴァントには、あんまり関係ないんじゃ――そう言おうとした口を、なにか温かいものが触れた。
 すぐに離れていった太公望の顔を、今度はが呆然と見つめる番だった。目の前の優男は、穏やかに微笑んだ。

「ああ、やっぱり。回復にはマスターの魔力が一番いい。うん」

 絶対にそんなことはない。魔力の供給は電力でしているのだから、カルデア内での魔力が影響することなんてほとんどない。それをサーヴァントがわからないはずがない。
 つまり、わかっててやっている。

「……あ、あの……え、そういうこと?」
「そういうことって、なんでしょう――なんて、野暮なことは言いません。さて……いっぱい僕を褒めたい、そう言いましたよね、殿」

 頬に太公望の手が触れる。言質は取ったとでも言うように、今度は体ごとに寄せてくる。

「ほ、ほかに欲しいものとかないの?」
「あいにく、これ以外は特に。ダメですか?」
「だ、ダメっていうか……あの、それは、うん、いくらでも……そ、そんな消え物でいいのかなって思っただけ!」

 苦し紛れの照れ隠しに、太公望が目を丸くした。その反応も、この状況も自分の言ったことも、全部が恥ずかしい。とりあえず距離を取りたいのだが、いつの間にか腰を抱かれていたのでできなかった。悟られないうちに逃げ道を塞ぐとは、抜け目のない男だ。

「フフ……そうですね、それもものすごく魅力的な提案ですが、遠慮しておきましょう。今は、あなたから魔力をもらえるだけで十分すぎるくらいです」

 嬉しそうに笑う太公望の顔が、再びぐっと近づいた。そのまま吐息と熱が重なって、は呼吸を止めた。
 口の中に滑り込んできた舌に目を見開いたが、直後にやってきた魔力を吸われる甘い痺れに、はおとなしく目を閉じた。
 その後、太公望はゆっくりとのくちびるを――魔力を吸った。の乏しい魔力量に配慮したというよりも、彼のマスターとのひと時を楽しむように、味わうように、たいそう時間をかけた。
 結局、の魔力は太公望の回復にはそう役には立たず、霊基の回復のためにしばしばポッドに入っていたようだ。しかし、彼の機嫌には覿面に効いたらしく、魔力供給の後に肩を落とす姿は見られなかったという。


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