施しの英雄から体温をもらう話 さらに続き


 恋い焦がれる、というのはこういうことなのだろうか。

 生きている頃にも経験したことのない感情だった。生前、女性とは縁がなかった。それに関して特に不都合に思うこともなかった。
 カルデアと呼ばれる場所に召喚され、初めて目にしたのはひとりの女性の姿。それが今のマスターだ。「よろしく」と笑みとともに差し出された手を、返事をしながら握り返した。小さい手だ、と思った。その手から感じる魔力は、並の魔術師よりも少ない。カルデアの事情を聞かされるうちにマスターが複数のサーヴァントと契約していることを知ると、魔力不足で倒れたりしないだろうかと気にかかった。それが表情に出ていたのか、マスターが慌てて顔の前で手を振った。

「カルデアからの魔力供給があるから、魔力不足になったりしないよ。だから消費を抑えようと気を遣わなくても大丈夫」

 とは言うが、それを聞いていたマスターの隣に立つデミ・サーヴァントの少女に視線を移すと、その表情は芳しくなかった。おそらくなにかの折に倒れたりそれに近いことが起こったのだろう。マスターに気遣わしげな視線を送る少女と、それに気付かず大丈夫大丈夫と笑うマスター。その一連のやりとりで、マスターが無茶をする質なのだとなんとなく察した。そしてその予想は当たっていて、マスターを見かけるたびにどこかしらに生傷を作っていた。
 白い、女性らしい丸みの帯びた頬の上に貼られたガーゼ。それをじっと見下ろしていると、マスターが首を傾げた。

「どうしたの?」
「……いや。マスター、次のレイシフトにはオレを連れていけ」
「カルナを?」

 小さな傷でさえ生身の人間では癒えるまで時間がかかる。ただそれだけだった。
 それがいつからだろうか。その姿を目で追っていくうちに、その視線の先が気になりだしたのは。
 もうマスターが生傷を作ることのないように、その行動を見守っているだけだった。普段は冷静なところもあるのに、いざという時に無茶な行動をする。自分の身も顧みないような危うさがあるマスターに危険がないように見ているだけだったのに。いつからか、その視線の先に見えているものが気になるようになった。
 なにを目に映しているのだろう。それを見て、なにを思っているのだろう。
 くるくると移り変わる目線を追っていると目まぐるしかった。

「──カルナ? どうしたの?」

 その瞳に、オレが映っている。見たこともないような男の顔をして。
 驚きと、なんと言葉を返そうかという少しの困惑と、

(──嬉しい?)

 マスターの瞳に映ったことが嬉しい。自分を気にかけてくれたことが嬉しい。……もっと、瞳を見つめていたい。その瞳に、長く映っていたい。
 唐突に気が付いてしまった感情は、それから急激に膨らんでいった。
 どんな小さな傷も負わせたくない。どんな脅威からも守ってやりたい。そばにいたい。声を聞いていたい。笑顔を見ていたい。……触れたい。
 
 ──これが、恋い焦がれるということなのだろう。



 望遠鏡のある展望室から私を抱えてまっすぐ私の部屋まで歩いてきたカルナは、部屋のロックを解除して中に入る。いつも通りの無機質な白い内装に白い蛍光灯の光、申し訳程度の観葉植物。家具らしい家具といえばベッドしかない。そのベッドに私を降ろすと、彼自身も隣に座った。ここに来るまで誰にも会わなくてよかったと安堵する間もなく、ほぼゼロ距離の近さに再び心臓がせわしなく動き始める。まともにカルナを見る勇気が出ず、白い床をなんとはなしに見ていると、伸びてきた両手が私の顔をとらえる。ゆっくりと彼のほうを向かされ、そのまま愛おしげに頬を撫でられた。いつもは穏やかな色をたたえている両目は、手の動きと同じく、愛おしいものを見るように細められている。

「マスター、先ほどの続きを聞かせてほしい」
「あ、う、わかった……あの、でも、そんなに近くで見られながらだと、とても言いづらいというか……もう少し離れてくれると」
「それはできない。貴女がオレの気持ちに応えてくれる瞬間を目に焼き付けたい」
「!? そ、それってもう言わなくてもわかってるんじゃ……」
「マスターの口から聞きたい。……だめだろうか」
「うう……」

 だからその顔は反則だと声を大にして言いたかった。
 こうしてカルナからまっすぐに想いを向けられるのはとても嬉しいし、自分の中にも彼に向けて同じ気持ちがあるのを自覚したからには伝えたい。恥ずかしさを飲み込んでから、息を吸い込んだ。

「……あのさ、カルナがカルデアに召喚されて割とすぐのころに、レイシフトに連れていってくれって頼んできたことあったよね」
「……? ああ」
「不思議だったんだ。なんでそんなこと言いだしたんだろうって。言葉はすごくストレートだけどわかりにくかったから、最初はなにを考えているのかわからなかったし」
「………………………………ああ」
「あ、ごめん、最初はだからね? 今はそんなことないからね」

 少しへこんだ声を出したカルナに一言フォローして、私は話を続ける。

「たぶん頼りないマスターだから不安に思ったのかなーとか、まあでもカルナのことを知る機会だからいいかなーとか色々思ってたけど。私がちょっとすりむいたりひっかいたりぶつけたりするたびに、カルナが目ざとく気づいてくれて……そのうちそんなふうに生傷をつくることも減ってきて。そこでようやく気が付いたんだ、カルナはずっと私のことが心配でついてきてくれてたんだなって」

 いつからだろうか。カルナのほうを見ると、必ず目が合うことに気が付いたのは。水深のある河が凍り付いたような色の目が、こちらを気遣うように細められていた。そしてその色は、だんだんと。

「いつからだったかなあ……カルナと目が合うと、一瞬だけ目を反らして、また私のほうを見て、照れたように少しだけ表情を柔らかくしてくれるようになったんだ。それを見て……なんだか、胸のあたりが苦しくなったんだ」

 頬に添えられていた手が離れた。カルナは口元を手で覆うと、決まりが悪そうに視線を外した。

「どうしたの?」
「…………いや……態度に出ていたんだな。自覚していたよりも」
「うん、まあ……今思うと、だけどね。たぶん、あの時から私はカルナのことがずっと好きだったんだろうな。自分では気づいてなかったけど」

 むしろ、あえて気づかないようにしていたというほうが正しいだろうか。人理復元のために、自分のうちにあるあらゆる気持ちに目をつぶっていた。それも、今になってわかることだ。

「だから、カルナの気持ちはすごく嬉しい。私も、あなたのことが好き」
「……そうか」

 返ってきた一言は、いつもの彼の返事だったけれど。幸福を集めたような声だった。
 カルナの口元から手が離れて、再び私の頬に添えられる。目を閉じると、そっとくちびるが重なった。
 角度を変えて何度も重なるうちに、口の隙間から舌が入ってくる。展望室でのキスに比べて、いくらか急いたような動きで口内を探られる。その舌の動きに応えるように私のそれを絡めると、いつの間にか背中に回されていた腕に力がこもった。
 しばらく舌と口内を擦られた私は、すっかり息が上がってしまっていた。口を離して必死に息を吸う私の首に、はあ、と熱い吐息がかかる。

「……この先を、期待しても?」

 私の首にくちびるを付ける寸前に、ちらりと目線をよこして聞いてくる。聞く前にもうすでにやる気満々では、というツッコミが頭に浮かんだが、それを光の速さで隅に追いやった。恥ずかしさで声も出せずに小さく首肯すると、カルナはそれを合図にして首に吸い付いてきた。

「……っ! カル、ナ」

 強く吸い付いた後にぺろりとひと舐めして、カルナは私をベッドにそっと押し倒した。即座に馬乗りになってくる白い顔の男を見上げるしかできない。

「あ、あの靴とか脱いでないんですけど」
「心配ない、オレが脱がしてやる。つま先まで全部」
「あ、はい。…………あの、」
「なんだ?」
「……優しく、お願いします……」
「………………努力しよう」



 初めて自分の中に他人の指が入ってきた感覚に、嬌声ともつかない声を上げる。ほんの数秒前まではカルナが顔を埋めていた場所に、今度は彼の指が一本入っている。中を擦られる感触と少しの痛みとで、先ほどまで快楽に溶けていた頭がはっきりとしてくる。光量を落とした薄明りの下、私の体を開いていくカルナの姿が映る。

「うっ、ん」
「痛いか?」
「……っ、まだ、平気」

 中を擦る感覚が、なんだかひりひりするようなこそばゆいようなおかしな感覚だった。これが気持ちよく感じるときが来るのだろうかと思っていると、入り口のほうを親指がかすめていった。さんざん舌で嬲られたあとの敏感な場所は、快楽を覚えている。

「ひ、あっ……!」

 そうして中と入り口と花芯をいじられているうちに、中に入っている指がいつの間にか増えていることに気が付く。一本の指で痛みを覚えていたのに、もうほぐれつつあるのか。
 それでも異物感は絶えない。閉じそうになる脚を自分で押さえている格好も、よく考えたら恥ずかしいのだが、そんなことを考えている余地はなかった。
 カルナは身を屈めると、私の乳房に吸い付いてきた。その頂も、股の間と同じく散々舐めしゃぶられた後である。

「あ、ん、そこ、もう」

 嬌声を上げた瞬間に、ずぶりと二本の指が根元まで入ってきた。胸と秘所と、どちらに意識をやればいいのか。ただただカルナの舌と指に翻弄されて、意識がぐちゃぐちゃになる。
 どれほど中をほぐされていたのか。異物感もなにも感じなくなった頃に、指が出ていった。視線をカルナに上げると、中の体液にまみれた指を舐める彼が目に入る。いくらか性急に舐め終わると、私の両脚を開いて、その間に体を寄せてきた。
 じんじんとうずく割れ目に熱い塊を押し付けられて、私は少しだけ身を硬くした。カルナが気遣わしげな視線をよこしてくる。もう、ここまで来たのだから、ひと思いにやってほしい。首を縦に動かすと、入り口の熱が中へと進みだした。

「マスター、力を抜け」
「っ、どうやって、」

 力が入っているのかいないのかさえもわからなくて、カルナの声に今度は首を横に振った。すると、口にキスを落とされた。優しく、なだめるような感触に安心して、覆いかぶさってきた背に抱き着いた。舌を絡ませ合うことに集中していると、ゆっくり腰を進ませていたカルナが長い息を吐いた。全部入ったようだ。
 動くぞ、とかすれた声が耳元で聞こえた。ゆっくりと中を押し上げるように、時折浅く、深く、私の中を蹂躙していく。異物感がだんだんとなくなって、いやらしい水音と、肌がぶつかり合う音を認識できるようになる。

「なん、か、へんな、かんじ」
「……? 痛むか?」
「ちが、痛くない、から、もっと、して」
「……、あまり、煽ってくれるな」

 優しくできないだろう。
 再びかすれた声がした。次の瞬間には腰の動きが早まっていて、なにも言葉を返すことができなかった。もう私の口からは、言葉未満の音しか出てこない。
 痛いはずなのに、つらくない。
 だから、もっと。優しくして、と言っておきながら、自分勝手かもしれないけど。
 無我夢中でカルナの動きを受け入れていると、なにかが降ってきて私の顔を濡らした。カルナの汗だ。見れば、彼の顔が汗でしとどに濡れている。白皙の頬が赤く染まっていて、眉根が寄っている。

「……あまり、見るな。オレも必死なんだ」

 そう言って、照れたように苦笑した彼は、控えめに言っても美青年で。こんな時までイケメンはイケメンなんだなあと、なんだかおかしくなった。
 笑いそうになる顔を隠すために、彼に自分からキスをする。少し恥ずかしかったが、彼の口の中に舌を入れた。一瞬ののちに舌を絡めとられ、きつく吸われる。

「んっ、んんっ」

 逃がさないとでも言うように舌を引っ張られる。その間に腰を突き上げられ、ぐぐもった声が口の間から漏れた。激しく突き上げられて息が苦しいのに、カルナはしばらく舌を離さなかった。
 やっと口を解放されたときにはすっかり息が上がっていて、私の上にのしかかっている彼の肩にすがりついた。がつがつと奥を突き上げられて、未知の感覚に声を震わせる。

「あっ、あ、うっ、カル、ナ」
「マスター、──」

 余裕もなにもなくした低い声が、私の名前を呼ぶ。早まっていく腰の動きと、それに比例して再びぐちゃぐちゃになっていく私の意識。自分の中がどうなっているのかなにもわからなくて、もうなにも考えられなくて、ただひたすらに私の体を貪る男の名前を呼んだ。
 やがて、ぐっと腰を押し付けられて、私をきつく抱きしめたカルナが息を詰めた。中になにかが広がっていく感覚を覚えて、行為の終わりをぼんやりと知る。
 覆いかぶさった体から汗がつたってくる。冷めやらぬ体の熱と、荒いカルナの息と、カルナの髪が肌をくすぐる感触。だんだんと元に戻っていく意識が、それらをひとつひとつ拾っていく。

「……やはり、オレは恵まれているな」
「……?」

 息を整えたカルナが、私の首元に鼻先をくっつけながらつぶやいた。

「こうして貴女と想いを交わすことができた。……最高に幸せだ」
「……うん」

 同じ思いだという気持ちをこめて彼の汗に濡れた背中に腕を回すと、首元をそのまま吸われた。じっとりとした肌の感触でさえ、触れあっている喜びのほうが大きくて、ずっとこうしていたいと思う。
 しかしそうも言っていられない。汗が冷めてしまう前にシャワーを浴びなければ。英霊である彼は霊体化すれば問題ないだろうが、自分はまだ生身の人間だ。

「あの、カルナ。汗で冷える前にシャワー浴びたい……っていうか、そろそろ……」
「……?」
「……えっと、抜いてほしい、というか……」

 まだ熱が残っている状態だが、彼が果ててからは少し時間が経っている。もうそろそろ抜いてもいいのではないだろうか。というか、抜いてくれないと動けない。
 しかし、そのことに言及しても、カルナは一向に離れようとせず。それどころか、下腹部の様子が、おかしい。

「…………あの、カルナさん」
「そういうわけだ。もう少し付き合ってもらうぞ、マスター」
「え、いや、あの、えっ? ちょっと待って」
「悪いが、待てない。今度は優しくしよう」
「いやあの、私初めてなんで」
「知っている」
「もう少し手加減してくれませんか……」

 もういっぱいいっぱいなんです、という思いを込めてカルナを見上げると、

「…………だめ、だろうか」

 また件の表情をしていた。
 その顔をカルナにされると断れない私は、硬い体をもう一度彼に開くことなった。


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