おくりもの



※名前変換ありません



 十月に入って十日になろうかという日のこと。
 私は審神者の仕事の合間に休憩をとっていた。今日は出陣した部隊が一つ、それから週の初めから遠征に行っている部隊があるので、本丸の中は比較的静かだった。ローテーションで回している今日の近侍も、出陣する部隊の隊長として出払っているため、今日は久しぶりに自分でお茶を入れていた。めぼしいお茶請けが見当たらなかったので、今日はお茶のみだ。あとで歌仙さんか光忠くんか堀川くんに言っておかねば。おやつ───特に甘いものは重要だ。切らしているとなると、今日の仕事のやる気が半減する。

 んん、と庭先の景色を眺めて伸びをする。肩がぱきっ、と軽い音を立てる。やだ、凝ってるのかな……と肩を回していると、不意に玄関のほうが騒がしくなった。出陣した部隊か、それとも遠征に行った部隊が帰ってきたのか。お茶を一口すすりながら、玄関から近づいてきた足音に耳をたてる。

「主、久しぶりに戻ってきた」
「鶯丸。おかえりなさい」

 私に顔を店に来たのは、遠征部隊の隊長を任せていた鶯丸だった。四日ほど会えなかったせいで、久しぶりに顔を合わせるとなぜか緊張した。私が鶯丸に好意を持っているせいもあるだろうが。奇跡的にも両想いなので、変に緊張する必要などないのだが。

 本丸に戻ってきてから外したのだろうか、鶯丸の詰襟の襟元が開いていて、下に着ている白いシャツのボタンも数個外れていた。詰襟を着用している際は、基本的に着崩したりしないので、珍しく覗く喉元にどきどきしていた。
 それを紛らわそうと、彼にお疲れ様、と労をねぎらおうとしたところで、鶯丸が口を開いた。

「主、誕生日おめでとう」
「へ?」
「手を出してくれ」

 言われるがままに手を鶯丸のほうへ差し出すと、その上に手のひらに収まるか収まらないかという大きさの正方形の箱が載せられた。きれいに包装されている。

「え、あの、これ……」
「今日は誕生日なんだろう。俺から祝いの品だ」
「え、うそ……あ、ありがとう……開けてもいい?」

 鶯丸が静かにうなずいたのを見てから、包装紙を破らないように丁寧に開けた。箱の中には、白梅と紅梅の飾りがついた匂い袋だった。梅の芳しい香りが周囲に舞った。

「わ、かわいい」

 私が思わず感想を漏らすと、鶯丸が安堵したように息を吐いた。

「先々週の遠征先の万事屋で見かけてから、主に似合うと思って、ずっと頭に残っていたんだ。ほかにもいろいろと考えてはいたんだが、結局これが忘れられなくてな」
「そ、そんなに前から?」
「ああ。夏頃に、誕生日について話していたことがあっただろう」
「でも、鶯丸は……誕生日プレゼントとか、そういう習慣になじみはあんまりないよね?」
「そうだな。誕生日に贈り物を贈るということも、主の誕生日を聞いてから知った。誕生日という概念がそもそもなかったからなぁ。光忠と青江に聞いてみたら、現世ではそういう習慣があると教えてくれたんだ」
「そうだったんだ……」

 それは、光忠くんと青江くんに感謝しなければならないだろう。鶯丸が生まれた時代にそんな習慣はない。数え年で歳を重ねていくだけだ。

 自分から催促したような形になったのは少々恥ずかしいが、それでも好きな相手にこうして祝ってもらえるのはうれしかった。箱に入れたまま、匂い袋に鼻を近づけてみる。上品な梅の香りが頭の中に広がるような感覚になった。とても好きな香りだ。

「鶯丸が生まれた日は、やっぱりわからないよね」
「俺が生まれた日? そうだな……俺も覚えてはいないし、記録も残ってないだろうな。ああ、だが」

 私の問いに、視線を外して少し考え込んでいた鶯丸が、再び私に視線を戻した。なにやら得意げな顔をしている。右手を口元にあてて隠しているが、ほんのり色づいた形のいいくちびるが楽しそうに笑っていた。

「俺は三日月宗近よりも年上だ、と言ったら驚くか?」
「……え!? 三日月さんよりも?」
「ああ。と言っても、そんなに歳の差はないんだが」

 驚いた。三日月さんは自分からじじいというし、みんなもよくそれをネタにしておじいちゃんなどと呼ぶ。真面目といえば真面目なのだが、戦い以外ではマイペースな部分が目立つ。相手によってペースを乱さず、常に微笑をたたえているところが年長者らしい。
 と、そこまで思って、はたと気が付いた。どんな相手でもペースを崩さない、仕事は休み休みやる……鶯丸もほとんど同じだ。ついでにいうと、鶯丸と三日月さんは茶飲み友達だ。よく二人で菓子を突っつきながらお茶を飲んでいる。とてものほほんとした光景だ。

「てっきり、三日月さんが本丸の中で一番古い刀なのかと思ってた……」
「ふふ。まあ生まれたときのことはもう覚えてないし、ここまでくると歳など関係ないからな。俺は実戦刀ではないし、病にかかっていた時間も長いから、ほとんど寝ていたようなものだ」
「鶯丸……」

 鶯丸の言葉になんと反応したものかと言葉を探っていると、足音が近づいてきた。鶯丸のそれよりも、少し重たく聞こえる。音のほうを見ると、鶯丸の遠征部隊に入っていた鶴丸さんだった。少し疲れたような表情だったが、私たちを見つけると、より一層疲れた顔になった。

「鶴丸さん、お疲れ様」
「ああ主、今帰った。鶯……こんなところにいたのか」
「どうした、なにか用か」
「君なぁ、用か、じゃないだろう。君が遠征部隊の後処理をほっぽり出した始末を、誰がしたと思ってるんだ。本丸の門をくぐるなり一目散に中へ入っていったと思ったら、主と逢引きとはね」

 じろりと鶯丸を見下ろす鶴丸さんの視線には恨みがこもっていた。おそらく、鶯丸は本当になにもかも押し付けて私のところに来たに違いない。それが容易に想像できて、思わず乾いた笑いが漏れそうになった。鶴丸さんのジト目を受けて、なんとか声には出さずに苦笑いにとどめた。
 鶯丸はやれやれ、とため息をついた。

「恋しい相手に久しぶりに会えるんだ、これが楽しみでなくてなんなんだ」
「それはわかるが、ちゃんと仕事はしてくれよ」
「すまないな主、俺は後片付けをしてくる。文句はこの鶏ガラに言うといいぞ」
「誰が鶏ガラだこの昼行燈」
「また後で」
「あはは……」

 ひそかに気にしている体格のことを言われ、鶴丸さんがこめかみに青筋を浮かばせた。それを受け流しているのかそもそも気にしてないのか、鶯丸は私にひらひらと手を振って去っていった。その態度が余計に鶴丸さんの神経を逆なでしている。わざとやっているのか、素なのか。あれはわざとだと私は思う。すっとぼけているようで、あれで意外としたたかな面がある。

 残された鶴丸さんは、鶯丸の後姿に呪詛を送っていたが、なにかを思い出したように袖の中を探り出した。

「鶴丸さん?」
「ああ、ちょっと崩れてしまったか。すまない、そっと持って帰ってきたつもりなんだが、あの昼行燈のせいで形が崩れてしまった。ほら」

 鶴丸さんが差し出してきたのは、お菓子の箱だった。透明な蓋から見える中身は上生菓子だった。鶴を模したそれは、すこし鶴の尾が曲がってしまっているが、十分に繊細に作られていたことが見て取れて、とてもきれいだった。白から赤に変わる色のグラデーションが鮮やかで、思わず見入ってしまう。

「誕生日には贈り物をすると聞いたんでな。君、今日は誕生日なんだろう」
「え? これ、もらってもいいんですか?」
「君のために買ってきたんだ、もらってくれないと困る」

 といって、鶴丸さんは少し決まりが悪そうに後ろ頭をかいた。

「本当は菓子じゃなくてもっと別のものにしようかと……それこそ装飾品にしようかとも思ったんだが、なかなかしっくりくるものがなくてな。結局今日の帰り道に寄った店に置いてあったそれが気に入ったんで、思わず買ってきてしまったんだが……」

 気に入らないなら正直に言ってくれ、と眉尻を下げる鶴丸さんに、首を大きく横に振った。気に入らないだなんてとんでもない。

「そんなことないです! うれしいです……ありがとうございます……!」
「まあ、なんだ、そんなに喜んでくれるとこっちもうれしいもんだな」

 視線をあちこちに飛ばした後、鶴丸さんは後片付けを手伝ってくる、といってこの場を離れていった。耳元が赤く染まっていたのは気のせいではないと思う。意外と照れ屋なんだなぁとその白い後姿を見送った。

 手の中の鶴を見つめる。翼を広げているように練られているが、全体的な形としては真ん丸だ。それが、鶴丸さんの後姿のように見えて、なんだかおかしかった。

「なにを笑っているんだ?」
「わぁぁ!!」

 突然後ろから声をかけられ、私は一瞬宙に浮いた。手の中の小さな箱をつぶさなかったのは褒めていただきたい。ばくばくと早鐘を打つ心臓を、深呼吸してなだめながら後ろを振り向くと、相変わらず襟元を崩した鶯丸が不思議そうにこちらを見ていた。

「驚かせてしまったか」
「び、びっくりした……鶯丸、いつからそこに……」
「ついさっきだが」
「そっか……あの、気配殺して急に声かけるのやめてくれないかな。すごく心臓に悪いから」
「気配を殺していたつもりはないんだがなぁ。そんなに熱心に菓子を見つめて、どうしたんだ?」

 どうやら手の中の鶴を観察することに集中していたらしく、鶯丸に気が付かなかったようだ。ばつが悪くなって眉を曇らせた私に、いつものように柔らかく笑いかける鶯丸。この表情を見ると、いつも思う。花がゆっくりとほころぶように笑うひとだな、と。

「鶴丸さんがくれたんだ。誕生日おめでとうって」
「……鶴丸が?」
「うん。鶴丸さんも覚えててくれたみたい」

 それを聞いたきり、鶯丸は黙り込んでしまった。先ほどまでたたえていた花のような微笑も消えた。もしかして怒らせるようなことを言ってしまったかと自分の言動を思い返す。だが、心当たりは見つからなかった。

「あ、あの、鶯丸……?」
「……ああ、すまない。なんと言ったらいいんだろうか、少し……不愉快だった」
「え?」
「鶴丸が、主に。そう思っただけで胸がもやもやとする。食べ物でなければ取り上げていたかもしれない」
「……それって、やきもち?」
「やきもち……そう、なのかもしれない……主を誰にもとられたくない、今はそう思っている」

 それは、もしかしなくても嫉妬だ。あの鶯丸が嫉妬。他人からの評価などまったく気にせず、いつだって自分のペースを崩さない鶯丸が。いつもどんと構えていて、めったなことでは取り乱したりしない鶯丸が。鶴丸さんからお菓子をもらったというだけで、こんなに不機嫌そうになるなんて。

 私の顔がにやけるのは無理もないだろう。これがうれしくないはずがない。

「主、笑うところか?」
「い、いやそうじゃなくて……おかしくて笑ったんじゃなくて、うれしいんだよ。鶯丸が嫉妬してくれて」
「うれしい? 嫉妬は醜い感情だと聞いたことがあるが」
「私はうれしかったの。それだけ鶯丸が私のこと好きでいてくれるんだなあと思って」

 と言ってから、にやけた顔を隠すことをやめた。鶯丸は、まったく怖くない表情で私をにらんでいたが、不意に、口元を緩めた。

「どうしたの?」
「……いや、不思議なものだと思ったんだ」
「なにが?」
「こんなふうになにかを贈ったりやきもちを焼いたりするのも、恋人だから楽しいんだろうと思うとな。不思議だ」

 思わず言葉を飲み込んだ。また、花が咲くような笑みを浮かべて私を見つめている。普段とは違って襟元がとてもワイルドだったけれど、どこか品がある。正座で座っていようと胡坐をかいていようと品性を感じさせる。行動にこんなに内面の性格が表れているひとを、ほかに知らなかった。

「やきもちというものはあまり好きになれそうもないが、これが主から俺に向けられたら、うれしいと思う。もっと主に必要とされたいんだ、俺が主を必要としているように」
「鶯丸……」
「……俺の話はここまでにするか。今日は主の生まれた日なんだ。主の話をしよう」
「え! 私は鶯丸の話が聞きたいよ! 普段、あんまり自分のことしゃべらないから……もっと話聞きたい」

 思わず身を乗り出してそう言った。実際、鶯丸が自分のことを話すことはほかの刀剣男士と比べても少ない。兄弟の大包平の話か、お茶の話とすぐに流れてしまうような世間話が多かった。自分はこういうものが好き、ということもあまり話さないし、あれしたいこれしたいなどの欲求も言わない。鶯丸を好きになってから両想いになるまで、本当に毎日どうしたものかと頭を抱えたものだった。前述のとおり、奇跡が起こったとしか言いようがない。

 好きな人のことを知りたいと思うのも当然だし、好きな人のことを必要とするのも、独り占めしたいのも当然のことだ。それを、鶯丸にも知ってもらいたい。彼を見つめる目に思わず力がこもってしまって、鶯丸はきょとんと目を丸くしていた。やがて、ふっと口元がほころんだ。

「そうか。俺も主の話が聞きたい。二人でお互いのことを話そう」
「……うん!」

 うれしくなって鶯丸の手を握る。驚いたような彼の表情で我に返ったが、もう手を握り返されてしまった後で、逃げられなかった。握っているほうとは逆の手が私の頬に触れて、そっと顔にかかる髪をかき上げられた。次の瞬間には形のいいくちびるが私の口に押し当てられていて、私は息が止まった。私の息が続かなくて鶯丸の胸をたたくまでくちびるを合わせたままだった。
 二つの意味で顔を真っ赤にした私を、おかしそうに笑った鶯丸。細められた瞳は、いつくしむような視線で私を優しく絡めとっていた。


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