あいのかたり、あいのかたち
※名前変換ありません
この本丸では、近侍という役目は一日ごとに交代するローテーション制をとっている。最初は入れ替わり立ち代りで近侍が変わるというのも落ち着かないと思っていたが、近侍と言っても重大な役割があるわけでもないので、今となってはこのやり方のほうが落ち着いている。刀剣男士たち一人ひとりを知るためにも便利だと思うようになった。
私は審神者として特に優秀な戦績をあげているわけでも、刀剣男士を多く顕現させているわけでもなかった。平々凡々で、主らしい立派な振る舞いもできないけれど、本丸にいる刀剣男士たちはよく働いてくれていた。時々しっかりしろ、とか小言は言われていたが、それもそうかと軽く流していた。
その刀剣男士たちのなかでも古参の太刀が鶯丸だ。私が太刀の中で一番に顕現したのが彼だ。この本丸で主戦力として頑張ってもらっている。本人はいたってマイペースだが。今日は彼が近侍なのだが、自分がやることを済ませてからは私の部屋でお茶を飲んでいる。
「……鶯丸」
「なんだ、主」
「もう日課の任務も終わったし、近侍の仕事は夕方までないから自分の部屋に戻っていいんだよ」
「それはつまり、俺の好きにしていいということだろう。だからここにいる」
「……そ、そっか」
お茶を飲んでいるだけでなにもしていない鶯丸に声をかけてみるが、返ってきたのは相変わらずな返事だった。近侍の仕事はないが審神者の仕事はあるわけで、その間は近侍にかまってやることができない。暗に退屈なら私の部屋にいる必要はなく自由にしていいのだと言ったのだが、その意味を正しく理解した上で返答されてしまった。別に気まずいとかそういうことではないのだが、もし鶯丸が退屈なら近侍という役目で無理につき合わせたくなかったのだ。
「大包平なら退屈だと思うだろうな」
「へえ……」
大包平、という用語が出た瞬間、また彼の話かと思った。大包平とは鶯丸と同じ古備前の刀で兄弟らしい。私が覚えようと意識せずとも記憶しているくらいに、鶯丸は大包平の話をするのだ。というか鶯丸との会話は八割ほど大包平の話題だ。いつになるかわからないが、彼もまた刀剣男士として顕現する日が来るのだろう。
(そのときは鶯丸、喜ぶんだろうなぁ。大包平のことが一番気にかかるんだろうし)
兄弟仲がいいのは良いことだ。と思うと同時に、少しは私との会話をしてくれてもいいんじゃないかと淋しく思う。鶯丸自身のことを訊いても大包平の話題で返ってくる。微妙に会話のキャッチボールが上手くいってない。
(付き合いそこそこ長いのに、まだ知らないことたくさんあるもんなぁ)
大包平は鶯丸のことをよく知っているんだろうなと思うと、なんだかすごくうらやましくなってきた。私ももっと鶯丸のことを知りたいのに。
「主、どうかしたか?」
「え?」
「少しぼんやりしていたようだが」
「え、いや、その」
(まさか鶯丸のこと考えてたなんて言えないし……)
「体調でも悪いのか?」
「えっ、いやいやそんなことないよ! 元気!」
「そうか? 無理はするなよ。主は少し大包平に似ているからな」
「え?」
突然大包平に似ている、と言われて聞き返すが、鶯丸はそれ以上何もいわなかった。
(一体どういう意味なんだろう……)
大包平の話はよく聞くが、本人を直接知っているわけではないので似ていると言われてもいまいちぴんとこなかった。いつか大包平がこの本丸に来たらわかるのだろうかと、そのときはぼんやりと思っていた。
明くる日の昼食の時間のことだ。今日は出陣もなく遠征もなく、本丸のみんなで内番をしたり掃除などの家事をしていた。私が昼食を作った後、畑当番に出ていた鶯丸と鶴丸国永を呼びに畑まで行くと、そこには鶴丸の姿しか見えなかった。
「鶴丸さん、お疲れ様」
「ああ、君か。ああ、今日は暑いな。やけに疲れた気がするな」
「うん、だから今日は素麺だよ。ご飯にしよう」
「素麺か! そいつはいいな!」
「ところで鶯丸は?」
「鶯丸は水場で鎌とか洗ってるぜ。……そういや……」
「ん?」
鶴丸が何かを思いついたように腰を折って私の顔を覗き込んできた。まじまじと顔を見つめられて、私は思わず背を反らせた。
「な、なに」
「君、体調は大丈夫なのか?」
「体調? なんともないけど、なんで?」
「まあなんともなさそうだと俺も思ってたが、鶯丸が心配していた。あいつ、昨日君の近侍だっただろう」
「え……鶯丸が?」
「そうだ。まったく鶯丸ときたら、話しかけても君の話ばかりするんだぜ? やれ主は大包平に似て頑張りすぎるだの真面目だの、主は昨日ぼんやりしていたが大丈夫かだの……おかげで畑作業が進まないったらありゃしないぜ」
「ほ、ほんとに?」
「ああ、まいったもんだ。ありゃよっぽど君のことが好きなんだろう。本人が気付いてるかどうかは知らんが」
「……!」
鶴丸から知らされた情報に衝撃を隠せなかった。鶯丸が、他のひとと一緒にいるときは私の話をしていたなんて。しかも、昨日からずっと心配していてくれたなんて、気付かなかった。それに。
(鶯丸が、わたしのことを好き、だなんて……)
確かに鶯丸は好きな相手のことをよくしゃべる性格だ。それは大包平で実証済みだ。鶴丸の勘ではあるが、もしかしたら当たっているかもしれないのだ。
顔に熱が上がる。それは陽気のせいではない。それに目ざとく気がついた鶴丸がさらに顔を覗き込んできた。
「おお? 主、さてはまんざらでもないな?」
「な、そ、そんなこと……!」
「ん〜? 顔が赤いぞ?」
私の反応が面白いのか、にやにやと口角を上げながら私との距離を近づけてくる鶴丸。なにか逃げる手立てはないか、と考えをめぐらせていると、後ろから両手で肩をつかまれて引っ張られた。急に引っ張られたため足がもつれ、後ろに転ぶかというところで背中に何か当たった。転ぶのは免れた。
「鶴丸、あまり主をからかうな」
「おっ、戻ってきたのか鶯丸。いやからかってないぞ、主の反応がおもしろかったから遊んでいただけだ」
「それをからかうというんだ」
私の真後ろから聞こえる声は鶯丸のもので、鶴丸も私の真後ろに視線を向けながら鶯丸と呼びかけた。つまり、私の両肩に乗っている手は鶯丸のもので、背中にあたっている体も鶯丸のものということになる。
そのことに考えが至ってから、顔にかーっと血が上っていった。
「お、赤くなった」
「主、大丈夫か? まだ体調が悪いのか?」
「鶯丸、君が後ろにいるからだ」
「そうなのか?」
「え、あ、あの鶯丸、私は大丈夫なので手を離して……!」
「そうか、わかった」
鶯丸が手を離して体を離すと、一気に心臓の音が聞こえるようになった。ばくばくとうるさくて、顔も体も熱い。鶴丸はその様子を見て、またにやにやと笑った。
「お二人さん、俺は先にもどってる。二人分の昼飯は取っておくから、君らはゆっくり来るといい」
「あっ、ちょ……!」
ひらひらと手を振りながら、鶴丸はさっさと母屋へ戻っていってしまった。あとに残されたのは、まだ顔が熱い私と鶯丸。
「本当に体調は大丈夫なのか? 顔が赤いぞ」
「え、ああ、うん大丈夫。これはその……風邪とかじゃないから」
「風邪じゃなくても顔が赤くなるのか。人間は不思議だな」
「……好きな人の近くにいたら、意識してどきどきするから、顔が赤くなるんだよ」
私は小声でそう言ったが、鶯丸はちゃんと聞いていたようで目を瞠った。私が鶯丸のことを好きだと丸わかりの言い方をしたから、さすがに驚いているのだろうか。
じっと私の顔を見つめて、しばらく鶯丸は黙っていた。鶯丸の反応が気になった私も口を閉ざしていたから、沈黙が下りた。
「……主、俺の顔は赤いか?」
「え?」
鶯丸が沈黙を破ってこんなことを言い出した。私は思わず視線を上げて彼の顔を見つめた。特にいつもと変わらないように見える。
「主の言い分だと、好きな人の近くにいると顔が赤くなるんだろう。俺は主のそばにいるとそうなっていたのか」
「……え」
「赤くないのか?」
「う、うん……いつもと変わらないけど」
「そうか……俺は主のことが好きだが、赤くはないのか」
「……!!」
鶯丸の口から、はっきりと好きだと言われて、私の顔に再び血が上った。顔から火が出そうなくらいに熱い。
とにかく返さなくては、言葉を返さなくては。私も鶯丸が好きだと。
「あ、あの」
「なんだ?」
「私は昔から、思ったこととかなんでも顔に出やすいほうで」
「?」
「えっと、つまり……私はすぐ顔が赤くなったりするけど、そうじゃない人もいるわけで……」
「……俺はそうじゃないほうなのか?」
「うん、そうだと思う。……じゃなくて」
何の話をしているんだ。ちゃんと鶯丸に気持ちを伝えなくては。
「あの、あのね……私も鶯丸のこと、好きだよ」
勇気を振り絞って言葉にすると、声が震えて小さくなってしまった。けれど、先ほどの小声を聞き取ってくれた鶯丸は、今度もちゃんと聞いてくれたようで、今度は口元を覆った。
長い前髪で顔が隠れているほうを私に向けて、表情を隠してしまった。でも、耳元が赤く染まっているのがしっかりと見える。
「……主、今度こそ、俺は顔が赤いと思うぞ」
「……うん」