やさしくないと言ってくれ



※名前変換ありません
※刀×女審神者夢小説企画サイト「君がため」様へ提出したものです



 私が審神者となってから初めて迎えた春のこと。この本丸に初めて大太刀がやってきた。名前は太郎太刀さんといって、刀剣男士の中でもひときわ長い刀が本体で、それと同様に背が高いひとだった。私は今まで顕現した刀剣男士たちと同じように、太郎さんのことを知りたくて、彼をしばらく近侍に任ずることを決めた。太郎さんは表情を動かすことなく「わかりました」と言って役目を引き受けてくれた。
 近侍として一緒に過ごす時間が増えて、私は少しずつ太郎さんのことを知っていった。本体が大きすぎること、背が大きいことを気にしていること。現世のことにあまり関心がないとはいっても、本丸で過ごすことを厭ってはいないこと。人間の体に慣れてない頃は、額をしばしばぶつけていたこと。短刀たちに遊んでくれとせがまれた時に珍しくうろたえて困っていたこと。困っていたのは、自分が相手ではつまらないのでは、と思って断ろうとしたが、短刀たちを残念がらせないような上手い断り方が思いつかなかったからだということ。真面目でやさしいひとだということ。
 背が高いので、太郎さんと話をする時は彼を見上げることになる。それを見て私が難儀していると思ったのか、太郎さんは次の日から私と一定の距離を開けるようになった。近くにいると、その分首を傾けなければいけないので、距離をとっているのだ。私の身長は小さいほうではなかったけれど、太郎さんと比べると頭が二つ分も三つ分も違う。確かに、見上げるほど身長が高い刀剣男士は、今は太郎さんだけなので、余計に私の行動が目に付くのかもしれない。見上げることをつらいとか嫌だとか思ったことはないのに。
 この本丸の庭に、誰が植えたかはわからないが花をつける植物が植えられている。前にこの本丸を使っていた審神者の趣味かもしれない。太郎さんを迎えたときは早春で、肌寒さが残っていたが梅が咲いていて芳しい匂いを放っていた。あれから木蓮、桜が咲いて、八重桜が咲いて、それも終わりを迎えようとしている。日中、少し暑いと思えるような日も増えてきた。今度は藤が花をつける頃だ。さすがに藤は庭ではなく、本丸の裏手にある雑木林にある野生のものだが。
「藤の花、今年は盛りだといいなあ」
「今年ですか」
「うん。去年がどうだったかわからないんですけどね。去年すごく花をつけると、今年はあんまり花をつけないものらしいです。野生だからしょうがないですけど、できればたくさん花をつけているところが見たいなぁと思って。ここで迎える初めての春ですし」
 太郎さんは口数が多いほうではないので、私一人がしゃべっているような形になる。でも、最近気付いたことだが、口では何も発していなくとも、小さく頷いたりかすかに表情を変えたりして私の話に反応している。こんな聞き流してもいい世間話をきちんと聞いてくれているのだと思うと、私は嬉しくなった。
「藤の花の色、きれいですよね。だから藤を見るの好きなんですけど、藤って甘い匂いがするんで、蜂が飛んでることが多いんですよね。だからちょっと怖くてあんまり近くには寄れないんです。私の髪黒いから、蜂がこっちに飛んでくることもあるし」
「蜂は黒いものに寄ってくるのですか?」
「はい。蜂だけじゃないですけどね。太郎さん、服も黒いし髪も真っ黒で長いから、すごい寄ってきそう……」
「そう……ですね、おそらく」
「太郎さん、藤の花似合いそうなのになぁ。一緒に見たいのに」
 太郎さんのきれいな黒髪に藤の淡い紫が映えそうだな、と思ったことをそのまま口にすると、太郎さんが少し目を瞠った。それを見るなり、私は何を言っているのだと口を覆った。だが、口を出てしまった言葉は太郎さんに聞かれてしまった後だ。
「あ、いや、その、太郎さんとてもきれいだから、なんとなく似合うだろうなと思っただけで、他意はないんですけど」
 言い訳を並べてみたが、余計に恥ずかしいことを口走っているような気がしてますます顔に熱が集まった。顔を両手で覆いながら太郎さんの顔をちらりと見ると、彼はもういつもの無表情に戻っていた。
「主。私は、今は人間の身体をしていますが、もとは刀です。人殺しの道具です。それをきれいなどとは、あまり言わないほうがいいですよ」
 太郎さんが静かに放った言葉は、湯だった私の頭を冷やすには十分な効果を持っていた。人間の体で言葉を交わし、生活を共にする中でついつい忘れそうになる。このひとたちは、本当は刀なんだと。今まで他の刀剣男士にもそのことを指摘されたことはあったが、こんな風にはっきりと人殺しの道具と形容されたことはなかった。少しだけ太郎さんとも仲良くなれただろうかと思っていた矢先に突きつけられた言葉だったので、彼の言葉は今まで以上に私の心に突き刺さった。
 すっかり熱が引いてしまった頬から手を下ろし、視線をうつむかせる。こんな雰囲気になるなんて、ただの世間話のつもりだったのだけど。そう思っていると、太郎さんの静かな声が再び耳を震わせた。
「ですが、人間の身体を得て、貴方と一緒に過ごしているからでしょうか。それとも、私を顕現したのが貴方だからでしょうか」
「……太郎さん?」
「先程貴方にああ言われて、嬉しいと思いました」
 金色の目にまっすぐ見つめられて、私は息が止まった。太郎さんは私の変化に気付かず、珍しく自分から話している。
「私は、貴方の髪にも似合うと思います。藤が花をつけたら一緒に見に行きましょう。私が虫除けになりますから」
 と言って、かすかに口元をほころばせた太郎さんから目が離せなくて、私は胸が苦しくなった。それは呼吸が上手く出来ないせいだろうか。それとも、別の原因で。
 私に藤の花が似合うと言ってくれたことが、一緒に見に行こうと言ってくれたことが嬉しくて、胸の内からあふれそうなほどに嬉しかった。けれど、同時に浮かんできたのは一つの疑問だった。
 私にそう言ってくれたのは、私が主だからなのか。それとも、心からの本音なのか。彼のやさしさから出た言葉なのか、それとも───。
 今すぐ知りたいような知りたくないような問いは苦味を帯びて、嬉しさで膨れ上がる心を冷たくしていた。それを頭の片隅に追いやって、私は太郎さんの言葉に頷いた。この全身に甘く広がる喜びを味わっていたい。
 今年は藤の花が盛りだといい。二人で眺める藤の花は、とても美しく目に映ることだろう。


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