どうにかなりたい夜



※事に及ぼうとする前の話です。はっきりとした描写はありませんが一応15禁くらいで。



 私が審神者になってからもう一年ほど経っただろうか。その間に色々なことがあった。まず審神者になってからの最初の三ヶ月ほどは、覚えることがたくさんあったり新しい環境におかれたりと目が回るような忙しさだった。それから、戦いに向かう刀剣男士たちとも交流を深めたり、際限のない戦いに投げ出したくなったりと、自分の人生の中でも例を見ないほどの濃い一年だった。
 だが、なんといっても一番大きい出来事といえば、刀剣男士の彼氏ができたことだろう。その彼氏とは大太刀の太郎太刀さんである。国宝だったり御神刀だったりして浮世離れした雰囲気を持つ人が多い刀剣男士の中でも、特に目立って現世に興味がなさそうな人である。よく恋人同士になれたな、と自分でも思う。その経緯はここでは省略する。
 太郎さんと恋人同士になって、やはりというかなんというか、彼は純粋で男女間のことをあまり知らないことが判明した。かろうじてキスは知っているが、そこから先は知らないようだった。現に、彼と恋人同士になって半年ほど経つが、キスより先には進んでない。キスをするときも圧倒的に私から迫るほうが多い。私からというか、太郎さんが誘い攻めのような形だ。二人きりのときに、太郎さんが頬を赤らめて「……主……」と私を呼んでもじもじしているので、私が太郎さんのそばに寄って目を閉じる、というのが私たちのキスの流れだ。なんだこの可愛い生き物は。
 もちろんそのキスから先には何も進まない。キスをして、抱き合って、終わりだ。子どもの作り方も知らないのだろうかと訊いてみようかと思ったが、知っていればこんな状況にはなっていないだろう。舌を絡ませるようなキスをするようになったのもつい最近のことなのだ。
 このように、今時のマセた小学生よりもピュアな彼氏ゆえに、私は日々悶々と過ごしている。もじもじとした太郎さんの意図を汲み取ってあげると、ぱっと顔を輝かせる。その様子は正直ものすごく可愛い。思わず太郎さんの頭をぎゅっと抱きしめて、なでなでしてあげたくなる。だが、私だって恋人とめくるめく夜を過ごしたい。半年も手を出されていないというのは、さすがに不安になってくる。私に女としての魅力がないのか、はたまた太郎さんに性欲がないのか。そもそも刀剣男士と男女関係を求めてしまう私が異常なのか。
 それとなく弟の次郎太刀さんに訊いてみようかと思ったが、なんとなく事が無駄に大事になる気がして、それはやめた。万が一、私がそんなことを尋ねてきたと次郎さんの口から太郎さんの耳に入ってしまうと、ややこしいことになりそうで怖い。これはもう、私が太郎さんに直接聞くしかないのかもしれない。
(いっそのこと、太郎さんを押し倒してみるとか……?)
 太郎さんに男女間のあれこれを知っているか、などと訊くより、そっちのほうが手っ取り早いような気がしてきた。もし太郎さんが子作りの方法を知っていて、なおかつ私にそういう欲求を抱いていたとしても、キス一つでもじもじしてしまう太郎さんが私にそれを迫るだろうか。なかなか想像が難しい光景である。だから、そんな確認をしなくても押し倒してみればわかるのでは、と思ったのだ。少々手荒な気もするが、まどろっこしいのは性に合わないのだ。
「主、お呼びですか」
 というわけで、刀剣男士も私も入浴が終わって後は寝るだけ、という時間に太郎さんを部屋まで呼び出したのである。太郎さんと相部屋の次郎さんには私の意図を悟られてしまったかもしれないが、ここまで来ればそんなこと構うものか。私は布団が敷いてある寝室のほうをチラリと横目で見てから、太郎さんと向き合った。
「太郎さん」
「はい」
 ずいっと体を近づけて太郎さんの肩に手をつき、太郎さんのくちびるに軽い口付けをする。口を離して目を開けると、太郎さんはびっくりしたように目を見開いて顔を赤くしていた。そして口を手で覆ってせわしなく目を泳がせた。
「あ、主……突然、どうしたのですか」
「太郎さんと、こういうことしたかったんです。だめですか?」
「だ、だめでは、ないのですが……その、何もこんな夜遅くにしなくても」
「……私が本当にしたいことは、夜遅くないとだめなんですよ」
「主……?」
 私の言っている意味がわからず戸惑ったような太郎さんに、もう一度口付けた。今度は強くくちびるを押し付けて舌を太郎さんの口の中に入れる。反応できない太郎さんの歯が舌に当たったが、今は痛みを感じる余裕がない。思ったよりも太郎さんを押し倒すということが難しくて、こうやって不意をつくしか方法がないことに焦っている。なにせ戦場に出ている男の人だ、普通に肩を押しただけでは絶対に押し倒せないだろう。
(ええい、ままよ!)
 舌で口の中をかき混ぜられて、太郎さんはまだ戸惑っているみたいだった。私の勢いに気圧されたように身を引くのを見計らって、その肩を強く押した。
「っ……! 主……!?」
 畳に倒れきってしまう寸前で後ろにひじをついた太郎さんは、口を離すと私を非難するような目で見上げてきた。完全に押し倒せなかったのは残念だが、ここまで来たら後には引き返せない。私は太郎さんの体に馬乗りになった。
「ごめんなさい、びっくりしました?」
「ええ、驚きました。主、一体……」
「太郎さん……私、太郎さんとこういうこと、したい……」
 太郎さんの手をつかんで、私の胸に太郎さんの手を触れさせる。すると、弾かれたように太郎さんの手が私の胸から離れようとする。私はその手をぐっとつかんだ。
「主、だめです……そのような」
「私と太郎さんは恋人なんですから、だめなことじゃないです。太郎さん……」
 太郎さんの狼狽ぶりは、せわしない瞬きの数でも体の震えでも伝わってきた。体が凍りついたように動かないのに震えている。やっぱり、ここから先のことは知らないんだろうな、と思う。
(私が全部、するんだ。大丈夫、なんとかなる……たぶん)
 と、意を決して、自分の寝巻きの帯を解く。太郎さんが呼び止める声がしたが、ここまで来てためらってはいけないと思い、私は一気に解いた。
 帯を取り去って浴衣を脱ごうとすると、太郎さんに手をつかまれた。と思った次の瞬間、視界がぐるんと回った。気がつけば天井を背にした太郎さんが、真剣な目で私を見下ろしていた。背中には太郎さんの腕と、畳の感触がした。あっという間に押し倒されてしまったのだ。
「主、だめです」
「た、ろうさん?」
「これ以上は……私の抑えが利かなくなります」
 そこで気がついた、私の太ももに当たっている太郎さんの下腹部が熱を帯びていることに。間違いない、太郎さんはちゃんと私に対して興奮を覚えているのだ。
「主……主は、私と一夜をともに過ごしたいと、そう仰るのですか」
「う、うん」
「私もそうしたいのは山々なんですが……」
「な、なにか問題でもあるんですか?」
「問題……ええ、かなり重大な問題が」
「なんですか?」
「……主は壊れませんか?」
「……はい?」
 太郎さんの問題の意味がよくわからず、私は素っ頓狂な声をあげてしまった。色気のない声に恥ずかしくなったが、太郎さんは気にしてないようだった。
「私も、ずっと前から貴女と一夜を過ごしたいと思っていました。その……色々と男女間のことも調べてみたんですが、男女の契りとは、私を貴女が受け入れるということでしょう。私は、こういう体格ですし、普段戦場で振るっているものもああいうものですから……その、貴女の体を壊してしまいそうで。貴女は柔らかくて小さいですから」
「太郎さん……」
「ですから、そのように煽られては大変困ります」
 太郎さんが心底困った、といった表情で私の体に視線を落とした。帯を失った寝間着は、少しでも身じろぎすれば素肌が見えてしまうだろう。それを熱のこもった視線で見つめられて、私は顔を赤くした。
 太郎さんは太郎さんで、そんな悩みを抱えていたとは。性欲はあるものの、私の体を気遣って行動に移せないでいたのだ。それなのに、私と来たらそんなことも考えないで、自分のことばかり目に映っていた。自分を戒める太郎さんの事情も考えないで、なんと恥ずかしいんだろう。
「ご、ごめんなさい、そんなことも知らないで……」
「いえ、悟られないように平静を装っていましたから……でも、貴女は私の表情を読み取ることが上手ですから、大変でした」
「太郎さん……私は、大丈夫ですよ。滅多なことでは壊れませんから……」
「主……」
「だから……えっと、だ、抱いてください……」
 恥ずかしさで小さい声になってしまったが、なんとか太郎さんに向かって言うと、太郎さんは今まで見たこともないような呆然とした表情になった。私が何を言っているのか伝わってないのかな、と思い、恥ずかしいけどもう一度言おうとすると、太郎さんのくちびるで口をふさがれた。口を離した太郎さんは、頬を紅潮させていたが、もじもじとはしてなかった。
「主、……なるべく優しくするように心がけます。ですが、初めてのことなので……」
「大丈夫です、太郎さん……」
 私が太郎さんに言葉に頷くと、太郎さんは私を横抱きにして寝室へと運んだ。布団の上でもう一度私に覆いかぶさった太郎さんは、二人きりのときに見た中で一番男らしい表情をしていた。
(男らしいっていうか、男の人、なんだ)
 寝間着を乱して肌をまさぐっていく太郎さんの手は、少しぎこちなかったけれど、精一杯優しくしようとしていることが伝わってきてすごく愛おしくなった。当初予想していた展開とはまったく逆のものになっているけど、太郎さんと一夜を過ごすことになったのだから、結果オーライだ。そこまで考えて、私は目の前の太郎さんに集中するために余計なことを考えるのをやめた。今夜は忘れられない夜になりそうだ。


inserted by FC2 system