今日も告白されまして。


※名前変換ありません


「いや今はそういうの……恋愛とか考えられないし、彼氏とか恋人もいらないから」

 私が目の前の男──つい先ほど、私に対して好意を告げてきた相手に言い放つと、男はこの世の終わりのような顔になった。さーっと音がしそうなほどに、どんどんと男の顔から血の気が引いていく。私が告白を断る前は、告白の緊張からか少し顔が赤らんでいたのだが、今は見る影もない。ちょっと断り方冷たかったかな、と相手の顔を見つめていると、みるみるうちに大きく見開かれた目がうるんでいった。

「ちょ、膝丸……! なにも泣くことないでしょ!」
「うっ……す、すまない……!」

 私は慌ててティッシュを数枚とって膝丸に渡した。それを受け取って目頭を押さえる膝丸。なにも泣くことないだろう、と半分呆れながらその様子を見守る。泣くほどのことなのだろうか。恋愛ごとに興味がなく、かつ経験もない私にはよくわからなかった。



 事の始まりはひと月前のこと。複数部隊を率いて新しい戦法を実戦で試すという、政府の新たな任務を受けた。そこで功労をねぎらう報酬として、源氏の刀・膝丸をもらい受けたのだ。彼は私のもとへ来ると、自分の名を名乗るとともに兄のことを問うた。

「兄者はここには来てないのか?」
「兄者……髭切さんはまだこちらには来ていませんよ」
「そうか……」

 しゅん、と肩を落とした膝丸になんと声をかけようかと思ったが、彼は次の瞬間には顔を上げていた。立ち直りが早い。
 膝丸の兄・髭切は、実戦のさなかに見つけ次第保護ということになっていたが、私が訪れていた際はなかなか見つけることができなかった。審神者の間では保護したよ、とか、うちも見つからなくて、という声が飛び交っていて、髭切が来ていない審神者がハンカチを噛んでいる中。こういうのは運とか巡りあわせなんだろうな、と私はぼんやりと考えていた。来るときは来るし、来ないときは来ない。相手は神様の一種なんだから、カリカリしてもしょうがない。この任務は期間限定だったが、とっくに膝丸をもらい受けていたし、審神者としての役目は十分だろう。私はそんなふうに思っていたのだが、こちらへ来てから近侍を務めていた膝丸はそうではなかったようだ。
 膝丸は近侍ではあるが、まだ練度が低いため、髭切が出現する戦場には連れていけなかった。必然的に留守番となる彼は、戦場へ向かう部隊を少し悔しそうな様子で見送っていた。そして、髭切はいなかった、との報告を受けて、がくりと肩を落とすのだ。

「今日も兄者は見つけられなかった……くっ、やはり俺が探すしか……!」
「あー、いやいや、待ってってば。そんな練度で乗り切れるようなところじゃないから。本物の合戦場ではないから折れる心配はないけど、もっと戦場に慣れてからじゃないと部隊の足引っ張ることにもなるから」
「うっ……そう言われると返す言葉もないのだが……」

 私としては事実を述べて説得したつもりなのだが、やはりそれだけではただの冷たいこと言うやつにしか見えない。なんとかフォローをしようと、目を潤ませる膝丸の頭に手を置いた。

「ごめん、こんな言い方しかできなくて。でも、髭切さんが見つけられないのは膝丸のせいじゃないから、そんなに気に病まないで」
「うっ……すまない、君に気を遣わせてしまったな……」
「ううん、お兄さんが来てほしいっていうのは当然の気持ちだろうし。ごめんね、私あんまり運が良いほうじゃないから」

 よしよし、と小さな子をなだめるように彼の頭を撫でた。平安からある刀に子ども扱いは失礼かもしれないが、現に彼はここにはいない兄を思って泣いているし、特に扱いは間違ってもいないだろう。ということで、ゆっくりと手を動かした。怒りだしてもしょうがないと思っていたが、膝丸は黙ってそれを受けていた。
 そう時間をかけずに泣き止んだ膝丸が頭を上げたので、私はそれと同時に腕を下ろした。少し照れくさそうに私のほうを見る。

「……恥ずかしい姿を見せてしまったな」
「うん? なんのこと?」
「……いや……ありがとう」

 それからだった。膝丸の態度が少しずつ軟化したのは。
 いや、それまでも特につんけんしていたわけではないが、あくまで彼の中での一番は兄の髭切だった。それが少しずつ、私の優先順位を上げていってくれたようだ。

(私のことを主として認めてくれたのかな)

 と、なんとなくそう思っていた。へし切り長谷部などがよく言うような主従とか、そういうことはよくわからなかったけれど、角が取れたように私に接してくれるのは純粋に嬉しかった。

「あっ、主、その、今日はよく晴れているな」
「? うん、そうだね。昨日も晴れてたけど」
「そ、そうだったか……その、散歩に行かないか? 君の仕事の手が空いたらでいいんだが」
「散歩? 膝丸と?」
「あ、ああ……その、たまには外に出るのも悪くないだろう」
「ありがとう。うん、いいよ」
「ほ、本当か?」
「うん。ちょっと待ってて、区切りがいいところまで仕事進めるから」
「ああ、待っている!」

 散歩といっても本丸の周辺をただぶらつくだけだったが、冬の澄んだ空気が心地よかった。年明けから寒くなり、雪が少し積もっていたが、手すきの刀剣男士たちが雪かきをしてくれたようで、歩く分には困らなかった。けれど、膝丸は私が転んだりしないように、手を引いてくれた。紳士だ。

「大丈夫か? すまない、こんなに雪が残っているとは思わなかった」
「大丈夫だよ。急いで歩くわけじゃないし、私も自分で気を付けるから。でも、膝丸が手を引いてくれてると安心する」
「そっ、そうか?」
「うん。手もあったかいし」
「っ、君は……君の手は、冷たいな」
「そうかも。冷え性なんだ」
「それに……小さい手だ」

 膝丸が立ち止まった。私もつられて立ち止まる。膝丸は握っていた私の手と、もう片方の手を取って両手で握った。膝丸の手のぬくもりで、だんだんと温かくなっていく私の手。冷えていた指先の感覚が戻っていく。
 しばらくして、私の手と彼の手の温度がほぼ同じになった。私の指先を擦って、膝丸は口を開いた。

「……少しは温まっただろうか」
「うん……だいぶあったまった。ありがとう、膝丸」

 私がお礼をいうと、膝丸が表情をほころばせた。きつい印象を与える顔立ちの彼が微笑むと、一気に雰囲気が柔らかくなる。私もつられて笑った。



 そんなやりとりを繰り返して、早ひと月。
 髭切を迎えることができないまま任務期間を終えてしまったが、膝丸は私が予想したよりも落ち込まなかった。「兄者を見つけられなかったのは残念だが、これも君の言った巡りあわせなんだろう。いつかまた機会が来る」と言って、逆に私のほうが気遣われた。
 私の言ったことも覚えていてくれたし、彼との信頼関係が着実に築けているのだろうか。それなら僥倖だ。
 そして、今日。仕事の合間、おやつの時間に、その膝丸から告白を受けたのだ。

「あっ、主!」
「うん?」
「あ、主のことが、好きだ!」
「うん……? ありがとう?」
「……それは、俺の告白を受け入れてくれる、という返事と思っていいのだろうか?」
「え? あ、そういう告白なの? いや、気持ちはありがたいけど、今はそういうことは考えられないから、ごめん」
「!! お、俺ではだめか……!?」
「いや、膝丸だからだめとかじゃなくて。今は審神者の役目だけで手いっぱいだから、恋愛とか考えられないし、彼氏とか恋人もいらないから」

 そして冒頭に戻る。私の返事を聞いた膝丸は泣き出してしまったのだ。
 文机の上に置いてあったティッシュ箱を取る。数枚彼に渡してあるが、彼の涙腺状況によってはまだ必要になるからだ。
 しかし、告白されるとは思ってなかった。彼のここ最近の態度は、純粋に私との信頼関係からくるものだと思っていた。今までの恋愛経験のなさと関心のなさから、あまりそういうことに聡いほうでもないことが災いとなった。
 膝丸に言った通り、今は審神者の役目で頭と心のキャパシティはいっぱいだ。日々の日課と、時折政府から降ってくる任務をこなすことに苦心している。本丸にいる刀剣男士を傷つけないように、失わないように采配するだけで余裕なんてあったものではないのだ。
 だから、膝丸の気持ちには応えられない。彼氏いない歴が年齢のモテない人生を送ってきた私が、生まれて初めて異性から告白された。そのことは大変嬉しい。こんなイケメンに告白されるなんて、おそらく今以外にもうないことだろう。膝丸のことも好きだ。でも、それは恋愛の好きじゃない。
 膝丸の鼻をすする音で現実に戻った私は、新しいティッシュを渡した。

「ほら、これで鼻かんで」
「うう、すまない……」

 ティッシュを受け取った膝丸は、私に背を向けて鼻をかんだ。なんだその気遣い。やはり彼は紳士なのだな、とぼんやり思った。鼻をかみ終わった彼は、再び私に向き直った。

「その、いきなり驚かせてすまなかった」
「ううん、私こそ気持ちに応えられなくてごめん」
「うっ……今は恋愛事を考えられない、と言っていたが、俺のことが嫌いで断ったのではないと思っていいのだろうか」
「うん、膝丸のことは嫌いじゃない……っていうか、好きだよ。そういう対象として見てなかっただけ」

 膝丸がまた泣かないように、「ほかのみんなもそうだけど」と付け加えた。気を抜くと淡々と言葉を返してしまう。なるべく誤解がないように気を付けなければ。

「では、あくまで恋愛事を考える場合でない今の状況が、俺の告白を受けられない原因と思ってもいいだろうか」
「え? うーん、まあそういうことだね」

 というと、膝丸は手の中のティッシュを放り投げて私の両手を取った。

「そうか……! では、いつか君が恋人を作りたい気分になったら、その時は俺を選んでくれるか!?」
「え? うーん……その時になってみないとわからないから、約束はできないけど」
「そ、そうか……そうだな。だがまだ望みはあるということだな!」
「まあ、先のことはまだわからないけど、恋愛してみたい気持ちになるかもしれないし」
「では、主の心の準備ができるまで、俺は今よりももっと強くなって良い男になる! だからきっと、いつの日か俺を選んでくれ、主」
「は、はあ……」

 近い。私の両手を握りながら、熱く私を見つめてくる膝丸。顔が近い。恋愛経験ゼロのモテない女には、膝丸のような美形のドアップは心臓に悪い。今すぐ離れてほしい。
 私のはっきりしない返事にも一縷の望みを見出したのか、膝丸の表情はすっかり明るくなっていた。先ほどまで泣いていた男とは思えない。これは、どう見てもあきらめたようには見えない。困ったことになったかもしれない。
 その日以来、膝丸は毎日のように私に告白してはフラれる、ということを繰り返すようになった。私が恋愛する気になったかどうかの確認の意味も兼ねているようだ。告白を断れば落ち込むのだが、前回と同様に持ち前の立ち直りの早さで一時間後には持ち直している。引きずられても困るが、これはこれでどうしていいかわからない。

「主! 俺と結婚してくれ!」
「なんか変わってるけど!? いや今は無理だから!」

 今では公然とこんなことを言いだすようになってしまった。やめて、周りの刀剣男士が見てるから。あいつ今日もフラれたぞ、みたいな目で見られてるから。
 干物女だとか喪女だとか、なんと言われようと恋愛に興味が湧かないのだから仕方ない。今日もフラれてがっくりとうなだれている膝丸には悪いが、これからしばらくはフラれ続けてもらうしかないようだ。



inserted by FC2 system