太郎の悩み事



※事後のピロートークです。15禁いくかいかないかの境目ぐらい



 ある日の晩、と太郎はいつものように睦み合った後に、指を絡ませ合って寝そべっていた。太郎がを後ろから抱きしめるような形で、取り止めのない話をしながら上がった息と鼓動を落ち着かせているのだ。
 太郎がの部屋へ忍んでいく回数は、大体週に一、二回ほどである。周囲の目を気にしつつ、の体力的な面も気遣ってのことだった。ただ、その分一晩みっちりと太郎につき合うことになるのだから、どちらがいいのか悪いのか、には判断しかねることだった。
(次郎さんも知ってるし、山姥切くんも知ってるしなぁ……いっそ近侍の部屋を離れに近いところにする、っていうのも考えたけど、それは太郎さんが近侍じゃなくなった時に不便だし)
 太郎が近侍になってから半年弱、仲間も着実に増えてきて、もうそろそろ隊の増設を検討してもいい頃だ。ただ、近侍を太郎以外にすることにはどうしても迷いが出てくる。皆の主としては、近侍を経た心強い仲間を増やしたほうがいいと考えている。だが、個人としては太郎と接触する機会が減るのは寂しいのだ。恋人同士になってからの密に接した期間があるので余計だ。太郎としてもそれを薄々感じ取って不安に思っているのか、最近夜這いの回数が増えている。
(あと、噛み癖が出てきてる……不安にさせてるんだろうな)
 元々太郎は濃い目の鬱血の痕を残すほうで、かなり嫉妬深いほうだ。最近はその鬱血の痕を残す際に、噛み付くように肌に吸い付いてくる。正直に言うと痛い。その時にそれを伝えると、その日は噛まないようにしてくれるのだが、また不安なことがあったり嫉妬したりすると再発する。
「太郎さん……なにか、悩んでます?」
「……? 急にどうしたんです」
「また、噛み癖出てるから、なんか不安なことがあるんじゃないかなーって」
 今夜の行為は一段と激しくて無我夢中だったので、最中に指摘できなかった。太郎が指摘を受けて「すみません、痛かったでしょう」と謝ってきた。それに首を横に振って応える。
「それはもういいんです。太郎さん、何かあったらいつでも言ってください。太郎さんが不安に思うことって、大抵私関連だろうし」
……」
 自惚れかもしれないが、太郎はと付き合うことになって多少現世に関心を持つようになったものの、依然としてに関すること以外に心を傾けることが少ない。太郎が心を煩わせる原因は、ほぼといっていいだろう。
 太郎は迷うような間を置いて、ゆっくりと話し始めた。
「では、……主、聞いてくださいますか。悩みというにはあまりにも稚拙なものでしょうが……」
「うん、なんでも聞きます。笑ったりしないから、言ってください」
「……ここのところ、仲間が増えたでしょう。私が以前、近侍に任命された時のようなことを主が考えているのではないかと……私以外の男を近侍にするのではないかと、不安なのです」
 やはりか、と予想が的中した。太郎が絡めている手をぎゅっと握って、の肩にくちびるを寄せてくる。としては、太郎の不安を出来るだけ取り除いてやりたい。太郎はもとは付喪神で、こういった感情をどうすればいいのか、まだよくわからないのだろう。話を聞いて、答えてやれることは言葉にしてきた。だが、こればかりは公私を分けねばならない問題だった。
「うーん……まあ、ちらっと考えてはいました。太郎さんを新しい隊の隊長にして、新しく近侍として頼れる人を作りたいな、とは」
「……やはり」
「ああ、でもまだ決まってないですよ? 前提として、新しく近侍を任せられる人がいるかどうかって問題がありますから。それをクリアした上で、新しく隊を増やすことの長所と短所を考えていかなければなりませんし」
「はい……それは、わかっているのですが……」
「……太郎さん、私も、本心はずっと太郎さんがいいです。ずっと、そばにいて欲しいです」
「主、……」
「でも、隊や近侍云々は私たちの使命を果たす上で必要なことなんです……もし、近侍を太郎さん以外にする日が来ても、私だって苦しいんだってこと、太郎さんに知っておいてほしいんです」
 が苦渋の決断をする日が来ることを暗に示すと、太郎はの背にすがりつくように抱きついた。太郎の不安を消し去ってやれないことが苦しくて、もぎゅっと目をつぶった。
「わかりました……主、貴女が私を近侍から外す日が来ても、貴女の心までは変わらない。そう思っていてもいいということでしょうか」
「はい、それは絶対です。いつだって一番好きなのは、愛しているのは太郎さんだけです!」
「その言葉だけで、私は十分幸せです。、信じています。私も、貴女をずっと変わらずお慕いしています」
「太郎さん……」
 太郎が身を乗り出して、のくちびるにキスを落とした。その表情は完全に不安を払拭したとは言い切れないが、この話をする前よりは明るくなっていた。こればかりは、我慢してもらうしかない。我慢を強いることしか言えないということが、お互いの立場の違いをはっきりと表している。太郎が本当は人間でない以上、大手を振って恋人らしく出来ないことは百も承知のつもりだった。だが、こんなことを言うしか出来ないとは、改めてつらさが身に染みた。
 太郎がうなじや背中にくちびるを落としてくる。軽く吸い付いてはちゅ、と音を立てて離れ、また違う場所に吸い付いてくる。は思わず背筋をぞくぞくとさせる。
「新しく近侍になる男がうらやましくて、まだ誰とも決まっていないのに今から秋波を飛ばしてしまいそうです」
「ん、太郎さん……」
「貴女のあどけない寝顔を朝から見られる役目を、誰にも譲りたくない。主、どうか私以外に寝顔を見せないでください」
「ん……わかった、自分で起きるように、します」
「はい、是非……ああ、近侍を外れたら、私はきっと毎晩貴女のもとへ通うようになるのでしょうね」
「え」
 背中を撫で回す太郎の手に、ぬるい快感を与えられて目を細めていたは、毎晩という言葉を聞いて目を見開いた。思わず太郎を振り返ると、熱のこもった目で見つめ返される。
「昼間貴女のそばにいられなかったら、その分夜に補うしかないでしょう」
「ま、毎晩……!?」
「今ですら、そう思うときがあるんですから」
「ええ!? 初耳です……」
「おや、気付いてなかったのですか? 本当に悪いひとですね」
 を口だけで非難して、太郎はの上に覆いかぶさった。ゆっくりと肌をくちびるでなぞっていく。
「ん、太郎さん……そうなったら、いつか私腹上死しちゃいそうですよ。今でさえへばってるのに……」
「おや、それは困りましたね。貴女には私をこんな男にした責任を取ってもらわなければいけませんから、腹上死させるわけにはいきません」
「え……? 責任?」
「貴女が他の男と話すだけで嫉妬して、常に貴女を独占したくて、夜に私だけに見せるいやらしい貴女を見て満足している……そんな男にしたのは貴女ですよ、。もう、貴女なしでは生きられないんです。貴女の愛を与えられなければ、私は死んでしまいます」
「た、太郎さん……もう、そんなの私だって同じなのに」
  一見大袈裟に聞こえる太郎の言い分は、彼にとってはまったく大袈裟ではない。恋人同士になってからの変わりようを考えればおのずとわかることだった。ともすれば重たくなりがちではあるが、それだけ深く想われているということでもある。にとっては嬉しくて幸せなことだった。
 の言葉を聞いて、太郎は嬉しそうに顔をほころばせた。
「それでは、私も責任を取らねばいけませんね。貴女を一生、変わらず愛し続けると」
「うん……私も、太郎さんだけずっと愛してる」
「はい、の愛は私だけのものですよ」
 が太郎の背に腕を回すと、太郎は満足そうに笑ってにくちびるを落とした。優しく降りてきたくちびるを口で受け止めて、うっとりと目を細める。口付けが徐々に舌を絡ませあうような深いものになっていく。太郎の舌に応えていると、太郎の手が体をまさぐっていることに気がついた。の敏感なところを焦らすようにかすめているが、確実にその気にさせようとしている手つきだった。
「あっ、ちょ、太郎さ、んっ……」
「どうしました、そんな蕩けた声を出して」
 しれっと知らんふりをする太郎に、非難の意味をこめて睨む。しかしそんなの抵抗は、太郎にとっては可愛いもので、まるで効いていない。
「そんなに潤んだ目で見つめられては、抑制が効かなくなります」
「太郎さんてば……もう、今日は……あっ」
「可愛い貴女が悪いんです。ほら、ここは私を欲しがっているようですよ」
 股の間に滑り込んだ太郎の指が、のもっとも敏感な場所をなぞる。体は正直に太郎を欲しているようで、湿った音を立てられてはさらに顔を赤くした。
「んっ、や、太郎、さん……」
「仕方ありませんね。主を満足させることが、私の役目ですから」
 恨むなら自分の体の正直さを恨め、と言わんばかりの太郎に、はさらに睨もうとした。だがそうする間もなく、太郎はの胸元に顔を埋めてしまった。
 本格的に始まった行為は、から徐々に思考能力を奪っていき、最後は体力の限界でそのまま寝入ってしまった。
 翌朝、きっちりと身だしなみを整えて満足げにを起こしに来た太郎を見て、やはり太郎を近侍から外すのはよほどのことがない限りやめようと思い直すであった。


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