監視じゃないよ、見守ってるだけ


※大学生設定


 ある日、私のひとり暮らしの部屋に恋人の幸村精市を招いた時のこと。

、ちょっと来て。はい、これ」

 と、幸村くんが私に手を差し出してきた。手は握られていて、その中に包まれているものは見えない。なんだろう、ゴミとかじゃないよね。爽やかに笑っている幸村くんの笑顔に、少し嫌な予感を抱きながら、私も手を差し出した。
 開かれた幸村くんの手から私の手に落ちてきたものは、プラスチックでできた厚さ一センチほどの平べったいなにかだった。色は白。一辺は四センチほどで、私の手でもすっぽり包めるほどの大きさしかない。

「なにこれ?」

 見たことがない物体だった。なにに使うのかも検討がつかなくて、私は幸村くんに尋ねた。

「なにって、GPSだよ」
「へえ……え、GPS? それって、居場所とかがわかるあれ?」
「まあ、簡単に言うとそうだね」
「なんで私に?」
「なんでって、の居場所を逐一知りたいからに決まってるじゃないか」

 いや、決まってるじゃないかと言われても。そんな、なにを当然のことを聞いてくるんだみたいな顔をされても。私は恋人からGPSを渡されるような理由に心当たりなんてないんですが。

「え、私なんかした?」
「なんかって、それを渡される理由が聞きたいってことかい」
「うん。心当たりなくて、今正直戸惑いしかない」

 GPSといえば、車のナビに使われているというイメージが強い。幸村くんもさっき言っていたように、私の居場所を常に把握しておきたい、ということは、私は浮気かなにかを疑われているということなのだろうか。
 大学三年になってから幸村くんと知り合って、好きになって、なんやかんやあって付き合い出してまだ半年だ。お互い好き合っているし、まだ全然ラブラブカップルという自覚もある。幸村くんと出会ってから、ほかの男に興味を持ったこともない。なのに、疑われているとしたら心外だし悲しいことだ。
 私の表情から不安を感じ取ったのか、幸村くんは柔らかい笑みを浮かべた。

「大丈夫、を疑ってるわけじゃないよ。これを渡す理由は、ひと言でいうと心配だからだよ」
「心配?」
「うん。この間、サークルの飲み会に行ったよね」
「あ、うん。気づいたら朝で、しかも幸村くんが私を迎えに来て、私の部屋まで送ってくれてたけど、全然記憶ないやつ……のことだよね」

 先週の土曜の飲み会のことだ。サークルの飲み会に行って、しこたま酔っ払って前後不覚になった私は、飲み会がお開きになる頃に突然現れた幸村くんに回収された……らしい。幸村くんが現れたということも、幸村くんに連れられてマンションまで帰ってきたことも、そのまま幸村くんがふにゃふにゃになった私と一発やってたことも、全然覚えてなかった。翌朝ものすごく重いまぶたを開けて、すっきりした幸村くんがおはようと声をかけてきたことでその事実を知ったのである。

(酔っ払った女をよく抱こうと思ったよね、幸村くん……)

 そりゃ現役の彼女ではあるから、そうなることは別にいいのだが。泥酔している女によく勃ったな、と思った。声に出さずにいたが顔には出ていたのか、「だって、とは毎日でもしたいからね」と笑顔も爽やかに言い放たれたことは記憶に新しい。

(草食系に見えて、がっつり肉食系なんだよね、幸村くん。ヤキモチ焼きだし)

「そう、それ。あの夜はまあ、結果的には楽しい夜になったんだけど、やっぱりどうも心配でさ」

 飲み会の夜の出来事を回想していると、幸村くんの涼やかな声がして、私は意識を現実に戻した。幸村くんはちょっとだけ顔を曇らせると、顎に手を当てて考えを巡らせていた。

「心配?」
「うん。はちゃんといつどこで飲み会があるとか言ってくれるし、普段はあんなに酔っ払ったりしない。けど、もしまたあんなふうに酔って、もしを不埒な目で見てる男が飲み会に同席していたら、危ないだろ?」
「う、うん、まあそうだけど」
「現に、俺が迎えに行ったら隣の席の男にもたれかかってたしね」
「えっ! うそ!?」
「嘘じゃないよ。俺、それはさすがにちょっとムカついたからさ」

 ひえっ……と声が出そうになった。ちょっと、とは言っているが、絶対ちょっとじゃない。かなりイラッとして根に持ってるんだろう。だから飲み会の週明け、サークルの面々が「お前の彼氏こえーな」って言ってたんだ。今も、笑っているけれど、私に有無を言わせない圧力を感じる。

「だから、GPS持ってたら離れていてもの居場所がわかるし、居場所がわかればなにしてるのかも大体わかる。ああ、ほんと、疑ってるわけじゃないよ。ただ俺は、に万が一の事態が起こったら嫌なだけ。酔っ払っていつもより乱れるを、万が一にでもほかの男に知られたくない。そんなこと、許せそうにないからね」
(どんなプレイしたんだよ、あの夜の私に……)

 と思ったが、声には出さなかった。出してしまったら、じゃあ今から再現してあげるねなんて言うに決まってるからだ。
 幸村くんは、ちょっと引いている私に構わずに話を続けた。

「だから、それ。持っててもらえるよね?」

 笑顔を浮かべながら幸村くんは私に聞いた。聞いてはいるが、それは形だけである。このセリフの実際の意味は、「ここまで理由を説明してあげたからわかるよね。だからそれ絶対離さずに持っててね」である。一度失態を演じている私に、拒否権は最初からない。

「う、うん……わかった」
「よかった、わかってくれたかい」
「うん……ごめんね、心配かけて」

 まあ、ちょっと……いやかなり変わった考えのような気がするが、幸村くんが私のことを心配してくれているのは確かだ。このGPSも、わざわざ幸村くんが買ったもの。自分のことを案じてここまでしてくれる彼氏を、邪険にできるはずもない。

「わかってくれたらそれでいいんだ。俺はの彼氏なんだから、を守るのは当然だよ」

 なんだか恩着せがましいことを言い出したが、これもまあ、いつものことだった。こういう言い回しを、幸村くんはよくする。

「わかった、じゃあこれはいつも使ってる鞄に入れとくね」

 私の恋人、もしかしてかなり嫉妬心が強いのかもしれない。付き合って半年経つが、まだまだ知らない顔がある。次はどんな一面を見ることになるんだろう。満足そうににっこりと笑う幸村くんを見て、私は思った。

 ***

「ねえねえ、俺もGPS持ったほうがいいかな? だって俺の居場所、常に知りたくない?」
「え、私はいい」
「えー、なんでだい。俺もに常に居場所把握されたいのに」
「だって幸村くん、次はどこの教室で講義とか、今どこどこにいるから暇ならおいでとか、さっきはあの廊下歩いてたね、俺も何分前にそこを通ったよとか逐一メッセージで送ってくるじゃん。GPSなんて必要ないくらいに」
「え〜、もっと細かく知れたほうがお得じゃない? 俺が何時にどこでトイレしてるかとかわかるよ?」
「いや、別にそんなこと知りたくはないんで……なんで自分から束縛されに来るの、幸村くん……」



inserted by FC2 system