※事後のピロートークです。特にエロくないですが苦手な方はご注意を。



欲深い話



 深夜、丑三つ時をすぎた頃には目を覚ました。庵との情事後に這うような状態でシャワーを浴びてから、いつの間にか寝入っていたようだ。
 庵はいつもすべてを奪いつくすような、むさぼるような情事をする。じっくり時間をかけるわけでもなく、回数を重ねるわけでもないのに、情事後は疲労感と倦怠感にさいなまれる。そしていつもくたくたになりながらシャワーを浴びて、なんとか身だしなみを整えた後に意識を沈める。気がついたら朝である。こんな風に深夜に目を覚ますことはあまりない。
 目を覚まして、まず辺りが暗いことに気がついた。意識がはっきりしてくる。まだ目が慣れないが、を抱えるようにして隣で庵が眠っている。彼は眠りが浅い。格闘家らしく気配に敏感だ。そのせいなのか、情事で少し疲れようとしている風にも思える。性欲を発散して疲れてしまえば、普段がいない独りのときよりも多少は眠れるのではないだろうか。
 現に、庵の顔を見ようと少しだけ身じろぎしても庵は目を開けなかった。いつもなら、が目を覚ましたと思ったら庵も目を開けて「寝ろ」などと言って、無理矢理寝かしつけるのに。
 庵が目を覚まさないのをいいことに、彼の寝顔を観察する。このように彼の寝顔を見ることなど、前述のとおりの日常なのであまりない。そもそも彼は完全に無防備になることなどない。だから、この機会を逃す手はないのだ。
 彫りが深く整った顔立ちをしている。普段は鋭く威圧的な目が今は閉じられて、眉間によっている皺もないので、印象が柔らかい。寝顔だと年相応の、二十歳の青年に見える。普段からあんなに険しい表情をしていなければいいのに、とは思う。きっと今より女性にもてるに違いない。
(あ、でもそれだと私が困るのかな)
 と言っても、庵は元々女性にもてる。バンドをやっていてファンも多いし、KOFの中継を見てあこがれる女性も多いだろう。今よりも人気がある状況を想像しても、大して今と変わらない気がする。
 そうであれば、困ることなど一つもない。庵の女性ファンに嫉妬を覚えることなどないし、今よりも庵の魅力が伝わればそれはそれでいいことだと思う。
(庵さんはこんなに素敵なんだよーって、自慢したいくらいなんだけど。独り占めできる今も好きだからなあ)
 我ながら矛盾しているとは思う。普段顔を隠している長い前髪をそっと掻き分けると、庵がぱちりと目を開けた。その動作から、庵がすでに起きていて、目を閉じていただけだったのだと知る。
「やっぱり起きてたんだ」
「そんなにじろじろと見られれば、誰でも起きるだろう」
「そうかな? 私は起きない気がする」
「……貴様はそうだろうな」
 庵はそう言って鼻を鳴らすと、髪をいじっていたの手にくちびるを寄せた。くすぐったさを覚えて手を引くと、庵は話の続きを促してきた。
「……それで」
「あ、うん。寝顔見るの初めてだなあと思って、ついまじまじと見ちゃった。ごめん」
「そう珍しいものでもあるまい」
「そうかな?」
「何度貴様と寝たと思っている」
「……数えてないや」
「俺も覚えておらん」
 と言うと、庵はを抱いていた腕に力をこめてを引き寄せた。は庵の胸を枕にするような体勢になる。その体勢が、庵が自分に少しでも気を許している証なのだろうかと思われて、は嬉しくなってその胸に擦り寄った。
「寝顔もかっこよくて見とれちゃった。あんなに女の子の人気あるの、わかるな。こういう一面も知られちゃうと、ますます人気でるんだろうな……」
 と、が独り言のようにつぶやくと、庵はまた鼻を鳴らした。
「下らんな。他の女になど興味ない」
「庵さん……」
「貴様だけが知っていればいいことだ」
(……なんか、すごいこと言われてるんだけど、これって無自覚なのかな)
 以外に見せるつもりはないし、興味もないとはっきりと言われたのだ。気だるげに閉じられたまぶたを見ながら、は熱くなった頬を庵の胸に当てた。赤い顔を隠したかったが、ぴったりと体がくっついているので、すでに胸の鼓動で庵にはばれているだろう。
「大体、俺にファンの女が増えれば困るのは貴様だろう」
「……困らないよ? ファンの子にヤキモチなんて焼いたことないし」
「ほう?」
「庵さんのかっこよさが伝わればそれでいいんじゃないかな。今だって自慢したいくらいだし」
 が、庵の寝顔を見ながら思っていたことを口にすると、庵は訝しげに眉根を寄せた。
「……どういう意味だ」
「ん? んー……まあさっきと同じような意味なんだけど、今は私が独り占めしてる庵さんはこんなにかっこいい人なんだよーって、自慢したいってこと」
「……それでも、他の女には嫉妬しない……か?」
 確認するような庵の言葉にが頷くと、今度は何かを考えるように視線を空中へと放った。何か変なことでも言ったかとが疑問符を浮かべていると、やがて庵は納得したかのよう口角を上げた。
「ふん、貴様も欲深い女だ」
「え、欲深い?」
「貴様のその考えのことだ。貴様が、俺を自分のものと考えている証拠だ」
「……どういうこと?」
「俺にいくら女が寄ってこようが、俺が自分のもとにいる限り、安心している……俺が貴様に惚れていると、たいそうな自信を持っているようだな」
「あ……なるほど……」
 確かに、庵がファンの子になびく、などといった不安はさらさら持っていない。というのも、庵の言うとおり、寝顔という無防備な姿を晒す庵は自分を好きでいてくれているのだという考えがあるからなのかもしれない。だが、自信というには程遠い。庵によってくる数多の女にヤキモチを焼いてもしょうがないと思っているし、そんな自分は庵も嫌だろう。彼は自分の中のルールにしか従わない。そしてそれを曲げるような他人の束縛を嫌う。だから、これは自信ではない。本当に庵に好かれているのだろうか、邪険にされてはいないだろうかと不安にならない程度のものなのだ。
「そうな風に思われるの、嫌だった?」
 庵が再び思案げに視線を外した。庵が嫌がるようなら、この自惚れに近い考えはすぐに捨てるのだが、庵から出た言葉は否定の言葉だった。
「……貴様のような欲深い女も、悪くない」
「……本当に?」
「そう思いたければ、勝手に思い込んでいろ。貴様は女にしては賢しいほうだが、たまには愚かな思い込みをしていればいい」
 というと、庵はにやりと楽しそうな笑みを浮かべた。彼がここまで言うのなら、本当に自惚れてもいいのだろうか。
「……じゃあ、そう思いこんでおく」
 はまた嬉しくなって、庵の体に腕を回して抱きつき、顔を近づけて庵のくちびるにキスをした。庵のまつげが頬に当たり、彼がゆっくりと目を閉じていくのを感じて、は庵の体の上に乗った。
 本当は、庵がいつまでも自分のそばにとどまっているような人ではないと、ふと不安にかられることもある。そんな不安を抱えていることを庵に言うと、愚かな女だと呆れられそうだなと、たくましい腕が腰を抱き寄せるのを感じながらぼんやりと考えていた。


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