外伝こぼれ話 太公望、妻を娶る


※捏造多数。ご注意ください


 太公望からの突然の手紙を受け取った四不象が、手紙にあった場所に駆けつけてみると、そこにはメタボになった主人がだらだらと桃を食べている姿があった。

「人に散々心配かけておいて自分はメタボになってるなんて……! って、あれ? ちゃんはどうしたんスか?」

 ともに旅立ったはずのの姿が見えない。四不象が太公望に尋ねると、彼は途端に表情を硬くした。

「う、うむ」
「え、まさか御主人……ちゃんにまで愛想尽かされたんじゃ……」
「ここだよ、スープー」

 頭上を見上げると、が太い木の枝に腰かけて手を振っていた。

ちゃん! お久しぶりッス!」
「ほんとに久しぶり! 元気そうでよかった」
「はい! ちゃんも御主人とは違って変わりないようでなによりっス」

 メタボになっている太公望とは違って、は封神計画時となにも変わっていなかった。朗らかに笑っている姿を見ていると、太公望とと四不象で旅をしていた時が懐かしく思えてくる。

ちゃんはなんで木に登ってるんスか? まさか、御主人の桃を取らされて……?」
「あ、いやいや、違うよ」
「……? なんか、おかしいッスね。御主人のことだから、だらける時は勝手にちゃんの膝を借りてそうなのに」

 というと、の表情がわずかに暗くなった。これは、言い当ててしまったかもしれない。

「……御主人となんかあったんスか? どうせ御主人がなんかしたんスよね?」
「スープー、聞こえておるぞ」

 太公望に聞こえないようにに耳打ちしたが、地獄耳だったようだ。
 そんな地獄耳ジジイの手前なにも言えず、はうつむいた。
 別に太公望とけんかをしたとか、特になにがあったわけではない。むしろなにもない。なにもなさすぎるのだ。



 伏羲の半身である王天君が家出したのは、つい数日前のことである。あまりにもだらしない桃ツアーに愛想を尽かし、半身を失った伏羲は太公望の姿に戻ったのだ。

「王天君め、な〜にがもう付き合いきれん、だ! いつもいつもクール気取りおって!」
「望ちゃん……伏羲じゃないと、最初の人の能力は使えないんじゃないの?」
「はっ……! しまった、空が飛べんではないか! うぐぐぐ……仕方ない、スープーを呼ぶとするかのう」
「んもう、なにやってるんだか……」

 あんなに煙に巻いていた四不象を、自らの行いのせいで自分から呼び寄せることになった太公望に呆れた。が、太公望の姿を見るのはかなり久しぶりで、は言うほど残念には思っていなかった。伏羲は太公望であるが、完全なイコールではない。

「王天君が戻ってくるまで、望ちゃんとふたりきりか……なんか、こういうの久しぶりだね」
「――!!」

 太公望に身を寄せ、懐かしい感覚に目を閉じた。こうやって彼の体温を感じられる時が、一番安心する。恋人関係になってからそう時間が経っておらず、恋人どうしの行為にはまだ緊張を覚えるものの、純粋な触れあい自体は好きだった。ともに生きたいと思うひとは太公望なのだと、実感できる瞬間だった。
 しかし、太公望はの発言を聞いてから固まってしまった。いつもならすぐに抱き寄せてくれるのだが、動く気配がない。

「望ちゃん?」
「……そっ、そそそそうだのう! いや、飛べぬとあってはこの高台から動くこともできぬ! 早いところスープーを呼ばねばならんのう! 早急に!」
「う、うん、そうだね……?」

 わざとらしく声を張った太公望は、から離れるとすぐさま四不象への手紙を書き始めた。

(望ちゃん……?)

 いくら最初の人の能力が使えなくなって不便だからといって、そんなに急くような性格だろうか。さっきからのほうを見ようとしないし、様子が変である。
 そう思ったの勘は当たっていた。それから、太公望はに触れなくなったのである。ことあるごとに要求してきた膝枕も、抱擁も、キスも、もちろん夜のアレも。会話もどことなく短く途切れるようになり、ふたりの間には気まずい雰囲気が流れてしまうことが多くなった。
 それからふたりはギクシャクしてしまって、四不象が来るまで距離を取っていたのである。



(うーん……何回思い返してみても、なにが原因でこうなったのかよくわからない……本当に、どうしたんだろう……)

 王天君に愛想を尽かされたのは太公望のだらだらっぷりが原因だからが責められるいわれはないし、飛べなくなって高台から降りられないのものせいではない。だから、原因は伏羲でなくなったことではないような気がする。
 となると、考えられることはひとつ。

(ま、まさか……私、とうとう望ちゃんに飽きられちゃった……!?)

 に触れようとしないのはに飽きたから――そうとしか思えなかった。に対する異性としての感情がなくなってしまったから、太公望はに触れようとしないのだ。優しい彼のこと、はっきりとに言い出せずに言葉を濁していたに違いない。

(う、うそ、どうしよう……私が、あんまりにも恥ずかしがって、えっちの時も乗り気じゃなかったから……望ちゃんに見放されちゃったんだ!)

 が絶望に打ちひしがれようとしたその時、の隣にジョカそっくりの姿をした最初の人のひとり、神農が現れた。

「神農!」
「や、ども」

 神農は人間の姿を取ると、に向き直った。

「あ、初めまして、です」
「や、会うのは初めてだね。私たちはもう君のことは知っているよ」
「どういうことだ、神農?」
「だって、彼女の宝貝は私と燧人、祝融の能力から作ったものだもの」
「なっ……なにい!?」

 が妲己に飲まされた宝貝は、自然を思いのままに操り、ほかの宝貝の効力を無効化するスーパー宝貝顔負けの能力を持っている。確かに、これが地球の自然と融合した神農、燧人、祝融の三人から作られた宝貝だとすれば、納得の性能である。

「だから、君のことはその宝貝を通して知っているんだよ」
「そ、そうだったんですか……」
「ううむ……わしの知らないところでそんなことになっていたとは……」
「それで、伏羲よ。なんのために僕らに会いに来たのさ」

 本題を促した神農に、太公望がスーパー宝貝・禁光ザの行方を尋ねる。タイムトラベルができるとんでも宝貝で、余人の手に渡ると危険は計り知れない。だから、自堕落桃ツアーに見せかけて――本気で質のいい桃を堪能していたかもしれないが――パワースポットを巡り、神農たちを探していたのだ。

「あんな危険なものがこの世界に残っているかもしれんと思うと、気がかりでな。おいそれとおぬしたちと合流できぬのだ」
「……!!」

 太公望の言葉に、はショックを受ける。神農たちと合流――つまり、太公望も自然と融合して消えるつもりなのだ。

(そりゃあ、望ちゃんは今までずっと戦って傷ついてきて、リタイアしたい気持ちはわかるけど……やっぱり、私との旅が嫌になってたんだ……)

 太公望が消えれば、は残される。最初の人の能力を持たないには、自然と融合することなんてできない。この世界の時間法則からも切り離されたは、物理的に死なない限り生き続ける。それは、太公望も知っていることだが。この口ぶり、のことなど考えていないように思える。
 あてのない放浪は、穏やかだ。けれど、それ以上でも、それ以下でもない。との放浪を終わらせたいということは、つまりは、との別れを望んでいるということなのだ。
 半ば予感していたことだが、彼の口からはっきりと聞かされるとやはり胸が痛い。ともに生きようと決めた人と別れることになるとは、放浪が始まったあの日からは想像もつかないことだった。
 愛が不変ではないことぐらい、知っている。元の世界でも何度も恋の終わりを経験している。けれど、太公望はにとって、恋とか愛とかを超えて一緒にいたいと思ったひとだ。そんな彼と別れることは、想像以上に耐え難かった。

***

 その後、なんやかんやあって禁光ザによって過去へと送られた一行は、雉鶏精・孔宣の影響で歴史が変わってしまうことを防ぐべく、過去の太公望らと協力することとなった。

「あっ、! まで偽スースのとこにいる! どうなってるんさ!?」
「天化……!」

 過去の天化が、未来の太公望と一緒にいたのもとへとやってきた。魔家四将との戦いの直後で、怪我はしているものの、元気そうな姿である。生きている彼を見るのは本当に久しぶりで、思わず愛しい気持ちがこみ上げてくる。

「むっ……! こら天化、寄るでない! おぬしは孔宣と戦うのが役目であろう!」

 それが顔に出ていたのか、太公望が面白くなさそうな様子でを自分の背に隠し、天化に向かって、しっしっ、と手を払った。そのあんまりな扱いに、天化が肩を怒らせた。

「元々あーたがこの鳥人間と戦ってたんだろうが! それと、に触るんじゃねえさ!」
「なにを言うておる! おぬしには過去のがいるであろうが!」
「そりゃそうだけど、目の前でそんなことされて面白いはずねえさ!」
「なにをぅ〜!? は全部自分のものとでも言うつもりか!?」
(望ちゃん……?)

 天化とのやりとりに嫉妬したと思えなくもない太公望の様子に、はわけがわからなくなった。に飽きたのではなかったのか。それとも、単に、目の前でほかの男に色よい反応をするが気に入らなかっただけだろうか。
 孔宣に目をつけられた天化は、太公望との言い争いもそこそこに戦いに集中し始めた。過去の太公望たちも加わり、激しく力をぶつけ合っている。
 未来の太公望は過去の太公望たちに孔宣との戦いを任せ、畳を敷いて自分のスペースを作ってだらだらし始めた。四不象はそんな主人に不満そうだが、は黙っていた。彼がなんの考えもなくだらだらするはずがない。なにか考えがあって、手を出さないだけなのだ。も畳に腰を下ろすことにした。が座っても、太公望は動かなかった。以前はすかさず膝を借りてきたのに。ここでも微妙な距離を取っている太公望に、ちくりと胸が痛んだ。

「未来の御主人もなんかしてくださいっス……って、だめっス、話を聞いてないっス。ちゃん、なんとかしてくださいっス!」
「え、私? いや、でも……」
ちゃんは御主人がこんなスーパー自堕落でもいいんスか!?」
「うーん……」

 そう言われても。こういう、考えがある時の太公望にはなにを言っても無駄だ。策があって、その策がうまくいくと確信している時の太公望であるし、太公望が考えた策以上のものはには思い浮かばない。というか、あんなに身を削ってきた彼を今更働かせようとは思わない。
 それに。は、スーパー自堕落な彼でもいいのだ。

「私は、望ちゃんが自堕落でも好きだから。望ちゃんがすごい人だから、好きになったわけじゃないし」
「――!!」
ちゃん……」

 それまで聞いていただけの太公望が、がばっと起き上がった。に背を向けたまま体を震わせている。

「おっ、おぬしなあ……!」
「望ちゃん……? あ……ごめん、こんなの、迷惑だったよね」

 そういえば、太公望はにそういう気持ちをもう持っていないのだった。それなのに、から好きだと言われても嬉しくないだろう。これから自然と融合しようとしている彼にとっては、むしろ迷惑になるかもしれない。
 そう思って謝ったのだが、太公望からはなにも返ってこなかった。というか、先ほどより体の震えが増しているような気がする。さらに声をかけようとすると、太公望が勢いよく振り返った。

「ぼ、望ちゃん?」

 彼は怒っていた。耳まで真っ赤にして怒っていた。

「なんっっでおぬしは、今そんなことが言えるのだ!! なぜわしの気持ちがひとっっっつもわかっとらんのだ、この鈍感娘ーー!!」
「え……え!? ど、鈍感……?」

 太公望が力の限りに叫んだ言葉の意味がよくわからなかった。なぜそんなことが言えるのか、というのは、が謝ったことに対してだろうか。それとも好きと言ったことだろうか。気持ちをひとつもわかってない、と言ったことにしても、太公望の気持ちをなりに考えて言ったつもりなのだが。そんなに怒るということは、的外れだったということだろうか。

「ご、ごめんなさい、望ちゃんが怒ってる理由がよくわからなくて……そんなに私の気持ちが迷惑だったなら、謝るから」
「だーかーら! おぬしのその考えは一体どこから来たのだ!? なぜわしがおぬしの気持ちを迷惑に思うことがある!?」
「え……だって望ちゃん、私に冷めたんじゃないの?」

 それを聞いた太公望は、一瞬真っ白になって固まった。あまりにも予想外の答えを聞き、衝撃で放心していたようだ。
 一瞬の放心ののち意識を取り戻した太公望は、また怒りでぶるぶると震えた。

「こんの、大馬鹿娘ーー! おぬしに冷める!? このわしが!? 天地がひっくり返ってもあり得ぬことを、なぜそんなに簡単に言えるのだっ!!」
「え? ち、違うの……?」
「違うわいっ! 的外れにもほどがあるわっ!! 大体、わしはおぬしがあまりにも愛しいから、だから手を出せずにっ……!」
「……へ?」
「ご、御主人……」

 これまでに触れてこなかった理由を、怒りのあまりに口を滑らせた太公望。と四不象の気の抜けた声に、さらに顔を赤くした彼は、どこからともなくメガホンを取り出した。

「ええい、伝わってないのならこの際全世界に向けて叫んでやる! よ〜〜〜く聞け! わしは、」
「ぼ、望ちゃん……!? 一体なにを」
「わしは、おぬしが誰よりも、なによりも大切で、好きで好きでたまらんから元の世界を捨てさせてまでともにおるのだっ!! わかったか、この鈍感娘!!」

 あたり一帯、それこそ戦っていた仲間たちにも聞こえるような大声が響いた。孔宣と仲間たちも戦いの手を止めて聞き入ったせいで、しーん……と静まり返る。その静寂の中で太公望の一世一代の告白を受けたは、彼と同じくらい真っ赤になった。

「な、な、なん……望ちゃ……」
「……つまり、ちゃんが不安に思ってたようなことはなにもなくて、御主人がちゃんに変な距離を取ってたのは、好きすぎてどうにもできなかったから……ってことっスか?」
「そ〜〜〜だ、悪いか!?」
「いや、そんな……思春期の男子中学生じゃあるまいに……」

 四不象が呆れ返って半目になった。太公望は開き直っているらしく、男子中学生と言われても動じない。
 やっと衝撃から立ち直ったは、じわじわ太公望の言葉をかみ砕いていた。つまり、が恐れていたようなことはなかったということだ。まだ、太公望と想いが通じ合っていたのだ。

「……よ、よかったあ……よかったよお、望ちゃん、私、てっきり……全然、手も繋いでくれないから、てっきり飽きられちゃったのかと、思って」
……」

 心底安堵したせいか、涙が出てきてしまった。ぽろぽろと頬を伝っていく涙が畳に落ちる。太公望はを抱きしめると、その涙を吸った。

「そんなことは有り得ぬ。わしは、ずっとおぬしのことが愛しいよ。この気持ちが大きすぎて、王天君がいなくなってしまってどうにも出来なくなるほどに……おぬしが好きなのだ」
「望ちゃん……ん、」

 くちびるが重なった。優しく触れるだけのくちびるが何度か重なって、徐々に深いキスに変わっていった。入り込んできた太公望の舌を受け入れ、動きに合わせても舌を絡めた。
 それを見た天化と過去の太公望は発狂した。

「あーーーーーー!! 偽スースあいつ! に手ぇ出しやがった!!」
「ぶはーーーーー!? な、な、なにをやっとるか偽わしーーーー!?」
「スースてめえ!! 娘だの孫だの言っておいて、やっぱにそういう気持ちがあるんじゃねえのさ!!」
「な、なんでわしに斬りかかるのだっ! わしはちがーーーう!! 無実だ!!」
「過去とか未来とか言ってたから、今のあーたを殺せばあっちのあーたも消えるはずさ!」
「やめ、やめんか! わしと戦っとる場合かーー!!」

 そんなことになっているとはと未来の太公望はいざ知らず、いちゃいちゃを続けていた。一旦くちびるを離した太公望は、の瞳を覗き込んだ。

「おぬしこそ……まだ、天化が好きなのではないか」
「……! そ、それは……」

 やはり、先ほどのの態度を気にしているのだ。あんなうかつな態度を取ったのだから当然だ。元気な彼の姿を見て、恋しく思ってしまうなど。
 がなにも言えずにいると、太公望は切なげに顔を歪めた。

「答えられぬ、か」
「望ちゃん……あの、」
「よい、なにも言うな。おぬしが天化に気持ちを残していても、わしは……」
「ん……望ちゃ、ん……」

 の言葉を封じるように、またくちびるをふさがれた。今の太公望に応えるように彼の背に腕を回す。キスが一層激しくなった。

「この騒動が落着して、もとの時間に戻ったら、おぬしを抱く」
「!」

 太公望はにだけ聞こえる声でそう言い残し、孔宣の元へと行ってしまった。いつの間にか妲己や趙公明、崑崙十二仙がやってきていて、あたりは荒れに荒れていた。孔宣も思いのまま戦って今にも眠ろうとしていた。

(ぼ、望ちゃん……)

 今まで何度となく彼とそういう関係になったが、こんなふうに宣言されるのは初めてで、どんな顔をすればいいのかわからない。というか、太公望のまま抱かれるのは、初めてのような。
 が熱くなった頬を押さえて動悸を収めているうちに、孔宣は高次元空間に戻ることにしたようだ。時間を巻き戻す直前、太公望が過去の仲間たちに別れを告げる。

(天化……)

 も、視線だけで天化に別れを告げる。彼は趙公明が出した竜と戦っていて、の視線には気づかない。それでいい。もしまた顔を見てしまったら、別れがたくなってしまう。
 太公望が見てないふりをしてくれてるうちに、は天化から視線を外した。
 今は、ともに生きると決めた人がいる。

***

 過去からもとの時間へと戻り、元の未来を取り戻した。神農からまだ残っているスーパー宝貝の存在を聞き、太公望は四不象に乗って、新たな旅へと出る。

(スープー、嬉しそう……とりあえず、残ったふたりの最初の人を見つけるまで、旅は続くんだよね)

 太公望がまだ世界と融合せずにいることに、四不象はほっとしたようだ。も、また太公望と四不象とで旅ができることに安堵している。
 いつかは終わってしまうかもしれない。けれど、それまではせめて、この旅を――
 そして、夜。
 宣言通り、太公望は宿を取った。野宿で済ませる太公望が宿を取るのは、を抱く時だけ。は宿で用意された湯を使い、緊張のあまり何度も体を擦った。

(いやいや、望ちゃんとは初めてじゃないし、もっと恥ずかしいことも色々教え込まれたのに……! ぼ、望ちゃんがあんなこと言うから)

 わざわざ宣言しなくたっていいのに。あんな、改めて言われてしまったら緊張するに決まっている。伏羲の姿でなくなってからに触れてこなかったこともあって、生娘のような心境になってしまっている。
 伏羲は初めてを抱く時、恥ずかしがるに焦れて酔いに乗じて体を開かせた。いっそ、今夜もそうしてくれたほうがいいのに。
 考え事をしながら体を洗っていると、湯が冷めてしまった。こうなってしまうと、ここにいてもしょうがない。諦めて、部屋へ戻ることにした。
 太公望が取った部屋へ戻ると、彼は上着を脱いで寝台に腰かけてくつろいでいた。

「遅かったではないか」

 そのいつも通りの様子に、肩から力が抜けた。緊張していたのはだけだったようだ。

「う、ん……体洗ってたら、いつの間にか時間経ってて」
「なんだ、緊張しておるのか?」
「う……そうですよーだ」

 やけくそ気味に彼の隣に腰を下ろすと、すぐさま肩を抱かれた。そのまま寝台へと押し倒され、気が付けば上に乗った太公望を見上げていた。

「……わしもだ。いざおぬしを前にすると……こわくなる」
「え……?」
「言ったであろう、おぬしを想う気持ちが大きすぎると。今までは王天君がいた分、冷静になれた部分があったのだ。それが、今はない。おぬしを心のままに求めて、どうにかしてしまうのではないかと」

 それで、に触れてこなかったのだ。大切に思う気持ちと求める気持ち。王天君が急にいなくなってしまい、冷静だった部分が抜けて、彼の中でうまく折り合いがつけられなかったのだ。どちらも本心からの気持ちだからこそ。
 けれど、今のには、そんな心配はいらない。太公望への気持ちを再確認したには。

「私は、どうにかなってもいい、よ……望ちゃんになら……」
「――! おぬしなあ……! 昼間の発言といい、どこまでわしを煽れば気が済むのだ……!」
「んっ……は、ん」

 の殺し文句に顔を赤くすると、太公望は激しく口付けた。柔らかいくちびるを吸って、口の中をかき回して、が甘く息を乱す頃にやっと口を離した。

「いい、の……望ちゃん……」
「……後悔しても知らぬぞ」

 低くなった太公望の声に、小さく頷く。直後にまた降ってきたくちびるに、は目を閉じた。



「あ、ああぁっ……!」

 体の奥を穿たれて、は腰を震わせて果てた。二度目の絶頂だった。挿入前の執拗な愛撫で一度、そして今ので一度。太公望はまだ果てておらず、今も腰を止めて膣の収縮を味わっていたようだ。荒い息が整わないうちに、彼のくちびるが口を吸ってくる。今日はいつにも増してキスが多い。

「ん、はあっ……」

 彼と唾液を混ぜ合わせるたびに、の瞳が溶ける。太公望のことしか考えられなくなり、とろんとした目になるのだ。

「おぬし、本当にキスが好きだのう」
「ん、ふぅ……望ちゃん、もっとぉ……」
「いいぞ、

 の声に応えるように、さらにくちびるが重なる。舌を動かしながら胸を揉まれ、時折乳首をつままれると、くちびるの奥で甘い声が上がった。

「ぁん、望ちゃ」
「おぬしはここが弱いのう。わしは動いとらんのに、勝手に締まりおったぞ」
「や、あん、ちくび、だ、めぇっ……」

 硬くなっている乳首をぺろりと舐められ、解放された口から嬌声が出た。だめと言っても太公望の手は休まることがなく、より責めを激しくする一方だ。ちゅぱ、と音を立てて吸われると、いやらしいことをしているのだと突きつけられる気がしてさらに感じてしまう。それを太公望はわかっていて、わざと音を立てたり言葉にしてを追い立てるのだ。
 ひとしきりの乳房を堪能した太公望は、の体を抱きしめたまま寝台の上で転がり、仰向けになるとの腰を立たせた。が太公望の上に跨る体勢だ。

「おぬし、自分で動いてみよ」
「え……や、恥ずかしい……」
「上に乗るのは初めてではないだろう? わしも手伝ってやるから、まずは自分で動いてみよ」
「う……」
「わしを気持ちよくしておくれ」

 太公望のダメ押しの一言で心を決めたは、恥ずかしく思う気持ちをねじ伏せて腰を動かし始めた。
 太公望にも気持ちよくなってほしい。彼にばかり気持ちよくしてもらうのではなく、自分の動きで彼にも感じてもらいたい。
 は太公望の上でしゃがむような体勢を取ると、腰を上下に振った。

「あ、んっ……望ちゃ、んっ……!」

 まずは、と言った太公望は、まだ動かなかった。が太公望を気持ちよくさせようと動いているところを見て、その痴態を楽しんでいるのである。

「いやらしくなったのう、
「はあっ、ん、あっ……! 望ちゃ、あんっ」
「キスをするのも恥ずかしがっておったおぬしが、わしの上で自分から腰を振って快楽を貪っておる。最高の眺めだ、
「あっ、んっ、望ちゃん、気持ち、いい……?」
「ああ、よいぞ。おぬしの痴態だけで果てそうになる」

 この姿が見たかったのだ。が太公望の上に乗って、自ら快楽を貪る様が。心のどこかに別の男を住まわせているが、今は太公望の上で腰を振っている。これが興奮せずにいられようか。
 太公望が下から突き上げてきた。の体が跳ねるのに合わせて腰を使ってくる。

「あっ! や、あんっ、だめぇっ」
「だめではあるまい、そんなに気持ちよさそうな声をして」
「奥、当たっちゃうっ……! あっ、だ、め、あうっ」
「おぬしは奥のココが本当に弱いのう? ほれ、ほれ」
「あんっ、や、そんなにしちゃ、」
「おお、締まる……いくか? いきそうなのか、

 両腕を掴まれて体を引き寄せられ、そのタイミングで容赦なく奥を穿たれる。ふたり分の体重の揺れで、寝台が軋む音が大きくなる。

「あっ、だ、め……! イ、く、ああっ……!」

 腰がひとりでに仰け反り、は太公望の上で達した。力が抜け、太公望の胸の上に倒れ込む。体を優しく抱き留められ安心していると、くちびるをまた塞がれた。

「はあっ、ん、望、んっ……!」
……わしはまだ果てておらんぞ」
「あ、ふぅっ……望ちゃん、あっ」

 太公望はを仰向けに転がして覆い被さると、再び貫いた。さらにを追い立てるように奥を責められ、は太公望にしがみつきながら切ない声を上げた。

「望ちゃん、あっ、はあんっ」
……好きだ、愛している、っ……!」
「はあ、んっ、私も、好きぃっ……!」
「おぬしはわしのものだ、一生、わしのものだぞ!」
「あっ、んぅ、望ちゃん……!」
「く、うっ……!」

 寝台が軋む乾いた音と、ふたりが繋がる湿った音、甘い吐息と睦言。
 太公望の思いの丈を、再び高まった体で受け止める。肉棒がどくりと脈打ち、じわじわと中に広がっていく感触がした。倒れ込んできた彼を受け止め、中と外から伝わってくる愛おしい熱に、は目を細めた。

***

 激しく求め合った後、ふたりは心地よい眠気に微睡みながら、お互いの体を撫でたりキスを交わしたりと、夜明けまでの時間を過ごしていた。

「ねえ、望ちゃん」
「ん?」
「残りのスーパー宝貝を全部見つけたら……やっぱり、地球と融合するの……?」

 この際だから、ずっと気になっていたことを切り出した。
 神農と会った時も、過去から戻ってきた時も、太公望は一貫して地球と融合するという目的を語っていた。最初の人の力は影響が大きすぎるし、自分がいなくても仙人界も人間界もやっていけるだろうという彼の考えは理解できる。理解できるというだけで、受け入れることは難しい。これからを穏やかに在りたいと思っているのだろうが、はもう、太公望がいないと生きていくのが難しいのだ。

「そうだのう……この世界に最初の人が残ったところで害にしかなるまい。……と言いたいところだが」

 太公望の肯定に肝を冷やしたは、彼が困ったように視線を泳がせていることに気が付いた。

「望ちゃん……?」
「王天君がいない今の状態では、融合に使う力もないのが正直なところだ。あやつが帰ってくる気配もないし……なにより、おぬしがいる」
「望ちゃん……!」
「おぬしをひとりにはせぬ。ずっと一緒だ、

 ふたりの汗が染みこんだ褥の中でくっつけ合っていた体を、さらに太公望が抱き寄せた。
 伝わってくる太公望のぬくもりと鼓動が、なによりも愛おしい。
 彼は本当にを愛してくれている。心の底から大切に思ってくれている。今日の出来事に限らず、出会ってから今までにしたってそうだった。
 けれど、本当のところはどうなんだろうか。が彼をこの世界に引き留めてしまっているのではないか。への想いとは別に、自然と融合して消えたい気持ちを抱いているのではないだろうか。

「望ちゃん……でも、もし本当に、地球と融合したいんだったら、私のことなんて構わなくても」
「ダアホ。まだそのようなことを言うのかおぬしは」

 むにゅっと頬をつままれた。つねるのではなくつまむといった表現が当てはまるような力で、全然痛くなかった。太公望は呆れたような半目でため息をついている。

「ぼ、望ちゃん?」
「おぬしなあ、あれほど言ってもまだわからんのか。おぬしをこの手で抱いた時から、わしはもうただの男になったのだぞ」
「え?」
「もっとわかりやすく言うと、わしはおぬしの男としてともに生きる道を選んだということだ。王天君が戻って最初の人の力が使えるようになっても、わしはもう、地球と融合する気はない。わかったか、この鈍感娘」

 むにゅむにゅとの頬をつまみながら、太公望が再三にわたって説明した。もうこのぐらいはっきり言わなければには伝わらないのだと悟ったようで、顔を赤くしながらも最後まで言い切った。
 わかりやすく言ってくれたおかげで、太公望の気持ちは十分わかった。わかったのだが、なんだかすごいことを言われた気がして、カーッと顔が熱くなった。
 最初の人が元々持っていた信念を捨てさせてしまったということではないか。太公望はに元の世界を捨てさせたと言っていたが、も太公望から相当なものを奪ってしまった。

「このわしをただの男にした罪は重いぞ、
「つ……罪ですか」
「それこそ、おぬしのこの先の未来全部をもらわなければ釣り合わんと思わんか? うむ、わしはそう思う。だから――わしの伴侶となれ、

 この世界に来てから初めてに手を差し伸べてくれたひとが、もう一度の手を取って、ゆっくりと告げた。
 は、この瞬間のことを忘れない。この先何年、何十年、何百年経っても。もし忘れてしまうことがあっても、きっと何度でも思い出す。心の奥底で焼き付いて、ずっと離れない。
 運命なんて言葉は好きじゃない。そんな言葉で片づけるのは嫌だと、この世界に来てから思ったことだ。けれど、この世界に来たことがの運命ならば、それはきっと。
 このひとと一緒になることが、運命だ。

「――はい」

 が涙をこぼしながら何度も頷く。太公望が、どこかほっとした様子での涙を拭った。もうお互いの気持ちなんてとっくに知っているのに。そんな彼が愛おしくなって、は自分から彼に抱きついた。

「望ちゃん、望ちゃん、ありがとう……好き、大好きだよ」


 窓の隙間から漏れる光が、少し白んできている。もうすぐ夜が明けるのだ。
 日が完全に昇りきるまで、もう少し。もう少しだけ、ふたりの甘い時間だ。




「ニョホホホホホ! これでは完全にわしのものだ! 見たか、わしの妻だぞー! もう誰にもやらーん! ダーッハッハッハッハ!」
「ぼ、望ちゃん……! もう、そんなこと言って……今は伏羲じゃないんだから千里眼に捕捉されちゃうかもしれないのに」
「構うものか。伏羲の姿でなくとも太極図もあるのだぞ? 誰が来ようとわしの敵ではないわー!!」
「んもう、調子に乗っちゃって……ほんとに誰かがやってきても知らないんだからね」
「ほうほう、夫に対して生意気な口をきくではないか、ん〜〜?」
「ひゃっ! ちょ、ちょっとどこ触って、やだ、もう日が昇るのに」
「夫に対する態度がなっておらんのう? どれ、ひとつ仕置きをしてやらんとな」
「あっ、ちょっと、もう、このエロじじい! 宿の人に怒られちゃうからやめてってば」
「そんなこと知らぬ知らぬ! 新妻を教育するのも夫の役目、観念するのだ!」
「あ、あん、もう、だめだってばあ……」
「ニョホホホホホ、笑いが止まらんのう〜〜」

 

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