甘くほどける


 二月に入ると、カルデアにはどこかそわそわとした空気が流れる。
 それというのも、日本のバレンタインという行事が原因である。日本生まれのマスターが持ち込んだ行事で、好きな人には恋心を、日ごろお世話になっている人には感謝の気持ちを伝えるという、なんとも甘酸っぱい行事に、サーヴァントたちも浮足立っているのだ。
 一年前にも行われたバレンタインは、一年間で新たに加わったサーヴァントも巻き込んで、さらに慌ただしく行われた。女性陣はもちろんマスターへチョコを贈り、男性陣はマスターからの義理チョコへお返しの贈り物をする。どこへ行ってもマスターを探すサーヴァントが見られる、そんな一日だった。
 そんな中、余裕の表情を見せるサーヴァントがひとり。

「はっ、毎年飽きもせずによく騒ぐ。有象無象の凡英霊どもよな」

 キャスターのギルガメッシュが、マスターの部屋で我が物顔でくつろいでいた。簡素なベッドに豪奢な飾りが付いたクッションを敷き詰めて、優雅に寝そべっている。主不在の殺風景な部屋を勝手に私物で彩り、時折ゆったりと長い脚を組み直しながら、マスターである少女の帰還を待っていた。
 サーヴァントがマスターの姿を探し回っている中、ギルガメッシュが余裕綽々でふんぞり返っているのはわけがあった。
 マスターのとギルガメッシュは、思いを通わせ合った仲なのだ。昨年のバレンタインも、いの一番にチョコレートをもらった。特別で甘い夜をこれでもかと味わったのだ。
 今年もおそらく、というか絶対ギルガメッシュに対して「本命」のチョコレートを用意しているはずだ。だって昨夜褥を共にしながらがそう言った。「昨年よりサーヴァントが増えたから一日の最後に渡しますね」と。だから、ギルガメッシュは本命の余裕でもってしてバレンタインを過ごしているのだ。

「有象無象を相手にせねば後がうるさいゆえ、そちらを先に片づけることを今日は特に許してやっているまで。この我がそばにいてやっているのだから、一番の特別、つまり本命を捧げるのは当然よな!」

 などとひとりぼっちの部屋で高笑いを上げている。彼氏の余裕というやつだろうか。
 そんな余裕たっぷりの王ではあったが、が夜になってもなかなか戻ってこないので、さすがに機嫌を損ね始める。
 普段の王であれば、待たせるイコール首を刎ねるなので、かなり寛大ではある。が、自分の予想よりも遅く部屋に帰ってきたへかける言葉はいつもの罵倒である。

「雑種、貴様! 王であるこの我をここまで待たせるとはなんたる不敬! そこに直れ、本命チョコを我に献上したのちに首を刎ねてくれる!」
「わーーごめんなさい思ったより時間かかっちゃって……!」
「謝って済むなら警察はいらんのだ! なんでもかんでもホイホイ受け取るから時間がかかるのだ、このたわけ!」
「ほんとすみませんなんでもしますから! 静まり給えー!」
「本当に反省しているのか貴様は! まったく……疾く寄越せ、今すぐ貴様の本命チョコを寄越さんか!」
「あ、はい」

 床にひれ伏すに呆れたように大きなため息をつくと、に向かって手を差し出した。顔を上げたは、後ろ手に隠していた包みをその手に乗せた。

「ほう? 昨年のよりも多いようだが」
「はい。量が少ないって仰ってたので、今年は量を増やしてみました。甘さをギリギリまで抑えて、その分たくさん食べられるようにしてみました」

 ギルガメッシュが包装を解くと、箱に整然と並べられていたのは正方形に切り分けられたシンプルな生チョコだった。漂ってくるチョコレートの香りは芳醇で、良い素材を使っているのだと想像できる。

「ビターよりもブラックに近いんですけど、口当たりは柔らかくしたかったので生チョコで」

 ココアパウダーがまぶしてあるので見た目にはビターかブラックかなどはわからない。だが、量を用意しろというギルガメッシュの言葉を守るために、色々と考えたようだ。

「貴様の手作りは我以外に渡しておらんだろうな」
「う、うん…私が全部ひとりで作ったのは、王様のだけ」
「当然だ」

 実はほかのサーヴァントに配る義理チョコもが作った。それはタマモキャットやブーディカなどの料理上手なサーヴァントと一緒に作ったので、ノーカンだろうということで黙っておいた。嘘は言っていない。
 ギルガメッシュは当然のようにの義理チョコに気づいていたが、まあ本命以外はどうでもよいかと流すことにした。

「さて、このチョコだが……どうすればよいか、わかっているだろうな、雑種」
「王様……?」
「貴様の心とやらを込めたチョコ、どのように我に献上するのか」

 手にした箱をに押し付け、再びベッドのクッションへと身を沈める。くちびるの端を吊り上げてを見やると、ギルガメッシュがなにを言いたいのか思い至ったようで、見る見るうちに白い頬が赤く染まった。

「た、食べさせろって、ことですか」
「さてな。だが、それぐらいして当然よな? なにせ、本命である王たる我を、ここまで待たせたのだからな。我は待ちくたびれた。もう手の一本も持ち上がらん」
「ぜ、絶対そんなの嘘……!」
「さあ、早くせんともう日が変わるのではないか?」
「ぐぬぬ……!」

 恥ずかしさでうろたえるを急かしてやると、わかりやすく目が泳いだ。ギルガメッシュに手作りチョコを食べさせるなんて恥ずかしいが、迷っている間に十四日が終わってしまうのは嫌、といったところか。日付など瑣末なことだろうに、年頃の少女はこれだから度し難い。

「わ、わかりました」

 ギルガメッシュの隣、ベッドの端に腰かけると、はチョコをひとつつまむ。そのままギルガメッシュの口元に運ぼうとして、「雑種」と咎める声で手が止まった。

「王様?」
「それでもよいが、ここまで待たされたにしては味気ない。貴様の」

 とんとん、と色づいたくちびるをつつく。

「ここで、献上せよ」
「は……え!? くちで、って……」

 口移しってことですか。
 呆然とつぶやいた少女に、艶を込めた視線を送る。クッションに身を沈めてくつろいだギルガメッシュの姿とその視線は、男性経験が少ない少女を篭絡するには十分だった。赤い頬にさらに朱が散る。白い部屋のただなかにあって、その頬はひどく色づいて見えた。



 低く呼んで、視線を絡めとってやる。たったそれだけで、の目には──世界には、ギルガメッシュしか存在しなくなる。

「──来い」

 この、たった一言だけ。
 少女はぎこちなく腕を動かして、チョコをくちびるで挟む。
 クッションにもたれかかった王の肩に手をついて、馬乗りになるようにしてギルガメッシュの上に乗った。
 チョコを挟んだくちびるを、ギルガメッシュのそれに、近づけて。
 吐息がかかる瞬間、息を殺して。
 ふっ、とくちびるからチョコがなくなった。かと思うと、代わりに、ほんの一瞬、くちびるにあたたかいものが重なった。

「──っ……」
「ふむ」

 のくちびるを一瞬だけ奪って、離れた。口の中に入れたチョコは、生チョコなのですぐにほどけていく。口を動かすまでもなく溶けていったものを飲み下して、一言感想を告げる。

「甘いな」
「え、甘いですか? 甘くないようにしたつもりなのに」
「貴様も食べてみるがいい」
「いや、私は作ってる時にさんざん、」

 味見した、と言いかけたくちびるを、今度は深くふさいだ。無防備に開いていたくちびるから、舌をするりと忍ばせる。チョコの後味が残っていた舌を、少女のそれに押し付けて、ゆっくりと撫でて。ざらりとした舌をねっとりと絡ませるたびに、の口内で唾液が混ざる音がした。

「ふ、う、……んっ、王様……」
「どうだ」

 舌からチョコの味がしなくなった頃に口を離してやる。舌と舌の間をどちらのものかわからない唾液が糸を引いて、少女の口元を汚した。それを舐めとってやりながら味の感想を訊くと、琥珀の目をすっかり潤ませながらこう言った。

「あ、甘い……」
「いい顔だ。もっと寄越せ、。──わかるな?」

 己のくちびるを舌で濡らしながら、の耳元に吹き込む。
 王の色香にあてられたのか、それともチョコの媚薬効果の影響なのか。
 少女は、もはやギルガメッシュしか映していない瞳をとろんと潤ませて、小さく頷いた。



「ちゅ、ん……んっ」

 ベッドの周囲にはが着ていた服と、ふたりの動きで落とされたクッションが散らばっている。
 一糸まとわぬ姿の少女は、男の上に跨って腰を使う一方で、男の首に両腕を回して一心不乱にくちびるに吸い付いている。
 ギルガメッシュは相変わらずクッションに上体を預けつつ、チョコをつまんでは舌を少女の口の中に入れて、ほろ苦いチョコを甘くさせて楽しんでいる。戯れに腰を突いて膣内を擦り上げてやると、の喉から切ない声が上がった。

「あっ、はあっ、王様っ……!」
「腰が止まっているぞ」
「う、んっ、がんばる、から、もっと、くちに……!」
「まったく、厚顔な女よ。貴様が我に差し出したものだろうが」

 呆れ半分につぶやきつつも、新しいチョコを手に取って舌に乗せる。すぐに舌の上に広がるほろ苦い味は、の舌の上で甘く転がされて、ますます少女を狂わせる。
 舌に吸い付きながら、下の口でも男の剛直を咥えこんで、快楽を得ようと腰を使うは、年頃の少女にしてはひどく淫靡な表情を見せていた。

「あ、まい、あまいよぉ……おうさま、あんっ、あっ」
「上も下も、どちらの口もぐずぐずに溶けているぞ、
「は、あん、あうっ」

 くびれに片腕を回して腰を突き上げてやる。ぱんぱん、と肌がぶつかり合う音と、ベッドがふたり分の重みできしむ音。いつもの、情事の音だ。目の前で踊る乳房の、快楽で尖った先端をもう片方の手でコリコリといじめてやると、からさらに甘い声が上がった。

「や、あんっ、だ、め、ちくび、ああっ」
「ああ、締まるな。気持ちいいのか」
「いい、はぁっ、ちくび、きもちいいっ……!」
「、好いぞ、いつもより我を楽しませるではないか、
「んっ、ふっ、んんっ……!」

 ギルガメッシュが口元から舌をのぞかせると、それを合図にしても舌を出した。肉の色をしたそれをぱくりと食べる。まだチョコの味がかすかに残った舌を、歯を立てて思い切り吸ってやると、喉の奥で苦しげな声が上がった。
 苦しい、痛い。そう言いたげに、は薄くまぶたを持ち上げてギルガメッシュをにらむ。そのくせ、の中はギルガメッシュを一段と締め付けて、奥へ奥へといざなうのだ。
 チョコの媚薬効果。舌に乗せてとろけると、興奮状態になるという。
 普段よりも甘い声を上げて、中をうねらせて肉棒に絡みつくのも、そのせいか。

「まったく、これだから女というのは度し難い……!」
「あっ、や、ああっ!」

 の腰を両腕でがっちりと抱きこむと、あぐらをかいて、その上に少女を乗せる。上半身を密着させつつ中を容赦なく突き上げてやると、腕の中のは狂った。

「あっ、だ、めえっ、んっ、そんなにしたら、ああんっ」
「なんだ、イくのか、イきそうなのか、!」
「ふ、あっ、イ、く、あうっ、イくのぉっ……!」

 厚い胸板での乳房を押しつぶすように抱いて、さらに激しく腰を打ち付ける。膣の奥をズンズンと責められる上に乳首が擦れて、少女は髪を振り乱して絶頂へ駆け上る。

「そうか、では高らかに叫んでイけ!」
「はあっ、も、だめ、イきますっ、おうさま、あっ、ああぁっ……!」
「、く、ぅっ……!」

 が高く叫んで果てた。その後を追うようにして、収縮する膣の最奥に楔を穿ち続け、ギルガメッシュも果てた。どくどくと、全身を駆け巡る脈動に合わせて、精がの中に放たれる。力が抜けてしまったを抱えてクッションへと倒れこみ、荒い息が整うまでの下敷きになっていた。
 ギルガメッシュの息が整っても、の息はまだ荒かった。それにも構わずくちびるをの口に押し付けると、すぐに舌が絡みついてきた。
 ちゅぱ、じゅる、ぢゅう。
 呼吸と唾液の絡む音と、お互いの口が唾液を吸う音が絶頂の余韻に混ざる。

「ん、おうさま……あま、い……」

 ギルガメッシュの上に乗って、懸命にくちびるを吸っていたが言った。甘いといっても、チョコの味はとっくに消えているはずだ。

「もうチョコの味は消えたはずだが……もっと味わいたいと──誘っているのか?」

 少女はその問いには答えない。ただ、普段光を宿してきらめく琥珀の瞳は、今は熱に浮かされたように潤んで。意味のある言葉をなさなくなったくちびるはギルガメッシュのそれに吸い付いて、まだ性器が入ったままの腰を押し付けてくる。
 汗で額に張り付いた髪をかき上げてやる。淫靡に赤く染まった顔がよく見えるように。

「ふ、よいぞ、。チョコはまだ残っている。存分に楽しもうではないか」
「は、あん……おうさまぁ……」

 戯れに、チョコをひとつまみ。
 舌に乗せると、すぐにほどけて、苦みが広がっていく。
 ふたつの舌の間で、より甘く。



inserted by FC2 system