『会長からセクハラを受けています』の再録本書き下ろし部分4話。
結婚するまでのいちゃいちゃです。



目次
1、番外編四 初めての香水、初めての……(R-18)
2、番外編五 会長、未来の義実家を奇襲する(R-18)
3、番外編六 スキャンダル・ナイト
4、番外編最終話 恋の終わりは、次の恋のはじまり(R-18)



番外編四、初めての香水、初めての……


 ギルガメッシュは多忙である。
 複数の会社経営、オーナー業、プロデュース業と、彼の仕事は幅広い。それに加えて人目を引きつける容姿とカリスマ性を持つおかげで、多くのメディアからも取材の依頼が絶えない。
 しかし、彼の秘書はと、私設秘書のシドゥリだけだ。
 ギルガメッシュ本人が自らなんでもやってしまうのである。それこそちょっとした業務連絡のメールなど、一瞬で目を通し、おかしな点を見つければ即座に電話をかけて確認する。秘書がメールを返す時は、スケジュールの調整や確認した旨を伝える時など、ギルガメッシュ本人でなくてもよい場合のみだ。
 ほかの会長職の秘書に比べればまだ仕事は少ないのかもしれない……と思ったが、ギルガメッシュが息つく間もなく仕事する人間なので、必然的にもそのように仕事をする羽目になっている。
 もっとも、そんな忙しさはギルガメッシュが日本に帰ってきているときのみだ。

(ギルと会えて嬉しい、けど仕事がめちゃくちゃ忙しいのは複雑……でも、日本にいるときだけは、私と過ごす時間を作ってくれるようになった……それは、すごく嬉しい)

 秒刻みで仕事をするのは変わっていないが、客との会食などの予定がない日は、夕食前に仕事を切り上げてと過ごすようになった。秘書になって彼の仕事量を把握し始めたは、彼と甘い夜を過ごすたびに、以前にも増して贅沢だな、と思うようになった。もちろん、そんなことはギルガメッシュには言わないし、秘書になる前の苦悩を乗り越えた今は、時間を作ってくれるギルガメッシュに甘えることにしている。そのほうがギルガメッシュの機嫌が良くなるのだ。当然、夜のほうも盛り上がる。
 ギルガメッシュの今日の予定は、午後からウルク商事ビルで来客がある。シドゥリが一足先にビルへと入った。彼女と会うのも久しぶりだ。
 ギルガメッシュの秘書ふたり、仕事の話などで会話が弾む。シドゥリがさらりと髪を払った瞬間、さわやかな花の香りが広がった。思わず顔を突き出してその香気を吸い込む。

「シドゥリさんの香水、すごくいい香りですね。近くにいると思わず嗅いじゃう」
「そうですか?」
「はい。私、あんまり香水をつけたことがないから憧れるというか……受付の規定だと禁止されてましたし」
「ああ、受付の規定はそうでしたね。この香りがお好きならつけてみますか?」
「え、いいんですか?」
「ええ」

 シドゥリはそう言うと鞄の中からアトマイザーを取り出し、に渡した。

「ど、どうやってつければ」
「手首にワンプッシュして、それを耳の下あたりの首筋へそっとつけてみてください」

 言われた通りに手首に香水を出し、それを耳の下につけてみる。そっと、という言いつけを守る。甘い、それでいてくどくなくてどこかさわやかに鼻を通る香りが広がった。

「わあ……いい香りがする……シドゥリさん、これなんて名前の香水なんですか?」
「ふふ、後で外装の写真と一緒に送りますね。でも、秘書も香水をきつくつけてはいけませんから程々に」
「はい……!」

 みずみずしい花の香りを身にまとっていると、シドゥリのような大人の女性に近づいたような気になる。落ち着きがあって、しっかりと仕事をする女性にはまだまだ遠いかもしれないが、気分だ。

(今まで女として見られる機会なんてなかったもんなあ……)

 男性との関わりはもっぱら色気のないものだったし、彼氏を作るよりもみんなとわいわいしているほうが楽しかった。それが、ギルガメッシュと出会っていきなり女にされてしまった。色々と駆け足で大人の女性への階段を登ってしまったのだ。

(今思えば、なんでギルは私に手を出そうと思ったんだろう。ギルが嫌う女性のタイプでもないけど好みでもないし……)

 ギルガメッシュは、所謂女を武器にして男に寄りかかってくる女が嫌いだ。好みといえば痩身の気高い美少女。そのどちらにも当てはまらない圏外である。出会いがお茶をぶっかけて始まったとあって、余計にわからない。出会いから今までが怒涛のように過ぎ去っていったので、今までそういった話をしようとも思わなかった。
 手首に鼻を近づけてすんすんしているを見て、シドゥリが思案げに顎の先に手を当てている。なにやら神妙な顔をしているので、も気になってくる。

「シドゥリさん?」
「いえ……さん、先に謝っておきます。ごめんなさい」
「はい?」

 なぜ謝られたのかがわからず先を促すが、シドゥリはただ静かに首を振るだけで、なにも答えてもらえなかった。
 どっぷりと日が落ちた頃になると、やっとギルガメッシュの仕事が落ち着いた。方々を飛び回り、やっと会長室の席についたギルガメッシュを見つめる。彼にとってはそのくらいハードというほどでもない。今日は仕事を切り上げて、といつものホテルに泊まる予定だ。
 どかりと椅子に腰を下ろしたギルガメッシュの近くに寄って、一日の労をねぎらおうとした瞬間、腰を引き寄せられた。勢い余ってギルガメッシュの上に乗っかってしまいそうになるが、なんとか踏みとどまった。ここで膝の上にでも乗ってしまったらそのまま一発……という展開になりかねないからだ。

「ギル、お疲れ様でした」
「この程度どうというほどのことではないが、そばに貴様がいるのに触れられんのは想像以上に忍耐を要したぞ」
「ん、ギル……」
「今夜は好きにしていいのだろう?」

 今夜も、の間違いでは。
 そう思ったが、口には出さなかった。言っても火に油を注ぐことにしかならない。
 を抱きしめていたギルガメッシュが、不意に顔を上げた。の首元に鼻先を近づけて、すんすんとにおいを嗅いでいる。

「あ、そっか。香水つけてたんだった」
「香水?」
「うん。シドゥリさんがつけてる香水がすごくいい香りだったから、私もつけさせてもらったんだ。どうかな?」

 険しくなったギルガメッシュの目つきが、シドゥリの名前を聞いて気が抜けたようになった。はあ、と小さく息が漏れる。

「……シドゥリか。どうりで嗅いだことがある香りだと思ったが」
「ギル?」

 香水と聞いたあたりからギルガメッシュの様子がおかしい。不機嫌まではいかないものの、気に食わないとかそういう感じの顔つきである。
 一体どうしたのかと思っていると、彼はデスクの引き出しを開けて、なにやら小瓶のようなものを手に取った。そして、ふたを取るとに向かってシュッとワンプッシュする。

「わっ、ちょ、いきなりなに……!?」
「消毒だ」
「消毒って……あ、なにこれ、香水……?」

 ミストのようなものがの顔やら胸元やらにかかる。思わずつぶっていた目を開くと、濃厚な香りが周囲に広がっていた。濃すぎて一瞬よくわからなかったが、これは、ギルガメッシュが使っている香水だ。

「無防備に我以外の香りをまといおって。シドゥリでなければその者の首を切っていたところだ」
「えっ……!?」
「貴様は我の移り香でもまとっておればいいものを」

 他人の香りがからにおうのが気に食わなくて怒っているのだ、つまりは。そんなものをつけるくらいなら我と同じ香水でも使えと。
 おそろいの香水をつけろときた。実際そんなことをするカップルがいるのだろうか。いや、いたとしても、さすがに仕事の際は付けないだろうに。仕事、それも会長と会長秘書が同じ香水をつけているなんて。周囲の反応を想像すると顔から火が出そうなほど恥ずかしい。バカップルもいいところだ。周りもさぞ気を遣うに違いない。

「そ、それはあまりにも恥ずかしい……です……」
「なんだと? 我の香水は気に食わんというのか」
「いやそうじゃなくて。まあ確かにギルのは私には大人っぽすぎるけど」

 今のワンプッシュだけでこんなに芳醇な香りが立つのだから、これはさぞかし高くて名のあるブランドのものだと推測できる。そんなものをが自ら好んで手にするとは周囲も思うまい。がこの香水をつけた日には、私は会長の女ですと声高に宣言しているようなものだ。一応関係は内緒なのだ、まだ。
 それと、また別の理由もある。恥ずかしいやらなにやらよりも、よっぽど重大な問題が。

「……やっぱりダメ」
「我とおそろいだぞ? 我の香りだぞ? いつでも我の香りを嗅ぎ放題だぞ? いいのかそれで。本当に断るつもりか?」
「いや、あの、だからダメ、です」
「ふん?」
「これ、ギルのにおいを思い出しちゃって、ギルのことばっかり考えて仕事が手につかなくなっちゃうから……だから、ダメ……」

 この香水の香りは、イコールギルガメッシュのにおいではないが、ギルガメッシュを思い出すには十分な材料である。これを自分でつけているとなると、常に彼のことで頭がいっぱいになってしまうのではないか、という懸念からダメだと言ったのだ。

(絶対、ギルに会いたくてたまらなくなる)

 ギルガメッシュがすぐに会える距離にいるなら、こんな心配はせずに済むのに。なにを憚ることなく香水を受け取れるのに。けれど、そうではない。今はまだ、少し遠い彼だ。
 ギルガメッシュの赤い瞳が熱を孕む。

「なかなか愛いことを言うではないか。だが、それならば余計に持っておけ」
「え、」
「我が恋しくなった時にでも使え。多少は役に立つだろう」
「う、うん、じゃあ……ありがたく」

 確かに、仕事が手につかなくなりそうなら、仕事中でなければいいのだ。彼がいない夜にでも使うとしよう。
 そう、軽く受け取ってしまったものである。
 その三日後、ギルガメッシュが日本を発った。
 今回は上海の支社で仕事をして、それからシンガポールへと向かう。それが終われば、今度はロンドンへ。一ヶ月ほど日本へ帰ってこない。もしかしたら、仕事が入れば一ヶ月より長くなるかもしれない。
 離れて過ごす夜。電気を消して、布団に入る。瞼の奥にじわじわと暗闇が広がっていって、体の力が抜けていく。それと同時に、胸の内から広がっていくものがある。仕事や家事など気を反らせるものがないこの時間に、ひたひたと心に染み渡っていくもの。
 は目を開けて、枕元の目覚まし時計の隣に置いた香水を手に取った。

(ちょっとだけ……ほんのちょっとだけ、つけてみようか)

 このままでは体の中心がむずむずして眠れない。ギルガメッシュの香水に包まれたら、どうしようもなくを苛む淋しさから解放されるだろうか。
 ほんの出来心で、は手の甲につけた香水を掛け布団に薄く広げた。

(あ……これ、やっぱり、ダメかも)

 布団に顔を埋めると、暖かいのも相まってギルガメッシュがそばにいるかのようだ。

(でも、やっぱり違う……ギルの香りだけど、ギルのにおいじゃない)

 ギルガメッシュの香水ではある。けれど、ギルガメッシュ自身が香水をつけて身にまとっているにおいではない。ギルガメッシュの体温で変化した香水の香りと、彼の体臭が混じり合ったにおいを求めているのだ。ダイレクトに香りを嗅ぐと、より違いが鮮明になる。ギルガメッシュを恋しく思っている今は余計に敏感になっているかもしれない。
 それでも、は布団をぎゅっと抱きしめる。

(ギルに会いたい)

 会って、ギルガメッシュの顔が見たい。と呼ぶ声が聞きたい。暖かい腕の中に飛び込んで、苦しいくらいに抱きしめられたい。息ができないくらいのキスがしたい。熱く激しく、体を乱されたい。

「ギル……っ」

 もぞもぞとすり合わせていた股間に手が伸びる。指を筋に沿って動かすと、一番敏感な突起に触れた。指を行ったり来たりさせて突起を通り過ぎるたびに、の体が震える。

(自分でするの、久しぶりだ……)

 初めて自分の体を慰めたのは、ギルガメッシュと付き合う前だったか。あの時は、快楽を急激に教え込んでほっぽり出したギルガメッシュのせいで、体が疼いて仕方なかった。自分でいくら慰めようと、満足はしなかったことを覚えている。
 もどかしくなって、パジャマのズボンを下ろそうかと思ったその時だった。
 ぴりりりり。
 の枕元に置いた端末がけたたましく鳴った。このシンプルな着信音はひとりしかいない。

「っ、ギル……!?」

 慌てて端末を手に取って通話ボタンを押す。


「ギ、ギル……どうしたの、こんな時間に」
「声が聞きたくなった。……どうした、なにを慌てている?」
「べ、べつに慌ててなんか」
「声が上擦っているな。さては……その淫らな体を持て余したか?」
「そっ……! そんなこと、」
「図星か」
「だっ、だって……ギルの香水が、」
「我の香水がどうした?」
「っ……淋しいから、香水のにおい嗅いだら、余計に、体が熱くなっちゃってっ……!」

 くっくっ、と喉の奥でかみ殺した笑いが聞こえてきた。端末のスピーカー越しの声での状態がわかるなんて、ギルガメッシュがすごいのか、がわかりやすいのか。不覚にも、言い当てられて下腹部が疼いてしまった。

(ギルの声……)
「ギル……」

 右手がおのずと股間に伸びる。直接ズボンの中に手を入れ、パンティの上から触る。ん、と甘い息が漏れた。

「貴様、我の許しも得ずに触っているな?」
「ん、だって、ギルの声聞いたら、我慢できない……」
「まったく貴様というやつは……仕方がない女よ。どこを触っている?」
「あ、あそこ……」
「あそこ? わからんなそれでは」
「っ……く、クリトリス……」
「そうか。どんなふうに触っている?」
「ん、指で押しつぶしたり、っ、コリコリしてる……ん、ぅっ」

 ギルガメッシュの声に答えると同時にの指がその通りに動く。性感で勃起したクリトリスをコリコリといじると、の足がだんだんと大きく開いていった。引っかかるズボンをやや乱暴に脱ぐと、ベッドの脇に落とした。高まる体の熱がそうさせた。

「は、あっ……!」
「そんなにいじっていると、クリトリスがまた大きくなってしまうぞ」
「んっ、でも、気持ちい、ん」
「そんな調子では、もう濡れているのではないか?」
「あ……濡れてる、んんっ……」

 導かれるままに指を下にずらすと、指先に愛液がついた。

「もう入口を濡らしているのか」
「だって、ギルの声、聞いたらっ……」
「先ほども聞いたぞ、それは。どれ、みだらな声と音を聞かせろ」
「ん、んぅっ……は、あん……」
「そうだ、我の声でいやらしく濡らしたそこを、自分で慰めてみろ」

 ギルガメッシュの声が一段と低くなった。官能を呼び起こす低い声が、の体を支配する。端末を持っていられなくなって、スピーカーボタンを押して顔の横に置いた。自由になった左手で自分の膣口を広げて、右手の中指を入れた。
 くちゅ、と粘着質な音を立てて、指が入っていく。ぬめった内部は、あたたかかった。

「あ、ふぅっ……ギルぅ……!」

 中指を出し入れさせて、くちゅくちゅ、と音を立てる。その音と、いっそう高くなったの声を聞いて、ギルガメッシュが満足そうに笑った。
 まるで、ギルガメッシュがすぐそばにいるような錯覚に陥る。
 ――ギルガメッシュの指が、の中を探っていく。浅く、時折深く内部をえぐってくる、長い指。だんだんと中へと進んでいく指が、の性感帯を探り当てて――

「あっ、そこ……!」
「ここか。ここが感じるのか、ん?」
「や、あっ……! そこ、だめぇっ……」
「だめ? ここを擦るたびに溢れさせおって。そら、クリトリスもこんなに」
「ひ、あっ!」

 空いた親指が勃ち上がった敏感な突起を弾いた。面白いようにの体がはねる。その反応を楽しむように、親指が突起を擦り上げていき、

「ああっ、そこ、そんなにしちゃ、やあっ」
「やだ、とはな。こんなに指をきゅうきゅうと締め付けて、嫌だときたか」
「んっ、んんっ……!」
「胸も忘れるなよ。乳首をつままれるのが貴様は一段と好きだろう」
「あっ、やぁ……! ちくび、コリコリしてるっ……!」
「ああ、硬くなっているな。潰しがいがある」

 膣口を広げていた左手をパジャマの裾から差し入れ、ブラジャーをずらして乳首を露出させる。ブラジャーの擦れにも反応してしまうくらいに勃起した乳首は、まるで粒のようだ。

「あ、ああっ……!」
「相変わらずいやらしい乳首だ。そら、」
「んっ、や、ちくび、いじめちゃ、あんっ」

 その粒を、指で挟んだり弾いたり。の口からは高い嬌声が上がり、口の端は唾液が垂れようとしている。ギルガメッシュの、を犯そうとするいやらしい声が、の指を通してを犯しているのだ。
 脇によけた布団から香るギルガメッシュの香水と、耳からを犯すギルガメッシュの声。
 鼻と耳からの刺激によって、脳が、体が、支配される。

「だめ、ううっ、こんなの、おかしくなるっ、ギルぅ……!」
「はあっ……っ……! もっとだ、もっと我で狂ってしまえ……!」
「ギル、は、あっ、ああっ……!」

 ギルガメッシュの興奮したような吐息がスピーカーを震わせる。ギルガメッシュも、の喘ぎを聞き、その痴態を思い浮かべて、興奮しているのだ。

(ギルも、私で興奮してるんだ……)

 それを受けて、乳首と秘部をいじっている指の動きが加速する。

「だ、め、イく、イ、くぅ……!」
「いいぞ、、我の声でイけ! 我もっ……!」
「ギ、ル……! ギルの、出して、わたしのなかにっ……!」
「ああ、今、中に出してやる、っ……!」

 ギルガメッシュのうめき声がした。一瞬の後に、はーっ、はーっと長く荒い息が聞こえてきた。ギルガメッシュも、の痴態をオカズにして自分のものをしごき、射精したのだ。
 脳をギルガメッシュの声に支配されているは、まるで中を犯されて精を放たれたかのような、そんな感覚の中にいる。ギルガメッシュの荒い息が耳元で聞こえるたびに、まるで、彼が射精のあとでに覆いかぶさって余韻に浸っているかのような感覚に陥る。

「ギル……ギルも、興奮した?」
「興奮したとも。我の手についた精液の写真でも送ってやろうか?」
「え、そ、それはちょっと……」
「遠慮するな。代わりに貴様の痴態の写真を送れ」
「やっ、やだ……! そんな恥ずかしいことできない!」
「ほう? 電話で我の声を聞いて興奮して、テレフォンセックスはできるのにか」
「こっこれは……ギルの香水のせいだもん……じゃなきゃ、ひとりでえっちなんてしないもん……」

 そうか、と笑い声が上がった。
 まだ香水の香りがする布団を抱きしめる。ギルガメッシュの声を聞きながらこの香りを嗅ぐと、本当にギルガメッシュがそばにいるような気になる。この感覚が、を乱したのだ。ギルガメッシュが恋しい気持ちと、性欲の高まりと、彼の声による導きが、を絶頂へと押しやったのだ。

「香水をやったのは正解だったな。思わぬ収穫があった。今のはしっかりと録音したぞ」
「なっ!? ちょっとまって録音なんて聞いてない!」
「言っておらんからな。初テレフォンセックス記念に保存しておくか」
「や、やだやだ恥ずかしいから……!」
「なに、あくまで記念だ。これをオカズにしようとは思っておらんから安心しろ」
「そういうことを心配してるんじゃないんですけど!?」
「また我が恋しくなったら――その香水を使う時は、我に電話しろ。電話越しに抱いてやる」

 と、の話を全然聞いてくれない。少しはこっちの話も聞いて、という文句は、の口から出ることはなかった。直後にちゅっ、というリップ音が聞こえてきたからだ。

「っ……! う、うん……」

 本当は、会って直接触れ合いたい。思う存分彼のにおいを嗅いで、キスをして唾液を交換して、お互いの敏感なところを擦りあって。 思う存分、愛し合いたい。
 けれど、それはまだできないから。

(もっと頑張らなきゃ)

 どこへでもついていけるような存在になる。ギルガメッシュを愛するためなら、そのための努力は惜しまない。そう、約束したのだ。あの日薬指にはめられた指輪に、誓ったのだ。

「ギル、大好き……」

 も同じように、ちゅっとくちびるを鳴らすと、スピーカーの向こうで息を呑む気配が伝わってきた。

「……我を狂わす気か、馬鹿者」

 苦々しい、けれど、とてつもなく甘い声が、の耳を打つ。電話をする前よりも、胸がぎゅうっと苦しくなる。ギルガメッシュの声に、会いたいという気持ちがにじんでいるからだ。

(私も、会いたいよ)

 それは、言わない。言ってしまえば、ギルガメッシュは実行してしまう。無茶をして、に会いに来てしまう。そういう男だ。
 それだけは、の望むところではない。
 だから、お互い言葉にはしない。声にありったけの気持ちを込めて、愛を伝えるだけだ。

「帰ったら覚えておけ、三日三晩休まず抱いてやる。それまでその淫乱な体をせいぜい持て余しておけ」
「三日三晩……!? そ、そんな体力ないよ……!」
「ちょうどいい、もう少し体力をつけろ。我の妻になったら我の子を孕むまで毎日するのだからな」
「も、もう……えっちなんだから」
「ほう、下半身に来ることを言うではないか。ふむ、もう一回するか?」
「〜しません! もう寝て!」

 舌打ちが聞こえてきたような気がしたが聞き流した。上海との時差は一時間ほどで、あちらは二十三時を過ぎたところだ。日本にいる間はとの夜の時間を確保しているせいか、と離れている時は仕事を詰め込んでいる。少しでも彼が休む時間を作りたいから、電話を切るしかない。淋しいが、ギルガメッシュの体のためだ。

「まあよい。日本へ帰る楽しみにしておくさ」
「う、そうしてください……おやすみなさい、ギル」
「ああ。……おやすみ」
(ギル……)

 名残惜しい。低くかすれた声を、もっと聞いていたい。
 そんな欲望を押さえ込んで、は終話ボタンを押した。端末の画面がもとのホーム画面に戻ったのを見て、の目尻から涙がこぼれた。
 さびしい、恋しい、会いたい。
 溢れてきた思いが涙になる。パジャマの袖でそれを拭いながら、自慰の後始末をする。
 泣き疲れて寝入るまで、彼の香りがする布団に顔を押し付けていた。
 香りは一瞬の安らぎを、そして消えることのない淋しさを与えた。




番外編五、会長、未来の義実家を奇襲する


 年明け第二週の土日、は関東圏の実家へと帰っていた。電車に揺られること一時間と少し。目的は帰省と初詣。盆暮れくらいは実家の仏壇に参っておけ、との藤丸家の家訓を守っているのである。
 というのも、三箇日までギルガメッシュの年末年始の休暇に合わせて休みだったのだが、クリスマスの約束を今こそ……! というギルガメッシュに付き合って、初詣もクソもない正月になってしまったのである。それこそ朝も昼も夜も関係なくベッドの住人と化し、有り余る体力を持つギルガメッシュにずっと抱かれていた。それこそ、年末年始のことはもう思い出したくないほど疲れ果ててしまった。前後不覚になっていたのであまり記憶がないというのもある。途中、年が明けた直後にぐったりしたまま振袖に着替えさせられ、写真を撮られたような気がする。写真を撮り終わった後で興奮したギルガメッシュに押し倒され、また性行為が始まったので、それからよく覚えていない。高そうな振袖が精液まみれにされてもったいない、と思ったような気がする。が、本当に記憶が朧げだ。気がつけば年を越していて、気がつけば仕事が始まっていた。
 そういうわけで、実家に帰ってきてのんびりと羽を伸ばしているわけである。

「はーこたつさいこー」

 居間のこたつに入り、机に突っ伏しながらテレビをぼーっと眺める。テレビに映っているのは正月の特番の延長戦のような番組だ。どの局も似たような内容ばかり正月から流しているので飽きてくるものだが、にとってはまだ新鮮なものに感じる。年明けは前述の理由で、仕事が始まってからは上司・言峰部長の仕事に忙殺され、まったくテレビを見る機会がなかった。
 金曜の夜から帰省し、昼過ぎに起きて、こたつでぬくぬくとしながらぼーっとする。幸せだ。久しぶりにゆっくりしている。

、お雑煮あるけど食べる?」
「食べるー」
「餅は」
「二個ー」

 の母親が台所から声をかけてくる。この雑煮はの朝食兼昼食だ。なにもしなくてもご飯がある、なんという幸せだろう。実家のありがたみが身に染みる。
 あんたねぇごろごろしてばっかりだと太るんだから、という小言付きで今年初の遅いお雑煮を食べる。普通の、関東圏によくあるお雑煮。しかし母の味、おいしい。
 ごく普通の平凡な両親、ごく普通のこぢんまりとした一軒家、ごく普通の娘。それが藤丸家だ。この家を出る前は、普通だなあと少々物足りなく思ったりもした。今となっては普通で平凡で平和が一番だと思える。それもこれも、普通で平凡で平和とは真逆の男と出会ってしまったからだ。

(ギルと出会ってから、こんなふうにぼんやりする暇もなかったなあ……)

 はむ、と餅を咀嚼する。お雑煮はおいしいが、たまに三つ葉が餅にくっついて三つ葉味の餅になってしまうところがいただけない。餅は餅で楽しみたいのに。しかし自分で用意する気にはならないので、母が律儀に三つ葉を入れるがまま三つ葉味の餅を飲み込む。
 母がの向かい側で一足遅れてお雑煮を食べている。その餅にも、べったりと三つ葉がくっついている。

「明日はお父さん休みだから、明日ならみんなで初詣行けるんじゃない」
「んー、じゃあ明日」

 ちなみにギルガメッシュは今日も元気に仕事だ。土日は実家に帰るから、というと、ぐぬぬ……という悔し気な顔をして黙った。さすがに実家に対してはいつもの理不尽な文句を言えないらしい。

(今頃不機嫌になってるかもしれないな……けど、まいっか)

 不機嫌になっていたとしても、いちゃいちゃできないからとかそういう理由だ、どうせ。それは確かにも淋しいが、年末年始に嫌というほど爛れた生活を送ったではないか。この土日くらい休ませてもらわないとが枯れる。

(あとで……電話でもしておこう……)

 お腹も膨れて、こたつのあったかさでうとうとし始める。あんた食べた後に寝たら牛になるわよ、という母の言葉を子守歌にして、は昼寝の世界へと旅立った。

***

 夕方ごろ、ただいまー、という父親の声で目が覚めた。いつの間にかこたつに横になっていて、台所から夕飯を用意する音が聞こえてくる。磨りガラスがはめ込んである引き戸を開けて、父親が居間に入ってきた。

「おかえりー」
「ただいまー。お年玉いる?」
「い……いいよ、私もう大人だもん」

 えー、と父親がちょっと残念そうな顔になった。台所から、甘やかしちゃだめよー、という声が飛んできた。
 お年玉が欲しくないわけではないが、さすがにそれは許されないだろう。別に差し迫って困っているわけでもないし、欲しいものもあまりない。こうしてだらだらさせてもらえるだけで充分だ。
 夕飯はおでんだ。餅を食べてからずっと寝ていたはあまりお腹が空いていない。

(大根とちくわとはんぺんと、あとなににしよう……)

 だしは多めにしてもらおうかな、などと考えていると、家のインターホンが鳴った。

、ちょっと出て」
「はーい」

 なんだろう宅配便かな、と思いつつ玄関に向かい、ドアを開ける。

「はいはいどちら様」
「遅いぞ! 我がインターホンを鳴らしてからすでに十秒も」

 ばたん。

「……………………え?」

 なにかいた。
 背が高くて、金髪で、赤い目をしたど派手な男が、今思わず閉めてしまったドアの向こうに立っていた。突然訪問してきたくせになぜかぷりぷり怒っていた。一体何なんだ、目の錯覚だろうか。こたつで結構な時間昼寝していたから、まだ寝ぼけているに違いない。そうだ、寝ぼけて幻覚を見ているんだ。
 玄関先にギルガメッシュがいたような気がするが、見間違いだろう。ということで玄関のドアの鍵をかけようとした。
 次の瞬間、ものすごい力で玄関のドアが開かれてしまった。

「き、さ、ま! 我の訪問をなかったことにしようなどと考えてはおらんだろうな!」
「ひいっ……! ぎ、ギル! なんでここに!?」
「貴様が実家に帰るというから挨拶に来たのだ! 未来の夫として両親に挨拶するのは当然だろう」

 見れば、いつもは下ろしている髪を片側だけ撫でつけているし、スーツも仕事帰りのものではない。少し光沢のあるグレーのスーツに白いワイシャツ、落ち着いた青のネクタイをつけて、黒いコートとお手製のマフラーを巻いている。

(い、いつもより地味……!)

 ギルガメッシュといえど、義両親(予定)への挨拶となると服装に気を遣うのか。白スーツも着てないし、ピアスもしてない。シャツに至っては、白のワイシャツなんて持ってたのかと思うほどだ。ただし本人がすでにど派手なので、服装を多少地味にしたところで印象は派手の一言に尽きる。

「な、なんでいきなり来るの! 挨拶に来るなら来るでいいけど、言ってよ!」
「メッセージを送っただろうが」
「え……うそ」
「嘘を言ってどうする。まあつい先ほど思い立ってメッセージを飛ばしたところだが。既読が付かんと思っていたが、貴様寝起きか?」

 なんということだ。こたつの魔力に取りつかれて眠りこけてしまった結果がこれだ。ギルガメッシュからのメッセージに気づかなかったばかりか、寝起きで、両親にもなにも伝えていない。

「こたつ……こたつの罠っ……!」
「なにをぶつぶつ言っている。それより早く上げんか」
「え、ちょっと待って今ふたりに説明してくるから……」
ー、どうしたの。お客さん?」

 いつまでも戻ってこないを不審に思ったのか、母が居間から出てきた。玄関先でと揉めているど派手な金髪を見て、目を点にしている。

「あ、あのお母さん、これは」
「あら、お客さんじゃない。なあに、もしかしての彼氏?」
「鋭いな御母堂よ。の恋人であり、未来を誓い合った男だ」
「な、ちょ」
「あらまあ」

 堂々と胸を張って宣言したギルガメッシュに、呆気にとられると動じない母。からからと笑ってギルガメッシュの名乗りを聞いている。

「まあまあ、そんな寒いところで。上がってくださいな。大したものもないけど」
「うむ、失礼する。つまらぬものだが、これを」
「あらー悪いわね。夕飯は食べていくかしら?」
「あれ、お客さん?」
「あ、お父さん。の彼氏ですって。なんてイケメンを捕まえたんでしょうねこの子ったら」
「えっ彼氏? わーほんとだすごいイケメンさんだ。夕飯と言わず泊まっていきなよ」

 三和土でぽかんと口を開けて突っ立っているを置いて、どんどん話が進んでいる。我が両親ながら、なんという順応性。突然の訪問にも動じず、一泊まで許可してしまうとは。

(あの手土産、老舗せんべい屋さんの超人気のやつじゃん……)

 秘書業務をするようになってから手土産に詳しくなったである。服装といい手土産といい、ギルガメッシュの気合の入りようを示しているようで、は少しだけ気恥ずかしくなった。


「へーギルガメッシュくんはの勤め先の会長さんなんだねえ。あ、お酒飲める?」
「若いのにすごいわねえ。もし結婚したらは玉の輿じゃない」
「もしではないぞ御母堂、我はと必ず結婚する」
「あらあら。ごちそうさま」
「すごいねえ、こんな熱烈な彼氏をいつの間に捕まえてたんだい」
「あはははは……はあ……」

 藤丸家の居間のこたつにごく自然にギルガメッシュが馴染んでいる。の母が作ったおでんをつまみに父と酒を酌み交わしている。ごく普通の一軒家の居間に、ブランドものに身を包んだど派手な金髪の美形。にとっては違和感ありありだが、父と母はなんの抵抗もなく受け入れている。
 ごく普通の娘が、なんでこんな金ぴかの金持ちを捕まえてきたのか。多少戸惑っているようだが、不思議がっている様子はない。本当に、我が両親ながらなんという順応力だ。

「ってことは、ギルくんはもう一筋に決めてるってことなのかい?」

 ずばり父が尋ねた。この先――そう遠くない未来、と結婚するのかどうなのかと。
 ギルガメッシュは、ビールの入ったコップを置くと、静かにの父を見つめ返した。

「我が先のことを考えた女はだけだ」

 ひと呼吸して、続ける。

「我の進む先は見えている。――そこにが共にあるということも。しか有り得ぬ」
「……!」

 ギルガメッシュの行く末には、の姿もある。彼が見ているのは、そういう未来だと、の両親の前ではっきり言った。
 両親の目の前ということも忘れて、顔に熱が上った。
 嬉しいのだ。はっきりと言葉で言い切ってくれたことが。まだ見ぬ先、ずっと一緒だと言ってくれたことが。
 ギルガメッシュがまっすぐに父を見据えている。父はただ、いつも通りの、普段と変わらない表情で、ギルガメッシュに視線を返していた。

「いやぁお熱いお熱い、若いっていいねえ」
「こんなふうに言ってくれるなんて、いい人を見つけたんだねえは」
「も、もう……からかわないでよ」
「お父さん、いつかが彼氏を連れてきたらうちの娘はやらん! って言って追い返すのが夢だったんだけど、こんなにはっきりとしか将来を考えてないなんて言われちゃうと、そんなの野暮ってもんだよね」
「そんなの、盛大に惚気けられるだけ惚気られて終わるに決まってるじゃない」
「ふん、いかに反対されようと折れるまで粘るまでのこと。我がを嫁にする未来は変わらんが、を悲しませるのは本意ではない」
「ほら」
(て、照れる……)

 ギルガメッシュがあまりにも堂々としているせいか、両親も最初から反対する気はないようだ。今のところギルガメッシュの甲斐性は問題ないし、と絶対結婚するという意志の強さは十分伝わったはずだ。はたから聞いている身としては、こう何度もしかいないと宣言されると気恥ずかしいが、涙が出そうになるほど嬉しい。
 その後、話がひと段落したタイミングで近所の銭湯へ向かった。藤丸家の風呂でもよかったが、せっかくだから久しぶりに一家で銭湯に行こうということになった。ギルガメッシュが初めて行く銭湯に目をキラキラとさせていた。が、銭湯の熱いお湯に、少しのぼせ気味になってしまった。

「ギル、大丈夫?」
「心配いらん。少しだるいだけだ」

 強がりではなさそうだが、の部屋のベッドに横になっている彼の白い肌がほんのり赤く染まっていて、本当に熱かったんだろうなとは思った。

(ギル、普段シャワーだけで済ませてるし、お父さんと一緒だったから長湯しちゃったのかな……)
「しけた顔をするな」
「だって」
「自分の体調に慢心があっただけのことだ。貴様の父のせいでも、ましてや貴様のせいでもない」
「……うん」

 うむ、と満足そうな返事が返ってきた。
 伸びてきた手が、の手を掴んで引っ張ってくる。ちなみに、ギルガメッシュは今下着しか履いてない。ギルガメッシュに合う寝巻きの類が藤丸家になく、父親のものもサイズが合わなかったためだ。ちなみに、普段は素っ裸で寝ている。

「寝るぞ」
「え、う、うん……」
「どうした、なにを照れている」
「や、あの……実家だから、なんか気恥ずかしいというか……」
(さすがに両親のいる家でえっちはできない……って、いくらギルでもそれくらいわかってるよね)

 の部屋は二階、両親の部屋は廊下を隔てた同じ二階にある。真下の部屋よりは音が聞こえにくいかもしれないが、それでも大きな音は聞こえてしまうだろう。

「はやくしろ、寒い」

 寒いのは布団を持ち上げてを引っ張りこもうとしているせいではなく服を着ていないからでは。はそう思ったが、どうせギルガメッシュはなにを言っても服を着て寝るということをしない。無駄な問答に終わることは目に見えているので黙っていた。
 特にすることもないので、ぐいぐいと引っ張ってくる手に従ってベッドに入る。シングルベッドはやはり狭い。ギルガメッシュが寝ているだけでもちょっと狭そうなのに、ふたりとなると本当にぎゅうぎゅうである。自然とギルガメッシュの腕の中に入るような形で寝ることになる。気恥ずかしさはまだ続いていて、なんとなく背中を向けてしまう。ギルガメッシュはを抱き枕にできればなんでもいいようで、ぎゅうっとの体を背後から抱きしめて、すんすんとうなじのにおいを嗅いでいる。
 彼の細い髪が、さらりと首筋をくすぐった。

「じゃあ電気消すよ」
「うむ」
「おやすみ、ギル」
「うむ」

 蛍光灯の紐を引っ張ると、暗闇が訪れる。
 しばらくして光の余韻が薄れ、闇に目が慣れてくる。ぼんやりと見える部屋の中はいつものアパートの部屋ではなく、懐かしい実家のもの。
 暖房がついていなくとも、布団の中でくっついていれば寒いということはない。ギルガメッシュは体温が高めだし、むしろ暖かすぎるくらいだ。
 銭湯に備え付けの安いソープの香りがする。自分から香っているのか、それとも後ろの男からのものか。
 はあ、と熱い吐息がうなじを撫で、はびくりと体をすくませた。強張る体を逃がすまいと、たくましい腕に力が入った。

(当たってる、んだけど)

 の尻に当たるものがあった。当たっているというより、押し付けられているといったほうが正確か。ギルガメッシュがのうなじに鼻先を当てて呼吸をするたびに、硬さと大きさを増しているような気がする。

(待って、ダメ……実家で、なんて)

 できるはずがない。今頃、親もすでに部屋で床についている頃で、家の中はしんと静まり返っている。そんな中で不埒な行為なんてできるはずない。
 銭湯に備え付けの安いソープの香りがする――
 の焦りとは裏腹に、後ろの男はゆるく腰を振り始めた。肉の棒を尻の割れ目に当てて押し付けるように、カクカクと。と同時に、のパジャマの裾から手を差し入れ、肌着をめくり上げてブラジャーの上から胸を揉んできた。ゆっくりと、柔らかく。

(ダメ、ギル、お願いだから)

 ギルガメッシュのちょっかいに知らんぷりを決め込む。実家でセックスなんてできるか。時と場所を考えてほしい。なぜどこでも盛ってしまうんだこの男は。
 心の内で非難してはみるものの、ギルガメッシュの興奮は収まらないようで、ブラジャーをずらして乳首を直接いじってくる。

「……っ、……」

 そこをつままれるとどうも弱い。それをわかっていて、確実にをその気にさせようとしている。どうしてもしたいというのか。

「ギル、っ、ダメ……」

 胸にいたずらしている手を止めさせようと、その手を掴んでみる。しかしその手は動きを止めるどころか、ますますいたずらを加速させる。乳首をコリコリとつぶしたり、つまんでゆるく引っ張ったり。たまらず、腰を引いてしまう。

「ダメといいつつ、腰を押し付けてくるではないか」
「ん、これはっ……違うの、ほんとにだめだから、ふたりに聞こえちゃう……!」
「しーっ……その通り、静かにな」
「ぁ、っギル……!」

 静かに、と言った口が、のうなじをきつく吸い上げて、音を立てて離れた。その後はちゅ、ちゅ、と軽いキスを降らせている。静かな室内ではやけに大きく聞こえて、カッと頬が熱くなった。

「やあ……ダメ、なのにぃ……」
「ダメダメと言いつつ、濡れているな」
「ひゃ、ぁっ……」

 パジャマをずり下ろしたギルガメッシュの手は、尻のほうからパンティの下に潜り込み、入口をすぐに探り当てた。指がひたひたと何度も当てられるたびに、にちゅ、くちゅ、という音がする。そのいやらしい音は、布団の中に収まって外に出ることはないのだが、の耳には入ってくる。

「そら、だんだんと濡れてくるぞ。……」
「ん、ぅっ……だ、めぇ……」

 ふーっ、と熱く長い息を吐いたギルガメッシュが、少々身を乗り出しての耳にかかった髪をかき分けて、露出した耳を、音を立てて吸った。ちろちろと舌先で舐められるのと、ちゅくちゅく、ちゅるり、などという卑猥な水音が耳のすぐそばで聞こえるのとで、体の奥に火が灯る。

(そんなの、だめ、聞こえちゃうかもしれないのに……!)

 両親がいる家でいやらしいことをしているという背徳感と、逃げ場を断たれベッドで体の動きを封じられながら強引に開かれていく体。

(実家で、えっちなことされて、私……)
「ダメ、やぁっ……感じちゃう、の、やだぁ……!」
「声を聞かれてしまうのを嫌がっているのか? なら我が塞いでおいてやる」
「ん、むぅ……!」
「はあ…………!」

 顎を掴まれて後ろを向かされたかと思うと、すぐさまくちびるを塞がれた。興奮しているのはギルガメッシュも同じで、鼻息荒く、舌もいつもより性急な動きをしている。

(あつい)

 くちびるも、腕も、背中も、尻も。触れ合ったところが熱くて、布団の中が暑い。
 無理な体制に首が痛くなってきた頃、ようやくくちびるが離れた。熱さと息苦しさでぼんやりしていると、パンティがずり下ろされて、尻に熱くて硬いものが押し当てられた。

「尻をもっと突き出せ」
「あ……や、ギルぅ……」
「……貴様のそれは我を誘うことにしかならんと、なぜわからんのだ」

 横向きの体制のまま、尻をぐいっと引かれた。無防備に濡れた入口に猛った性器を擦り付けて、先端を濡らす。その熱さと、その先の快楽を期待して、の胸が苦しくなった。

(入れられちゃう……ギルの、おっきいのが、入ってきちゃう……)

 くちゅ、と亀頭が下の口にキスするたびに、どきどきと心臓が高鳴って、いっそう体が熱くなる。腰を押さえつけられて、初めて自分がねだるように腰を揺らしていたことを知った。

「腰を押し付けおって……どうだ、欲しいか?」
「ぁ、ん……ギル……お願い、もう……」
「もう、なんだ?」
「……っ、もう、入れて……」

 ギルガメッシュが焦らしてくる間も、肉棒は膣口に擦り付けられている。素股のように股間全体を擦って、ゆるゆると快感を与えている。気持ちいい、けれど、もっと深い快感を知っている。はたまらず、それを強請る。
 嫌だと言いつつ行為にすっかりほだされて、自分から腰を押し付けて強請っている。
 恥ずかしくて、浅ましくて、気持ちいい。
 後ろから楽しそうな、掠れた声がする。

「なにを入れてほしいのか、ちゃんと言葉で言わねばわからんな」
「……っ! ギル、お願い……!」
「だから、なにをだ? はっきり言うまで許さんぞ」
(ギルのばかぁ……)

 もその気になっているとわかったらこれだ。いやらしい気分になったにいやらしいことを言わせて、を辱める気だ。快楽に堪え性がないの足元を見て、自分のしたいようにする。ギルガメッシュはいつもこうだ。
 反抗したいのは山々だが、このままではつらいのも事実である。散々高められた熱を発散せずして眠れるわけがない。
 ごくり、と唾を飲み込んで羞恥心をねじ伏せると、口を開いた。

「……ギルの、えっちな、お、おちんちん、入れて、私の中に……ふ、あっ、んっ……!」

 恥ずかしいことを言わされてカッと血が巡るのを自覚する間もなく、口を手で塞がれた。直後にギルガメッシュの性器が入ってきた。熱い。ギンギンに硬くなったものが、肉をかき分けて奥へ進んでいく。待ち望んでいた快楽を得て、の体から力が抜けた。

「ふ、う……んっ、むぅっ」
「満足するには早いぞ、……!」

 本番はこれからだと言わんばかりに腰を打ち付けてくる。布団の中で動きを制限されているにも関わらず、ぱんぱん、と肌がぶつかり合う音が聞こえてくる。それだけギルガメッシュの動きが激しく、ベッドも激しく軋んでいる。交わっている音は布団で吸収されるだろうが、ガタガタという軋みとの甘い声だけは空気を伝っている。

「ん、んんっ、ふ、ぅうっ」

 ギルガメッシュに口を塞がれていようとも、自分で口を引き結び懸命に声を押し殺している。その努力もなんのその、ギルガメッシュはの口を塞いでいるのとは逆の手での脚を高く持ち上げ、いっそう深く交わろうとしてくる。

「ぁっ……! んっ、ん、〜〜っ」
(だ、め、あたまが、ぼーっとして……あつい……!)

 体の内側が熱い、布団の中が暑い、ギルガメッシュの吐息と体が熱い、中を犯す肉棒が熱い。
 熱に浮かされて、考える力がなくなっていく。膣を突き上げるギルガメッシュの性器のことと、時折うなじに噛みついて与えられる痛みと、熱、そしてベッドが軋む乾いた音。
 ――頭がおかしくなりそうだ。

「はあっ……どうだ、気持ちいいか?」
「ふ、んぅ……!」
「ああ、そうだったな、静かにしなければな……!」

 問いかけに答えている余裕もなく首を横に振ると、ギルガメッシュは一旦腰を引いて肉棒を抜いた。布団の中での体を仰向けに倒して自分はその上にのしかかると、布団を頭まで引き上げた。もろともすっぽりと布団に覆われた状態で、また肉棒を挿入する。ぐちゅり、という卑猥な音も、の嬌声も、布団に包まれて外へは出ない。

「ひゃ、あっ……! ギ、ル、や、あん……!」
「こら、あまり大きな声を出すと部屋の外まで聞こえるぞ。それとも、情事に勘付かれてもよいと――期待しているのではないだろうな?」
「ちが、期待してなんか、や、あっ……!」
「、興奮しおって、この淫乱め……!」

 息が苦しい。ギルガメッシュの動きによって時折布団の隙間ができるのだが、それでも布団の中でふたりも激しい運動をしていては、どうしても息が苦しくなる。窒息感も加わって、の頭はさらに朦朧としてくる。

(だ、め、おかしく、なる……)
「ギル、ギルぅ……も、う、だめ、ぁっ……!」
「っ……! ……!」
「んっ、む、うぅっ……!」

 布団の闇の中で、まぶたの奥が白む。我慢できずに高い声を上げてしまう、と思った瞬間にキスをされた。暗い中で歯が少しぶつかり、苦しい呼吸をさらに奪うようなキス。ぐっと腰を押し付けられ、剛直が中でひときわ大きく脈打ったのが伝わってくる。
 ああ、射精されている。膣が種を逃がすまいと収縮する。
 その余韻が抜けた頃、ギルガメッシュが布団を蹴落とした。終わってみればふたりとも汗だくである。まだ少し荒い息を吐きながら、は非難めいた目をギルガメッシュに向ける。

「もうっ、ばか……ほんとにえっちしちゃうなんて……!」
「興奮しただろう?」
「ばかぁ!」

 よりにもよって実家でセックスすることになるとは。口を塞いだり布団を被ったりと一応気を遣っていたようだが、最中は無我夢中だったので、物音や自分が出していた声がどれほどのものだったのかよくわからない。

(明日どういう顔すればいいの……)

 気づいてませんように、と心の中で何度も願ってみる。願っただけでどうなるものでもないが、気分だ。
 ギルガメッシュが身を起こした。なにはともあれ、汗で肌が冷える前にシャワーを浴びなければなるまい。汗でぐしゃぐしゃになったパジャマを一応整えて、足音を立てないように部屋から出る。
 なるべく音を立てないようにしても、シャワーの物音はさすがに二階まで聞こえてしまうだろう。両親が起きなければいいのだが、起きてしまった場合、翌朝どんな言い訳をしようか。
 熱いシャワーをふたりで浴びながら、夜が明けた後のことを考えていた。

***

 翌朝、ふたりが起きて居間に降りると、両親はもう起きて朝食をとっていた。おはよう、と普通に挨拶をしあい、母が作ってくれた朝食を食べる。両親にこれといって変わった様子はない。どうやら昨夜のことは気づかれていないようだ。はほっと胸をなでおろし、母の味の玉子焼きをほおばった。
 その後、とギルガメッシュと両親の四人で、遅ればせながらの初詣に行った。
 さすがに初詣客ももう少ないだろうと思っていたら、そこそこの賑わいであった。厄除祈祷の客は特に多く、受付には列ができていた。
 お参りをした後、とギルガメッシュはおみくじを引いた。

「ふむ」
「ギルはなんだったの?」
「大吉だ」
「……うん、だよね」

 むしろ大吉以外引くことなどあるんだろうか。検証してみたいものである。

「貴様はなんだったのだ」
「えっと……あ、末吉だ。微妙な……」

 書いてある内容も、いいこともあれば悪いこともあるからおごらず用心して過ごしなさい、というようなものだった。いいのか悪いのかはっきりしない。とりあえず凶じゃなかっただけでも良しとしたいところだ。
 が微妙な表情になっていると、ギルガメッシュが体を寄せてきた。得意げな顔をしての耳にささやいてくる。

「なに、我とともにいれば貴様も丸ごと大吉であろう」
「え、運勢ってそういうものなの?」
「我と一緒なら運が悪いことなどあるものか。やはり貴様は我とともにあることが決まっているようだぞ、
「ぎ、ギル……」
「まったく、仕方あるまい。運が良いのか悪いのかよくわからん貴様に我の幸運を分けてやらねばな! なに、礼は貴様のくちびるで構わん」

 腰を引き寄せられて、ご機嫌な様子でにすり寄ってくる。運勢がそんな簡単なものとは思えないが、ギルガメッシュが言うとそう思えてくるから不思議である。確かに、ギルガメッシュなら不運も逆境も自分のものにしてしまいそうだ。
 のおみくじをくくりつけて、待っていた両親と合流して帰途につく。
 ゆっくりするつもりが、ギルガメッシュのゲリラ訪問によって一気に慌ただしい帰省になってしまった。

(まあでも、お父さんとお母さんにギルを紹介できたし、特に問題は、まあなかったし……いっか)

 結果良ければすべて良しだ。夜中に盛った時は寿命が縮む思いをしたが、まあばれてないならいいだろう。

「そういえば、ギルはなにをお願いしたの?」
「む、それを他人に明かしては願いが叶わんというのが通説ではないのか」
「え、そうなの?」

 危うく自分の願いごとも明かしてしまうところだった。の願いごとは毎年「事故なく平穏に過ごせますように」だが、隣にいる男のせいで平穏とは程遠いことは確定している。なので、今年は家族みんなとギルガメッシュ、元気に過ごせますように、だ。

「だがまあ、貴様の願いごとはわかるぞ」
「え?」
「顔を見ればな。貴様も我のことなどわかるだろう?」
「ええ……」

 いきなり難問をふっかけられた。ギルガメッシュの考えることは、単純なようで思慮深いところもあり、実はいまだによく分かっていない。ちらりとギルガメッシュの顔を見てみるが、いつものように自信たっぷりに笑っているだけだ。

(あ、でも、ギルなら……自分の望みは自分の力で手に入れるかな? だとしたら……)
「……ギルは、願いごとなんてしない?」

 の答えに、ただ満足そうに赤い目を細めた。まぶたに寄せられたくちびるが答えを物語っている。
 神様に頼るくらいなら自分で望みを叶えてみせる。そのためなら投資も労も惜しまない男だ。
 そんな彼に並び立てるように、今年も頑張らなくては。
 改めて決意を固めたであった。

   ***

 とギルガメッシュが去った後の藤丸家では、の父と母がギルガメッシュについて話していた。

「いやあすごい彼氏だったねえ」
「まあ、仲良いことはいいことよね」
「孫の顔も早く見れそうだしね」

 こっそりしたつもりの情事は、しっかりとばれていた。まあ、銭湯に行ったのにシャワーを使っている理由を想像するとそれしかないのだから、当然と言えば当然だ。

「ほかにも色々とすごい彼氏だけど、は本当に彼についていくつもりなのかな。お父さんちょっと心配だな」
「あら、お母さんはそうでもないけど」
「なんで?」
「だってギルくん、にゾッコン通り越してベタ惚れじゃない。私たちと話してる時以外はずーっとのこと見てたじゃない」
「そうなんだ?」
「そうなの。お母さん見てたの。元々緊張しないタイプなのかもしれないけど、初めて来た彼女の実家であんな堂々と大好きオーラを出せるんだから、たぶん心配いらないわよ」
「へえー、そっか。じゃあ、僕らは孫の顔を楽しみにしてるだけでいっか」
「そうそう」

 と言って、の両親は頷き合った。
 急にど派手な金ぴかが未来の息子として襲撃したにしては、の両親は落ち着いていた。
 金持ちのドラ息子にしか見えないギルガメッシュを割とすんなりと受け入れたのは、両親の前で言い切った宣言のおかげであるし、の母が言う通り、を終始愛おしそうに見つめていたからである。言動にへの気持ちが表れている男を受け入れないわけにはいかなかった。
 平穏無事な年かどうかはまだわからないが、家内安全である年になりそうだと、の両親はぼんやりと思うのであった。




番外編六、スキャンダル・ナイト


(うーん……これは困ったな……)

 ある日のある夜。は困り果てていた。
 は今、ギルガメッシュの仕事関係者が開いたパーティに、ギルガメッシュのお供――秘書として出席している。その会場のトイレで、ちょっと困ったことになっている。
 ちらり、と目の前の個室のドアを眺める。
 ギルガメッシュの秘書となって三ヶ月が経とうとしている。三ヶ月も経てば多少は慣れてくるかと思っていたが、そんなことはなかった。秘書の業務自体は言峰部長と変わらないはずなのに、求められるレベルが高すぎる上に覚えるべきこともありすぎた。取引先の顔と名前、言語、相手それぞれで違う対応、ギルガメッシュのスケジュールの細かさ。シドゥリのお手伝いから始めて、あっという間に三ヶ月が経ってしまった。
 正直頭がパンクしそうではあったが、仕事のことならばまだ耐えられる。まだ頑張れる。
 ちらり、と目の前の白い面を見つめる。
 こういったパーティや夜会に、ギルガメッシュは割と参加するほうだった。ワーカーホリック気味ではあるが、腐っても派手好き。仕事を優先しつつも、月に何度かこういった場へ顔を出していた。秘書であるを伴って。
 秘書の顔と名前を仕事関係者に覚えてもらう一環なのはまあわかる。問題は、ギルガメッシュに目をつけていた女性たちからの嫉妬の視線なわけで。
 会社経営者などセレブな男性が集まる場には、その男性陣目当ての女性が集まる。モデルのような(実際モデルかもしれない)見目麗しい女性が。
 ちらり、と目線を目の前のドアに向けようとしてやめた。白いドアの向こうから、女性たちの声が聞こえてきた。

「はー、まじあのちんちくりんの女邪魔」
「それ。なんであんなのがギル様の秘書? 全然ギル様のタイプでもないしなんなの?」
「頭いいとか?」
「頭が取り柄に見えないんですけど!」
(すみませんねえ顔も頭もスタイルも平々凡々で)

 これだ。ギルガメッシュの隣にくっついているをよく思わない女たちが、敵意をむき出しにしてくるのだ。多くはこうやってギルガメッシュの目が届かないところで陰口を言われたり、足をひっかけられたりわざとぶつかってきたり。嫌がらせにしてはまだ軽いほうだと思うが、それでも積もり積もれば嫌にもなってくる。

「家もフツーの家っぽいし、なんでギル様の隣にいるのかほんとわかんないわ」
「ギル様と比べて月とスッポン以下なのに恥ずかしくなんないのあれ」
「まじそれな!」

 困った。これでは個室から出られない。
 女性たちは、化粧直しをしながらの悪口に花を咲かせている。男性をゲットするつもりで来ているからには早々に直し終えて出ていくと思いたいが、こうも盛り上がっているとどうなるかわからない。ギルガメッシュが機嫌を損ねる前に戻りたいが、どっちが先だろうか。

(もういっそ、このまま帰っちゃうか)

 そんなことできるはずがない。帰るといっても足がないし、ギルガメッシュが烈火のごとく怒り出す。そんなことをするくらいなら、このままトイレにこもっていたほうがまだ後が怖くない。
 だが、そんなことを一瞬でも考えてしまうほどの心は削れていた。
 自分がちっぽけな存在だとわかっているから、自分のことを悪し様に言われても気にしないでいれば大丈夫だと思っていた。超スペックイケメンのギルガメッシュが突然連れてきた日本人が、素住み手もごく普通の一般人。誰もが好奇の目で見ては、文字通りの一般人に失望していく。それも仕方ないことだと思っていた。
 だがそうではなかった。気にしないと思っていても、向けられた侮蔑やギルガメッシュとの関係を勘ぐる下卑た目、心無い罵倒は、確実にの心の底を濁していた。心のキャパシティのふちまで溜まったそれは、ふとした瞬間に溢れそうになっている。

「つらいなあ……」

 声に出てしまっていたと自覚したのは、個室の向こうでやいやい言っていた声が止んだことでだった。あ、やばい。
 ばれてしまってはしょうがない。ここに入ったままでは逃げ場がないので、は渋々個室から出た。案の定、モデルのようなスタイルの美女がふたりしてなんだこいつ、という目をしていた。

「こ、こんばんは」
「…………」

 無視された。

「盗み聞きとか最低なんですけど」
「まじ有り得なくない? これだから田舎の一般人とか嫌なんだよね」
「泥くさいのうつるから近寄らないでくれる? ていうかこういうとこに来ないでよ」
「ていうかよく来れるよねーそんな芋臭さで。家に鏡ある?」
(こわ……)

 が口を挟む間も与えずに交互に罵ってくる。その連携ぶりに思わず舌を巻く。普段は綺麗なんだろうなと思わせる顔が、負の感情によって歪んでいる。言うことも怖ければ顔も怖い。
 このままでは出入口を塞がれたままなので、なんとしても落ち着かせて出ていってもらわなければなるまい。
 だがどうやって。という攻撃対象を目の前にして闘争本能をむき出しにした女は、ますますヒートアップしていく一方である。の反応が乏しいのが気に食わないのか、さらに突っかかってくる。

「無視してんじゃねえよ」
「あ、いや、無視してたわけじゃないんですけど」

 あまりにもふたりの勢いが良すぎて、言ってる意味を理解する間に次の罵倒が発せられていたので反応に困っていただけだ。
 自分を芋臭いだの一般人だのと言われるのはいいが、にパーティファッションを教えたのはギルガメッシュである。小物ひとつとっても彼の目が光っている。ギルガメッシュ自身の身なりに関してはど派手の一言に尽きるが、のファッションに対しては意外な趣味の良さを見せる。この女二人組がそれを知る由もないが、ギルガメッシュの趣味が悪いと言われているようでいい気はしない。

「はあ? まじなんなのこいつ。いちいちむかつく」
「なんか生意気だよね。ここでいっぺんしめとく?」
(しめ……え!?)

 無反応でも反感を買い、しゃべってもむかつくという。今まで生きてきた中でまったく荒事に関わりがなかったでも、しめるの意味くらいわかる。今どきのモデルこわい。
 その発想におののいている隙に二人組が近づいてくる。手を振りかざしたのを見てとっさに両腕を上げると、左腕に衝撃が走った。直後にじんじんと痛み出す。どうやら平手打ちをされたらしい。

「はあ!? なに防いでんのふざけんな」
「うっざ!」
「痛っ……! やめて、放して……!」

 顔だけは守ろうと手でガードしていると、髪の毛をつかまれた。アップにしていた髪はぐちゃぐちゃに乱されてしまった。髪をつかんでいる女の腕を取ろうとしても、別の女が手を伸ばしてくる。どうしても数で不利だ。
 もう、一体なんなんだ。どういう状況なんだ。
 気に食わない、釣り合っていないと言われるのが嫌で、頑張ってきたのに。ここまで頑張っても、いまだになにも言い返せない。
 どうすればいいのかわからない。こんなとき、シドゥリのような頭のいい人だったらどうするのだろう。きっと、角を立てずに丸く収めるのだろう。
 お手洗いに行くと言って、ギルガメッシュの元を離れてから結構な時間が経過している。待たされるのが大嫌いなあの男のこと、今頃機嫌を損ねてなければよいが。
 と、思ったその時だった。

「誰の許可を得て我のものに触れている」

 低い声が響いた瞬間、女ふたりが固まった。油を差されてない機械のようにぎこちない動作で後ろを振り向いた女達は、ど派手な金髪と宝石のような赤い瞳を持つ男を視界に入れ、ひっ、と喉を引き攣らせた。
 表情こそ無表情に近いものだったが、目が機嫌の悪さを物語っている。ぐつぐつと煮えたぎる腹の中を表すように、爛々と光っている。
 女達がギルガメッシュに気圧されてから離れると、ギルガメッシュはへ歩み寄った。女達のことなどもう視界に入っていないのか、一瞥もくれない。

「ギ、ギル! なんでここに……」
「貴様が遅いからだろうが、このたわけ! つまらん連中に絡まれおって」
「う、ごめん……あ、っていうかここ女子トイレ」
「はっ、ここがどこだろうと我は我の行きたいところに行くまでだ」

 と言うと、の乱れた髪を指で梳いて整えた。納得のいくまで整えたギルガメッシュは、よし、とひとつ頷いて、の頭を撫でた。その優しい手つきに強ばっていた体から力が抜け、思わず涙が出そうになった。

「帰るぞ。もうここに用はない」
「え、あ、うん……」

 するりと腰に回された腕に従ってトイレを出ようとすると、たちが動いたことで女たちも意識を取り戻したらしく、ちょっと、などと声を上げた。
 ギルガメッシュが足を止めて首だけを動かした。女たちが声を失ったのが背後から伝わってきた。
 からは見えなかったが、おそらくギルガメッシュは彼女たちを初めて視界に入れたのだろう。冷たい、温度の一片すら含んでないような目で。
 一方的に罵られたり手を上げられたりもしたが、あの女たちが少しだけかわいそうになった。見てほしいと思っている人に、人間とも認識していないような冷たい目を向けられるのは悲しいことだろうに。
 パーティ会場だったホールからエントランスに出ると、生ぬるい風がの肌を撫でた。九月に入ったが、秋とはとても呼べない暑さだ。ノースリーブのドレスの上にショールを羽織っているが、この風を受けていたらショールに汗がつきそうだ。
 ギルガメッシュがエントランス脇に立っていたボーイらしき黒いスーツの男性に目配せすると、彼は足早にこちらへやってきた。の腰から手を離し、少し離れたところで男性に耳打ちするギルガメッシュ。なにを言っているか聞こえなかったが、あの女たちふたりに関することだろうか。
 耳打ちを終えて戻ってきたギルガメッシュに微妙な目線を向けていると、ギルガメッシュの片眉が上がった。

「どうした」
「……いや、なに話してたのかなって」
「ただの業務連絡だ。我のものに許可なく手を出した不届き者がいると知らせただけだ」
「え……」
「なんだ、不満か。安心しろ、もうあのような輩は出入りできん。ここにも、ほかの場所にもな」

 どういう意味だろうと見返すと、にたりと口の端が吊り上がる。

「我が行く場所すべてにあの女たちは出入りできんということだ。我のものに手を出した罪は重い」
「なっ……そこまでしなくても……!」
「貴様に手を上げられて我が黙っているとでも思ったか!」
「今日はたまたま、私の悪口で盛り上がってる時にタイミング悪く行き合っちゃっただけだから! 直接ガチったのはほんと偶然で今日だけだから、ギルがそんなことしなくてもいい!」
「なに!? たまたまということは、今日以外にもこんな不愉快なことが起こりうる可能性があるということではないか!」
「不愉快って……これは私の問題だから! ギルがそんなこと思わなくてもいいの!」

 これは自分の自信のなさが引き起こした事態だと思っていた。もう少し自分の努力が身についていたら、自分がギルガメッシュの隣にいても遜色なかっただろう。だから、としては、これは自分の問題だという意識があった。ギルガメッシュになにかしてもらわなくても、自分が向き合っていかなければならない問題だと。
 空気が震えた。大声を出しているわけでもないのに、ギルガメッシュの怒気がに伝わってくる。思わず後ずさってしまうほど、ギルガメッシュは怒っていた。

「私の問題、だと……? 貴様は、これが自分ひとりの問題だと思っているのか」

 のその発言がそんなに怒るようなことなのだろうか。は本当にわからなかった。

「この、たわけが! 貴様自身に関わることを、己だけの問題だと? 思い上がるな、雑種が!」
「ざ……」

 久しぶりに聞いた単語だ。初めて会った時にそう呼ばれて、恋人になってからは言われることがなかった。いきなり響き渡ったギルガメッシュの大声に、周囲の人々が好奇の目線を寄せてくる。
 呆気に取られている様子のを見て、ギルガメッシュは長い息を吐いた。

「貴様は今まで誰とともに過ごし、これから先を誰と歩むつもりなのだ」
「え、……あ」
「貴様だけの問題だのとよく言えたものだ。貴様の問題は我の問題でもあると言わねばわからんのか、このたわけめ」

 今までと、これから先の未来をともにしようと誓った相手なのだから、自分だけで背負い込むなと、そう言いたいのだ彼は。相手のことは自分のこと。ましてや相手に危害が加えられたとあっては、なおさら黙っていることなどできないのだろう。
 こんなところでも、意外な情の深さを思い知らされる。

「貴様が努力し、自らを高めるのは自分で課したこと。それを重荷に思うのは自由、腐るなとも言わん。努力は百パーセント実るものではなかろう。だが、その先にある約束を忘れることは許さん。貴様だけの問題であれば、我はこんな悠長に待つことはせずに、さっさと貴様を妻にしておるわ」

 がギルガメッシュと一緒にいても胸を張れるように自分をそこまで高めることについては、確かにギルガメッシュはただ待つ身である。今すぐ結婚しようと思えば強引に迫っていそうなものを、なぜ待つのか。
 それでは意味がないからだ。そんな状態で妻にしても、が苦しくなるだけ。を大事に思っているからこそ、待っているのだ。
 胸がつかえた。自分の浅はかさが嫌になってくる。また、自分のことしか見えていなかった。目頭が熱くなってきた。それを見せまいとするかのように、頭を下げた。

「ご、ごめんなさい……! 私、またギルを傷つけて……」
「ふん、ようやく自分の発言の愚かさに気が付いたか」

 鼻を鳴らすギルガメッシュはいつもの彼であったが、が知らず彼を軽んじるような発言をしてしまったのは嫌だったのだろう。先ほどの怒声はそれを表している。

「……私、いつもギルを怒らせてるな。こんな私でも、ギルのそばにいてもいいのかな……」

 か細い独り言を耳聡く拾ったギルガメッシュが、呆れたようにまた大きなため息をついた。両の手のひらでの頬を包むと、そのまま強く顔を挟む。

「いたたたた!」
「た・わ・け! まだわかっておらんようだな貴様」
「いたいいたい! ギル、痛い!」

 が再び涙目になったのを見て、手を離すギルガメッシュ。もはや周囲の人々も目線を外している。こんな明らかな痴話げんか、気にしていては馬に蹴られてしまう。

「時間はかかるだろうと言ったのを忘れたのか。貴様の目標は我にも関係あることはあるが、ある意味では関係がない。我は貴様がどうあろうと必ず我の妻にする。そのままでは耐えられぬと貴様が言うから待っているに過ぎん。貴様が思っているほど貴様の価値は低くないが、まだ足りぬというのであれば待つだけだ。ただし」

 の目尻ににじんだ涙を指先でそっと拭って、静かにを見つめている。赤い瞳の中の一番濃い部分が、一瞬大きく広がった。

「貴様が努力するのは、我の隣でだ。我のそばで、我のために己を研鑽するのであれば一向に構わん。だが、離れることだけは許さん」
「……もし、離れたら?」
「はっ、我から逃げられると思っているのか? 地の果てだろうが海の底だろうが、追いかけて捕まえるまでだ」

 自信満々に言い切られて、は思わず吹き出してしまった。
 こんなに自分の成長を見守ってくれているのに、こんなに愛を注いでくれているのに、腐っていられるか。
 絶対に、絶対に彼に見合う女になってみせる。
 こらえきれずに一筋流れた涙を拭って、は顔を上げた。ギルガメッシュの瞳をまっすぐに見返して、息を大きく吸い込む。

「……わがままを聞いてくれてありがとう、ギル。やっぱり、このままだと私は嫌だから、まだ待っててくれる?」
「なにを今更。我は甘くない、我の満足いくレベルに上がってくるまで時間がかかるのは当然だ」
「うん……その間も愛想を尽かさないで、ずっと好きでいてくれる……? 私を、見ていてくれる?」
「ええい、何度も言わせるな! 貴様に惚れているのだぞ、我は! 我のために努力している女を我が愛さずに誰が愛するのだ!」

 問答に痺れを切らせたギルガメッシュが、ものすごいことを大声で言った。先ほどからのとギルガメッシュのやり取りが痴話げんかであることは疑いないのだが、こんなにはっきりとに愛の告白めいたことを、ごまかしがきかない人数の前で叫ぶとは。目だけで周囲を見渡すと、あからさまにこちらを見てはいないものの、ちらちらと好奇の目が向けられている。

(一応、対外的には秘密なんだけどなあ……でも、まあ、いっか)

 もなんだか細かいことがどうでもよくなって、肩を怒らせているギルガメッシュに抱きついた。もうなんでもいいから、今はこの愛しい彼に想いを伝えたい。

「ありがとう、ありがとうギル……大好き。まだ先になるけど、私がこれなら、って胸を張れるぐらいに仕事できるようになったら、プロポーズさせてください」

 ギルガメッシュの秘書として、シドゥリに引けを取らない働きを見せられるようになったら。その時は、ギルガメッシュにからプロポーズするのだ。サプライズが好きなこの男が満足できるように、シチュエーションも凝らなければなるまい。大変ではあるが、今からその日が楽しみで、待ち遠しい。そのためにも、これ以上ギルガメッシュを待たせないためにも、頑張らなくては。ギルガメッシュは、待つのが大嫌いなのだ。
 ギルガメッシュは、の体をぎゅうっと抱きしめ返した。

「はっ、この我を出し抜こうなどと百年早いわ」

 と言うと、の両頬を包み込んだ。柘榴の瞳がの目を覗き込むと、柘榴の奥の黒が、はじけたように広がった。
 その様子が、なんとも言えず。は呼吸も忘れて彼の瞳に見入ったのである。

「貴様に生きる喜びを教えてやる。我が、貴様の喜びとなってやる。――我と結婚しろ、

 息を忘れたままのに、ギルガメッシュが言った。その言葉を聞いた瞬間から、は息も時間も、周囲にいる他人の動きも、世界のすべてが止まったように感じた。自分をじっと見つめてくちびるを動かしている男と、男から視線も呼吸も、心臓さえも奪われてしまった自分だけ。
 自分の体も全部止まってしまったんじゃないかと思っていたが、こぼれ落ちた涙が頬を濡らしたことで正気に戻った。息も戻って、たちまち顔と全身が熱くなった。

「……負けず嫌いにもほどがある……今はまだ、ってわかってるくせに」
「はっ、我に対して不意打ちしようなどと不遜なことを考えるからだ。貴様からのプロポーズを待つだけの男になぞされてたまるか」

 呆然としながらつぶやいたに、いつも通りの不敵な笑みを浮かべるギルガメッシュ。のタイミングを待つのはいいが、プロポーズを待つのは嫌だから先に自分がしておくという。なんというか、さすがとしか言いようがない。理由は自分がそうしたいから以外にないのだろう。ギルガメッシュだから、はそれだけで両手を上げざるを得ないのだ。

「んもう、ばか……」
「馬鹿ではないわ。貴様に無上の喜びを与える男だ。それで、返事は。疾く聞かせぬか」

 もう自分で言ってしまっているではないかと思ったが、ここは口をはさむところではない。

「まだ時間はかかるけど、その時が来たら。私と結婚して――私の、人生の喜びとなってください」

 満足そうな顔をして、うむ、と頷いたギルガメッシュ。の目尻ににじんだ涙を指で掬って、メイクも髪も乱れてしまったを優しく抱きしめた。言葉こそ少なかったが、の言葉を嬉しいと思っていることが、額に優しく寄せられたくちびるから伝わってきた。




番外編最終話、恋の終わりは、次の恋のはじまり


 パシャ。
 携帯端末のカメラ機能のシャッター音が鳴った。カメラを向けられているは居心地悪く感じて、手にしたブーケで顔を隠した。

「こら、隠すでない」

 当然、端末を構えてカメラを向けていた男――ギルガメッシュから注意が入る。

「いや、あの、恥ずかしいから……」

 頬を掻くと、それすら邪魔だと言わんばかりに手を取られる。そしてまたにカメラを向ける。
 パシャ、パシャ。
 体勢を変え、角度を変え、場所を変えて、無言で撮り続ける。時にはパシャシャシャシャシャシャと連射をする始末。照れないほうがおかしいのである。

「あの、カメラマンさんもいるんだから、そんなに撮らなくても」
「馬鹿者、それはそれとして使用用に必要だろうが」
「使用用……!? なにに使うのそれ」
「なに? こんな時間から言わせる気か?」

 こんな時間からとは。一体なにを言う気だ。言っておくが、この場にはとギルガメッシュ以外にも、の両親やのヘアメイクを担当するスタイリストなど複数人いる。そんな中でいつものノリでどぎつい下ネタはやめていただきたい。
 が引いているにもかかわらず、自分の携帯端末にの姿を収めていく。なにを言われてもやめる気はないようだ。恥ずかしさでブーケを握る手に力が入ってしまう。
 端から見て、なんなんだろうこの図は。
 ヘアメイクが終わって待機する花嫁と、花嫁を一心不乱にカメラに収める金髪のど派手な花婿。
 そう、今日はとギルガメッシュの結婚式である。
 ギルガメッシュが吟味に吟味を重ねたウエディングドレスに身を包んたと、シンプルな白いロングタキシードが逆に本人の華やかさを引き出しているギルガメッシュ。

(いや、正直直視できないくらいにかっこいいから、スマホを掲げてくれてるとありがたい……)

 前髪を撫でつけたギルガメッシュは、白いタキシードをきっちりと着ていると本当にどこかの国の王子様のようだ。黙っていれば、立っているだけでセレブな女性からお金を振り込まれるに違いないルックスである。
 その隣に、今日一日立っている。
 いや、今日一日ではない。もう、今日からずっと、だ。

「あ、あのギル、さすがにもう耐えられなくなってきたんですけど……」

 撮り続けているギルガメッシュに言うと、彼は長い息を吐いての隣の椅子に座った。ちらりと視線を上げると、苦虫を噛み潰したような顔をしていた。

「ギル?」
「化粧やら髪型が崩れるから触れられんのだろう、今の貴様には」
「え?」
「だから気を紛らわせていたのだ。それをやめろとは、つくづく貴様は我の忍耐を試してくる」

 つまり、愛いゲージを突破させて花嫁姿のに触りたくてしょうがないのだが、抱きしめたりキスするのは化粧などが崩れるから写真を撮ることで我慢している、ということだろうか。
 かーっと、顔に熱が上る。

(いや、あの、確かに、そうだけど……!)

 落ち着くためにの隣に座ったギルガメッシュは、衝動をこらえているのか、のほうを見ては視線を外している。化粧で隠しきれないほど赤くなったであろう顔を、ブーケで隠す。

「それを言うなら、私だって……ギルがかっこよすぎるから、すごくどきどきしてるのに……」

 うぐぅ、という唸り声が聞こえてきた。

「貴様ぁ……! 我が忍耐力を駆使してこらえておるのに台無しにするようなことを言うでないわ! 愛いぞ!」

 と言って、の両肩をつかんで顔を近づけてくる。慌てて首を反らしつつ、ブーケをギルガメッシュの顔に押し付けるようにしてガードする。

「わー! だめだめ口紅落ちちゃうから!」
「むっ……!」
「あの、キスは、誓いのキスまで取っておいてもらえると助かります……」
「チッ……その言葉、違えるなよ。披露宴では我慢せんぞ」

 ぎりっ、と音がしそうなほど奥歯を噛みしめて、先ほどよりも渋い顔になった。に関してそんなに忍耐力があるほうではないのに、今は必死で耐えているようだ。そんな我慢とかできたんだと軽い感動を覚えてしまった。と同時に、とても嫌な予感もする。

(あ、これはいかんことを言ってしまったかも)

 この場で格好を乱されるのを避けるためにとっさに出た一言だが、墓穴を掘ったかもしれない。
 挙式は本当に近しい人だけ。披露宴はギルガメッシュの仕事関係も呼んであるが、それも限られた人のみ。それでも、彼らを前にして堂々といちゃつくのは非常に気まずい。今後の仕事に差し支える、が。しかもギルガメッシュのお達しでお色直しは四回もあるので、そのたびに愛いゲージを突破させたギルガメッシュがいちゃつこうとしてくる可能性は十分にある。

(まあ、ギルにとっては待ちに待った結婚式なんだろうけど)

 が秘書になってから早二年。プロポーズは一年余りを過ぎた頃にしたのだが、どうせ式を挙げるならジューンブライトだろうということで、ここまで入籍と挙式を待ったのである。ギルガメッシュはノリノリで結婚式の演出を考えていたのだが、はこの数ヶ月ギルガメッシュのスケジュール調整に苦心したので、すでに結構疲れている。今日が結婚式、明後日からハネムーンということで、かなり調整に苦労した。シドゥリとも情報共有しながらであるし、ギルガメッシュの予定は次から次へと埋まっていく。

(それもこれもハネムーンが一ヶ月もあるからなんだけど……)

 一ヶ月、と離れずに世界をゆっくりと回るらしい。まったく仕事をしないわけではないだろうが、客と会ったり出社はしないのだ。このためにギルガメッシュがしなくてはならない仕事は終わらせて引き継いできたそうだが、トラブルがないわけがないとは思っている。
 舞い込んでくるトラブルを予想して青くなっていると、式場スタッフが呼びに来た。
 いよいよだとギルガメッシュを見ると、ちょうど目が合った。

「やっと堂々とキスできるな」

 と、ギルガメッシュらしいことを言って、立ち上がった。いつでもギルガメッシュはギルガメッシュなんだなあと、緊張しかけた心はいつの間にかほぐれていた。


「病めるときも、健やかなるときも――これを愛し、これを敬い――その命ある限り、真心を尽くすことを、誓いますか」
「――誓います」

 交換した指輪の感触がまだ新しいまま、神父の前で決まりきった誓いを立てる。こういうものはすべて決まり事で、予定通りに進められているとわかっているのに緊張してしまう。両親のほっとしたようなさびしいような顔も、ギルガメッシュの美しい立ち姿も、なぜだか泣けて来てしまうのだ。

「では、誓いのキスを」

 神父の言葉を合図に、とギルガメッシュは向き合った。が膝を折って、ギルガメッシュがヴェールをめくり上げる。向き合って直接彼の顔を見ると、今までのことが次々に思い浮かんできた。
 思いを交わすようになって、思いがけず本気で愛し合った。それ故に一緒にいることが苦しくて、耐えられずにひどく傷つけて離れた。それでもギルガメッシュは諦めずに、と一緒に歩む道を考えて、示してくれた。そして、の成長を待っていてくれた。
 ――もう、彼がいなくては生きていけないくらいに、愛している。
 目を潤ませているに一歩歩み寄ったギルガメッシュが、小さく息を漏らした。

「なにを泣くことがある。念願の日だろうに」
「だ、だって……なんか、色々思い出しちゃって」
「馬鹿め、今日で終わりではないのだぞ。我と貴様の道はまだまだ長いぞ、

 うん、と頷いて、目に溜まった涙を指で拭った。ああもう、化粧が崩れてしまう。こんな時まで決まらないのは、もう生まれついてのものなのかもしれない。
 そんなをじっと見つめて、ギルガメッシュはが顔を上げるのを待っていた。ようやく落ち着いてギルガメッシュのほうを見たの肩をそっとつかむと、身をかがめて顔を近づけた。

「ああ、ようやく貴様にキスができるな。待ちかねたぞ」

 と言うと、なんの遠慮もなく、誓いのキスにしてはえらく情熱的なキスをしたのだった。

   ***

「つ、疲れた……」

 挙式と披露宴を終え、いつものホテルのスイートルームへとやってきたとギルガメッシュ。は朝からの長丁場にへとへとになっていた。ギルガメッシュの希望で、披露宴会場からウエディングドレスのまま部屋へやってきたは、そのままベッドルームへと行き、広いベッドの上に倒れこんだ。先ほど軽い夕食をつまんだので朝からろくに食べていなかった空腹は収まったが、代わりに眠気が出てきた。このまま着替えて寝たい。が、夫になった男はそれを許す男ではない。

「おい寝るな。ここからが本番だろうが」
「本番て……」
「とぼけおって。初夜に決まっている」

 にやりと口の端をつり上げて、ロングタキシード姿のギルガメッシュがベッドに近寄ってくる。寝室の柔らかい光の下にあっても、その赤い目は情欲に濡れて、艶めいていた。

「え、まって、もうするの」
「もう? 散々我慢したが、これでも。式でも披露宴でも、ドレス姿の貴様に触れるたびにいきり立っていたというのに」
「なんで!?」

 そんな情報知りたくなかった。確かにキスをする時――披露宴ではギルガメッシュに近寄るたびにキスされた――やけに熱っぽい息を吐くと思っていたら、そんなことになっていたとは。
 ベッドに乗り、シーツを波立たせながらに寄ってくるギルガメッシュ。逃げられる雰囲気でもない。おとなしく彼が覆いかぶさってくるのを待った。


「ん……」

 熱いくちびるが降ってきた。目を閉じてそれを受け入れ、薄く口を開く。見計らったように熱い舌が滑り込んできて、の口の中をゆっくりと堪能している。広い背中に腕を回して彼を引き寄せると、両手で頬を包みこまれる。
 口が離れると、粘り気を帯びた唾液が糸を引いた。
 オレンジ色の照明を受けて、ギルガメッシュの金髪が色濃く光る。

「ようやく、貴様を我のものにできる」
「ようやくって、わ、私はずっとギルだけなのに」
「それは当然、だがこれからは公然と貴様を我の妻だと見せつけることができる」
(ギル、そんな隠そうとしてたっけ……)

 これまでも結構堂々といちゃついていたような気がするが、それを言うと話がややこしくなるので言わないでおいた。
 ギルガメッシュがの左手を取った。レースの手袋を、指先の緩んだ部分を歯で挟み、ゆっくりと抜き取っていく。細められた赤い瞳と口元がやたら色っぽい。どきりと脈打った心臓の音をごまかすように、空いた右手で口を覆い隠してみる。
 笑んだ吐息を左手の手の甲に感じたと思ったら、ギルガメッシュが今日嵌めたばかりの指輪にくちづけを落とすところだった。
 の薬指に合わせて作った、金の細い結婚指輪。これと対になるものが、ギルガメッシュの左手薬指に嵌められている。彼のものは、男性用らしくのものよりも太めだ。
 この指輪を嵌めるのを、ギルガメッシュは心待ちにしていたのだ。

「この我をこんなに待たせた罪は重いぞ、
「え、それは、うん……待たせて、ごめんなさい」
「ふん、殊勝な言葉だけでは足りん。貴様には罰を受けてもらおう」
「ば、罰……!?」
「なに、酷くはせん。ちょっとした遊びのようなものだ」

 と言うと、ギルガメッシュはタイを解いた。の両腕を取ってひとまとめにして、タイで結んで、の頭上へと下ろした。

「あの、これは」

 要するに両手を縛られてしまった状態である。しかし、これが罰とは一体。

「今宵、反省するまで貴様から我に触れることは許さん」
「え……?」
「さて、貴様がどんな言葉で懇願するのか楽しみだな」

 意地悪げな笑みを浮かべ、ギルガメッシュはタキシードの上着をゆっくりと脱いだ。の上に馬乗りになったまま、見せつけるように。ベッドの脇に放って、次はベストを手にかけた。同じようにゆっくりと脱いで、シャツ一枚になったギルガメッシュは、の足元へと移動した。
 両足の白い靴を脱がせたと思ったら、左足首をつかんで足の指に顔を近づける。

「あ……やだ、そんなとこ、」

 ガーターストッキングを履いたの足の指を、笑んだ口が食べた。

「やだ、そんなとこ汚いからっ……!」
「汚い? ならば我がきれいにしてやろう」
「ひゃ、あ、あっ」

 指の間に舌を差し入れてきた。ストッキングを履いているので舌は奥まで入り込んでこないものの、舌の感触も、唾液で濡れたストッキング地の感触も、くすぐったくてしょうがない。

「あ、だめ、ぇ、そんなとこ、舐めちゃ、ひっ」

 くすぐったさ以上にを苛むのは、ギルガメッシュが自分の足を舐めているという羞恥心だった。一日の汗を洗っていないそこは汚いはずだ。もしかしたらにおっているかもしれない。そんなところを、あのギルガメッシュが見せつけるようにして足を舐めている。羞恥心が、くすぐったさを別のものに変えている。
 足の指を舐め終わったギルガメッシュは、足の裏に取り掛かった。ことさらゆっくりと敏感な足裏を舐められ、くすぐったさで足をじたばたと動かす。

「やあっ……! ん、あっ、ギル……!」
「こら、暴れるでない。大人しくせんと歯を立ててしまうかもしれんぞ」
「ふ、う……!」

 そうは言っても、暴れたくて暴れているのではない。くすぐったさから逃れたくて、勝手に足が動いてしまうのだ。舌が這うたびにびくびくと動くの足を押さえ、土踏まずにキスをしてギルガメッシュのほうを向かせると、舌をわざと長く出して舐めた。その淫靡な光景をもろに見てしまったは、羞恥に顔を赤く染めながらも、目を離せずにいるのだ。
 足の裏が終わると今度はふくらはぎへ。ふくらはぎの次は膝、膝裏、太もも。つま先から順にの下肢を舐めていった。
 左足が終わり、やっと解放されると思ったのもつかの間、左足を下ろすと今度は右足をつかんだ。

「や、もうだめぇ……! 足なんか舐めないで、あっ」

 の声にもお構いなしだ。行為自体はゆっくりで丁寧なものなのに、その実の言うことはまったく聞き入れない横暴なもの。の口が嫌がるのを楽しむように足を舐めていた。
 右足を舐め終わるころには、の息はすっかり上がっていた。ギルガメッシュが両足を大きく開かせると、白いドレスの下の下腹部があらわになる。白いレースのパンティと、白いガーターベルト。レースのパンティにあるものを発見して、ギルガメッシュの低い笑い声が上がった。

「この染みはなんだろうな、よ」
「ひゃっ……! や、だめ、見ないで……」

 パンティのクロッチ部分には、染みができていた。湿り気を帯びていて、が感じてしまった明らかな証拠である。その染みを人差し指でつん、とつつくと、の腰がはねた。の顔は羞恥と興奮で火照り、目は淫らに濡れている。ギルガメッシュから笑いがこぼれるのも無理はないことだった。

「我が目を付けた通り、貴様は淫乱よなあ。ここはあとで可愛がってやる」

 そう言って、の下半身から上半身へと視線を移す。体の脇にあるドレスのファスナーを下ろし、ドレスを脱がしにかかる。袖がないドレスはあっという間に足を通り、ベッドの脇へと放られた。身に着けているのはコルセット、ガーターとパンティ、ストッキング。下着姿に降りてくるねっとりとした視線が恥ずかしくて、思わず目をつぶって顔を背けた。

「なにを恥ずかしがっている。下着姿どころか全裸でさえ勝手知ったる仲であろう」
「そ、そうだけど……ギル、視線が、えっち……」
「当然だろう。花嫁姿の貴様を散らすのは、この初夜が最初で最後だからな。目に焼き付けておかねばなるまい。……」
「あっ……!」

 鎖骨にギルガメッシュのくちびるが押し当てられた。デコルテに赤い鬱血を残しつつ、両手を上げた体勢のせいでむき出しになっている腋を舐める。唾液でドロドロにしてからそれを音を立てて吸うのが、以前にもあったギルガメッシュのやり方だ。あの後、腋が好きなのかと訊くと、隠されているところがむき出しになっているといやらしいだろう、と返された。腋自体は特に気にしていなかったが、隠されているものが露わになっているのがぐっとくるらしい。
 今夜も同じだ。普段袖で隠されている腋がドレスであらわになっていたから、この男としては興奮したんだろう。ぴちゃぴちゃと舐めた後に吸い上げ、たまに軽くついばむようなキスを腋にする。

「まったくいやらしい腋よなぁ」

 そこをいじっているうちに興奮したのか、煩わしそうにシャツのボタンを外し始める。上着やベストとは違って手早く脱いだシャツは、やはりぞんざいにベッドの外へと放られる。ギルガメッシュのたくましい上半身が、の目に入ってくる。
 たくましく隆起した胸筋、割れた腹筋、太い二の腕、筋を作る前腕。
 もう見慣れたと思っていたのに。ギルガメッシュがを見つめているのと同じように、も彼の体をじっくり見ると、胸が苦しくなってきた。どきどきと、心臓がせわしない。
 腕を縛られているのが、急にもどかしくなってきた。これでは、彼に触れられないではないか。
 もぞ、と手首を動かしてみても、タイは解けそうにない。きつくもなくゆるくもない、不思議な感じで縛られている。

「あまり動かすと痕になるぞ」
「ん……だって、ギル……」

 これを解いてほしい、と目で訴えかけてみるが、ギルガメッシュはどこ吹く風だ。の視線には気づかないふりをして、コルセットに包まれた胸へと手を伸ばした。

「さて、そろそろこれも脱がさねばな」
「ギル、っ……」

 白々しくそんなことを言って、コルセットのホックを外していく。これはいつもの言わせるパターンだ。の口から具体的な単語を言わせたいがために、あくまですっとぼける気だ。先ほどどんな言葉で懇願するのか楽しみ、などと言っていたのはこの状況を指していたのだ。
 コルセットが取り払われ、まろび出た乳房と腹部を愛おしそうに見つめるギルガメッシュ。手のひら全体で触れた乳房にキスを落として、もう片方の乳房も同じように愛撫する。硬くなって勃起した乳首はつまんで、ちゅう、と短く吸い付いては離れるということを繰り返していた。

「あっ、やぁんっ」
「ああ、愛いぞ。ここを吸われているときの貴様は一段と女の顔をする」

 興奮を抑えきれなくなってきた様子で、べろべろと谷間にも舌を這わせてくる。両の胸を交互に口に含み、胸全体を濡らすようにして舐めている。その間、手はの腹をゆっくりと撫でていた。特に、下腹部――子宮の上を。

「あ、あんっ、ギル、あっ……!」
「今宵、この腹の中に我の子を宿すのだな」
「こ、よい……?」
「今宵だ。なんのためにハネムーンを明後日からにしたと思っている」

 顔を上げたギルガメッシュが目を細めた。この上なく艶を含んだ赤い瞳がを捉える。

「明日まで時間はたっぷりある。受精するまで寝かさんぞ、
「なっ……! じゅ、受精って、そんなのわかるわけ」
「十分すぎるほど注げばどれかひとつは当たるだろう。今宵でなくともハネムーンもある。一か月間、毎晩注いでやるぞ」
「そ、そんなの死んじゃう……」
「やっと手に入れた嫁を死なせるわけあるまい」

 などと言っているが、これまでの事例を考えると説得力に欠けていた。いつも盛り上がって抱き潰す寸前までやるではないか。
 の不満そうな視線も受け流し、唾液で濡れた口元を舌で拭うギルガメッシュ。やはりに見せつけるようなゆっくりとした動きは、にとってもはや目の毒に近い。
 ギルガメッシュの頬に、形のいいくちびるに触れたい。触れてキスをして、その胸に、腕に、体に触れたい。
 ギルガメッシュは今宵のの全身を愛そうとしている。全身くまなく触れて、キスをして、舌で味わっている。
 しかし、そこにはの意思はない。

(私だって、ギルに触れたい……愛したいのに……!)

 頭上にある両腕に力を込めるが、やはり解ける気配はない。もどかしくてどうしようもなくて、焦りとも苛立ちともつかない感情が胸を焼いた。

「ギル、お願い、もうこれ取って」

 腹を舐めていたギルガメッシュが顔を上げた。こんな簡単な言葉では動いてくれないのか、の顔を覗き込んでいるだけである。

「ねえ、もうやだ……私だってギルに触れたいよ。私からギルに触りたいし、キスだってしたい……お願い、ギル……!」

 もどかしさのあまりに涙が出てきた。こんなのあんまりだ。よりにもよって、初夜にこんなことをしなくてもいいのに。罰だと言っていたけれど、それにしたってひどい。にだって、ギルガメッシュが欲しいという欲望があるのに。
 笑い声を低く漏らしながら、ギルガメッシュが腕の拘束を解いた。手首に痕が残っていないか確認しつつ、縛られていたところにキスを落としている。

「我を求める姿、胸と下半身に来るものがあったぞ。パシャっと出来るものならやっていたところだ。泣かせるつもりはなかったが」
「ばか、ギルのばか」
「そう言うな。我をここまで待たせた罰だと言ったであろう」
「……うん、ごめん、こんなに待たせて」

 ギルガメッシュの両頬に触れると、の手に擦り寄るようにギルガメッシュが顔を動かした。でっかい猫みたいだなと、なんだかおかしくなった。
 彼の顔を引き寄せて、薄く開いたくちびるに自分のそれを寄せる。舌を差し入れるとすぐさま迎えが来て、ふたりの口の間で舌を絡め合った。

「ん、ギル、好き……」

 ちゅ、ちゅぱ、と啄むキスと、舌を絡め合う濃厚なキスを繰り返す。いつの間にかギルガメッシュの体は完全にの上にかぶさっていて、もその背中に腕を回して肌をまさぐっていた。
 太ももに当たるベルトが邪魔になってきたは、キスをしながらギルガメッシュのベルトに手をかけた。それに気づいたギルガメッシュも、片肘をついて体を支えながらもう一本の手でを手伝う。少し手こずりながらもベルトを外し、ギルガメッシュは下半身に身につけていたものを一気に脱いだ。
 弾み出てきたギルガメッシュの性器はこの上なく猛っていて、赤黒く充血していた。
 ギルガメッシュがのパンティを下ろすと、今までの執拗な愛撫ですっかり溶けた秘部があらわになる。もう待ちきれないといった様子でそこに吸い付いた。

「ひゃあっ、あ、ああっ」

 じゅるじゅると舐めしゃぶっては吸い付いて、また敏感な突起を舌でこねる。腰を浮かせて快楽に耐えるが、こんなに容赦なく刺激されてはひとたまりもない。はあっという間に軽い絶頂まで押し上げられ、体を痙攣させた。

「あっあああっ」

 絶頂の息も整わぬうちに、の中にギルガメッシュが押し入ってきた。性急に中を進んできた肉棒は、すべて収まりきるや否や律動を開始する。の腰を掴んで膣奥を打ち付ける行為には、先ほどまでの余裕がない。

「あっ、ああっ、ギ、ル、はげしっ……!」
……!」

 そういえば、初めてギルガメッシュに抱かれたのも、この部屋だった。
 ギルガメッシュの色仕掛けにすっかりはまり、とにかく持て余した体をどうにかしたくて、ギルガメッシュの誘いに乗っただけのつもりだった。
 それがいつしか、ギルガメッシュを好きになって、愛して、苦しんで、離れて。また歩み寄って、愛し合った。

「ギル、好き、愛してる、ずっとずっと、愛してるの、ギル……!」
「っ、っ!」

 ギルガメッシュのほうへ手を伸ばすと、その手を握られて、覆いかぶさってきたギルガメッシュに強く抱きしめられた。もまた彼にしがみついて、激しい腰の突き上げに耐える。
 好き。愛している。
 今日から夫婦となって、いずれ家族になる。家族になっても、この心はきっと、彼に恋をし続けるんだろう。
 変わらない愛、変わらない心など不確定だ。
 ならば、いつも新しい恋を、いつまでもギルガメッシュに――
 お互いの名を呼び合って、ともに高みへと上り詰める。
 手を取り合って、体とくちびるを重ね合って。
 愛を確かめ合うには、夜は短すぎる。

「あっ、や、あん、ギルぅ……」
「ん、……まだだ、まだ寝るには早いぞ。もう一度だ」
「ん、はあ、ギル……」

「はっ、はあっ、あ、やだ、も、だめぇ……!」
「はーっ、ん、……わんわんの次は、おうまさんだぞ」
「まって、だめったらぁ……! あ、ああんっ……!」

「……も、むり、しんじゃう……」
「ん、そうか……ならば次で一旦休むか」
「次、って、や……! あっ、むりって言ってるのに、ひゃあっ……!」

「あっ、あうっ、も、だめ、だめに、なるのぉ……ああっ……!」
、っ、くうっ……!」
「また、びゅーって、なかにぃ……も、だすのだめぇ……」

 ――夜は、短すぎるようだ。

   ***

 翌日。
 空の玄関口たる空港のロビーには、ぐったりしたとお肌つやつやのギルガメッシュがいた。ギルガメッシュは普段より機嫌が数倍いい程度で、あとは普段と変わらない。しかしは今にも寝入りそうなほど眠たそうにしている。まぶたを動かすのも気だるげな様子で、それでもハネムーンに向けてしっかりせねばとかろうじて意識を保っているようだった。
 それもこれも、一昼夜に及ぶ初夜のせいである。思春期の中学生男子のように元気なギルガメッシュの子作りに付き合わされ、精も根も尽き果てている。

「信じられない……ほんとに一日中えっちするなんて……」
「貴様相手に抑えろというほうが無理難題だ。前後不覚になっても反応する貴様の体が悪い」
「い、言いがかりだ……! 初夜だからって、なにもあんなにすることないと思います……おかげでろくに準備もできなかったし、お土産リストも作れなかったし」
「ふ、まったく貴様はいつまで経っても不詳の秘書よな。安心しろ、我が荷物の準備もお土産リストも完璧に用意させてある。現地の我の所有するホテルにまとめて送ってある」
「え、誰に」
「シドゥリだ」
(ごめんシドゥリさん……本当にごめんなさい……)

 シドゥリとて忙しいのに、仕事でもないバカップルのハネムーンの準備などさせてしまって罪悪感が半端ではない。当然のようにシドゥリを私的なことに使うこの男は、少し反省すべきである。無尽蔵の精力も含めて。
 行き交う人の話し声とキャリーケースを引くプラスチックのタイヤ音、アナウンス。それらが混ざってざわざわと騒がしいことこの上ないが、妙に心地よいのは、ギルガメッシュが隣にいるからだろうか。
 ギルガメッシュといえば、青いシンプルなシャツにベージュのボトム、足元はスニーカー、そしてサングラスという、かなりラフな格好である。バカンススタイルに身を包み、ご機嫌な様子での肩に手を回し、髪を弄んでいる。時折うなじを撫でるタチの悪い指先はそのままにしている。なにせ体がだるいし、こんなにご機嫌な彼と一緒にいるのはとしても嬉しいのである。

「仕事以外で空港に来るの、なんか変な感じ」
「最近は仕事が増える一方であったからな。これからはバカンスも取らねばなるまい。もう我も所帯持ちだからな」
「そのスケジュールを調整するのは私なんですけど?」
「細かいことは気にするな」

 ちゅ、と頬に軽いキスをもらった。じわりと顔が熱くなっていくのを感じ、キスされた頬に手を当てた。この優しいくちびるの感触には、恋人になる前からめっぽう弱い。

「ま、いっか……」

 これからギルガメッシュとずっと一緒にいるのだ。彼が言う通り、細かいことを気にしていては身が持たない。

「そっか、私、もうずっとギルと一緒なんだなあ……」

 結婚して夫婦になったということは、これからずっとそういうことなのだ。しみじみとつぶやくと、ギルガメッシュが上機嫌に喉を鳴らした。

「そうだ。これからずっと、それこそ何十年とともに生きるのだ、
「うん……」

 頭をギルガメッシュの肩に預けると、回された腕に力がこもった。体温がくっついた場所から伝わってくる。

「幸せだなあ……」

 こんなふうに時間を気にせずにお互いの体温を感じられるなんて、幸せ以外のなにものでもない。

「挙式もした、愛の巣はハネムーン中に出来上がる。あとは子供だな。一年後にはひとりめだ」
「い、一年後ですか」
「まずはな。子供は宝、何人いてもいい。子供とてひとりではさびしかろう」

 ギルガメッシュの頭の中では、幸せ家族計画がもうかなり出来上がっているようだ。この口ぶりだとは何回孕まされるのだろうか。としても子供は欲しいが。
 時間だ。ゲートが開かれる。ファーストクラスからの搭乗になる。ギルガメッシュは先に立ち上がると、に手を差し出した。

「あ、ありがとう」
「寝ていてもよかったのだぞ? 我が抱いて搭乗してやったものを」
「いやいや起きてるから! お気遣いありがとう! 大丈夫です!」

 なんて恥ずかしいことを考える男だ。眠たくて仕方なかったが起きていてよかった。の矜持は保たれた。
 ロビーのガラス張りの壁から見える外には、快晴の空が広がっていた。六月に入って梅雨入りするかと思っていたが、前線はまだこちらにはやってきていないようだ。
 差し出された大きな手を取る。手を乗せた瞬間、ぎゅっと握られる。
 ――この手を、これから先、離さないように。
 これからもこの手を、彼を捕まえられる自分でありたい。

「行くぞ、
「――うん!」

 ギルガメッシュが、をここまで連れてきてくれた。
 これからは、ふたりの道をふたりで、手を取り合って歩んでいくのだ。
 外には抜けるような青い空が広がっている。人生初の空の旅は、ハネムーン。
 体を重くしていた眠気は去って、この空のように晴れやかな気分だった。ぎゅっと手のぬくもりを握ると、ぎゅうっと握り返された。
 そのことが、なんだか知らないけれど底抜けに嬉しくて、は幸せがにじんだように顔をほころばせるのだった。



終わり



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