イエスイエス枕


 とギルガメッシュが長期の新婚旅行から愛の巣──新築の豪邸に帰って来てから数日経った。
 都心の一等地に建った愛の巣は、やがて生まれるであろうふたりの子供のことを考えて作られてある。今ある部屋数はとりあえず五人分。子供五人も作るの、と聞くと、増えたらまた家を作ればいいと、微妙に噛み合ってない返事を返された。金持ちの発想に半分呆れるとともに、冗談ではなく毎年のように孕まされるのではないだろうかとおののくである。
 そんなを抱き寄せてギルガメッシュが言うには、

「中に出されるのが一番好きだろう、貴様は」

 ということだった。

「そ、そんなわけ……!」
「あるだろう。いつも情事の最中に中に出してと請うではないか」
「うう……そんなこと言ってたっけ……? えっちの時は、気持ちよくてなにがなんだかよくわかんなくなっちゃって……」
「ということは本能で我の子種を欲しがっているということではないか。まったく、淫乱な新妻よな」

 ご機嫌なギルガメッシュにはなにを言っても無駄だった。機嫌がいいと、どんなことでも自分にとっていいように捉えるスーパーポジティブ人間なのである。

(ま、いっか……)

 首元に擦り寄ってくるギルガメッシュを撫でてあやしながら、は考えることを放棄した。このように常人でははかりかねる思考の持ち主なのだ。細かいことを気にしていては身が持たない。
 この広い家で留守がちなギルガメッシュを待つのはさびしいだろうが、それも子供が生まれたら違ってくるのかもしれない。
 そんなある日のこと。
 朝一番に発情したギルガメッシュに襲われ、朝エッチを済ませた後に遅い朝食を取っていた時のこと。

、あれはなんだ」

 がキッチンからコーヒーを入れて戻ってくると、ギルガメッシュがテレビを指さした。見ると、新婚夫婦をゲストに呼んでトークを繰り広げるバラエティ番組が放送されている。ギルガメッシュが問うているのは、その番組の名物といってもいいほどのグッズであった。

「ああ、イエスノー枕だね」
「なんだそれは」
「枕の表裏にイエスとノーが書いてあって、今日はイエスかノーかって意思表示をするグッズ……だったと思う」
「ふん? 要するにセックスするかどうかの確認のアイテムか。そんなもの、ずばり聞けばよいではないか」

 まだるっこしいことが嫌いなギルガメッシュが、不思議だと言わんばかりに眉をひそめた。確かにギルガメッシュは、こと性生活においてかなりわかりやすい意思表示をするので、こういったアイテムが必要になることはないだろう。だが、日本人の全員がギルガメッシュのようではない。

「ま、まあ恥ずかしいって人もいるってことじゃない?」
「ふむ、貴様のようにか?」
「わっ、私……!?」
「違うのか? では次は貴様からセックスに誘われると期待しておくか」
「わーわー! ごめんなさい私が悪かったです! 恥ずかしいです!」

 が真っ赤になってギルガメッシュの腕を揺さぶると、逆に腕を取られて抱きしめられた。

「なんだつまらん。いいのだぞ、いつでも我を誘え。いつ何時でも応えてやろう」
「うう……まだギルのペースについていくのが精一杯だから……そんな、誘うなんて……」
「まったく、淫らな体をしている割に体力がないな貴様は。もっと体力をつけるがいい」
「え、えっちな体になったのは、私のせいじゃないもん……」
「その言葉はセックスが好きだと言っているようなものだぞ」

 喉を鳴らして笑うギルガメッシュになにも言い返せなくなったは、真っ赤になった顔を隠すようにギルガメッシュの胸に埋もれた。そんなを力いっぱい抱きしめてやるギルガメッシュ。やがて息苦しくなった妻が顔を上げると、そのりんごのような頬を夫がぺろりと舐めた。

「しかし、イエスノー枕か。日本人は面白いものを作るな……」

 と、ぼそっとつぶやいたのを聞いて、まさか買うつもりなのだろうかと思っていたが、特にそんな素振りもなく。なんの音沙汰もないまま日が過ぎて、またギルガメッシュが海外へと発った。
 そして、数週間後の夜。
 ギルガメッシュが帰国し、空港まで迎えに行った帰りに夕食を取り、自宅へと戻ってきたふたり。リビングには見覚えのないダンボール箱がある。ハウスキーパーが受け取った荷物だろうかと思っていると、ギルガメッシュがそれを手に取り、開封しはじめた。
 取り出したものを見て、はぎょっと目を見開いた。

「それ、なに……?」
「見てわからんのか」
「イエスノー枕、みたいに見えるけど……」
「半分正解だ。しかしこれはな」

 ギルガメッシュがイエス面をひっくり返すと、そこに記されていたのは、またしてもイエス。

「イエスイエス枕だ」
「……え? ノーは?」
「我と貴様にはノーなど必要なかろう」
「はい……!?」
「我はいついかなる場合でも貴様をその気にさせられるからな。身体的不調以外でだが」

 大層な自信である。イエスイエス枕を抱えてニヤニヤと笑っている顔に向かって否定したいところではあるが、過去の経験からその気にさせられっぱなしなのは自分がよくわかっていた。得意満面な顔に腹が立つが、に反論できる要素はなかった。

「うう……私に拒否権はないんですか……」
「身体的不調以外は、と言ったであろう」
「それって体調悪い時以外はなにがなんでもえっちするってことでは……!?」
「よいぞ、拒めるものなら拒んでみろ。その時は」
「ちょ、ギル、んっ……!」

 ギルガメッシュがいきなりのくちびるにキスをした。舌をねじ込んだ後は優しく中を擦り上げて、尻に回した手で柔らかい肉をゆっくりと弄んでいる。の下腹部に股間を押し付けると、芯を持ち始めたものが当たった。舌を通して流し込まれた唾液をが飲み込んだのを確認すると、ようやくギルガメッシュがくちびるを解放した。
 濡れた口を舌で舐めながらの顔を見る。くつくつと低く笑う。

「その気にさせるだけだ。こんなふうにな」
「〜〜……っ!」
「ははは、そんな淫らな顔で睨んでもねだっているようにしか見えんぞ」
「……ギルのばか」
「なんだ? 今すぐセックスしたい? 日本へ来てすぐにねだるとは、まったく性欲が強い妻よな。よかろう、妻の求めに応えるのも夫の務めよ」

 の口答えを封じるようにガバッと抱きつくと、ソファへと押し倒すギルガメッシュ。抵抗しようにもすぐさまキスでくちびるをふさがれ、上顎を舌先でなぞられてしまい、の体にはちっとも力が入らなくなってしまった。
 ちゅ、とくちびるに吸い付いて顔を離したギルガメッシュは、妻の潤んだ瞳を覗き込む。

「日本では、新婚の夫は家に帰ると食事や風呂よりも先に妻を食べるのが慣習なんだろう?」
「……もう食事済ませてるけど」
「細かいことは気にするな」
「んもう……」
「で、返事は」
「……………………ベッド、行く」

 真っ赤な顔で小さくつぶやく。ギルガメッシュはの返事などわかりきっていたようで、が言い切る前に体を抱きあげていた。



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