「君を愛するきみ」の再録本に掲載した書き下ろし部分4話。
注意書きをお読みになってから絶対に自己責任でご覧ください。
・これはFGO第一部終了時点に書いたもので、第二部の内容と異なる捏造が多々ある
・バッドエンドではありませんがハッピーエンドでもありません
・最終的に死ネタ




目次
序、新婚さんいらっしゃい(R-18)
破、ふたりぼっちの結婚式
急、兆候
終、黄金の光



序、新婚さんいらっしゃい


「ふん、王の居住まいとしてはまったく狭苦しく質素なものだな。天才といえど、王たる我の感性までは推し測ることはできなかったか」
「いや、ふたりで住むんですからこれぐらいで十分……ていうか、立派なものじゃないですか」

 ふたりの新居を前にしたキャスター・ギルガメッシュがふんぞり返る。一般人であるから見れば、新居は十分過ぎるほどに広く思えた。ごく普通の平屋建ての一軒家。核家族でも住んでいそうな佇まいである。ダヴィンチちゃんが用意してくれたこの一軒家に、今日からと、恋人でありサーヴァントであるキャスター・ギルガメッシュが住むのだ。

「まあ、このような豚小屋も我がいるだけで王の居城となるだろう。王の中の王である我は建築学も修めておるゆえ、増築など造作もないことよ」
「荷物だって少ないのに、なんで増築する気満々なんですか!?」

 ここは日本のとある地方、市街地郊外。山の麓にあるのどかな、はっきり言うと田舎と呼べる土地。その土地に、なぜこの二人が住むことになったのかというと、話は簡単なことだった。
 人理継続保障機関フィニス・カルデアは凍結ののち解体。人理修復を成し遂げたマスター・藤丸は、封印処理とすることが魔術協会で決まったのである。正式な発表を受ける前に、ダヴィンチちゃんらが放っていた密偵によって知らされたは、ギルガメッシュとともにカルデアを出奔したのだ。
 こうなることを想定し、あらゆる準備を行ってきたダヴィンチちゃんやカルデアスタッフたちのサポートを受け、当面の資金と生活物資を持たされ、ふたりは夜逃げ同然でカルデアを後にした。

『これぐらいしか用意できなかったけど、まあ、君たちならなんとかなるだろう。甘く楽しい新婚旅行にでも行っておいで』

 最後に見たダヴィンチちゃんの顔は、いつも通り笑っていた。マシュの顔を見られずに出てきたことが心残りであった。
 魔術協会への報告では、人理修復はドクター・ロマニの尽力によってされてきたこととし、藤丸はただサーヴァントをつなぎとめるだけの存在としていた。の封印指定を免れるため、あらゆるデータを書き換えた。たとえそれが、のしてきたことを踏みにじることであっても。彼女を守るためならばと、カルデアのスタッフは偽りの報告をしたのだ。
 しかし、それを鑑みてもレイシフト適性百パーセント、契約したサーヴァントは両手の指をはるかに超える数であったことで、封印指定となったわけである。
 そうなった時のために、の逃亡のための資金や住まい、妨害工作など、考えうる準備をしてきたのだという。は突然やってきた仲間との別れを悲しむ間もなく、追われる身分となったのだ。

「案ずるな、金なら我が稼いできてやったではないか」
「あれは稼いだっていうんですかね……」

 カルデアを出たふたりがまずしたことは、魔力供給の効率をあげるためにパスを繋ぎ直すことだった。つまりは性行為なのだが、まあこれはいつもしていることなので割愛する。カルデアの電力で補っていた魔力供給は、カルデアを出れば当然受け取ることができない。マスターの魔力を頼るしかない。であるなら、パスは深く繋がっていたほうが魔力を効率よく受け取れる。の魔術回路、魔力量がそれほど多くないことを考えてのことだった。
 それからふたりは、ラスベガスへと飛んだ。ダヴィンチちゃんの言っていた新婚旅行とは、そのままの意味だけではない。逃亡先の住まいにまっすぐ向かっては、簡単に足が付いてしまうため、旅行がてら世界各地を飛び回って行方をくらませ、という意味も含まれている。それをして新婚旅行と言ったのだ。
 資金を稼ぐために、ギルガメッシュは手っ取り早くカジノへと向かった。成人したてで尻込みするを引き連れ、あっという間にひと財産築いてしまった。黄金律ってこわい、は改めてそう思った。
 それから、魔術協会の本拠地であるロンドン――ひいては西欧以外の世界各国を、が行きたい、見たいと思う限り漫遊して回った。その行く先々で競馬などの賭け事で一儲けし、余りあるほどの金を稼いだふたりは、一年ほどかけてダヴィンチちゃんの用意した住まいへと向かったのである。
 逃亡先がの生まれ故郷である日本とは意外だったが、ともあれ今日からやっと定住である。家具などはもうそろっている。手荷物を運び入れ、軽くホコリをぬぐってから荷解きを始める。手荷物は少なくとも、ギルガメッシュの宝物庫にしまってある荷物を含めると、それなりの量になる。せっせと収納していった後、とりあえず今日明日の食料を買い、再び家に戻ってきてみれば、もうすっかり日が落ちていた。

(うーん……夕飯なににしよう……)

 カルデアに入局する前は、チャーハンや焼きそば、パスタなど、軽い調理ならばしたことがある。カルデアでは娯楽目的以外調理の必要がなく、また、イベント事以外ではそんな時間もなかったため、カルデア入局後はとんと調理の機会がなかった。つまり、上手くできる自信がない。
 ギルガメッシュのことだ、絶対に舌が肥えている。旅行中も、がおいしいと思った料理でも、彼はまずいと思ったら二度と口をつけることはなかった。そんな彼に、完食してもらえるような食事を作る自信はなかった。
 サーヴァントであるから特に食べなくてもいいのだが、カルデアを出てから魔力の供給源はだけである。自身、魔力の量も魔術回路の数も多くない。十分な魔力を確保するためには、食事や睡眠の必要がある。宝具を使わなければ、絶対的に魔力が足りないということはないのだが、基本的に燃費が悪いのはアーチャーでもキャスターでもほとんど変わらない王なのであった。

(うーん……まあ、やっていくしかないし、ほかに作る人もいないし、王様にはまずくても我慢してもらうしかないよね……)

 今日は疲れているが作るしかない。まさかインスタント麺などギルガメッシュが食べるわけがない。軽く作れるものにしよう。そう思ってオムライスを作ることにした。カルデアに来る前に何度か作ったことがあるし、エミヤやタマモキャットが作っているところを何度か見たことがある。彼らのように手際よくはできないが、食べられないものにはならない……はず。
 玉ねぎなどの野菜をみじん切りにし、フライパンにバターを引いて炒める。買い出しに出かける前に炊いておいた白飯を入れて、ケチャップ等の調味料を入れて味付けする。ケチャップの赤が全体に行き渡ったころに、調理中のにおいを嗅ぎつけてギルガメッシュが台所にやってきた。

「ふむ、オムライスか」
「あ、王様。もうちょっとかかるから座って待っててください」

 の後ろに立っているギルガメッシュの気配を感じつつ、調理中なので振り返らずにそう言った。なにも返答が返ってこない。待たされるのが酢豚の中のパイナップルより嫌いな王様のこと、待てと言われて機嫌が悪くなったのかもしれない。もう少し手際よく作れるようにならなければ、と思いつつチキンライスを炒めていると、不意に尻を撫でられた。

「ひゃっ! ちょ、なに、王様?」

 尻を撫でた手は、ゆっくりと双丘の形をなぞるように動いた後、の腰を絡めとった。

「なに、夫のために台所に向かう妻の姿にそそられたのでな」
「つ、妻って……」

 式を挙げたわけでもない、ギルガメッシュはサーヴァントだから入籍もできない。正式に婚姻関係にあるわけではなかったが、たまにギルガメッシュはこんなことを口にする。そのたびに、わけもなく胸が騒いでしょうがない。
 戸惑うをよそに、ギルガメッシュは両手をの腰に回して体をまさぐってきた。片手は胸のふくらみをやわやわと揉み、片手はスカートの裾をたくし上げ、下着の上から股間をいじってくる。その素早くもねっとりとした手つきに、は後ろを振り返る。ギルガメッシュは口の端をつり上げて目を細めている。情事の前の、いつもの顔だった。

「んっ……ここで、本気でするの……?」
「しない選択肢があると思うか?」
「っ……でも、ごはん、作ってるとこ、なのに……んっ……」

 の口を封じるように、くちびるがかぶさってきた。舌での口内を犯すかたわらで、コンロの電源を切って加熱を止めたギルガメッシュは、これでいいだろうと言わんばかりに行為を進めてくる。口の中を物色する舌が、卑猥な水音を立てる。胸を包んだ手は、指で先端のあたりを爪弾く。下着の上から尻たぶをつまんだり、突起をかすめたりしていたほうの手は、下着をずり下ろした。

「あ、王様、ほんとに、こんなとこで、んっ……」
「先に貴様からもらおうか、
「は、んっ……」

 と言って、またくちびるを重ねる。舌を絡ませの唾液を吸い上げる一方で、下着を下ろされて邪魔するものがなくなった秘部を指でいじる。ギルガメッシュの指、くちびる、舌、におい、そのすべてに反応するように躾けられた体は、台所なんかで、と思う心とは裏腹に準備を始める。スカートの下から、すぐに粘着質な音が聞こえてきた。

「んっ、王、様……ベッド、行きたいっ……」
「あちらはまだシーツも敷いておらんだろう。なに、貴様は我に尻を突き出しているだけでよい」
「ひゃっ! あ、あ……もう、入って……!」

 ぐっと腰を引かれたかと思うと、いつの間にか前をくつろげたギルガメッシュが性器を入口に擦りつけ、ずぶずぶと内部へと侵入してきた。中に入ってきたものは硬く成長していて、ギルガメッシュが十分に興奮していることが伝わってきた。台所に立っていただけなのに、いつの間にそんな事態になっていたのだろう。
 そんなことを頭の隅で考えているをよそに、ギルガメッシュはゆるゆると律動を開始した。性急に推し進めたせいで、まだ十分ほぐれていない中を慣らすように小刻みに腰を振る。のうなじに鼻先を埋めて甘噛みをすると、の体がびくりと震えた。

「ひゃ、ぁん……あ、あ、ン……!」

 うっすらとついた噛み跡をぺろぺろと舐められて、舌の感触とほんの少しの痛みにぞくぞくと背を震わせる。痛みの後に与えられる刺激に弱いことは、後ろで自分を犯している男に体を開かれてから初めて知ったことだった。うなじや耳たぶを舐められ、声に甘さだけが残る。溶かされたの様子に気を良くしたギルガメッシュは、の腰を持ち上げて激しく突き上げる。

「あんっ、あっ、はあっ……! ひゃ、う、ああっ……!」

 ギルガメッシュは喘ぐのシャツの中に手を入れ、ブラジャーをたくし上げると、こぼれ出た胸を鷲掴みにして揉みしだいた。は台所のシンクに手をついて、その激しい突き上げに耐えるのみだ。
 しっかりと締めたはずの蛇口から、水が一滴落ちる。ぽたっ、という音は、男女の肌がぶつかり合う音にかき消されてしまった。

「あっ、あっ、はぅっ……! おう、さまっ……!」
「いい声になってきたな。気持ちいいか、?」
「……う、んっ……! きもち、いい、バック、すきぃっ……!」
「ふ、貴様は後ろから突かれるとすぐに気をやってしまうな。どれ、このままイかせてやろう」
「ひゃうぅっ……! ちくび、ぎゅっとしちゃ、あうっ」

 そう言って、ギルガメッシュは両手で弄んでいた乳房の先端を摘んだ。電流のように快感が走り、下腹部が中の剛直を締め付けるのがわかった。

「あっ、だめ、ちくび、あん、やあっ」
「っ……嫌だだめだと言いつつ気持ちよさそうではないか、しっかりと我を締め付けおって……!」
「あん、だめ、いいの、きもちいいの、だめぇっ……!」
「どっちだ、この淫乱め……!」

 ギルガメッシュの出し入れによって愛液が白く粘性を増したものになり、ギルガメッシュが腰を引く度に剛直に絡みついているのが見える。口ではだめだと言いつつ体はしっかりと昂っていて、さらなる快楽を求めてギルガメッシュを締め付けてくる。そんなちぐはぐな様子を見せるが、どうしようもなくいじらしくてふしだらであった。
 の中がぎゅーっと締まってきた。そろそ絶頂が近いのだ。の柔らかい体をきつく抱きしめると、ギルガメッシュは奥を容赦なく突き上げた。

「ああっ、や、あぁ、おく、ぐりぐりって、ああんっ」

 強烈な快感にたまらずが腰を引こうとするが、ギルガメッシュの両腕はを離さなかった。

「逃がさんぞ、このままイけ!」
「ひ、ああっ、イく、おく、ごつごつされて、いく、イきますぅっ、あああぁっ……!」

 上体を大きく仰け反らせて果てた。ギルガメッシュは逃げようとする腰を掴んで中を突き上げ続け、痙攣する膣内に精を放った。
 白濁を粘膜に放り込まれ、ぞくぞくと腰が勝手に震える。それと同時に、の魔力を吸い取られる。力が抜けていくような感覚に膝が落ち、へたり込む寸前でギルガメッシュがの体を支えた。その動きで肉棒が抜け、ふさぐものがなくなつた入り口から白濁がこぼれ、の内股を伝う。

「はあ、はあっ……この家で、最初にえっちしたのが台所なんて……」
「ふ、瑣末なことを気にするな。直にこの家でセックスしていない部屋はなくなる」
「そ、そんな……王様の、えっち……」
「満更でもないくせになにを言う。さて、シャワーを浴びるぞ」
「えっ、わ、私も?」
「そんな淫らな状態で料理ができるのか?」
「う……」

 確かに精液やら愛液で汚れてしまった状態で料理はできない。が、この流れで風呂場に行くと、確実に二回戦が始まる気がして、はギルガメッシュを見上げた。その視線を受けて、ギルガメッシュはニヤリと笑った。放っておかれたフライパンに蓋をしてからを抱き上げ、風呂場へと向かった。

「期待には応えてやらねばなあ?」
「き、期待って……! まだなにも言ってないのに……」
「ほう? では、せんのか?」
「う……」

 ギルガメッシュの赤い瞳が、愉しそうな色を浮かべてを見下ろしている。果てることが出来たとはいえ、先ほどは性急な行為で終わった。ギルガメッシュが開発したは、すでに一回で満足できるような体ではないことを、誰よりもギルガメッシュ本人が知っているのだ。だから、浴室で二回戦がしたいとに言わせたいらしい。そして、それをが拒まないと思っている。

(ちょっと悔しいけど、その通りなんだもん……)
「……お風呂でも、えっち、したいです……」

 恥ずかしさで細りきった声になってしまう。けれど、そんなを、ギルガメッシュは抱えた腕の力を強くし、顔中にキスを降らせる。可愛くて可愛くて仕方がない、そんな目をして見つめてくるものだから、はいっそう顔を赤くした。

「――期待には応えねばな」

 そうして浴室へとなだれ込んだふたりは、仲良く泡だらけになったのだった。
 翌日、放置されてすっかり乾いてしまったチキンライスを腰痛で起き上がれないの代わりに炒め直し、もそもそと食べるギルガメッシュの姿があったという。




破、ふたりぼっちの結婚式


 新居での生活も、一ヶ月を過ぎれば慣れてくるものだ。
 山の麓にあるこの家は平屋建てで、浴室、トイレ、台所のほかにリビングと個室が二部屋。個室は二人の寝室と、クローゼットやら本棚が置かれている物置になっている。それと屋根裏もあるが、そこは特に用もないので手つかずとなっている。ギルガメッシュは狭いだの質素だの言っていたが、からすれば、ふたりで住むには十分だった。ギルガメッシュも口では文句を言いつつも、おそらく悪いとは思っていないだろう。
 近所には家はなく、少し離れたところに家が二軒ほどある。その二軒も、うち一軒は空き家。もう一軒は人が住んでいるらしいが、老いた婦人が介護施設に数ヶ月前に入居したらしく、ほとんど空き家のような状態だった。であるので、ギルガメッシュが出歩いてもほとんど目撃する人はいない。
 ギルガメッシュは昼間、ふらりと出かけて夕方に帰ってくる。を伴うこともあるが、多くの場合はひとりで出かけていた。どこでなにをしているかわからないが、を伴って出かけたときにしていたことは、ただの散策だった。山に入ったり、市街地へ出かけたり、本当にただの散策である。彼がひとりで出かけた時は、その気になれば、あまり長時間はできないものの念話で会話することもできるので、は特に心配はしていなかった。キャスタークラスだが、ダヴィンチちゃんがカルデア時代にせっせと作った、の血液から作った、カプセルのような製剤がある。それを使えば、魔力切れを起こすことはないだろう。
 市街地に行けば人はいるもので、ギルガメッシュのような外国人は珍しいらしく、いろんなところで奇異の目で見られた。ギルガメッシュ本人はそんな周囲を毛ほども気にかけていないようだったが、慣れていないとしては疲れるものだった。それも、一ヶ月もすれば慣れた。
 今日はスーパーへ買い出しに行く日だ。一番近いスーパーへは、近所にあるバス停から一時間に一本出ているバスに乗って行く。週に何度も買いに出るには少し面倒なので、買い出しはいつもふたり一緒だ。まとめ買いした荷物はギルガメッシュにも持ってもらうのだ。

「まさかこの我に荷物持ちをさせるとはな。貴様の厚かましさもここに極まったな」

 スーパーへ行くバスに揺られながら、ギルガメッシュが口を開いた。ふたりがけの席に、身を寄せ合って座っている。ギルガメッシュは、長い足を窮屈そうに折り曲げている。

「え、嫌でした?」
「ふん、遠くへ行くならついていかざるを得んだろう。アーチャーでないのも存外不便な」
「はあ」
「まあ、我は完璧な夫ゆえ、妻の手伝いもしてやらねばな」

 口ではぶつぶつうるさいが、嫌そうな色は表情にない。
 ギルガメッシュがこういう、妻とか夫とか言うたびに、心臓がどきどきと早鐘を打つ。ふたり暮らしを始めて生活には慣れたが、ギルガメッシュの発言やふるまいには慣れることがない。いつか落ち着ける日が来るのだろうか。

(でも、たぶんそれは来ないんだろうな)

 この人には、いつも新しい恋をしている気がする。

   ***

 週一回のペースで来ているスーパーは、特売日とあって混んでいる。本当は開店時間に来たいのだが、ギルガメッシュが朝に弱いのでできない。昼のピーク時間を過ぎたころか、夕方前の本格的に混む前に来ている。
 大体の食材は、ギルガメッシュがこれでなければいかんというものをカゴに放り込むだけだ。たいていは陳列されてある食材の中で一番高価なものだった。最初こそもったいない、安いものでもいいものがあるのに、と思っていただが、今ではほいほいとカゴに放り込まれるのを、ただ見守るだけだ。だってそれ以外食べないのである。財布はギルガメッシュ持ちなので、あれこれ口を出すだけ無駄なのだ。
 それでも、唯一絞るところがお菓子類だった。

「おい、アイスが半額だぞ。これを買え」
「その手に持ってるダッツは半額じゃないやつです。却下です」
「なに!? 王たる我が食すアイスだぞ! ダッツだ!」
「ダッツはこの間買ったので今日はパルムの箱入りです!」
「ぬううう……週に一度はダッツを食わせぬか……!」
「……………………んもう、一個だけですよ」
「……! さすがは我の嫁!」
「げんきんな王様だなあ……」

 田舎では見られないような金髪で美しい容姿をしている上に、無駄に声もでかいギルガメッシュは、スーパーの店内にいるだけでも視線を集めてしまう。もう慣れたとはいえ、アイスやお菓子のことで、子供のようなおねだりをしてくるところを思いっきり注目されるのは、さすがに恥ずかしい。
 カートに載せたカゴいっぱいに食品やら日用品を入れて、レジへと向かう。レジは、ピークより落ち着いているとはいえ、ふたりほど先に並んでいる。数分待って、顔なじみになりつつあるベテランレジ店員の中年女性に挨拶する。

「こんにちは、今日もお忙しそうですね」
「あらーちゃんじゃないの! ごめんなさいね、お待たせしちゃって」

 ベテランのレジ店員は、恰幅のいい体を機敏に動かしてカゴの中のものをスキャンしていく。と世間話をしている間も、手元は一切乱れることがない。

「今日も旦那さんと一緒なのね。お熱いんだから」
「も、もう……からかわないでくださいってば……」
「ふん、妻に協力してやるのも良夫の務め。王たるものは夫であっても完璧なのだ」
「は、恥ずかしいこと言わないでください!」
「あらやだ、王様ったら本当にちゃんのことが好きなのねえ。ごちそうさま」

 がギルガメッシュのことを王様と呼んでいるので、この店の従業員の間でもギルガメッシュは王様と呼ばれている。真名を明かすわけにはいかないので、好都合だった。
 あっという間にスキャンが終わり、会計になる。クレジットカードを操作している女性が、不意にこんなことを言った。

「でもほんと、ふたり仲がいいっていうか、見ていて微笑ましくなるわねえ」
「そ、そうですか?」
「そうよ。子供ができたらすぐに言ってね。協力できることがあればするし、相談も乗るからね」
「――そう、ですね。ありがとうございます」

 一瞬喉から声が出なくなった。それを隠すようにいつも以上に目を細めて、は礼を言った。
 女性の元気な声に見送られて、店を出る。両手いっぱいに買い物袋を下げている。米などの重たいものは、ギルガメッシュが一旦宝物庫に入れている。最初のほうはそんな活用をされるのをひどく嫌がったが、今では仕方のないことだと割り切っているらしい。便利だった。
 スーパーの近くにあるバス停は、意外と利用者が多い。主に自家用車を持たない高齢者が利用しているため、のように若者が乗るのは珍しい。ギルガメッシュは言わずもがな、どこにいっても注目される。
 今日も今日とて、奇異の視線にさらされながらバスに乗る。隣に座ったギルガメッシュが、静かに口を開いた。

「なにを傷ついている。もはやわかりきったことであろう」
「……傷ついてるっていうか、落ち込んでるっていうか……」

 あのレジの女性は、本当に悪気なく普通のことを口にしただけだ。まさかこんなことでが落ち込むなど、他人はわかるはずがない。だから誰も悪くない。そうは思っていても、改めて突き付けられた現実に落ち込む。そんな自分が嫌になって、ますます落ち込んでいく。
 サーヴァントとは子供を作ることができない。カルデアでは一時的に受肉をしていたが、それは本当にかりそめのもので、本来聖杯に願って受肉して得る肉体とは違う。だから、あんなに性行為をしても、が子を宿すことはなかったのだ。
 第七特異点前に、ギルガメッシュがそこにいる生身の自分に抱かれて来いと言ったことがある。子を作るには聖杯に願う以外に、それしかなかったのだ。
 今更ながら、こんな気持ちになるなら、生前のギルガメッシュに抱かれてくればよかったと思う。しかし、過去のことはもうどうしようもない。抱かれたって孕まない可能性もある。考えても、どうしようもないことだ。
 それこそ、聖杯に願わない限り、どうしようも。
 なにかを話す気になれず、家に着くまでずっと口を閉じていた。ギルガメッシュも、黙りこくってしまったを一瞥した後は、なにも話さなかった。
 家に着き、買ったものを冷蔵庫に入れたり片づけたりしていると、ギルガメッシュが唐突に口を開いた。

「おい、外へ出るぞ。ついて来い」
「へ?」
「少し山を登る。動きやすい靴を履いて来い」

 突然の申し出にぽかんと口を開けていると、ギルガメッシュの顔が不機嫌な色に染まっていった。それを見て、手を止めて外に出る準備をする。
 言われた通りスニーカーを履いて、ギルガメッシュの後をついていく。車の交通量がほとんどない山道を、すいすいと歩いていく。まだアスファルトで舗装された道を歩いている分には、ギルガメッシュの歩く速度が多少速くてもよかった。しかし、道路から脇に反れた斜面を登るとなると、話は違った。人が登りやすいように階段になっているが、斜面が続くとどうしても息が切れてしまう。たまりかねて、ギルガメッシュの背中に声をかけようとしたその時、彼がを振り返った。

「なんだ、この程度でもう息を切らしておるのか」
「王、様、もうちょっと、ゆっくり歩いて、もらえませんか」
「ふん、一昼夜歩き続ける体力はどうした。もう衰えたか」
「仕方ない、でしょ……っ、カルデアを出てからそんなハードなこと、なかったんですから」

 立ち止まって息を整えながら、カルデアでのことを思い出す。そういえば、特異点にレイシフトすると一日歩き詰めだったり、山一つ登るのも日常茶飯事のようなものだった。カルデアが解体されてカルデアのマスターではなくなった時から、そんな体力を使うようなこともなかった。カルデアから出たことがつい先日のように思えるが、月日はしっかりと経っている。
 へばったを呆れたように見下ろしていたギルガメッシュは、小さく息を吐くと、に手を差し出した。

「もう少しで着く。それまで我慢せよ」
「……うん」

 その手を掴んで、段差を一段上がった。
 ギルガメッシュが、なにを思ってを連れ出したのかはわからない。目的地に着けばわかるだろう。はそう思い、道中尋ねることはしなかった。
 草木が生い茂る中の階段を登った先に、開けた場所があった。ベンチが二基設置され、その二基の間には大きな広葉樹が生えていた。ベンチの先、斜面との境目には転落防止の手すりがある。ギルガメッシュに手を引かれるままベンチまで歩いていくと、そこには、日が落ち始めた夕日の色に染まる市街地があった。

「わ、すごい……」

 市街地と、その周りを囲むように田園地帯、そしてその先には港町と海まで見える。そのすべてが金色に染まって、は思わず感嘆の息を漏らした。
 しばらく、なにも話さずに眼下の光景に見入る。
 金色の光を受けて、遠くの水平線がきらきらと光る。街も田の緑も染めていた金は、日が傾くにつれて徐々に赤みを増していく。
 ここに来てから、この場所がどんな場所か知ったつもりだった。一ヶ月もすれば生活には慣れる。だが、実際に知っているのは自分の行動範囲の中のことでしかないことを、この光景を前に知った。
 生まれた土地でもなく、雪に閉ざされた土地でもない、第三の場所。
 これが、のいる場所。共に生きると、心に決めた相手との――

「きれいだね、王様」

 ぽつりと出たつぶやきに、言葉での返事は返ってこなかったが、隣から手を絡めとられた。顔を見上げると、が見つめていた光景を、同じように見つめている。金の髪も赤い瞳も、夕焼け色に染まっている。その横顔と、手から伝わってくる微熱がどうしようもなく愛おしくなって、はギルガメッシュの腕に体を寄せた。

「ありがとう、王様。この景色を見せてくれて」

 帰り道もある。そろそろ帰らなければ道中で日が暮れてしまう。そう思っては礼を言って、その腕を少しだけ引っ張った。
 ギルガメッシュは、絡めていた手を離すと、ゲートオブバビロンを展開した。

「王様?」
「まあ待て」

 と言って、また宝物庫の中をごそごそと探る。取り出したのは手のひら大の小箱。

「ここに来たのは景色を見せるためだけではない。これを貴様にくれてやろうと思ってな」
「それ、って」

 ドラマの中でしか見たことはないが、その小箱はどう見ても。
 脈拍が速くなっていく。期待と戸惑いに脈打つ心臓を、抑えるように胸に手を当てる。
 の目の前で開けられた箱の中には、ふたつの金色の指輪が入っていた。燃えるような夕日の色に染まって輝く、シンプルな金の。

「貴様の指には華美なものは似合わん。王である我にはいささかシンプルすぎるが、わざわざ合わせてやったのだ。感謝しろよ、
「王様、これって」
「見てわからんのか。結婚指輪というやつだ」

 とて、見ればそれがなんなのかぐらいわかる。訊かずにおれなかったのだ。ギルガメッシュはの心中を察してか否か、さらりと言ってのける。

「病めるときも、健やかなるときも、だったか。陳腐な言葉だが、一度ならば言ってやらんこともないぞ?」
「……え?」
「喜びのときも、悲しみのときも、富めるときも、貧しいときも――我がいれば、貧しくなることなどないが」

 余計な注釈を入れつつ、ギルガメッシュは続ける。

「愛し、敬い、慰め、助け、死が我らを分かつまでともにあると」

 一回り小さいほうの指輪を手に取り、箱をボトムのポケットに収めると、の左手を取る。その薬指に迷いなく金の指輪をはめて、

「――誓おう」

 薬指にくちびるを落として、そんなことを言うものだから。
 うれしい、くるしい、せつない、いとおしい。
 数多の感情がごちゃ混ぜになって、瞳からこぼれ落ちる。
 なにも言わずに泣き出したを、顔を上げたギルガメッシュがまっすぐに見つめる。

「なにを泣いている」
「……う、れしくて、くるしいんです……」
「どっちだ」
「どっちも、っていうか、ほかにもいっぱい」
「落ち込んだり笑ったり泣いたり、忙しいやつだ」

 止まらない涙を流れるままにしてギルガメッシュを見つめていると、ギルガメッシュが呆れたようにため息をついてそれをぬぐった。

「それで、貴様は」
「うん?」
「我が誓ったのだから、当然貴様も誓うだろうな?」

 一度ポケットにしまった小箱を再び取り出して、ずいっとに押し付けてきた。それを受け取ると、今度は左手を差し出される。
 ギルガメッシュの意図を察して、箱を開ける。のものより一回り大きい金の指輪。ギルガメッシュがはめるにしては、確かに質素なものかもしれない。それを選んだのがギルガメッシュだということに、今更ながらに嬉しくなってくる。
 箱から指輪を取り出して、ギルガメッシュの左手を握る。改めて見る彼の手は、彫刻かなにかのように整っていて、見惚れてしまうほどにきれいな手をしていた。
 どきどきと緊張しながら、薬指に指輪をはめる。
 手の黄金比は多少崩れたかもしれない。それでも、金はやはりこの男を象徴する色である。すぐに、この指にこそはめられるためにあるものであるかのように馴染んだ。

「で?」
「はい?」
「貴様も誓え、さあ誓え。先ほど我がしてやったように、さあ」
「えっ…………あの、覚えてないんですけど」
「なに? 我がわざわざ口にしてやったというのにか!?」
「し、仕方ないですよ! 王様みたいに一回聞いたら覚えられるような頭じゃないんです〜」
「まったく、良い雰囲気が台無しではないか。疾く反省せよ」
「台無しとか王様だけには言われたくない!」

 いつものようなやり取りになって、確かに色々と台無しになってしまったが。肩に入っていた力も抜けて、涙も止まった。それもギルガメッシュの思惑なのか、それとも本当に意図せずやっていることなのか。にはわからなかったが、どちらにしても確かなことは。

「王様」
「なんだ」
「愛しています」

 ギルガメッシュを、愛しているということ。

「私の心も体も、全部があなたを愛しているんです」

 こんなふうに、この人にはいつも新しい恋をして。愛しい気持ちは、いつも新しく生まれ変わっていく。
 永遠に変わらぬ愛、と人は言うけれど、変わらないものなんてない。のギルガメッシュに対する気持ちは、いつも新しいもので塗り替えられていく。
 いとしい、くるしい、うれしい、たのしい、せつない、いとしい。
 それはきっと、この命が燃え尽きるまで続いていくのだろう。

「なんか、こわいな……王様が好きっていう気持ちに上限がなくて、こわいよ。どんどん王様のことが好きになって、限りがないの」

 心からあふれた思いが、また瞳からこぼれ落ちる。よく泣く女だと呆れられても仕方がない。自分で抑えきれないのだから。
 その雫を指で拭って、目尻に優しいキスをして、ギルガメッシュが不敵に笑う。

「当然だ、この我がそばでともに生きているのだからな!」

 その自信満々ぶりが、ものすごく彼らしいものだから、は思わず笑ってしまった。相変わらず涙は止まらないが、ギルガメッシュが目尻やまぶたにそっとキスを落とすたびに落ち着いていく。
 涙が止まったころに、ふたりどちらともなく、くちびるを合わせた。
 ギルガメッシュのくちびるからは、の涙の味がした。
 そっとくちびるを重ねるだけで離れる。あたりを照らす夕焼けは、かなり傾いてしまっている。早く帰路につかなければ。
 頭ではわかっているのに、赤く燃えるような光に照らされた光景を目に焼き付けたくて、ギルガメッシュと寄り添いながら眼下の景色を眺めていた。

よ、いつか我が言ったな。愛とは苦しみを伴うもの、美しいだけのものではないと」

 風が冷たさを含むようになってきた。その風からさりげなくを守りながら、ギルガメッシュが言った。

「もうひとつ教えてやる。愛ゆえに苦しむ伴侶に寄りそう、それがともに生きるということだ」
「ともに――」
「貴様の苦しみもそれ以外の感情も、命も、我のものだ。

 燃える日の光を受けて、赤い瞳が一層色を増す。をまっすぐに見つめて、その瞳の奥の、一番色が深いところが、はじけたように広がった。

「うん、うん……」

 心を壊してしまうのではないかと思うほど満たされていく。
 心からあふれたものは、涙になって、そのうち体も壊してしまうのではないかと、そんなことを考えながら、は愛しい王に体を寄せたのだった。




急、兆候


 ふたりだけの結婚式を挙げてから、ひと月が経とうという頃。
 指輪を初めて指に通した時は、まだ暑さが抜けきらない秋の入り口だったが、今ではすっかり暑さがどこかへ行ってしまった。市街地へと続いている水田も稲刈りが終わって、農家の一番忙しい時期がひと段落、といったところだ。たちが住んでいる場所は周りが空き家に近く、田畑もまるで手入れされていないところばかりなので、稲刈りなどのあわただしさはどこか他人事だった。耕作放棄地から伸びる尾花や秋桜で季節を感じていた。
 いつものように寝室の掃除をしていると、天井からガタガタと音がした。屋根裏でギルガメッシュがなにかしているようだ。
 屋根裏へ上がれる箇所は寝室の隣、今は半物置になっている部屋から出入りできる。ただ、この家には脚立のようなものはないので、は出入りすることができない。ギルガメッシュは、サーヴァントの身体能力などを以ってして出入りしているようだった。

(屋根裏なんかでなにしてるのかなあ……一回訊いてみた時は、なんだかんだはぐらかされちゃって、その後は黙って笑って流されたし)

 ギルガメッシュがそんな態度なものだから、それ以降はなんとなく訊きづらくなってしまって、なにをしているのか知らないまま今に至る。この小さい建屋の屋根裏でできることなど限られているので、が心配するようなことはなにもないと思うのだが。

(私が上がれないようにしてるのも、余計に気になるし……私が気にするようなことじゃないってことなんだろうけど、隠されたら気になるというか……)

 掃除機をかけ終わり、リビングで干し終わった洗濯物をたたんでいると、やっとギルガメッシュが屋根裏から降りてきた。リビングのソファにどかりと座った彼は、なんだか少し疲れているようだった。

「王様、屋根裏でなにしてたんですか? なんか疲れてるみたいだけど……」

 の問いに、閉じていた目をうっすらと開けてを一瞥したギルガメッシュ。ちょいちょい、とを手招きする。手に持っていた洗濯物を一旦置いて、ギルガメッシュのそばに寄る。触れられる距離まで来ると、即座に腕を取られて引き寄せられる。ソファに寝転んだギルガメッシュの上に乗るような形になって、は慌ててギルガメッシュの顔の横に手をつく。ぶつからないようにとっさに取った行動だった。

「わっ、もう、危ないですよ」
「貴様程度が乗ってきたところで、痛くもなんともないわ」

 が手をついたことでできたわずかな体と体の隙間も、すぐに抱き寄せられてなくなる。もう飽きるほど触れあっているのに、一向に慣れることはない。いつも心臓がどきどきしている。

「我が屋根裏でなにをしているか、気になるか?」
「……うん」
「なに、ネズミが迷い込んでいたので駆除していただけだ」
「ネズミ……?」
「田舎ゆえな、そういった生き物も出て当然だ」
「えええ……ちゃんと手洗いました?」
「貴様、我の手が汚いとでも言うつもりか、不敬な。直接手を下すはずがなかろう」
「それならよかった……」

 本当に屋根裏にネズミが出たのなら、それは一大事である。一刻も早く隙間という隙間をふさがなければ。ただ、そうは思っていても、人間が考えもしない小さな隙間から入り込んでくるのが虫とネズミだ。これから寒くなると、野ネズミが暖を求めて人家に入り込んでくることもあるという。

(ホイホイとか買ってきたほうがいいのかなあ……)

 もしの前に出てこられても、動きが素早すぎて、捕まえるとか駆除するとかそういったことはまるでできない気がする。ギルガメッシュに駆除してもらうしかない。
 が頭を悩ませていると、ギルガメッシュがくつくつと喉を鳴らして笑った。

「案ずるな。再度侵入してくるようなら我が残らず駆除してやろう」
「うん……お願いします……」
「それよりも。ネズミの駆除で思いのほか消耗した、魔力を寄越せ」
「え、んっ……」

 ギルガメッシュの舌先が、くちびるを割って口内へと入ってくる。舌の裏側をざりざりと舐められ、唾液が舌を伝ってギルガメッシュへと流れていく。口内の性感帯を愛撫され、はたまらず全身の力を弛緩させる。

「は、ぁん……あ、や、こんな時間から……」

 舌を抜いたギルガメッシュは、両手での体のラインをなぞった。背中から腰へゆっくりと降りていった手は、双丘の柔らかな感触を楽しむように、やんわりと揉み始める。その手つきの意図を察して、の頬が赤くなる。その反応を見て、さらにギルガメッシュの片足がの股間をぐいぐいと押してきた。

「んっ……あ、王様、やん、まだ明るいよ……」
「だからどうした? 我は魔力を所望するぞ、マスター。それに」
「ん、ちゅ……あ、だめ、んん……」

 今度は魔力供給ではなく、単純にを溶かすために舌が口の中を撫でる。臀部を揉みほぐす手が、いたずらに秘部をかすめていく。一番敏感な突起も絶妙な強弱をつけて刺激され、の理性はガラガラと崩れていく。

「これでもまだだめなどと言えるか?」
「んっ、はあっ、王様……」
「キスだけで魔力をつまむというのも一興だが、どうする?」
「…………えっち、する……」

 顔を見られないようにギルガメッシュの胸に頭を押し付けると、ギルガメッシュが笑ったのが胸の振動でわかった。
 あとは、お互いが満足するまで求め合う時間だ。
 魔力の供給はダヴィンチちゃんの作った製剤、あとは食事や睡眠などもあるが、一番手っ取り早く効率もいいのは、やはり本人からの供給だ。宝具さえ使わなければ、週に何度か性行為をするだけで十分に供給されている。今はまだいいが、製剤がなくなれば、それこそ毎日性行為をしなければならなくなるのだろうかと、はどことなく不安だった。

(いやまあ今もほぼ毎日のようにしてるけど)

 製剤は補充できるものではない。となれば、それが必要でない状況であるように努めなければならない。それは、ギルガメッシュの宝具を使えないということでもある。宝具を使用する状況――例えば、たちを追ってきた者との交戦を避ける必要がある。避けるとは、即ち逃げるということ。そろそろ次の地へ旅立つことも視野にいれなければ。
 魔術協会の封印指定から逃亡した者は、たいていは放置される。逃亡した先で外界に多大な被害を及ぼす実験等を行わなければ、魔術協会は目をつぶるのである。たちは、特に魔術師としての研究をしていないため、たちを追ってくるのは魔術協会ではない。魔術師の名門と呼ばれる一族のものだった。
 魔術師は、代を重ねるごとに優秀な魔術師を輩出することが多い。よって、魔術師の多くは血統を重視し、優秀な能力を持つものの子孫を残したがる。データも報告も改竄されているとはいえ、人理修復というグランドオーダーを成し遂げ、数多のサーヴァントと一度に契約した実績をもつは、そういった名門からすると興味の尽きない人物なのだ。
 この報告は本当なのか、このデータは真実なのか。を捕らえ、体をいじくりまわして隅々まで調べ、真実でなく優秀ならば一族の糧に。真実ならば用済みとなり、消される運命だ。
 捕まれば文字通り拷問に等しい屈辱を受け、未来はない。そんな連中から逃げ回っているのだ。
 やっと落ち着いたと思ったのに、いずれまた、この地を離れることになる。
 けれど、ギルガメッシュと一緒ならばどこへでも行ける。
 の心を淋しさと不安と少しの恐怖が襲ったが、負の感情を覆うのは、ギルガメッシュとともにいたいという願いだった。

***

 異変が表れ始めたのは、平穏の中にも淀みがたまっていくような日常を送っている中でだった。
 朗らかな秋晴れの下、よく乾いた洗濯物を取り込んでいる途中、不意に洗濯バサミが手の中からするりと抜けて地に落ちた。

(あれ……?)

 先ほどまで洗濯バサミを持っていた手に、逆の手で触れてみる。
 何個かまとめて持っていたのならともかく、一個しか持っていない手で、地に落ちるまですり抜けていったことにも気が付かなかった。
 ふにふに、と落としたほうの手を揉んでみる。

(なんか、変……)

 ぼんやりとした体温と感触しか伝わってこなかった。そしてそれは、揉んだ方の手だけではなく、両方の手で言えることだった。自分の体のあちこちを触ってみても同じだった。手には温度も感触も、朧にしか伝わってこない。
 もしかして、と足先にも触れてみる。こちらは手より顕著だった。
 末端の感覚が薄くなっているのだ。

(なんで、昨日まで、さっきまでちゃんと……普通だったのに)

 突然の体の異変に、混乱に陥って座り込んでしまう。出かけていたギルガメッシュが庭先でを見つけ、足早に近寄ってくる。

、おい――」
「王様、私、手が」

 の弱々しい声を聞き、即座に手を握るギルガメッシュ。その手の温度も、曖昧にしか伝わってこない。なによりも愛しい温度が、感じられない。

「うそ……冷たい……冷たいよ、王様……」
「中に入れ、。そろそろ冷える」
「王様」

 混乱状態にあるをなだめるように背を押す。手を引かれてふらふらと家の中に入るの瞳には、不安と恐怖が浮かんでいる。
 後に残された、取り込んでもらえない洗濯物が、夜の空気を含んだ風にさらされて、ゆっくりと冷たくなっていった。

***

「魔術師が魔力を生成する方法については、知っているであろう」

 リビングのソファに座ったギルガメッシュは、を座らせて深呼吸させた。不安でしょうがない、という表情が落ち着いたころに語りだした。

「えっと……大源から吸収して魔力にする方法と、自分の生命力を魔力にする方法……?」
「そうだ。たいていは後者のほうで、貴様とてそれは同じだ。今までレイシフトで使ってきた魔力は、ほとんど貴様の生命力を魔力として使ってきた小源のはずだ」
「う、うん……そうだけど……」
「魔力の使いすぎは、すなわち生命力の枯渇を意味する。それが尽きるとどうなるか。それが今の貴様の状態だ」
「え……それじゃ、これって……」
「治らん。少なくとも、我がサーヴァントとして契約しているうちはな」

 魔術師の家系ではなく、一般家庭に生まれたは、魔術回路も魔力量も決して多くない。ここ一番の決断力と、運命を引き寄せる力はあるが、魔術師としては素質面で優秀とは言い難い。そのが、絶えず魔力を最大限に使う環境に置かれ続けていたのだ。限界を超えた魔力の使用は、の命を確実に削っていた。
 魔力を使用しなければ、生命力を使わずに済む。の寿命を延ばすことができるかもしれない。だが、今は正式に契約したギルガメッシュがいる。霊体化して魔力の消費を抑えても、完全に魔力を使用しないわけではない。結局は、じわじわとの首を絞めているということになるのだ。

「そう……そうなんだ、そっか……じゃあ、少しずつ弱っていって、」

 ――死ぬんだ。
 声にならなかった。それを言ってしまうと、この場所で築いたなにかが、崩れていきそうで。

(結局同じなんだ。どこへ行っても)

 追手に捕らえられるのも、逃亡するのも、最後に死ぬのはわかりきっていることだ。
 ただ、死の間際にギルガメッシュと一緒かどうかが違うだけだ。
 ただ、その瞬間が、が思っていたよりもずっと早かっただけだ。
 ギルガメッシュはなにも言わない。静かな表情でを見つめている。隣合って座ったソファで、お互いの手が触れあっているが、にはその体温も感触も、わずかしか感じられない。

(でも、まだ、感じられる)

 そのわずかな感触を握りしめて、は顔を上げた。

「これから気をつけなきゃいけないですね。触覚かなくなったから、どこでもぶつからないようにしなきゃ」

 顔を上げた先に、この世のすべてを見た赤い宝石があった。人類の暴風としての彼ではない、ひとを守る立場に立った太古の王。赤い瞳に映る少女の顔は、笑っているように見えた。
 ギルガメッシュは口の端をつり上げると、次の瞬間には大声で笑い出した。

「ふん、普段から生傷が絶えん貴様のことだ。そのうちあざだらけになっているのが目に見えておるわ」
「なっ……ここに来てからはそんなに生傷作ってないです! ……たぶん」
「なにを言うか。昨日も足の小指をドアにぶつけて転げ回っておったではないか」
「そっそれは……傷になってないからノーカン……!」
「ならん! あの壮絶な痛みをノーカンになどせんわ!」

 ギルガメッシュがなにを思っているのかはわからない。あと少しの命を、ギルガメッシュといることですり減らして死のうとしていることを、愚かだと思っているのかもしれない。

(それでいいんだ)

 ギルガメッシュと一緒にいられるのなら、それでいい。一度は混乱して取り乱してしまったが、今は至って落ち着いていた。
 の思い描いていた最後と、ほとんど同じだからだ。
 いずれギルガメッシュを残して死ぬ。それまでは、できうる限りともに在りたい。だから、カルデアにいられないとわかってから、心残りはあるものの、ほとんど迷わずふたりで世界を放浪したのだ。
 ここでギルガメッシュとの契約を破棄して命を長らえたとしても、それはなんの意味もないことである。

「ねえ、王様」
「ん?」
「私の体、ちょっとずつ動かなくなって、たぶん目も見えなくなって、耳も聞こえなくなるけど……それでも、そばにいてくれる?」
「なにを今更。我を見くびるな、不敬者め」
「……ありがとう、王様」

 体の異変など関係ない。これから少しずつ体が不自由になっていくかもしれないが、なにも悲観することなどない。愛しい人がそばにいてくれるのだから。

***

 それから、は不自由を抱えながらも、懸命に普段通りの生活を送っていた。ギルガメッシュもと同じように、以前と変わらぬ態度で過ごしていた。触覚が完全に失われたのは、異変を感じ取ってから一週間後のことだった。
 次に薄れていったのは味覚だった。かなり濃い味付けでなければ、なんの味もしない。けれど、いつも通りの味付けで料理を作った。ギルガメッシュに味見をしてもらうことになったので、台所にふたりでいる時間が増えた。味がなくなっても、食事の時間はいつも幸せだった。
 けれど、やはり味がしないものを食べるのは難しいもので、自然と食事の量が減っていった。
 徐々に体力が落ち、体が衰弱していく。体が動かなくなっていく。
 次は、目か耳か、どちらなのだろう。
 恐怖を押し殺すように、まぶたを閉じる。
 目が見えなくなったら、こんなふうに真っ暗なままなのだろうか。

(いや、だな。王様の姿が見えなくなったら。王様の声が聞こえなくなったら)

 きらめく金と魔性の赤を、少しでも長く見つめていたい。ひとを惹き付け導く声を、少しでも長く聞いていたい。




終、黄金の光


 の体が衰弱し始めてから、ギルガメッシュはの目の届く所にいるようになった。魔力供給の性行為が何度もできなくなったせいもあるだろうが、が不安がることをしないように、彼なりに気を遣っているのかもしれない。
 ギルガメッシュの姿を目で確認して、ギルガメッシュの声を耳で聞く。
 たったそれだけの、以前は当たり前にできていたことが、いつかできなくなる。それは明日かもしれないし、当分先かもしれない。死ぬこと自体は怖いとは思っていないのに、それがわからないことが不安だった。
 夜中に目を覚ますと、真っ暗にしているから見えないだけなのか、自分の目が見えないのかが一瞬わからなくて、パニックになりそうになる。そんな時にギルガメッシュは必ず起きていて、まだ寝ていろ、とか、起きるにはまだ早いぞ、もう老け始めたのか、とか色々言ってくる。

(私が怖くて眠れなくなってるのもとっくにばれてるから、そんなふうにしてくれるんだろうな)

 魔力供給のキスは毎日している。感触のないキス。けれど、それだけではギルガメッシュの魔力消費は補えなくて、例のダヴィンチちゃん特製の魔力製剤を飲んでいる。たまに不安を消し去るようにを抱くが、以前のように温もりを感じることも、快楽を感じることもない。それでも、ギルガメッシュが優しく触れてくることは伝わってきて、涙が出そうになるほど嬉しかった。
 いつまでこうしていられるんだろう。
 が日々思うことは、それだけである。

***

 浅い眠りについたを抱いて、目を閉じていたギルガメッシュは、まぶたを開いた。
 張っていた結界に、何者かが入り込んできたことを感じ取ったのだ。眼光鋭く侵入者のいる方角を睨みつけ、を抱えて即座に身を起こした。

「王様」
「しゃべるな。駆けるぞ、舌を噛むなよ」

 震えるの声に、それだけを告げて、抱え直す。
 結界の中に侵入してきたのは、ざっと数えるだけでも三十人はいた。分散し、四方八方からまっすぐにこちらへ向かってくる。となると、結界の外にもいる。数はもっと多い。
 おそらく、この家のことはとうに知られていたのだ。その上で、ギルガメッシュがここに来てから方々に張った結界の柱を一本一本潰していっている。と離れて柱を立てるには、距離的な限界があったため、家からそう遠くない距離でしか立てられなかった。そのせいで、追手との距離は近い。
 寝室の窓から飛び出し、駆ける。この家の屋根裏に、結界の核がある。それが破壊されない限り、ギルガメッシュの足に追手は追い付けない。追手たちが目指すのはまずこの家だ。
 家の裏手にある林に飛び入り、道なき道を駆ける。サーヴァントにはサーヴァント、もしくは教会の代行者に匹敵する人間をぶつけてくる。サーヴァントと契約している人間など、現時点でのほかにいない。相手はまず人間と考えるべきだろう。
 林の中ならば矢や魔術も通りにくい。しかし、絶対に通らないわけではない。
 左から飛び出してきた一人を、ゲートオブバビロンで魔杖を出して吹き飛ばした。その光で目を焼かれた後続のもう二人も丸焦げにする。後ろから飛んできた風の刃を、同じ速度の風を即座に発生させて相殺する。
 矢が、正確にの体を狙っていた。それをたたき落とすと、右からもう一人現れた。手甲をつけた右手で裏拳をお見舞いする。まともに食らったそいつは、上顎から上が飛び散った。
 再び木々の間を縫うようにして駆ける。結界とは別に敷いていた罠を発動させるため、罠のトリガーのもとへと向かっているのだ。途中で絶え間なく襲ってくる者どもを蹴散らす。トリガーとなる場所は、この地に通る龍脈の上だ。
 まさに、息つく暇もなかった。多少の呼吸くらいは平気だが、のことが気にかかった。魔力の消費量は、の体に負担をかけていないか。命を削っていないか。
 トリガーとなる龍脈にたどり着いた時には、ギルガメッシュの左の肩にボウガンの矢が刺さっていた。それを抜かずに根元から折り、鋭く周囲を探る。
 四人に囲まれていた。振り向きざまに後ろにいた追手の頭を消し飛ばす。残りの三人が一気に飛びかかってくる。魔杖を宙高く放ると、魔杖から雷光が走る。三人の体から煙が出る。打ち上げられた魚のように痙攣して動かなくなった。
 ちらりとの顔を見る。魔力の消耗からか、青い顔で浅い息を吐いていた。舌打ちをこらえる。この状態ならば宝具の使用はできない。宝物庫を開けるのも控えたほうがよさそうだ。
 地を滑るような刃が走った。とっさに体をひねって躱す。躱しきれずに向こう脛に突き刺さる。男の腕に掌底を打ちおろすと、腕が鈍い音を立てて折れ曲がる。うつ伏せに倒れた男の背を踏みつけて心臓をつぶした。突き刺さったナイフは抜かずにそのままにした。出血は最小限にしておきたい。
 トリガーの杭を蹴り倒す。龍脈を伝って、住処だった家にめがけて魔力が通る。屋根裏の結界の核と反応して、家を中心に爆発が起こった。
 ここに来てからの日々を送っていたふたりの住まい。爆発の後は炎上している。鎮火するころには太い柱の残骸を残して、跡形もなくなっているだろう。

「王様、家が……」
「これで追手のほとんどは再起不能だろう。討ち漏れはあちらからやってきた時に始末する」
「……うん、仕方ない、よね……もう、あそこには、いられなかった……」

 自分に言い聞かせるように、がつぶやく。声が細っている。声を出すのもやっとの状態だった。のくちびるにキスを落とし、少し魔力を返す。焼け石に水かもしれないが、やらないだけましだった。

「王様、あそこに、連れてって」

 あそことは、と視線で問い返す。

「指輪、交換したところ……」

 ギルガメッシュは、小さく頷くと駆けた。の目が、ギルガメッシュを見ているのか、ほかのどこを見ているのか。差し迫った状態であることが、パスを通して伝わってくる。
 途中で出てきた追手の残党を、魔杖を使わず拳で始末する。魔力が不足してきているせいか体が動かず、脇腹に一撃を食らってしまう。急所ではないが、出血するのが忌々しかった。
 とギルガメッシュがふたりだけの結婚式を挙げた場所に来た。二基のベンチの間には、相変わらず大木がどっしりと構えている。
 ベンチにを寝かせた時には、魔力が底を尽きかけていた。
 目を閉じたままのを揺さぶる。このまま眠らせてはいけない。

! 目を開けよ、王の前で無礼であろう」
「……おう、……さま」

 くちびるがすっかり乾いている。焦点が合っていないが、目はまだ見えている。耳もまだ聞こえている。まだ時間はあるはずだ。
 最後の魔力を振り絞り、宝物庫から小指ほどの大きさの小瓶を取り出す。の口元に持っていく。

「……? おうさま……?」
「飲め、。不老不死の薬だ。蛇にかすめ取られた後、冥界に行き、ひそかに回収した霊草から作ったものだ」
「不老不死……」
「これを飲めば、貴様は死なん。こんなところで終わらずに生きられるのだ、

 の目に光が戻った。それを見た時に、ギルガメッシュはが薬を飲むと思った。死がふたりを分かつ、その残酷さを嘆いて一度は離れたことがあるから、生きてこそだと思っていると。

「だめ、だめだよ王様。それはだめだよ」

 自由の利かない手を、やっとのことで動かして、その薬を押しのけたのだ。

「私は、最後まで、あなたの愛した、人でありたいよ。ひとのまま、死にたい。だから……ごめん、ごめんなさい、おうさま……」

 小瓶を取り落とした。中身がこぼれ、地面をわずかばかり濡らす。
 拒否されたことには怒りを感じない。こういう娘だとわかっていて選ばせた。薬を飲むか、拒否するか、半々だろうというつもりで。
 怒りを感じたのは、その後の台詞に対してだ。

「貴様……! なにに対する謝罪か! 我を憐れむつもりか!? 図に乗るな、雑種風情が!」

 突然、猛烈に激昂したギルガメッシュをが呆然と見上げる。焦点が合わなかった瞳は、今はまっすぐとギルガメッシュを見上げている。それだけ、いきなり怒り出したギルガメッシュにびっくりしたということだ。
 の様子にも構わず、ギルガメッシュはの手を掴んで迫る。

「貴様が先のない命であることなど、とうにわかっておるわ! その手を取った時から、隣に立つと決めたときから! すべてを飲み込んだ上で貴様とともに生きることを選んだのだ、我がマスターよ! それを貴様が憐れむのか! ほかでもない、我をここまで連れてきた貴様が!」

 七つもの特異点を修正した上での人理修復。マスターがひとりで英霊と契約しながら成し得るなど、とてもではないが、正気の沙汰ではない。それぞれの特異点に待ち構えていた強力な英霊たちと魔神柱を、それこそ自分の命を削って魔力を使って戦って倒してきたのだ。普通の少女の体には、目に見えぬ形で影響が出ていた。
 それは、ギルガメッシュがと出会った時からわかっていたことなのだ。

「貴様は己の欲望のままに我を求めたのであろう。それを我にも、誰にも謝罪する必要などない。その求めに応じたのは我だ。その選択は、もはや貴様だけのものではないのだ」

 こうなることがわかっていたから、突き放した。
 こうなることがわかっていたから、追いすがる生傷だらけの手を取った。
 ――こうなることがわかっていたから、恋を許して、愛した。

「そのような戯けたことを考えている余裕があるのなら、我のことでも考えていろ、馬鹿者が」

 ギルガメッシュがいつもの口調でそう言うと、呆然と見上げているだけだったの顔に表情が戻った。へにゃり、と口元を崩すと、ギルガメッシュのほうへと手を伸ばしてくる。ギルガメッシュは、迷わず手を取る。
 冷たい。人のぬくもりがおよそ感じられなくなった手だ。

「王様……わたし、幸せだ……おうさまの、そばにいられて、しあわせ……」

 声がかすれていく。の体に残る魔力――生命力が尽きようとしている。ギルガメッシュを構成している体も、今にも崩れようとしている。

「当然だ! 我がそばにいてやっているのだからな」
「うん……おうさまとここへ来て、色んな事をして、たくさん話をして……いつかは終わるってわかってたけど、いろんな未来が見えて、楽しかった……王様、ギル、ギルガメッシュ王、」

 気が付けば、あたりが白んできていた。追手たちから逃れ、ここへたどり着くまでに、朝が来たようだ。
 は、もうほとんどぼんやりとしか形を認識しない目を開ける。明るくなりつつある空の下、色だけがはっきりと見えてくる。

(私の、きんいろ)

 ありがとう、と、くちびるの動きだけでが言った。の手を自分の頬に押し当てながら、ギルガメッシュが笑った。

「馬鹿者。言ったであろう。それが、ともに生きるということだ。――愛している、

 が息を吸い込んだ次の瞬間、は金の光に包まれていた。
 先ほどまで感じていた、体が石になったかのような重みがない。視界もはっきりとものの形を把握できる。指にも、温度が戻ったようだ。
 あたり一面に黄金の花が咲く中を、まっすぐに歩く。
 視界がまばゆすぎて、どちらが前で、どちらが後ろなのかもわからない。見据える先には金と金が混ざり合った地平線しかない。その地平線も、見ているうちにどちらが天でどちらが地なのか、わからなくなってくる。とりあえず、は自分が見据えている先へと歩いている。その先になにがあるのかもわからないまま、じっとしているのが嫌で動いているのだ。
 やがて、歩いている先に、花とは違う金色が見えた。
 駆け寄ってみると、やはりそれはギルガメッシュだった。遅いぞたわけ、と開口一番に罵られる。赤い瞳が包み込むようにを見つめている。嬉しくなって、その手を掴んだ。温かい。隣にふたり並んで、先へと歩き出した。
 どちらが前で、どちらが後ろかもわからない。どこへ向かっているのかもわからない。
 けれど、ふたり一緒ならば、どこへだって――



 ギルガメッシュは、覚醒した。
 目を開けて、飛び込んできた光景に息を吐く。見慣れたジグラッドの、玉座からの光景だ。
 窓の外は暗い。灯した明かりの油が、目を開ける前より明らかに少なくなっている。どうやら、カルデアのマスターを見送ってから、少しばかり居眠りをしていたようだ。つい最近過労死した経験から、少しは休息を挟むようになったが、今はそうもいかない。明日はティアマト神への総攻撃である。
 先ほどまでここにいた少女のことを思い返す。
 ギルガメッシュが触れるとたちまちに狼狽し、顔を真っ赤にしていた。生娘のような風貌をしている割に、手を出すと女の顔をした、未来からの少女。
 聞けば、英霊となったギルガメッシュが少女の恋する相手だという。英霊の自分もそれに応え、少女の体を開いたようだ。
 まさか、あんな平凡な少女に、と思った。
 カルデアのマスターということを考えても、特に変わったところはない少女。容姿も魔術師としての能力も、突出したところはない。あえて言えば、度胸ととっさの判断力はある。数多のサーヴァントと折り合いをつける度量もある。
 それだけの少女だが、確かに、どこか放っておけない。
 ――覚醒する前に、不思議な夢を見た。
 カルデアの少女とキャスタークラスの自分が、ともにいる。少女は命を閉じようとしていて、自分はずいぶん血に濡れている。どちらも魔力が尽きかけていて、手を取り合ってお互いを愛おしそうに見つめているのだ。
 夢ではない。未来だ。
 あの少女にとっては、そう遠くない未来の光景だ。
 人間はいずれ死ぬ。早いか遅いかの違いだけがある。
 この眼は先のことを見通す千里眼。人間の死などそれこそ膨大なもので、今更見たところで悲しみなどない。人間は愛すべきものだが、個々に愛を覚えているわけではない。
 あの少女の死は、少しだけ、惜しいと思ってしまった。
 もっと違う未来があるかもしれない。まだ知らぬ世界もたくさんある。可能性など、たくさんある。それを知らないまま、冷たくなっているのとは違う未来が。
 生きていれば、数多の可能性を見せてやれるのに。
 幸せそうに光と消えるふたりを眺めながら、そう思ったのだ。

「下らん――」

 ウルクに生き残った人数が、あの少女によって違ったものとなったように、あの少女の行きつく先も、変わるかもしれない。そんなことを考える自分が、なんだかおかしかった。
 第一、この先死して英霊になり、彼女の元へ召喚され、恋をして、彼女を愛するかどうかも、本当にそうなるのかわからないのに。
 この、百を超える生の中で、ひとりの女に恋をしたことも、愛したこともない。それが、あれほどまでにいつくしむような目をするまで、あの少女が自分を骨抜きにするというのか。
 にわかには信じられないことだ。けれど、見てしまったことは事実だ。まさかアレが自分の妄想だとは考えにくい。
 あの少女がいるのならば、カルデアとやらも退屈せずに済みそうだ。
 そう思ってしまうのは、未来のあの光景を見たからだけではない。ウルクにやってきてからの騒がしい日々を思えば、自分を楽しませる才能は確かにある。そして、先ほどのあの、女としての顔。
 この少女は妻にはしない、と思った矢先に考えることかと、おかしくなった。

「――仕方のない女だ」

 夜の冷えた風が入り込んでくる。夜明けまではまだ随分ある。その間に、やれることはやっておかなければ。
 対策を怠ったことが原因で無様に死んでは、毎日魔力を枯らしながら戦っている少女に立つ瀬がない。
 ギルガメッシュにそう思わせること自体、稀有なのだということを、カルデアに召喚された折には、嫌と言うほどわからせてやらねば。

「せいぜい我を楽しませろ、

 自然と吊り上がった口元からつぶやいていた。低い声は、ジグラッドのレンガの上に落ちた。
 声ににじんだ感情は、誰にも知られることなく、冷たい空気に溶けていった。







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