雑種は王の思惑に気づかない


 キャスターのギルガメッシュといえば、このカルデアが人理修復を始めてから割と早くに召喚されてくれたサーヴァントである。
 本人の尊大な態度と天邪鬼な言動からはわかりにくいが、意外とカルデアに対して協力的である。このカルデアの人員状況や施設内の設備などを隅々まで把握し、マスターである藤丸やロマニ、ダヴィンチに適時助言をしている。その小言は的確であるがゆえに耳に痛いことこの上ない。しかし、同時にものすごく頼もしい。
 彼はよく見ている。このカルデアのこと、カルデアと契約したサーヴァントのこと、マスターたる少女のことを。
 レイシフトでもカルデアのシュミレーターでの訓練でも、マスターをよく見ている。周りを冷静に見ているか、状況から先を予測しているか、指示はわかりやすく的確か。いつも彼に品定めされているようで緊張するし、戦闘後に小言を食らうことのほうが多い。けれど、それだけ見てくれていることが伝わってきて、もいつしか彼を目で追っていることが多くなった。

(うーん……やっぱりこれって、好き、なのかなあ……)

 には恋愛経験がほとんどない。まだ平凡な学生だった頃、年上の男性に対する淡い憧れはあったものの、それは恋と呼ぶには幼すぎた。もちろん、異性相手にハグやキスなどといった行為も経験がない。
 自分がギルガメッシュに抱いているこの気持ちが恋なのか、それとも尊敬の延長線上なのか。判別がつかなかった。
 もしこれが、恋だったら。

(あの王様相手に、恋か……)

 とんでもなく険しい道のりである。相手は人を人とも思ってないような古代の王様で、しかもサーヴァント。とは生きる時間が違う。

(まあ、それ以前に両想いになれるとは思わないしね。あの様子だと、少なくとも嫌われてはいないとは思うけど……)

 どうでもいい相手に口を利くほど優しい相手ではない。いくら自分のマスターとはいえ、が気に食わなければ言葉を聞くことなどないだろう。姿を見ることも許してくれないかもしれない。
 にやたら厳しかったり口うるさいのは、少なくとも嫌悪とか完全に興味がないとかそういう対象ではない……はず。

(そういえば最近、私の部屋にいつの間にか王様がいることも増えたしなあ)

 なぜか知らないが、急にマイルームに現れることがある。朝のブリーフィングが始まる前、マシュが起こしに来るよりも前に「雑種、いつまで寝ている!」と叩き起こされたり、一日の予定が終わってあとは休むだけという時間にやってきて一方的にしゃべって帰ったりする。

(……まあ、嫌われてはない、よね?)

 ──は経験がない上に、鈍感だった。
 それはそれとして、今日も一日が終わる。
 シュミレーターでの訓練、トレーニングルームでの筋力トレーニング、ブリーフィング、体調チェック、魔術の勉強などを経て、今日も今日とて疲れた。マイルームに帰って、シャワーを浴びて、早く寝たい。
 若干ふらふらとしながらもマイルームにたどり着き、ドアを開く。
 あくびをかみ殺しながら入った部屋には、ギルガメッシュがいた。ベッドに尊大に腰かけている。
 いつものギルガメッシュだ。特に不機嫌そうではない。いつもの、尊大な彼だ。なにも変わったところはない。ある一点を除いては。
 彼はなぜか、全裸だった。足を組んで座っているので肝心なところは見えなかったが、確実に全裸だった。

「遅かったではないか雑種。王たる我を待たせるなど」
「ぎゃーーーーーーーーーー!!!」

 ギルガメッシュがしゃべっている途中で遮ってしまったが、はそれどころではない。
 なぜ全裸。いや、そもそもなぜこの部屋にいる。いや、それはいい、どうせ暇だったんだろう。それよりも、なぜ、なぜ、なぜ。

(なんでなにも着てないのこの人!?)

 の悲鳴に、ギルガメッシュが顔をしかめる。

「ええいやかましい! なにを騒いでいるか! 王の言葉を遮るなど不敬であるぞ!」
「なにじゃないですよ! なんで裸なんですか!?」
「はっ、我が服を着ていようがいまいが貴様には関係ない。我は我がしたい格好をするまで」
「いやいや関係あるでしょ! ここ私の部屋!!」
「なにをそんなにうろたえている? ああ、さては貴様、このダイヤモンドにも勝る玉体のあまりの美しさに動揺しているな? よい、許す。我の美しさを賛美する語彙を思いつくまで存分に見るがいい」

 と、ひとりで勝手に納得したギルガメッシュが組んだ足をゆっくりと解き、立ち上がる。男の急所が見える前に、は本能的に危険を感じ、目元を手で覆った。

「そらどうした、目を隠していては我の美しさを堪能することなどできんぞ? そう硬くならずともよい。今だけ特別に、貴様が我をじっくりと見ることを許してやろう」
「やだぁ……! 絶対見ないですから! その汚いの早く隠してください!」

 それまでギルガメッシュは得意満面といった表情だったが、のこの一言で顔色を変えた。もちろん、怒りの方向に。
 眉尻をつり上げて大股でに近寄ってくる。

「汚い……!? 貴様、この我に向かって汚いと申すか! この黄金律の肉体を前に、貴様の目は節穴か!」
「やだー! 近寄らないでください! 不潔!」
「なにぃ……!?」

 目の前の全裸の男は、の発言に足を止めたようだ。おそらく、不潔などと生涯にわたって言われたことなどないのだろう。
 だって、まさか淡い好意を抱いている相手に言うことになるとは思わなかった。だがしょうがない。不潔なものは不潔だ。確かにこの男は美しい容姿をしているが、男の股間は誰のだってジャングルが広がっているに違いない。実際見たことはないが。まだ物心つく前に父親と一緒にお風呂に入った時に、「おとうさんなんでここ毛むくじゃらなのー?」と無邪気に聞いたような覚えがある。人種が違うので必ずしもあんなふうな毛むくじゃらではないかもしれないが、それでも絶対に汚い箇所のはずだ。そんなところを、こんないきなり、恋人でもなんでもない、そんなムードでもない状況で見せつけられたくない。
 が遠い記憶を呼び起こしている間に、ギルガメッシュはショックから立ち直ったようで、またにじり寄ってくる。が一生懸命顔を背けているのに、なんとしてでも視界に入って来ようとしてくる。指の隙間からギルガメッシュの裸足が見えるたびに、イヤイヤと首を振る。

「雑種ぅ……どうしてもこの玉体から目を逸らすというか。王に向かってなんたる不敬!」
「いやいや普通に嫌ですから! 王様のに限らずそんなところ見たくないですから!」
「ふっ、だがわかったぞ雑種。さては貴様、処女だな」
「……は、はいぃ?」

 なんかわけのわからないことを言い出した。この王様が気まぐれなのはいつものことだが、こんな脈絡のないセクハラをしてくるのは初めてで、一体どう反応すればいいのかまったくわからない。は混乱の極みにあった。
 まだ手を下ろす勇気が出ずに、薄目を開けて指の隙間からギルガメッシュの様子を窺う。なぜか、してやったりというような声色で、

「男を知った女であれば、コレを見て」

 その股間のイチモツを、ぶらーんとのほうへと振った。

「いやーー!! だから、見せないでくださいってば!」
「コレを見た瞬間にその身に刻まれる快楽を想像し、一瞬で淫らな顔つきになるであろう。よって、そうならない貴様は処女だ!」
「なにが、よって、なの!? 全っ然わかりませんけど!?」
「よい、寵愛してやるぞ、雑種!」

 この男の理論がまったく理解できない。一体なにを言っているんだろう。その、自称立派なイチモツを見て女の顔をしなかったから処女に違いないとは。いや、処女は合っているのだが、好き好んで男の性器を見たがる女性がいるのだろうか。少なくともはそうではないし、が知っている女性たちもそんな嗜好の人はいない。はず。
 ますます混沌に陥っていくの隙をつき、ギルガメッシュがその腕を掴んだ。目元を覆っている手を外そうとしてくる。
 冗談ではない。この手が外れてもまだ目をつぶればいいが、なんとなく遮蔽物がないのが嫌だ。

「やだやだ離してください! こっち来ないで!」
「照れる気持ちはわかるが、そう恥ずかしがらずともよいぞ。なに、最初はコレの扱いに困るかもしれんが、そのうち慣れるさ。貴様は我の目の前で困難を乗り越えてきた、見どころのある雑種ゆえな!」
「今!? その評価今言う必要あった!?」
「さあ、我の輝かんばかりの玉体、そしてコレを穴が開くほど凝視するがいい! なんと立派な、と讃えてもよいのだぞ!」

 ギルガメッシュはキャスターであるが、筋力はC。サーヴァントの力……というか普通に男性の力にかなうはずもなく、の腕が強引に取られてしまう。
 その手を掴んで、ギルガメッシュが導いたその先にあるものとは──

「いーーやーーだーー!! 最っっ低!! 王様なんて嫌いだーーーー!!!」

 は、今日は使うことがなかった令呪を三画すべて発動させた。



 三画の令呪をもってして、の貞操は守られた。しかし、心には深い傷を負ってしまった。
 騒ぎを聞いて駆け付けたサーヴァントたちが何日かマイルームを見張ってくれるらしいが、それもいつまで続くかわからない。
 いつまたあの王様が気まぐれを起こすかわからない。というか、なぜあんなトラウマレベルのセクハラをしてきたのかにはよくわからないのだ。

(王様のばか、王様のばか……!)

 好きだったのに。
 心の内でそれがはっきりと言葉になる前に、もやもやとした判別しがたい感情になって、のどの奥で渦巻く。知らずこぼれた涙を、は枕に顔を押し付けて拭った。
 ──知らぬは本人ばかりなり。
 感覚がまったく共通することがない古代の王に恋した少女と、その少女を満更でもなく見守っている王。
 ふたつの心が交わる日が、果たして来るのか。今はまだ、誰にもわからないことだった。



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