雑種は王の心がわからぬ


「キャスター、ギルガメッシュ。貴様の召喚に応じたのではない。付け上がるなよ、雑種」

 第七特異点のバビロニアから帰還した後に召喚したのは、なんとあのウルクの王様だった。その時は、あの攻撃から私をかばってくれた王様がカルデアに来てくれたんだと、すごくすごく嬉しかった。実際、種火周回や素材回収にはずっと王様を連れていったくらいだ。王様も、口では文句を言いつつも私に付き合ってくれた。やっぱりなんだかんだと面倒見がいい人なのかもしれない。そう思って、ますます尊敬の念を強くした。
 気が付けば王様は私の部屋に居座っていた。以前はエミヤがいてくれたのだが、どうやら王様が追い出したらしい。渋い顔をしていた彼をつかまえて得意料理をねだり、普段の三倍くらい料理の出来を褒めちぎってなんとか機嫌を直してもらった。
 私の部屋に居座った王様は、ここでもなにかと文句が多い。「我を退屈させるな」とか「小間使いらしく我に傅け」とか「部屋の隅にホコリがたまっているぞ」とか。最初は王様に気に入ってもらえたのかなと思っていたけれど、ここまで細かく言われ続けていると、さすがにやかましい王様だなと思うものだ。文句があるならここにいなくてもいいのに。王様はなんだかんだと言いつつここを離れようとしなかった。
 そんなある日のこと。私は体調を崩してしまった。頑丈なのが取り柄だと思っていたのに、疲労が重なって熱を出してしまったのだ。

「体調管理もまともにできんのか、貴様は」

 案の定、マイルームにいる王様から罵られる。額に冷却シートを貼って、ベッドで布団にくるまっている私を、ベッドの脇に置いた無駄に豪華でふかふかの椅子(王様の私物)に座って見下ろしている。その表情は呆れかえっている。

「いや、普段ならちゃんとできてるんですけど……」
「こうして熱を出しているのができておらん証拠であろう。凡人のくせに身の程をわきまえず無茶をするからだ、たわけ」
「はい……おっしゃる通りです……」

 王様の言いように思うところがないわけではなかったけれど、それももっともだなと思い、なにも反論しなかった。カルデアにいるマスターは、今は私ひとり。こんなふうに体調を崩している場合じゃないことはわかっているのに、どうにもならない体がもどかしかった。

「仕方あるまい、今日ばかりは貴様の体調に免じて……」

 まさか、寝込んでいる私に気を遣って、今日はマイルームで静かにしていてくれるのだろうか。

「我の話を特別に聞かせてやろう。喜べ雑種」

 なんだそれ。王様の話を聞くのはいつもと同じじゃないか。なにが特別なんだろう。
 と思っていたが、どうやら王様が話してくれるのは王様の過去の冒険譚のようだった。それは確かに普段は話してくれない。私は素直に喜んだ。
 それから、王様がイシュタルにどれだけ手を焼かされたのかとか、エルキドゥと一緒に地上の悪を倒していったこととか、冥界に行った時のこととか。色々な話をしてくれた。熱があって体に力が入らなかったのだが、王様の語り口は多彩で面白くて、思わず王様の話に夢中になっていた。
 王様の話を聞いていると、あっという間に時間が過ぎていったようだ。エミヤが私の昼食を部屋まで持ってきてくれたことで、お昼を回っていたことに気づいた。
 エミヤは、相変わらず私の部屋に居座っている王様に、「病人をあまり困らせるんじゃないぞ」と釘を刺して部屋を後にした。王様は、話を邪魔されたからなのかそんなことを言われたからなのか、不愉快そうにエミヤの後姿を睨んでいた。このふたりも相変わらず仲が悪そうだ。熱が下がったらまたエミヤのご機嫌をうかがおう。
 上体を起こしてエミヤからの膳を受け取った私は、レンゲを手に取った。玉子粥にかぼちゃのそぼろあんかけ、すりおろしりんご。典型的な風邪を引いた人に出す食事だ。私は別に風邪じゃなくて疲労で熱を出しているだけなんだけどなあ……と思ったが、病は胃からとも言うし、胃を労わるに越したことはない。
 それにしてもおいしそうだな、と思っていると、レンゲと食事の乗った膳を隣から伸びてきた手に奪われた。

「あ、王様……?」
「貸せ、我が手ずから食わせてやる」
「え、いや、別にそこまで体がだるいわけじゃ」
「ははは、この我に世話させるなどいくら貴様でも身が細る思いだろうが、今日は特に許す」
「あの、話聞いて……」

 と言っても、なぜか上機嫌の王様は聞いてくれなかった。お粥をレンゲですくうと、それに息を吹きかけて冷ましている。

(王様が、ふうふうしてる……!?)

 驚いた。この人ふうふうとかするのか。ていうか、お粥が熱々だから少し冷ますとか、そういう発想があること自体驚きだ。問答無用で熱々のお粥を口に放り込まれるかもしれないと身構えていたが、それは杞憂だったみたいだ。

「そら食え」
「う、うん……」

 そしてそのままレンゲを私のほうへ突き出した。恐る恐るそれを口に含むと、出汁がきいたお粥が口の中に広がった。おいしい。適度に冷まされていて、舌も全然熱くない。

「ふん、この我にあーんをさせるなぞ、貴様くらいなものだ。光栄に思えよ、雑種」

 なぜか上機嫌な王様の顔を見て、この一言がなければ完璧なのになあ……と思わないでもなかった。
 そうして王様からあーんしてもらい、食事を全部食べ終わった。そろそろ上体を起こしているのが億劫になった私は、食べた直後だけどベッドに横になった。おなかも膨れたことだし、熱のだるさもあるから少し寝たい。

(王様、まだ昔のこと話すつもりなのかなあ……イシュタルの話も聞いたし、エルキドゥの話だって……ん? エルキドゥ……?)

 もしかして、王様が看病を知っているのは、エルキドゥのことがあるからじゃないだろうか。神々の怒りを買い、衰弱していくエルキドゥを看取ったんだ、この王様は。もしかしたら、弱っていく一方のエルキドゥを看病していたんじゃないのか。生前、唯一の友だと認めていた緑の人を、今みたいに。病にかかったのではなくて、確実に命を擦り減らし、元気になることがない友を、その手で看病したのではないか。
 ぐっと胸を締め付けられた。
 この王様は、エルキドゥの死後、不老不死の霊草を求めた旅を経てウルクをよく治めた王様。エルキドゥと語り合うことはなにもないと言う。一体どんな気持ちで、それを言ったのだろう。
 首の下にある布団の端を握りしめた。これは私の勝手な想像だ。なのに、勝手に王様の顔をどんな顔をして見ればいいのかわからなくなっている。こんなことを考えていると知られたら、絶対に「王の心象を雑種ごときが量ろうとするな」とか言われる。本当にその通りだ。他人の心もよくわからないのに、英雄として国を滅ぼしたり治めたりした王様の心なんか、一朝一夕で推し量れないだろう。
 それでも。どんな気持ちで私の看病をしてくれたのかと、それは知りたくなったのだ。
 王様のほうを見ないようにしていた視線を、意を決して王様のほうへ向けようとしたその時だった。布団をめくって、王様がベッドにもぐりこもうとしていた。なぜか素っ裸で。

「なっ!? なにしてるんですか!?」
「雑種、おくすりの時間だぞ」
「え? いや、私は風邪とかじゃないから薬はいらないんですけど……」
「鈍いやつめ、我に皆まで言わせる気か?」
「え……まさか、その股間のもので注射してやるとかくそみたいな下ネタ言わないですよね……?」

 王様がにっこりと笑った。なにわろてんねん。思わずそうつっこみそうになった。
 すっぽんぽんで布団の中に侵入を果たした王様は、私に手を伸ばしてきた。その手を両手で防ぎながら、口でも必死に抵抗する。

「いやいやいらないですから……! おとなしく寝かせてください!」
「我自ら貴様のその体を温め、そして汗をかかせてやろうというのだぞ? 涙を流して喜ぶがいいぞ、許す」
「正気なんですか!? 絶っっ対にいらないです!」
「なに? この我の情けをくれてやろうというのだぞ。そら喜べ」
「それのどこが喜べるんですか! こっち来ないでやーめーてー!」
「そうか、照れておるのだな。貴様の気持ちはわかった、もうなにも言うな」
「なにひとつわかってないから! ウルクであんなにかっこよかった王様はどこへ行ったんですか!」
「なんだと? 我に不満があると言うのか貴様!? こんなに貴様に心を砕いてやっているというのに!」
「不満ていうかつっこみどころありまくりだよ! そもそもこういうのは恋人どうしでやるもんでしょ! 王様は違うから!」
「むううぅぅ」

 私の必死の抵抗に業を煮やした王様は、サーヴァントの力でもってして私を強引に抱き寄せた。その力の強さと言ったら。普通の男の人でもかなわないのだが、サーヴァントとなるとまずかなわない。

「いだだだだ力強いな!? キャスターのくせになんで筋力Cもあるの!?」
「ええい黙れ! おとなしく我に抱かれろ!」
「貞操の危機におとなしくできるか!」
「貴様、照れ隠しにも限度があるぞ! ここまで甲斐甲斐しく看病してやったのだから、既成事実のひとつやふたつ作らせろ!」
「そういうつもりで看病してたんですか!? 最低だーー!」

 王様との攻防は一進一退だった。やがて、体力を使い果たした私はいつの間にか寝入ってしまっていて、王様も体を動かしたからか一緒に寝てしまったそうで。
 その後、私の様子を見に来たマシュが、私と素っ裸の王様が一緒に寝ているのを見て盛大に誤解してしまい。その誤解を、王様がこれ幸いと喧伝してしまったせいで、みんなに広まってしまい。それを解くのに一週間近くもかかってしまった。ご機嫌伺いにいったエミヤには、逆に心配されてしまう始末で、彼の作ったプリンが私の心を癒してくれた。
 マイルームには相変わらずウルクの王様が居座っている。また文句やらちょっかいやらをかけられるのだなあと思うと疲れるが、王様が飽きるまでの辛抱だと思うことにした。



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