真珠色の服


※お題箱より「宝物庫に入ってる服でぐだを着飾る王様」と「髪にキス」


「ふむ、白だな。やはり花嫁は白い衣装でなくてはな」
「はあ……いや、花嫁って……!?」
「貴様が今着ているものは花嫁衣装だ。白以外にもあるぞ、着てみるか?」
「いやそこじゃなくて……!」
「貴様は我の伴侶であろう。それとも我以外の男になびくつもりか?」
「それは、ないけど……」
(は、伴侶って……)

 キャスターのギルガメッシュの発言に顔を赤くする。花嫁衣装を少女の体の前に当てていたギルガメッシュは、手を止めてそのりんごのような頬にキスを落とした。ますます赤く染まる頬を見て、満足そうに口角を上げる。

「愛いやつだ」
「〜〜っ」
「そんな顔で睨んでも我を喜ばせるだけだぞ? それとも煽っているのか?」
「んもう……次はこれを着ればいいんですか?」

 ギルガメッシュの手から衣装を奪い取ると、逃げるように隣室へと駆け込んだ。照れ隠しであることはギルガメッシュにばれているようで、閉めたドアの後ろから低い笑い声が聞こえてきた。頬の火照りを鎮めるために、纏っていたドレスを脱ぐ。肩掛けのワンピースドレスが床に落ち、パールホワイトの波を作った。
 少女は今、ギルガメッシュによって着せ替え人形となっている。いつだったか、まだ少女とギルガメッシュが思いを交わす前にした、「我が宝物庫には女を着飾る衣装もある」という会話を気まぐれに思い出したらしく、休みで予定のなかった少女を捕まえて宝物庫の中身を着せているというわけだ。

(着飾る衣装が花嫁衣装オンリーなのは、やっぱりあの時とは王様の心境が違うってことなのかな)

 紆余曲折を経て共に生きると決めたのだ。堂々と伴侶だと言ってもらえるというのは、これ以上なく嬉しいことだった。

(すっごく恥ずかしい、けど……やっぱり嬉しい……)

 手にした白い衣装を見る。肌触りがとんでもなく良く、裾が長いせいか重い。高価で上質な絹が惜しげもなく使われている。装飾は控えめだが、裾のラインに施された刺繍とレースの細かさが、手間暇がかかっていることを物語っている。つまり、すごく高そう。
 今まで着せられた衣装のどれもこれもが華美で豪華なものだったが、これならばまだ背伸びして届くような気がする。コルセットの下で弾む胸を押さえると、ドレスに袖を通した。
 刺繍の入ったスカートの裾が歩くたびに左右になびく。よくある女神の彫像が着ているようなホルターネックの衣装で、裾があまり広がらない大人しいエンパイアラインのドレスだった。後ろを振り向くと、長い裾が魚の尾びれのように美しく広がっている。思わず息を飲むような、気品のある衣装だった。

「ほう、なかなか似合うではないか。我の見立て通りだな」
「うひゃあっ!」
「──しかし、当の本人に色気が足りんとはな。褥で上げるような声は出せんのか」
「こんな時間からなに言ってるんですか! もう、びっくりさせないでください……」

 確かに色気もなにもないと自分でも思うが、ノックもなしに部屋に入ってきたギルガメッシュが悪いのだ。非難される筋合いはない。
 ギルガメッシュは少女の様子に構うことなく、ドレス姿を凝視している。なにか変なところでもあるのだろうかと不安になっていると、ギルガメッシュは化粧台の鏡の前に少女を座らせた。

「ふむ……服のラインはなかなか悪くないが、胸元が空いてないのは減点だ。首元を装飾で飾れん」

 と言いつつ宝物庫から取り出したのは、金の装飾が扇状に広がった首飾りだった。やはり金は欠かせないらしい。

「えー、それは別になくてもよくないですか」
「なにを言うか! 我の妻なのだぞ、金を纏わずしてなんとする!」
「つっ妻……え、あの、私、そういう派手なの、あんまり似合わないから……」

 妻発言に再び頬を紅潮させつつ、首飾りを持つ男の手を退けた。そんな金ぴかが似合うようなゴージャスな女ではないと自覚がある。それに、髪も瞳も目立つ色をしているのだ。派手な色に派手な装飾は似合わない。
 少女の言を受けて、ギルガメッシュはふむ、と小さく頷いた。

「まあ貴様のような女はゴージャスにするよりも、元の色を引き立てるよう引き算をしていくほうが無難か。我は足し算でも生来の美しさが負けることはないが」
「あーはいはいソウデスネー」

 手にした金の首飾りを宝物庫にしまうと、そのままなにやらごそごそと漁っている。まさかまた金ぴかを取り出すんじゃないだろうなと疑いの目で見ていると、やがてギルガメッシュがあるものを取り出した。

「花嫁はこれがなくてはな」

 ドレスの裾と同じように、端に細やかな刺繍が施されたヴェールだった。鏡越しに、その楚々とした趣の薄布を少女に被せるギルガメッシュの姿が映る。

「あ……きれい……」

 白いヴェールに透けた髪が刺繍を際立たせる。確かにギルガメッシュの言う通り、ヴェールを被るだけで一気に花嫁感が増した。鏡の中の自分をまっすぐに見つめて笑みを浮かべる男が目に入り、慌てて目を逸らした。そのあからさまな照れ様に追い打ちをかけるように、ギルガメッシュが耳元にくちびるを寄せた。

「気に入ったか?」
「っ……う、うん……きれいだなって……」
「そうか。ではこれを元に我の好みに改良させた上で、貴様の体に合うように作らせよう」
「え……は、えっ!? つ、作るって……!?」
「なにを驚く。我が冗談で貴様に花嫁衣装を着せるとでも?」

 つまり、本気でオーダーメイドの花嫁衣装を少女に着せるつもりなのだ。ふたりの結婚式で。

「〜〜っ王様……!」
「なにを泣く。感涙するなら式の最中にするがよい」
「……うん……! あっ、痩せなきゃ……」
「馬鹿者、貴様の体に合わせて作らせると言ったであろう。採寸したサイズより痩せても肥えてもならんぞ」
「う……は、はい……」

 こぼれ出た涙を指で拭うと、ギルガメッシュは少女のヴェールを、まるで誓いのキスの前のように持ち上げた。少女のくちびるをじっと見つめた後、小さく息を吐いた。
 キスされると思っていたのに、と、少女が少し残念に思っていると。
 鏡越しに、ギルガメッシュが少女の髪をひと房手に取り、そっとくちびるを落としたのが目に入った。
 髪にくちびるが触れる瞬間、閉じられたまぶたが、まるで祈るような──
 それを見た瞬間、また泣きそうになった。けれど、今はその時ではないと、まぶたを強く閉じて、衝動を落ち着かせる。

「ギル様」
「ん?」
「ありがとう」

 と言って、目の前の胸に顔を押し付ける。直後に両腕が少女の体に回され、ギルガメッシュの使う香と、ほんの少しの体臭が混じったにおいに包まれた。
 今はまだ化粧もしてないし、絹の靴もブーケもないけれど。それでも、本当の花嫁衣装を着る時まで、この姿を目に焼き付けておこうと、少女は鏡の中の自分を見返した。
 涙は、あとに取っておこう。
 今は涙など似合わない幸せの最中なのだから。



「さて、どうするか……」
「王様、どうしたの?」
「我にしては今、珍しく迷っている」
「……? なにに迷ってるの?」
「貴様の花嫁姿をこのままもう少し眺めるか、今すぐ脱がせて初夜の予行練習といくか……今までほとんどの物事において迷いなく裁量を下してきたが、ここにきて我を惑わすとは……まったく貴様というやつは、どこまでも度し難い女よな」
「なっ……! 真面目な顔してるからなにかと思えば……! お、王様のえっち、すけべ!」
「やめろやめろ、褒めても煽っても子種しか出んぞ」
「わーーーー最低だーーーー!!」



inserted by FC2 system