ふたりともうひとりとスタンプ


「あっ、やぁん、おうさまぁ」
「ここが悦いのか、ん?」

 ある夜のカルデア。マスターの部屋では、嬌声と粘着質な音が鳴り響いていた。マスターである少女と、少女の恋人であるキャスターのギルガメッシュが睦みあっているのだ。

「あん、そこ、だめぇっ……! あ、いや、やぁっ」
「それが嫌がる態度か? いい顔をしおって」
「ああん、あっ、だめ、もうっ……!」
「いいぞ、我の名を呼びながら果てるがよい……!」
「ああん、ギルさまぁっ! いっちゃうよぉ……!」

 外にまで聞こえるのではないかと心配になる甘い声と、ベッドの軋む音。部屋は防音、壁も厚いカルデアの構造なので、その心配は無用のものなのだが。
 こうして若いふたりは──ギルガメッシュは中身は若くはないが──夜な夜なお互いを激しく求めあった。行為に疲れ果てて眠ってしまう少女を腕の中に抱いて、寝顔を楽しみながらうつらうつらとするのが、ギルガメッシュのひそかな日課になりつつあった。
 朝方、目覚ましが鳴る前。
 眠りを必要としないサーヴァントのギルガメッシュであるが、この日は珍しく眠っていた。カルデアに根を下ろしてからこちら、働き詰めであったのだ。はじめはマスターやカルデアスタッフの仕事に手を貸しているだけだったのだが、その有能さ故になんでもこなしてしまうので、必然的に仕事量が増えていくのだ。なぜサーヴァントになってからも過労気味に働いてしまうのか。確かに労働とは尊いものだが、それは自分以外がするから尊いのだ。いつから、守るべきものがあると働くようになってしまったのか。明らかに天命間近だったあの時の影響である。
 それでも、少女のあどけない寝顔を見ていると、それも悪くないと思えるのが不思議だ。
 半ば覚醒状態だったが、まだ少女も起きない。腕を伸ばして鳴る前の目覚ましを止める。一緒に寝坊でもするかと、再び少女の髪に鼻先をくっつけたその時だった。

 ぴこん。

 軽快な電子音が聞こえてきた。距離は近い。何度か耳にしたことのあるそれは、マスターが持っている携帯端末の通知音だった。短い音が一回鳴っただけで、あとは静かだ。着信やアラーム機能ではなく、メッセージかなにかが届いた通知のようだ。
 それならば問題はない。マスターを起こさなくてもいい。そう思い、ギルガメッシュは改めて目を閉じて、意識を沈ませようとした。

 ぴこん。

 再度通知音が耳を打った。まあ、一度に収まりきらずに、何回かに分けてメッセージを送ることもあると聞く。あと二、三回鳴ってもおかしくはない。
その予測通り、ぴこん、ぴこんと続けて電子音が鳴った。そして沈黙した。しばらく待ってみたが、音沙汰はない。どうやら最後のメッセージだったようだ。
 これで安心して寝坊できる。

(まったく人騒がせな)

 王の寝坊を邪魔するとは不敬である。あとで少女に誰からのメッセージか聞き、罰を与えなければ。
 理不尽なことを考えつつ、目を閉じた。これでやっと惰眠を貪れる。

 ぴこぴこぴこぴこぴこぴこぴこぴこぴこぴこぴこぴこぴこぴこぴこぴこぴこぴこん。

「やかましいーー!!」

 思わずそう怒鳴って身を起こした。マスターの枕元に置いてある端末からは、ひっきりなしに通知音がする。メッセージの発信者が、マスターからの返信がないことに痺れを切らしているのか。

「おのれ不敬者めが! 王の安眠を妨害しおって……!」

 マスターはまだ起きない。疲れが溜まっていたのか、それとも昨夜盛り上がりすぎたか。通知音とギルガメッシュの怒鳴り声にも、少し身じろぎをしたくらいで、再び眠りについてしまった。
 いまだけたたましい音を立てる端末を手に取る。画面には、メッセージアプリに受信通知が出ている。その発信者の名前を見ると、こう表示されていた。

【英雄王ギルガメッシュ】

 ブチ。
 ギルガメッシュの中でなにかが切れる音がした。手に力を込めたせいで、みしり、と嫌な音を立てる端末。しかし、それを咎める者はこの場にはいない。唯一咎められる者は眠りこけている。
 その時だった。マスターの部屋に近づいてくるサーヴァントの気配。マシュではない、見知った気配。
 ギルガメッシュが扉に視線をやると同時に、ズガァァァンという凄まじい轟音を立てて扉が砕け散った。

「へあっ……!? な、なに!?」
「雑種! いつまで寝ている! この我からのメッセージに三秒以内に返信しないとは、不敬であるぞ!」

 さすがに、衝撃を伴った轟音の前ではおちおち眠ってもいられなかったのか、少女が驚きの声とともに身を起こした。扉の向こうから怒鳴り声を上げたサーヴァント──アーチャーのギルガメッシュが、青筋を立てながら部屋へ入ってきた。すっぽんぽんでベッドの上にいるふたりを見て、眉をはね上げる。

「ほーう? 貴様ら、さては夜明けのコーヒータイムか?」
「あ、アーチャーの王様!?」
「いい格好だな、雑種」
「はい? ……って、ぎゃあ! なんで裸なの!? 寝る前にちゃんと下着つけたはずなのに」
「我が脱がせた。それよりもちゃんとシーツで隠しておけ。我以外の男に肌を見せるな」
「いやいやその発言はおかしくないですか!? 脱がせておいて隠しておけって理不尽すぎるでしょ」
「服を着たままでは、貴様が寝ている間に体を弄れんだろうが」
「寝てる間になにしてんの!? 初耳だけど!?」
「寝ている間もちゃんと性感に反応する様はなかなかのものだぞ?」
「王様発情期なの? 寝てる間は、え、えっちなことはダメだってばぁ……」
「ええいそこの色ボケども、我を放っていちゃつくな!」

 いつの間にか蚊帳の外になっていた英雄王が地団駄を踏んだ。マイルームのドアだったものの残骸が、その地団駄によってばきっ、と硬い音を立てた。英雄王の存在を思い出した少女は、シーツで体を隠しながら抗議の声を上げる。

「あ! っていうかなんでドア壊しちゃったんですか。技術さんたち忙しいんですから、余計な仕事増やしちゃ怒られますよ」
「それもこれも雑種、貴様が返信を寄越さんからだろう!」
「返信?」
「これのことか」
「あっ、王様また勝手に私の端末を……」

 慣れた様子でキャスターのギルガメッシュが端末のロックを解除し、メッセージアプリを開いた。勝手に操作され、マスターは不満げにくちびるを尖らせたが、ギルガメッシュはまるで意に介してない。

「えーっと、なになに……うわなにこれこわい」

 英雄王とのトーク画面を開くと、そこにはスタンプがずらりと並んでいた。遡っても遡っても延々とスタンプが続いている。今日の始まりのメッセージが見えない。束縛が激しい恋人か。

「先ほどのやかましい通知はこれか」
「これしかも自分のやつ……」

 トーク画面いっぱいに「酔狂よな」と嘲笑する英雄王の姿がある。はっきり言って、使いどころがすごく限定されているスタンプである。

「ふっ、我の美しさと威厳を備えたこのスタンプ、我が使わずしてなんとする。よいぞ、許す。存分に賛美せよ」
「えええ……」

 要するに、このスタンプを使いたいのと、マスターに褒められたいので、朝っぱらから鬼のようにスタンプを送りまくっていたのだ。らしいといえばらしいのだが、それに振り回される身としてはたまったものではない。振り回されるのは、隣にいる全裸の男だけで十分だというのに。

「若い我よ、こやつに間夫は間に合っている。他の凡夫に送るがよい。よってブロックするぞ」
「ほう、嫉妬か? 我と雑種の仲の良さを妬んでいるな?」
「なに、こやつはすでに我以外の男になぞなびかぬように躾てあるが、今朝のように蜜月を邪魔されるのは興が冷めるのでな」
「あっ……王様ってば、どこ触って、っ……」

 少女の腰に回された賢王の手が、シーツの下で思わせぶりに動く。甘い声が出そうになるのを、口を閉じて我慢する。横を見ると、楽しそうに目を細めた男が少女を眺めている。完全に見せつけて楽しんでいる。そして、その奥に見える英雄王の表情は、その思惑通り見事に不機嫌になっていた。

「あ、あの、ブロックは私としてもちょっと困るので、通知オフじゃダメですかね……」

 ふたりの顔色を伺いながら、精一杯妥協案を出す。だが、英雄王の機嫌は直らなかった。むしろ火に油を注ぐ結果になった。

「貴様! 我からのメッセージをなんと心得る! 感涙しながら拝し、三秒以内に返信すべきところであるぞ! 通知を切って我のメッセージに気づけるものか! そんな芸当ができるのはニュータイプだけだ!」
「いやニュータイプでもメッセージが来たことは察知できないと思いますけど……」
「若い我よ、言ったであろう。こやつ以外の者にメッセージを送れと。よもや、マスター以外に送る相手がいないとは言うまいな?」

 え、それ聞いちゃうんだ?
 マスターは青ざめた。思っていても絶対に口にしてはいけないと、厳しく自戒していたのだが。さすがギルガメッシュ、いつでも空気を読まない男である。

「はっ、我はあえて相手を増やさぬだけだ。王たる我が気安くアドレス交換していては、減るであろう。ありがたさとか」

 つまり、マスター以外にメッセージを送る相手がいないということだ。ものすごく偉そうに胸を張っているが、そういうことだ。ますます英雄王をブロックすることに対して罪悪感を覚える。それを見て取ったのか、賢王から鋭い視線と低い声が飛んできた。

「貴様……若い我に対して罪悪感を覚えてはいまいな」
「えっ、い、いやいやそんなことはまったく」
「ならばあれをブロックしても問題はなかろう」
「おい雑種、ブロックを許したらどうなるか理解しておろうな? 二度とエアを使ってやらぬぞ」
「えっ」
「貴様にはほかの男と連絡する必要などないだろう? さもなくば、端末を魔杖の試し打ちの的にしてくれる」
「ええっ」
「その凡百な頭でも、我を優先すべきだと理解しておるだろう。そこの色ボケに思い知らせてやるがよい」
「当然我を選ぶであろう、マスター? さあ、若い我にもう二度とメッセージを送ってくるなと言え」
「雑種」
「マスター」
「ええええ」

 人生最大の修羅場かもしれない。ふたりのギルガメッシュがこめかみに青筋を立てながら迫ってくる。しかも、どちらを選んでもただでは済まない。どうしてこうなった。モテ期なのか。ギルガメッシュ限定のモテ期。ちっとも嬉しくない。こちらは半泣きである。
 ふたりのギルガメッシュからの殺気が部屋に満ちる。混乱の極みに陥った少女は、一縷の希望にかけて叫んだ。

「だっ、誰かあ!! 誰でもいいから助けてーーーー!!」



 その後、ふたりのギルガメッシュは、少女の声で部屋に駆けつけたエルキドゥによって「マスターを困らせるサーヴァントなんていらないよね?」と天の鎖で縛り上げられた。
 この事件のことは結局うやむやになって終わったのだが、あれから英雄王からメッセージが送られてくることはないので、一件落着ということだろうか。
 もう二度と経験したくない恐怖体験として、少女の心にトラウマを残したことを除いて。



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