脳内意味不明男と主


※名前変換ありません
※女性特有の月一のアレの話題です。苦手な方はブラウザバックを




 ここはオノゴロジマの八尋殿。うららかな天気の昼下がり、モモタロウが濡れ縁に座って庭先を眺めていた。今はすることがないのか、手持ち無沙汰そうに足をぷらぷらさせている。庭──というには広すぎる花廊では、御庭番に任じられた二人組が手入れをしている様子がうかがえる。今日の御庭番はアマテラスとツクヨミである。時折、ツクヨミの金切り声がこちらまで届く。お姉さんらしく世話を焼きたがるアマテラスに、ツクヨミが機嫌を損ねているようだ。そしてそのツクヨミの反抗を受けて、ますますアマテラスが欝々とする様子が手に取るようにわかる。御庭番を終えて戻ってきたら騒がしそうだな……と、モモタロウは独り言を口内でかき消した。
 そんなモモタロウに、足音が濡れ縁を伝って近づいてきた。誰だろう、と視線を上げると、白い服を着た男がこちらへやってくる。ヤマトタケルだ。あちらもモモタロウに気が付いたのか、視線を合わせると右手を軽く上げた。
 相変わらず暇そうだな、と思っていると、そのヤマトタケルが左の頬を押さえていた。

「よお、暇そうだな」
「暇とか君に言われたくないんだけど。……その頬、どうしたの」
「ああ、これか」

 ヤマトタケルが左手をどけると、その下には見事な紅葉があった。くっきりとあとが付いていることから察するに、相当な勢いでひっぱたかれたのだろう。モモタロウは思わず顔をしかめた。

「なにそれ、誰にぶたれたの?」
「おや、モモタロウ様とヤマトタケル様」

 そこへちょうど通りかかったウシワカマルが、ふたりに声をかけて近寄ってくる。そして、同じくヤマトタケルの左頬を見て顔をしかめた。

「これは……また見事な手形ですね」
「あのな、結構痛いんだからな。他人事かもしれないが」
「他人事だし。ていうか、ほんと誰にぶたれたらそうなるわけ」
「主だ」
「は? 主さんがぶったの?」
「おやおや、それはなにか深い理由がありそうですね。なにがあったか聞いても?」

 ウシワカマルの質問に、ヤマトタケルが頷こうとしてそれをやめた。モモタロウを見てなにかためらっているようだったが、やがて「……まあ、いいか」とつぶやいた。濡れ縁に座り込むと、ことの成り行きを話し始めた。



 つい先ほどの話である。昼下がり、暇を持て余したヤマトタケルは主の部屋を訪れた。やることも特にない、タケミカヅチの随行は別の者がこなしている、しかし外に出かけるのも面倒くさい。ということで主のもとへとやってきたのだ。八傑以外には内緒にしている──というかわざわざ言うことでもないし、言い出す機会もなかったので明言していないだけ──が、もともとヤマトタケルと独神は恋人同士だ。突然部屋に行っても特に不思議ではない仲なのだ。
 ヤマトタケルが部屋に入ると、主は机に突っ伏してうたた寝していた。食事を取った後のこの陽気、確かに眠くなるのも当然だろう。普段真面目に独神として働いている彼女も、眠気に負けることもあるのだ。
 暇つぶしがてら、ご機嫌でも取っておこうかと思っていたヤマトタケルは、肩透かしを食らって小さく息を吐いた。眠っているのでは暇つぶしにならない。
 主の隣に座ると、無防備な寝顔を指でつついた。少しまぶたが動いたが、それだけだった。主は起きない。

(……そういや、こんなふうに触れるのも久しぶりだな)

 八百万界のため、様々な困難に砕身している主。悪霊やら殺界炉やらの問題が山積している。タケミカヅチが仲間として各地を巡りだしてからは、特に忙しかった。そんなにべったりするような仲でもないが、ふたりきりになるのが久しぶりだと感じるくらいには触れていない。
 そう思うと、急に体に触れたくなってきた。起こさないように、とはもはや言ってられない。距離を詰めて腰に手を回し、うなじに鼻先を埋める。主の香りが鼻をくすぐった。
 ちゅ、と音を立ててうなじを吸うと、さすがに気が付いたのか、主が顔を上げた。

「……ん、あれ……ヤマトタケル……? なに、してんの?」
「夜這いならぬ、昼這い?」
「昼這いって、もう……、ん」

 小言の予感を察知したヤマトタケルは、その小さな口を自分のそれでふさいだ。柔らかいくちびるを軽く食んでから、舌先をそっと滑らせる。歯の隙間をこじ開けて口内に侵入し、その舌を絡めとった。

「ん、や、ちょっと待って」
「なんだ?」
「その……本当に今するつもり?」
「そうだけど」
「だめ、今はちょっと……」
「乗り気じゃないって? 心配しなくてもそのうち乗り気になるだろ」

 といって、またくちびるに吸い付こうとする。その顔を手で制した主は首を横に振った。

「いやそうじゃなくて! 今……アレの最中なの、月に一回の……」
「は?」

 もごもごと尻すぼみの言葉を耳にして、思わず体をじろじろと見下ろすヤマトタケル。恋人であってもこのことを口にするのは恥ずかしいのか、視線をそらして頬を赤らめている。その表情は可愛い。可愛いのだが。

「……独神でもなるのか、月の障りって」
「う……わからない、けど、現になってるからあと一週間ぐらい無理」

 と言うと、主はまたヤマトタケルに背を向けて、机の上に広がっていた書き物の続きを再開した。拒絶された理由に納得したヤマトタケル。だがシュテンドウジいわく脳内意味不明野郎の考えることは違った。
 ヤマトタケルは再び背後から主の体を抱き寄せると、その服の隙間から手を差し入れた。

「えっ、ちょ、ちょっとダメだってば……!」
「月の障りが理由なら、俺は別に気にしない」
「なっ……!? いやいや私が気にするの! その、汚しちゃったりするし」
「そんなのいつもだろ。汚れも気にしないし、いつもより優しくする。……たぶん」
「わぁぁこの人遠回しに断ってるのに気づいてくれないよー!」
「知ってるか? 俺は昔、月の障り中の女を娶ったことがあるんだ」
「うわぁぁこの人イマカノの前でモトカノの話するよー!」
「いいから、もうおとなしくしろよ」
「んっ、や」
「すぐに熱くしてやる」

 なおも抵抗を続ける主の口を強引に口づけてふさぐと、左手を太ももに滑らせる。服の上からだがその気にさせれば勝ちだと思ったのだ。
 主の体に力が入ったかと思うと、その右手がヤマトタケルの頬に振り降ろされた。ひっぱたかれると思っていなかったヤマトタケルは完全に隙をつかれ、きれいにビンタが決まったのである。痛みよりもなにをされたのか理解が追い付かず、呆然としているヤマトタケルに向かって、解放され立ち上がった主がこう言い放った。

「……最っ低……!」

 その目元には光るものがあったのだが、それに気づいたのは我に返って部屋を出た後だった。



「僕からももう一度言うよ、最低だね」
「それは……最低と言われても仕方ないですね」
「お前ら容赦ないよな」

 話し終えたヤマトタケルに向かって、聞き手の二人が一刀両断した。ヤマトタケルは左頬を濡らした布で冷やしている。主の腕力などたかが知れているが、腫れでもしたら面倒だからだ。
 モモタロウとウシワカマルは、思わぬところで主の体調を知ってしまって気まずそうにしていたが、ヤマトタケルの蛮行を知ると、モモタロウは眉を吊り上げた。

「あんた、前にもそんなことがあったんならなおさら優しくできないの? ていうかそもそもそんなことも我慢できないの? 主さんはだめって最初から断ってるじゃん」
「お前はまだ子供だからわからないかもしれないが、我慢しようと思ってもそう簡単に我慢できるもんじゃない」
「はあ? 子供とか大人とか関係ないんだけど。主さんを大切にできないならもう切り取っちゃえば? いらないよね?」
「まあまあ、モモタロウ様落ち着いて。ヤマトタケル様も煽らないで」

 ウシワカマルが苦笑いしながら、大太刀に手をかけるモモタロウをなだめる。その言葉で柄から手を離したものの、モモタロウはまだヤマトタケルをにらんでいる。主と慕う存在が恋人から受けた仕打ちは、男の身としては想像もできないが、それでもヤマトタケルの行動は非難されて当然のことだとわかる。

「それで、ヤマトタケル様はどうするおつもりですか」
「……主を探して謝る。悪かったとは思ってる」
「なにに対して? 強引に行為を迫ったことに対して?」
「……なんだ? なにが言いたいんだ?」
「僕が言いたいのは、ただ謝ればいいというものではない、ということです。主様がなぜ恋人であるあなたに手を上げるほど怒ったのか、それをまず理解しなければいけません。でなければ、謝りに行ったところで同じ轍を踏むだけだ」

 ウシワカマルの静かな声が響く。
 ただ謝ればいいと思っていたわけではない。確かに、主の体調を知りながら自分本位に行為を迫ったことは悪かったと思っている。それは間違いない。ただ、主が手を上げるまでになにに怒ったのか。その原因をちゃんと理解しているかと問われれば、首をかしげてしまう。

(いや、怒っていたというよりも)

 あれは、悲しんでいたのではないか。目に涙をためていたのだ、確かに。

「……まあ、あとは当人どうしの問題でしょうし、僕たちはこのへんで退散しますね」

 ウシワカマルが腰を上げると、隣のモモタロウも立ち上がった。視線を落としたままのヤマトタケルに、冷たく一瞥を送った。

「あのさ。気持ちを伝えて、それを無視されたら誰だって悲しいに決まってる。それが特別な相手ならなおさらじゃないの」
「……!」
「……これでわからなかったら、本当に刀の錆にするからね」



 八尋殿の片隅にある空き室。そのさらに片隅で、主が膝を抱えて座っていた。わざと足音を少し立てながら、その小さな背中に近づく。真後ろに立っても主からの反応はなにもない。ならば、と主を背中から抱きしめると、鼻声が聞こえてきた。

「……許してないんだからね」
「ああ」
「ちゃんと、わかってる? 本当に怒ってるんだからね」
「ああ。主の気持ち無視して、聞こうともしてなかった。……悪かった、ごめん」

 主の肩が震えた。抱えた膝の間に顔を埋めた主が鼻をすする音を聞いて、ヤマトタケルは腕に力をこめた。

「っ……もう、こんなことしないでね。気持ちを通わせなきゃ、意味ないんだからね」
「ああ」
「ちゃんと聞いてる?」
「聞いてる。……こんなふうに、泣いてる女をわざわざ探して、自分から謝るのも主だけだ」
「……ほんとに?」
「こんなに言葉にするのもな。たまに面倒だけど」
「おい」

 余計な一言を放ったヤマトタケルの手の甲をつねる主。特に痛くもないそれを黙って受け入れる。

「そんな面倒なとこも、惚れてるから可愛いと思うんだろうな」
「……!」
「怒ってるとこも可愛くて……つい我慢できなくなる。そんなときは容赦なくひっぱたけばいい」
「……嫌だよ、手痛いし」
「おい」
「恋人を殴るの、すごい罪悪感なんだからね……だから、ちゃんと聞いてね、私の話」
「……わかった。まあ、やってみる」

 ヤマトタケルのはっきりしない言葉にも一応満足したのか、やっと膝から顔を上げた主。その頬に手を当ててこちらを向かせると、まだ目じりに残っている涙をくちびるでぬぐった。
 あれから泣いていたのだろうまぶたは腫れて、目は真っ赤に充血して、鼻も赤くなっている。今までで一番ひどい顔だった。それでもその顔が可愛くて、一層愛しく思えるのは、やはり主のことを心から好いている証拠なのだろう。
 顔を隠そうとする主の両手をどけて、くちびるにキスを落とすと、主の体からようやく力が抜けた。ヤマトタケルに身をゆだねる主の体を、もう一度優しく抱き直すと、そっと畳の上に横たえたのだった。



「……ちょっと待って、私の話聞いてた? てか覚えてる?」
「わかってる」
「えっ、じゃあなんで押し倒されてるの私」
「わかってるけど、この盛り上がった気分が収まらないんだよ。最後までやらないから、なあちょっとだけ」
「え、ごめん信用できない」
「冷たい女だな。まあすぐに俺が熱くしてやるけど」
「いやいやそんなこと言ってなんにも上手くないからね。ていうか絶対途中でやめないでしょそれ」
「………………まあ、努力する。たぶん」
「たぶんてなに! もうやだこの男!」



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